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青春と都市伝説  作者: 池田 ヒロ
◇冬の事変
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64話 事件事故は110番

 何の冗談だろうかと思った。今だとして、理解できない。いや、しがたい。いいや、もっと言うならば、これは夢だと叫んで目を覚ましたい。そうだ、これは夢だ。夢を見ているんだ。家の中に見知らぬあやしい男がいる時点で、大事件だもの。そう、夢だからこそ――。


「あっ、もしもし? ケーサツですか? 実は家にあやしい男のヒトがいるんですが……」


 かなりの冷静な判断で110番をしようとする前に、カンナがやってのけた。流石はこういうときに限って敵に回したくない幼馴染だ。これで自分の仕事は減った、というわけではない。夢であっても、この男は攻撃を仕掛けてくるかもしれない。自分たちに危害が及ぶかもしれない。だからこそ、この金属バットで叩きのめした方がいいのだろうか。


 なんて考えていると、あやしい白衣の男が「ちょっと」と焦っているようだった。慌てて、こちらの方に近付く。


「そこの、オレはあやしい者じゃないから。ケーサツとか呼ばないでよ」


 カンナが手にしているスマートフォンを取り上げて、受話器の向こう側にいる連絡を受け取った人に「何でもありません」と言う。


「申し訳ありません。私の子どもがイタズラをしたようで……」


 ただのイタズラというだけで、事なきを得たらしい。どこか安堵した表情を見せながら、こちらに向かって形相の睨みを利かせてくる。


「余計なことすんじゃねーぞ、クソガキ」


「えぇ、事実じゃないですか。てゆーか、さっき空の……」


 怪訝そうな顔でバットを構えている空と男を交互に見た。本当に彼らが血のつながった親子であるか、顔を見て判断するらしい。ちなみに、ではあるが――空は母親似である。父親の顔は見たことないし、どういう顔立ちであるかは想像つかないからだ。


「ぶっちゃけ言って、空と全く似てないよね」


「ぶっちゃけも何も。オレ、このヒトが父親だなんてヤだ」


「そんなツレないことを言うなよ。息子よ」


「あの、ホンキでそーゆーの止めてくれません?」


 すごく苛立つから。という以前に、いきなり人の家に不法侵入して息子呼ばわりすることが嫌だ、と思う。だからこそ――。


「もしもし? ケーサツですか?」


「申し訳ありませぇん。子どもがイタズラしてしまって……。はい、以後気をつけますぅ」


 今度は自分のスマートフォンを取られてしまった。どれだけこの男は必死なんだ。というか、この男を見たところ、こちらに危害を加えようとはあまりしていないようにも見える。


 さて、この男が二人のスマートフォンを没収したところで、三度空の方を向いた。


「マイサンよ。聞くがいい」


 息子が嫌だからと言って、まさかの『myマイson(サン)』で通すとは思わなかった。だとしても、それも却下だ。ここは日本だし、英語圏で話すような国でもない。空は丁重にその呼び方を却下する。


 日本語も英語も『息子』において却下を食らった白衣の男は残念そうに「空クン」と名前を言うことにした。これでも、空はあまりいい顔をしなかったが、息子などと言われるよりはマシである。それ故に、その呼び方を許可した。


「何ですか」


 これでも警戒心はまだ怠ることはない空はバットを強く握りしめた。何が起こるか予測がつかないからである。なるべくならば、自分の身の安全も守りたいが――カンナがいるのだ。彼女を優先として守らなければ。


「カンナ狙いですか?」


「いやいや、オレが欲しい実験体は空だよ。そこのカノジョじゃないさ」


 自称空の父親はこちらを指さしながら、そう言った。これに二人は驚きを隠せないのか、目を丸くする。狙っていたのは自分だけ? カンナも狙っていたのではないのか?


 動揺を隠せない空は少しばかり手を震わせた。


「だ、だとしても、あんたの狙いはなんだってゆーんですか!」


 標的は自分のみ。その事実が恐ろしく感じているのか、声が上ずっているようにも見えた。そんな空が面白かったのだろうか。男は肩で笑う。


「地下に侵入したんだろ。覚えてないとは言わせんぞ?」


 そう、八姫農業高校の文化祭のときでも――あのサングラスとマスクの男――この白衣の男は言っていた。知っていた。夏祭りに冬野製薬工場内へ不法侵入し、地下まで足を進めていたということを。


 知っている。だからこそ、男が黙っておきたい、公にしたくない情報を空が持っていると見込んではいるのだ。しかし、肝心なそのデータ自体はもうない。土生が壊してしまったから。今は新しいスマートフォンになっているから。それだからこそ、持っていた情報を奪い返したと誇らしげになっているのだろう。お生憎様、そんな物騒なものは今のところ持ち合わせていない。そのデータのバックアップは次郎が持っているのだから。


 まさしく、そうであったように男は空のスマートフォンを弄り出す。しばらくして、彼は首を傾げた。求めていたデータが存在しないからだろう。


「空、地下で撮ったデータはどこにやった?」


「スマホが壊れてなくなった」


 次郎がバックアップを取っているだなんていう情報は言わない方がいいだろう。


 空のデータはない、という発言に白衣の男は顔をしかめた。


「本当にか?」


「もちろん。それ壊したのウチのガッコーのセンセーだし」


 嘘ではない。


 男は信じるべきかどうか、迷った様子でいたが――空の言い分を信用することにしたのだろう。没収していた二人のスマートフォンを投げ返した。そして、リビングから出ようとする。逃げるつもりだろう。ここで逃がすべきなのか、それとも捕まえた方がいいのだろうか。いや、自分の青春をふいにした張本人である。このまま見逃してたまるものか。


 だとしても、この手に持っている金属バットで叩いてもいいものか。その小さな良心が空の後ろ髪を引っ張るようだった。確かに、許しがたい人物だとしても、人としてどう行動するべきなのか。


 海で顔のない人物には石を当てた。洋子が複数の男たちに誘拐されそうになったときはリュックサックを投げつけた。今、自分が手にしているのは金属のバットである。石もリュックサックも十分に武器にはなりえるが――これは完璧な凶器だろう。


「…………」


 空が何もできないでいると、カンナが行動を起こそうとした。手に持っていた角材を白衣の男に向かって足を引っかけようとするが――。


「何をしようとしてる?」


 男に知られてしまった。こちらに冷たい視線を向けているではないか。これにカンナは下唇を噛んで、構えを解く。


「人にそのようなことはしてはダメだと、お父さんに言われなかったのか?」


「…………」


 珍しく、何の反論も見せない。ただ、じっと男を見るだけ。その視線で何を思っているのか。それがわかるのはカンナだけである。彼女が何も言ってこないと分かると、白衣の男は「空」とこちらを見た。


「オマエはオレの息子だ。特別にイイコトを教えてあげようか」


「いーコト……?」


「空がオレに協力を惜しまないというなら、この世からすべての格差をなくす世界にすると約束しようじゃないか」


「はあ?」


 男の言っている意味がわからなかった。この世からすべての格差をなくす世界にするだって? つまりは全人類が皆平等であるということ? これは協力するべきなのだろうか。


「答えはなるべく早くがいいな。別にオマエが一人で工場の地下に来るのもよし、冬野財閥のお嬢サマを攫って命乞いするのもよし。選択肢はいっぱいあるからな」


「冬野せ、センパイをだって!?」


「そうだ。お嬢サマも空と同じ実験体としてオレが狙っているからな」


 男はそう言うと、空の家を出て行ってしまった。彼がいなくなって、その場に座り込む。カンナもまた、盛大にため息をつくと、玄関の方をじっと見つめていた。そんな彼女の頭にはあの男の言葉が嫌に残っている。


【お父さんに言われなかったのか?】


 どうでもいい、とは少しばかり言いがたい。なぜにあの男は『両親』や『親』とも言わずして、『お父さん』と言いきったのか。それが気になるのだった。

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