65話 同情は要らない
言うべきか悩んだ。先ほど、自分の家に現れたあの白衣の男について。本来ならば、即座に大地たちへと報告する義務があるのだが――。
【我が息子よ】
どうも、あの本当なのかわからない発言が引っかかって、大地たちに言いにくいのだ。というか、言ったら言ったで憐れんだ目でこちらを見てきそうなのが嫌なのだ。いや、一応報告はするけれども。
スマートフォンの画面を前にして、空は頭を抱えていた。男のことについて、どう説明をしたらばいいのかわからないから。絶対にありえない、と断言してくるか。
「どーしよ」
迷う指。そんな彼空をよそにカンナは夏斐家のキッチンの戸棚を漁っていた。何をしているのかは――十年以上の付き合いだ。これがわからないわけない。
「どーすんの、空。あのおじさんのコト」
心配はしてくれているらしい。だが、適当に引っ張り出したポテトチップスをバリバリと頬張っている。言動と行動がミスマッチだ。よくもまあ、呑気にお菓子タイムができるものだ。こちらとら、頭の中の状況整理が追いつかないのに。現実という名の事実を受け入れがたいと思っているのに。
「いちおー、センパイたちには報告しなきゃらならないんだろうな。あっ、オレもちょうだい」
ポテトチップス一枚をチビチビと食べる。報告は義務だ。特に都市伝説関連になるならば。だが、言いたくないという気分が大きいのだ。しかし、ここでウジウジとしていてもしょうがないのである。ここは腹を括って、メッセージを送れ。
あまり動かしたくない人差し指で画面をタッチしていく。そうすること、五分くらいして大地たちに送るメッセージの文章が出来上がる。
『うちにあの白衣の人が来ました。あの人たちの狙いは人類の差別化をなくすことだそうです』
「これで……」
そう送り込もうとするが、カンナが「重要なコト書き忘れてるよ」と文章を追加してくる。
『そして、あの人こそがおれのお父さんデース☆ どう? 驚きました?』
「忘れちゃならないコトだからね」
「この文を見て、今すぐに忘れたくなったんだケド? つーか、オレってこんなコト書かねーし」
白衣の父親の件はこういうときには報告しない、と空は言う。元より、最初の文章とテンションが違うから、どこかおかしいだろう。カンナからスマートフォンを奪い返して、書かれた物を消そうとするのだが――。
『送信しました』
「オーマイガー!?」
「うわっ、現実で『オーマイガー』ってゆーヒト初めて見たよ」
「えらいな他人事。送った張本人だっつーのに」
送ってしまったものを取り戻すことなんてできやしない。そう空には諦めがあるのか、あたふたとした様子は見られなかった。代わりに、眉間にしわを寄せているではないか。
「……ったく、どーするっつっても。どーせ、オレってわかんねーよなぁ?」
前回の土生の件もあることだし、自分が送ったとは思わないだろう。なんて空は甘く見ていた。どの道、またスマートフォンが没収されたというぐらい思われているだろう。そう思っていた。
『大地』
『洋子』
二人からすぐに返信が来た。さて、彼らが空に返した文は一体何だろうか。
『まじか。なんもされなかっただけましだろうな』
『都市伝説の件で、明日あたりうちにきてくれませんか?』
まさかの父親の件は完璧スルーである。何も言ってこないあたりが少しばかり精神的に堪えそうだ。だったら、まだ同情してくれた方がまだマシである。
「あっ、もしかして。あのヘンな文章は送ってないんだな?」
もはや、そうと願うばかり。だって、心なしか送られてきたこの文面からは妙な雰囲気を感じているのである。その気配を無視しなければ、明日はどうやって大地たちと顔を合わせたらばいいのかが怖い。
そうだ、カンナはおふざけで文字を打っただけ。その変な文章はあとで消して、自分が送ろうとしていたメッセージだけを送ったに違いない。そう刷り込んでおこう。
独り勝手に納得をしていると、カンナが「送ったよ」と悪びれた様子もなく、断言した。
「送ったよ、アレ」
「わ、ワンモアプリーズ?」
「だーかーら、空のお父さんのコト、あの二人に送ったってば」
「ジョーダンじゃねーよ!? なんで送ったんだよ!? サイアクじゃねーか! よしんばエイプリルフールだとしても、心臓にも精神にも悪いハナシじゃん! オマエ、ホント何してくれてんのぉ!?」
送ってしまった以上は嘆くしかない。今すぐにでも自分の手の中にあるスマートフォンを叩き割りたい気分だ。いや、本当にしたら母親に怒られるからしないけど。
「逆に訊くけどさ、空はそのコトをセンパイたちにどーゆー風にして伝えるつもりだったワケ? 空ってさ、あんまこーゆーときに打つ言葉って詰まってるよねぇ」
「もっと逆に訊くなら、カンナはこんなときは言葉を詰まらせないで軽々と打てるのか? 大事件の関係者が身内だったって」
「うーん、多分ムリ。でも、わたしが打ったおかげで空は二人に報告ができたでしょ? 結果オーライじゃん?」
「オーライにしても、向こう側の返信に一言も触れていないのが怖いんだケド?」
カンナからは気にするな、と言われるが。そうではない。というか、そういう問題ではない。これは結構な重要案件だと思うぞ。そんな軽々しく「実は首謀者が実の父でした、テヘペロッ」とやってみろ。シリアス展開がぶち壊しだ。
「や、触れてんじゃん。秋島センパイが。マジかって」
「確かにそーあるけどな? そーとは限らなくね?」
それが自身の父親の件に対するものであるならば、返しも軽過ぎやしないだろうか。というか、みんなはオレをなんだと思っているんだよ。
もうこれ以上は取り返しがつかないな、と空がため息をついたときだった。玄関の方から自分の母親の声が聞こえてくる。どうやら、仕事が終わって帰ってきたようだ。
「ただいまぁ。あっ、カンナお帰り」
「ただいま、おばさん」
「三春さん、今日遅くなるからウチで食べるで……あら? アンタたち、なんでバットとかちょっと危ない物を出してるの?」
リビングの壁に立てかけられたバットと角材を見て、空の母親は怪訝そうな顔を見せてくる。彼女からは危ないから家の中でそれらを使って遊ぶなと怒られた記憶はある。そして、そのまま放置するならば、もっと怒られてしまうだろう。そうならないためにも二人はそそくさと片付けしようとしたところで――。
「おばさん」
カンナが空の母親に声をかける。まさか、とは思いたい。あの白衣の男について訊ねるつもりか?
止めようとする空を押し退けて「あのさぁ」と言葉を続けた。
「空のおじさんって、どんなヒトだった?」
明らかな静寂。その場に漂う空気は非常に重たい。空はこの場から逃げ出したかった。だとしても、体が動きそうにない。恐る恐ると自身の母親の方を見た。彼女はどう答えるのだろうか。
「そうねぇ、空のお父さんはね――」
比較的明るい声音ではある。その先の言葉なんて聞きたくない。怖いから。
「私もよく知らないんだけど、研究員をしてたのよ」
「へぇ、研究って何の?」
「うーんとね、遺伝子なんとかっての。でも、ずっと前に『いなくなっちゃった』からねぇ」
まだあの男は死んではいない。生きているのだ。自分の妻を騙してまでも。町中で大問題に発展している事件の首謀者になってまでもだ。
「空はおじさんのコトを知らないんだよね?」
「小さい頃って言っても、覚えてないよ。父さんが死んだコトなんて……」
そう言ったときだった。自分の母親は大きく目を見開いて、眉をしかめた。そんな彼女から読み取れる表情は「何を言っている?」である。
「アンタ、失礼なことを言うわね」
「え?」
「お父さん、死んでなんかないわよ。生きているし、キチンと家にもお金を入れてくれているんだからね」
その事実に二人は驚愕した。状況把握が追いつかない。あの男は死んだという認識はされていないだと?
「えっ、でも『いなくなっちゃった』って……」
「仕事が忙し過ぎるから、家に帰れないだけよ。まあ、離婚はしているけどね。それを当時チビ助だった空に説明なんてできっこないからそう言うしかなかったのよ、って言っていなかったっけ?」
「聞いてない……」
これ以上、事実を聞いても頭がこんがらがるだけかもしれない。そう思った空はバットを片付けてくるという名目で、リビングを後にした。そんな彼の後ろをカンナが着いてきて――。
「ドンマイ」
謎の励ましの言葉をもらった。もちろん、嬉しいわけはない。空は恥ずかしそうにして――。
「うっさいっ!」
そう怒鳴るしかなかった。




