38話 侵入の仕方(不法)
危険を承知してやって来た三姫工業団地。普段はトラックや業者たちが立ち入るここも夜であるからか、不穏な空気がその場を漂わせていた。
そこへと一台の黒い自動車がやって来る。そう、空たちが乗った洋子の車だ。彼らは辺りを見渡す。物静かなのが不気味であると思わせるほどだ。
「さーて、問題は入口だ。どこかな?」
「ココが地下の入口ですよって看板とかあるワケないですからね」
「いちおーですケド……」
空はスマートフォンを手にして、この一帯の工場や企業名が記載されているウェブサイトを見ていた。そこにあるのは食品会社から鉄鋼業に至るまでジャンルは問わないようである。
「そ、それで……」
何か言いにくそうな表情を見せているが、黙っているわけにもいかないのか、小さく息を吐くと重々しく口を開いた。
「ここらの工場すべてが、冬野財閥の傘下みたいです」
その事実に洋子は腕を組んだ。知っていたわけではなさそうであるが、自分の家のことに関連しているせいかあまりいい顔をしない様子。
「全部?」
「うん。けれども、製薬工場だけが直属の工場みたい」
その調べにカンナはあごに手を当てる。
「その都市伝説はイホーとも呼べるような人体実験をしているんだよね? 可能性としてはありえるカモ」
「では、ここならばありえなくもない、と」
そうして次郎が停車した前には一際大きな工場が姿を見せた。夜、だからと言って完全に閉めきっていさそうである。駐車場には何台かは車が停められているのだ。そして、外明かりもあってか、敷地内は広い。
「そんじゃまー、侵入してみるか」
早速大地が車を降りようとするが、次郎は止めた。
「きちんと侵入経路を考えなければ、監視カメラにも映ってしまいます。何より工場の方は時間外です。無理やり入ろうとすると、警備会社に見つかりかねませんよ」
「じゃあ、どーしようもないじゃないですか」
「いえ、どうしようもないわけではないんですよ」
などと言う次郎の服装はいつの間にか浴衣からいつもの執事服へと変わっていた。いつ着替えたんだろう、と鼻白みながらもどうすればいいのか訊ねる。
「幸い、ここは冬野財閥の工場。私たちの車が入場するのはいささかびっくりされますでしょうが、おかしくはありません。お嬢様が見学するという名目を掲げて事務所から鍵を借りればいいかと」
「でも、それってかなりのリスクを伴いません?」
その作戦の考えはどう解釈をしようが、強引さを感じさせてくる。いや、そもそもこんな夜の時間帯に見学したいと言うわがままが通るものだろうか。
「しかし、勝手に侵入して通報されるよりはマシであると言えますが」
「それじゃあ、冬野の演技にかかっているのか?」
「私ですか?」
「そうです。お嬢様、頑張ってわがままを言ってください」
このガバガバ作戦が上手くいくとは思えないが、下手な行動を起こして捕まるよりマシな話。誰もが次郎の考えた思案を受け入れるしかなかった。
◆
洋子は浴衣から普段着に着替え、次郎と共に事務所の方へと赴いた。空と大地、カンナは自分たちが見えないようにして、下の方に隠れ込む。
「それはお嬢様だろうが、流石にこの時間帯は困るのですが……」
当然、やんわりと断りを入れてくる。現在、事務所には一人しかいない様子。奥の方には数台の監視カメラの状況が映し出されているようだった。
「…………」
「翌日ではダメでしょうか? この時間、工場は終業していますし、稼働もしていませんよ」
「いえ、今がいいんです。お願いします」
「私の自己判断ではどうしようもないのですが……」
やはり、無理があるかと思いながらも洋子と次郎は一向に食い下がろうとせずして、懇願をする。それでもダメだと言われた彼女は「ならば」とスマートフォンを取り出した。
「おじいちゃんに訊いてみます」
冬野財閥の統括をしている人物が洋子の祖父だ。つまり、一番偉い人――逆らうことができそうにない人を利用すると言う。
実際に電話をして、洋子は自身の祖父とやり取りをすると、事務員に代われと指示を出した。それに素直に従う彼女は困惑したような表情を見せる彼にそれを渡す。
代わって電話に出た事務員が「え!?」と驚愕した表情を見せる。そして、何度か相槌を打ち、受話器を置くと――。
「ふ、冬野会長から洋子お嬢様にこの工場の見学の許可が下りました。なので、今から白衣と帽子を持ってくるので少々お待ちください」
事務員がそう言うと、事務室から去ってしまった。
あやしまれたりはしたものの、どうにか侵入できるな、と次郎が安堵したところで誰もいない事務所の窓の鍵をそっと開けた。洋子は三人に窓の鍵を開錠した箇所をメッセージで伝える。
何もしていません、とでも言うような面持ちで事務員を待っていると、二着の白衣と帽子を持ってきた。これを着て見学に挑んで欲しいと言う。それに素直に従う二人は工場の中へと入ってしまうのだった。
これを機に、開けられた窓から不法侵入する高校生の三人。カンナは浴衣姿だからか、あまり素早い動きが取れなさそうである。
「大丈夫か?」
「ヘーキ」
「三春は車の中にいてもよかったんだぜ?」
「独りでいるな、と言ったのはドコの誰でしたっけ?」
そう、浴衣だから安易に動かない方がいいのではない。むしろ、空たちと一緒に行動する方が無難ではある。独りでいては顔のない人物たちの対処ができないのだから。カンナはそれでもある程度は動きやすく、と考えているのか下駄は履かずして裸足であった。
空は監視カメラが映し出しているモニターを見る。現在人の姿が見えているのは工場内へと向かっている洋子たちである。
「うわっ、監視カメラがいっぱい……」
なんて呟く大地。事務所内に監視カメラがないことが幸いか。だが、事務所入口には監視カメラはある。だからこその窓からの侵入なのである。
「あっ、見取り図」
何かに使えるかもしれない、としてたまたま見つけた敷地内の見取り図を空は写真撮影をする。そうする彼にカンナは「あとで見せてね」とじっとモニターを見つめていた。そんな彼女に大地は「何をしてるんだ」と少しばかり怪訝そうである。
「まさか、覚えようとしてるワケじゃあるめーし」
「ただの監視カメラが映し出しているところで死角がないかどうかの確認をしてるのでは?」
「はあ」
「空、写真のヤツ見せて」
「はいよ」
スマートフォンを借りて、見取り図と共に監視カメラが映し出している箇所を確認していく。その間の空は工具箱を前にしてじっと見ていた。
「どーだ?」
「うーん、とりあえずこの事務所のドアから出たらアウトだってのはわかるね。つまりはわたしたちはココから出ない方が賢明である」
「ンならば、オレたちに残された道はあそこしかなくね?」
こればかりは、として大地は天井上にある箇所を指差した。そこは通気口。汚い、と言えるが――ここしかないのである。
「工場内につながってれば、いーですね」
空はそれを願うしかなかった。




