59話 スリッパ・スパークリング 前編
自分のチームに空を入れると大地は言う。彼がその返答を出す前にして呉羽が「いいね」と勝手に承諾した。
「それじゃ、オレはこっちを見てるおじさんにお任せしようかな?」
そう自分たちの方を見ていたサングラスにマスクをしたあやしさ満点の男性に声をかけた。それ以前に突然スリッパオニをやれだなんて言われて「参加する」と答えるだろうか。
断りそうだな、と誰もが思っていたが――。
「いいぞ」
参加するということだった。これには誰もが驚く。いや、呉羽だけは驚いていない。参加するのは当たり前だと知っていた面持ち。
「…………」
しかし、このスリッパオニに参加すると言っても、空は男性を見た。サングラスとマスクをしているせいで表情が窺えないが、どこかで見たことのあるような気がしてたまらないのだ。だが、それが誰であるかは見抜けない。
「じゃ、決まったし。あっちの校舎の方でやろーぜ」
そうしてやって来た場所は文化祭で使用しない離れ校舎である。この中だけでスリッパオニをすると言う。大地や呉羽は自分たちの校内用スリッパを。空と謎の男性は来客用のスリッパを両手に持って構えた。
審判は大地が呼んだ四バカたちと美奈 (彼氏付き)である。このゲームのルールを誠一がどこか怪訝そうな表情で言い上げていく。
「スリッパでどちらかがタッチされたら、オニ交替だ。タッチの仕方は別に投げても構わない。ただし、オニじゃない方からオニにタッチすれば、オニは五秒間だけ止まっていなければいけない。これの制限時間は三十分とする」
「おー。そんじゃ、オニはどーするよ?」
じゃんけんで決めるか、と大地がグーを見せているが、呉羽は「こっちが先に鬼でいい」と言った。
「結局は最後まで鬼である方が負けだろ? いーよ、オレらがやろーじゃん」
呉羽はにやにやと笑っている。その笑みがなんとも不気味だなと思う他ない。
鬼が決まって、大地と空は校舎内へと入った。校舎内入口にて鬼役の呉羽と男はいつでも準備万端と言わんばかりに佇んでいるではないか。
外からはカウントダウンが始まる最中、二階の方にいた大地が空に「おい」と呼びかける。
「経験者がゆーコト、よーく聞いとけ。これはオニから逃げないほーがいい。どっちかってなら、オニをタッチしに行くべきゲームだ」
「ああ、スリッパを投げるのがアリですもんね」
「あと、テキトーな教室には、夏斐は入らないほーがいーからな」
どういうことだろうか、と空が訊ねようとするが――外から聞こえていたカウントダウンがゼロを迎えた。スリッパオニの開始である。
聞けず仕舞いのまま、大地はダッシュでどこかへと行ってしまう。追いかけたくても、彼の足は速過ぎて追い着けそうにもない。それに見てみろ、階段の方からバタバタと足音が聞こえてくるではないか。
【これはオニから逃げないほーがいい】
大地はそう言っていた。行くべきだろうかと考えるが自分の足は反対方向を向いて逃げ出そうとしている。それもそのはず、聞こえてくる足音は二つほど。呉羽とあの男がこちらへとやって来ているからである。後ろの方を気にかけながら、走っていると――追いかけてきている!
この先は階段があった。そこから下がいいか、それとも上がいいか。迷いに迷った挙句、体は勝手に動いて三階の方へと向かってしまう。踊り場へと上りきったときには呉羽がもう階段下にいた。
バンッ、と壁に当たるは呉羽のスリッパ。
そうだ。どうせこちらに来るならば、叩こう。そう空は決める。鬼ではない自分が投げつけるのはあまり好ましくないだろう。なんて考えている内に呉羽は階段を上りながら、もう一度スリッパを投げてきた。それを自分が持つスリッパで弾いて、タッチした。これにより、五秒ほどロスが生まれる。
男がそろそろこちらへとやってくる頃だ、として二階の方へと下りると、すぐにでもやって来た男に向かってスリッパでタッチをした。
案外やれるものだな、と思いながら一階へとすかさず逃げる。それでも、どうせ足の速い呉羽が追いかけてくるに違いなかった。
空は曲がり角のすぐそこへと逃げ込んだ。そこには静かにしろ、とジェスチャーをする大地がいた。どうやら相手を受けるらしい。それに彼は頷くと、長い廊下を走っていった。
大地は空を見送ると、にやにやとスリッパ片手に構えを取っていた。いつぞやの雪辱を果たすときが来た。このゲームに勝つのはもちろんであるが、呉羽に対してスリッパで叩くという期待も大きい。
――したらば、スパーンと一発当てさせろ。
階段を下りてくる音が聞こえる。来た、来た。最高のスリッパ叩きをお見舞いしてやるぜ!
気配が近付いてくる。もう少し、もう少し―。影が見えてきた。こちらへと曲がってくる誰かに向けて手に持つスリッパを振り下ろした。軽快な音がその場に炸裂する。
「あンときのお返しだ、バーカ!」
なんて言って、逃げようとするが――叩いた相手が一般客の男だった。しかも、タッチではないからとてつもなく痛いだろう。
ヤバい、と思いながらも「すんませーん!」と二階の方へと逃げるのだった。
おかしい、呉羽がこちらに来るのは見えていたのに。大地が二階へと駆け上がると、審判を務めていた浩介がスマートフォン片手に「秋島」と声をかける。
「夏斐がやられたそーだ。だから、次はオマエらがオニな」
「はあっ!?」
◆
空は床に尻餅をついて、目を丸くしていた。そこにいたのはスリッパ片手ににこにこ――いや、にやけ顔をする呉羽がいた。
空はあの後、一階の廊下を突っきって二階の方へと上がろうとしていたのだが、その踊り場で呉羽にやられてしまったのである。まさか、こちらにいようとは思わなかった。大地にスリッパでタッチされているものだとばかり思っていたのだから。
「言っとくケド、オレはそう単純なヤツじゃないからな」




