41話 犯人を捜せ! 前編
夏が終わって、この日はどこの学校も二学期の始業式があっていた。もちろん、空も蒸し暑い体育で体育座りをして校長の話を聞いている。このクソ暑い中、よく背広を着ていられるなと思っていた。だが、感心はない。
「早く終わらないかなぁ」
後ろの方にいる、カンナがぼそっと呟いた。何もそう考えているのは彼女だけではない。空も同じ気持ちであり――周りからもその雰囲気は感じられていた。
今頃、大地たちも同じようにして始業式が行われているのだろうか。
◆
同時刻。八姫農業高校でも始業式が行われて――いなかった。というのも、始めるに値しない状況だった。その理由は現在壇上で教師陣によって正座させられている四人組が原因である。その四人組は四バカと呼ばれている大地と誠一、翼に浩介だった。
この学校の体育館の床は中へと入ることを躊躇してしまうほどの水浸しである。
「この状況、わかっているな?」
そんな四人の前には怒り心頭中の教頭とクラス担任の初喜である。
「センセぇ、意味がわかりません。オレたちは何もしていないっスよ。犯人は大地一人っス」
「待てや誠一。何でもかんでもオレのせいにすんな」
「大体は大地で成り立ってるだろーが」
「大体はオレで成り立つって何!? こんな、オレやってねーし! 信じて、センセぇ!」
半涙目で教師たちに訴える大地。だが、普段の素行が原因なのか定かではないが、なかなか信じてもらえないようだ。特に教頭はあやしい目で見てくる。
「だったら、オレの弟に訊いてみてよ! アイツがゆーコトは多分間違いないから!」
そう、大地には姉以外にも弟はいる。同じ高校の一年生である。そう言うため、初喜が訊きに行き、戻ってくると――。
「……弟は秋島がやったんではないかと言っているが?」
「やはり秋島が犯人か」
「違う、違う! 違います! オレ、こんなコトしませんし! ムジツです!」
「だったら、誰がしたというんだ」
それでも教頭は大地がしたと見込んでいる。弁解をしようとしても、彼がしたとしか思っていないようだ。
「そんなのオレが知りたいっスよ! センセぇ、犯人捜ししてきてもいいっスか!?」
「とか言いつつ、テキトーに誰かをでっち上げるんじゃないぞ」
「それヒドくね!?」
ということで始まった大地の無実の旅、いざ真犯人を捕まえるためにーー。というようなどうでもいいサブタイトルは置いといて、水浸しになった体育館を見渡した。一面が満遍なくびしょびしょに濡れている。正直な話、体育館シューズを履いていない限りはこの床に足を置きたくないくらいなのだ。
大地は屈み込み、水に触れてみる。だが、これで何かがわかるわけでもない。普通に生温い水なのだ。
「どーだ? ゲーインわかったか?」
他人事のように (事実その通りである)訊いてくる誠一に向き直った大地は「用意してもらいたいモノがある」と言う。
「大シキューだ。メガネを用意してくれ」
「は? いきなり何言ってんだ? オマエ、目が悪いワケじゃないだろ」
これまでにおいて、大地が眼鏡をしているところを見たことはない。三人は顔を見合わせながら、翼が普段授業で使っている眼鏡を貸した。
それをかけて、あごに手を当てて思考をし出す。
「…………」
周りが固唾を飲む中、真剣な表情で水浸しの床を眺める。ややあって、教師の方に顔を向けた。
「あ、秋島、もしかして犯人が……」
「や、全くわかりません」
格好つけてそう断言する。その場にいた誰もが拍子抜けした。
「……かしーな。メガネかけたら、なんかわかるかと思ったけど、わかんねーよ。センセー、どーするよ。コレ」
「…………」
◆
放課後、偶然洋子と会って家まで送ってもらっていた空とカンナ。空調の効いた車の中で快適に過ごしていると、次郎が「おや」と声を上げる。
「あちらにいらっしゃるのは秋島様でしょうか?」
その言葉に三人がそちらを見ると、そこは八姫農業高校の実習場のようで、大地が独りで除草をしていた。外は九月なのに、まだまだ暑い。彼は汗だくになっているようだ。
「ホントですね。授業ってワケでもなさそうですし」
実習場から出てくるのは八姫農業高校の生徒たち。彼らは夏の制服を身にまとって帰路に着いているようである。大地と同様に実習服を着た生徒は見ない。
「補習じゃないの?」
「なのかな?」
「訊いてみましょうか」
三人は車の外に出る。出た瞬間に熱気が彼らを襲う。洋子は「秋島さん」とフェンス越しから声をかけた。周りにいた八姫農業高校生は彼らをじろじろと視線を向けていた。そんな三人の声に気付いた大地は草取り鎌を手にしてこちらの方へとやって来る。
「なんだ、オマエらか。何しに来た? オレを笑いに来たか?」
「そのセリフからして、明らかに補習ですね」
「ホシューじゃねーよ。ペナルティだよ」
どっちも一緒に見える。空としてはカンナが何か変なことを言わないかどうか心配であった。そうしていると――「笑いたきゃ笑えよ」そう、不貞腐れた表情を見せる。
「言っておくが、オレはムジツだからな!!」
突如として大声を張り上げる大地。また周りからの視線がするな、と空は片眉を上げた。
「無実ですか?」
「何かの容疑にかけられているんですか?」
洋子も少しばかり気になる様子である。
「よくぞ訊いてくれた、夏斐に冬野!」
大地は腕を組みながら今朝の体育館床水浸し事件の出来事を話した。
「――ンで、なんかオレが疑われているんだけど、なんでだろ?」
「なんでだろって言われても困りますよ。秋島センパイがガッコーでしている悪行なんてわかりっこないですから」
「待て、三春。オレはオフザケしたりするけど、決してアクギョーなんてコトはやらないからな。つーか、人聞きの悪い」
おふざけをしている時点で四バカなんて呼ばれるのではないだろうか、と空は思ったが口には出さない。代わりにどうして体育館が水浸しになるのか、と訊ねた。
「オカシくありません? 水道管でもハレツしたんですかね?」
「ソレ、オレも知りてーよ。ていうか、ガッコーに着いていきなり正座だからな? 何も知らない、ワケがわからないまま正座って……足が痺れるよね?」
「まー、確かに正座をすると確かに足は痺れると思いますケド」
「あー、わたし正座あんま好きじゃないんだよね。そーいえば、冬野センパイは茶道部ですよね? 足は痺れません?」
「慣れたら、問題ありませんよ」
ここまで来て、あれ? と空は首を捻る。話が段々と脱線してきている。というよりも、大地のペナルティの話から正座はつらいという話にすり替わっている。ここは早急に話を戻すべきか、とも思っていたら、大地が「そーそー」とカンナと洋子を見た。
「紅花高校新入生代表と椛花学園二年のテストで上位の二人の知恵を貸して欲しーんだケド」
できたら、空も知恵を出して欲しいと言ってくる。
「夜の八時から朝の七時までに誰も見つからず、体育館に水を撒き散らすって可能? ちなみに体育館のカギは閉めていたモノとする」
「や、わかんないですよ。てゆーか、そーゆーの警察に頼んで調査してもらえばいーのに」
「最初っからオレを疑ってるガッコーがそんなコトをするとでも? いーから助けてくれよ。オレ、三人に何があっても助けに行けねーよ?」
そして、わかるか、と大地の愚痴は続く。
「草刈り機ナシでの手作業草むしりがどれだけ大変か。かと言って、実際にクソ暑い時期に使うと、ワリと重い草刈り機。そして、雑草の成長力。草取りナメんな」
そう疲れきったようにして、鎌を地面に落としてフェンスを掴んできた。
「マジで助けてくれ」
「助けたいのは山々ですが……実際に現場を見ないコトにはわかんないですよ」
「じゃー、見てこよーぜ。このペナルティが終わったら」
「や、勝手に他校生が他のガッコーに行ってもいいモノなんですか?」
一番の問題はそれである。確かに大地を助けたいのであるが、見つかれば元も子もないのである。しかし、当の本人は「気にするな」と言い出す始末。
「センセーにバレなきゃ――」
「バレなきゃいいってか?」
気配に気付かなかったのか、いつの間にか大地の真後ろにいた初喜が偽りの笑顔をし、仁王立ちをしていた。それを見てか、彼は素早く頭を下げる。
「すんませんした」
「秋島が見当たらないから、どこ行ったかと思えば。ここで他校生に油を売っていたのか? 遊ぶな。ほら、早く草取りしろ」
初喜は仕事をさせようと、促してくるが――そうはさせまいとして大地は下げていた頭を上げると、服にしがみついてきた。
「センセぇ! コイツらがもしかしたら、真犯人がわかるかもしれないんス! なんで、ガッコーに入れてもいーですか!?」
「これはあくまでも、こっちで起こった問題だ。オレたちで解決することに余所様の生徒を使うな」
「はあ!? じゃあ、オレずっとエンザイのままってコト!?」
「だから、言ってるだろ? 彼らには全く関係のないハナシ。彼らが真犯人と関わりのある人物でない限りは巻き込んではダメだ」
関連性は一応はある。都市伝説の件だ。だが、それを口にすることができない。これに大地が下唇を噛んでいると、洋子が頭を下げてきた。
「あの、私、秋島さんの無実を証明したいんです。申し訳ありませんが、私たちを校内に入れていただけませんか?」
洋子のお願いに初喜はたじろいだ。彼女の後に続くようにして、空もカンナも「お願いします」と頭を下げてきた。こればかりはどうしようもないと判断した彼はため息をつきながら「仕方ない」と諦めを見せる。
「キミたち、一度こちらに来なさい」




