40話 夏の終盤
電波の入りが悪い、と思った。
通話状態で梯子を下りていくのだが、下に行くにつれて段々と電波が悪くなっていくのだ。地下の床へと降り立ったときは完全に圏外になってしまう。こればかりは仕方ないか、と時間だけを気にして空は薄暗いその先を進むのだった。
幸い、通気口路よりも明かりがあるため、足下はわかる。この奇妙な空気が肺を押し潰しそうだ。人の気配があるのか、それとも黙って見ているだけなのか。とにかく、『気味が悪い』という気分がしてたまらないのである。
人とようやくすれ違えそうなほどの広さの通路の先には研究室のような場所があった。よくわからないような薬品と資料が机の上に置かれている。薬品棚の上にも実験データのような物が置かれたりしているようだった。
机の上にあるパソコンの前に立つ。電源は入れられている。勝手に触ってもいいのだろうかとも思うが、真相のためにマウスに触れた。現在、モニター上はデスクトップである。そこにある『No personality』というファイルをクリックしてデータを確認していく。
「……なんだ、コレ」
一番気になったのは『0』写真のデータ。データ名は日付になっている。古い日付の順に追っていく。どうやら、男性の写真の様子。
その男性の毎日の写真を見ていくと、一週間ぐらい経った日の物を見て瞠目した。前日まで普通のどこにでもいそうな人だったのに。
いきなり、あの顔がない人物へと変貌していた。
人体実験を行っている可能性は高くなってきた。空は机の上に置かれている資料を手に取る。そこにあるのはほとんどが手書きの実験結果のようで、彼には何がなんだかわからない。薬品棚にある資料も同様だった。これらを持ち出してもいいだろうか、なんて考えていると、奥の方に扉があるのを見つけた。
恐怖があるのに、自然と足は歩み寄っていく。ドアの奥からだ。あの奇妙な雰囲気を出しているのは。ここのドアの隙間から漏れるほどまでに不気味。
果たしてここを開いてもいいのか。そもそも、ここを開けた瞬間にあの顔がない人物が飛び出してくるのではないだろうか。ドアノブに手をかけたくても、引き留めようとする何かがいる。
「……ヤメておこう」
下手に片足を突っ込んで抜け出せなくなるならば、寸止めしておくべきである。
空はここへ来たという証拠を残すために研究室の全体と『0』のファイルデータの中のいくつかを写真に撮った。そうしていると、そろそろ工場内から逃げ出さなければいけない時間になっていることに気付く。奥のドアを気にしつつ、階段下の倉庫の方へと出た。
工場内に誰もいないことを確認して、そこから出ると――。
「空!」
カンナたちが少し焦った様子で上へと上がってくるようにと促してくる。それに倉庫内にあった大きな脚立を取り出して通気口路へと入り込んだ。
「夏斐、大丈夫か?」
「え、ええ……時間的に危ないかなって思って戻ってきました」
「や、そーじゃなくて、顔色。青いぞ」
時間がないのは確か。大地は事務所の方へと急ぐ。彼にそう言われ、空は「そうですか」と先ほどの写真のデータの内容を思い出す。しかし、ここでベラベラと話している暇はないため、洋子たちが戻る前に事務所の方へと脱出し、車の方へと戻った。ほどなくして、彼女たちも戻ってくる。
一応は何事もなく逃げきれた五人は洋子の家へと向かった。
◆
「写真ですか?」
早速空は地下の研究室で四人に『0』の写真データの写しを見せた。それらを見た彼らはあの顔のない写真を見て顔を青ざめてしまう。
「なんだよ、コレは」
やっと、とでも言えるか。大地がとんでもない物を見たとでも言うようにしてこちらを見た。
「地下に研究室みたいなのがあって、研究データとかあやしい薬品とかがありました」
「じゃあ、確定みたいなモノだよね? その都市伝説」
「うん。でも、奥にもう一つ部屋があったんだケド、ヤな予感がしたので、行きませんでした……」
「や、行かなくてもよかったかもしれん」
下手すれば、この写真に写っている顔のない人物と遭遇している可能性もあったのだから。いや、その地下に独りで行く行為自体危険なのだ。
改めて大地は空が無事に戻ってきてくれたことに大きく安心した。自分が指示を出したのに後悔の懸念が今更になって襲いかかってきているにだ。
「すまん、夏斐。あそこで止めておけばよかったんだ」
「そんな。センパイが気に病むコトはありませんよ。オレも気になってたんですし。それに、冬野センパイが事務のヒトの気を引いてくれたのもありますし」
自分独りだけでは何もできなかった、と語る。
「これからの問題は、それらの事実をどーするかですよね」
そう、本来は工場の地下へと白衣の男たちを殴り込みに行く予定だったのだ。だが、色々と厄介事が重ねに重なって空が証拠を見つけるぐらいしかできなかったのである。
「どーって。また侵入するのも厳しいだろうよ。今回は冬野の演技でなんとかなったケド」
「それならば、また私が見学したいと頼み込みましょうか?」
「いーや、それはもーやらないがいいと思いますよ? センパイの演技は確かに高かったかもしれませんが、わたしたちが侵入できたのは稼働時間が終わっていて、トツゲキ訪問だったコトが幸いしています」
二度も突撃訪問は厳しいだろうし、何より事前連絡であるならば、稼働させているはずだろう。おまけに人もいる。侵入は不可能に近いだろう。
それ以前に、監視カメラという存在が大きい。自分たちの姿を残すのは一番危険だ。
「まず、ゼッタイに独りにならないコト。これはテッテーするコトだな」
大地はスマートフォンを空に返しながらそう言うと、次郎が小さく手を挙げて「ならば」と言う。
「私があの工場に関しての資料集めを致しましょう。それまでは何も関わらない方が得策かと」
「だな。すんません、雪野さん。お願いしてもいいスか?」
「もちろんですとも」
これで空たちのしばらくの動向は決まった。あとは自分たちが動けるときが来るまで大人しくしておくことである。
空は壁にかけられたカレンダーを見た。残り一週間で夏休みは終わってしまう。夏は勝手に終わりを告げようとしているのだった。
〇次回章予告〇
『◇秋の事変』
夏休みも終わり、秋が訪れる! 秋は大地と洋子の仲についてのお話があって――?
一番の青春を感じる章ではないかと思っております。




