27話 なぜにそれを知っている?
空は大地と共に本屋にやって来ていたのだが、誰かの手と当たってしまった。
「あっ、スミマセン」
それに空は頭を下げる。もちろん相手も小さく頭を下げてくる。
「こちらこそ、すんませんって、秋島?」
相手は二人を交互を見て驚いていた。これに空も驚きはしたが、制服が八姫農業高校の物である。彼らが知り合いだとしても何もおかしいことはないさろう。
「桜か。桜もヒマ潰しで来たのか?」
「や、オレはフツーに本を買いに来た」
そう言う桜の手には分厚い専門書が握られていた。本のタイトルは『遺伝子学』。これを見て空と大地は苦笑いをするばかり。
「てか、秋島って紅花高校のヒトと絡むんだな」
「えっ、それどーゆー意味だよ」
桜に鼻で笑われて、ばかにされた気分になる大地。
「そーゆー意味だ。秋島って四バカだし」
「夏斐、言い返せないオレは認めなきゃならんか」
「や、あの……それをオレに振られても」
困る、という前にして大地は「答えてくれ」と詰め寄って来るものだから、どうすればいいのかわからない。空が困り果てていると、桜が吹き出し笑いをしてきた。なんだか、その笑い顔が誰かに似ている気がしてたまらない。
じっとそちらを見ていると、桜は「何?」と訊いてくる。
「オレの顔になんかついてる?」
「あっ、いえ」
「そう? えっと……キミは夏斐クンだっけか? キミも秋島の相手をするの大変だね」
今度は大地が空に向けて無言の視線を向けてくるため、桜に返答ができずに困り果てていると――。
「サッキーったら、失礼だな」と大地が文句を言ってくる。サッキー? 今、そう言った?
「サッキーってオレのコト?」
妙な愛称で呼ばれ出して、桜は「変なの」と苦笑いする。
「だろ? だって、桜だし……ちなみに下の名前は?」
「呉羽だよ」
「うーん、アダ名つけるのは難しい。なー、夏斐は思いつくか?」
初対面の人にあだ名を考えるのはどう――いや、カンナがいた。彼女は大地に名前を訊いてあだ名をつけようとしていたのだ。
「思いつきませんよって、勝手につけてもいーモノでもないでしょ」
困惑している空にそれもそうだな、と桜――呉羽は思う。というか、この二人のやり取りを見て、面白いなと思う。
一方であだ名が思いつかない大地は「あー」と本当に何も思いつかない様子。
「しゃーねー、じゃあサッキーで」
「オレは一向に構わないよ」
それから、何となく意気投合した三人は各自買いたい物を清算して呉羽の家へと向かうことになった。彼の家で遊ぶことになったのだ。空は恐れ多いなと思いつつも、彼らと一緒にいれば安心できるかとこじつける。
◆
呉羽の家に着くと、空と大地は「お邪魔します」と彼の家の中へと入った。
「へえ、サッキーの家って八姫地区にあったんだな。夏斐もだっけ?」
「そーっスね」
そうだとしても、小中学で一緒になるはずなのだが、呉羽を見たことはない。もちろん、向こうも同様であろう。
「でも、オレ中学まで隣町にいたケドな」
ならば、知らないのも当然である。
呉羽は二人を自分の部屋の方へと案内すると、冷蔵庫に入っていたコーラーを三つのグラスに注ぐ。その内の二つを彼らに渡した。大地はそれを受け取り、それを飲むも少し怪訝そうな表情を見せた。何もそれは彼だけではない。空もほんの少しばかり片眉を上げているようである。
「炭酸抜けてない?」
「コレ、開封したの三日前」
「すぐ飲めよ」
そう言う割には、大地は笑いながらもコーラーを口につけるようにして飲んでいた。
「ンな二リットルもあるモノ、一気に飲めるかよ。そんなのできるのは秋島ぐらいだろ。な、夏斐」
「あー、センパイできそうっスね」
「ムチャゆーなって。五百が限界だって。つーか、そっち買えよ。何、欲張って二リットル買ってんだよ」
大地はグラスをテーブルに置くと、呉羽が買った遺伝子学の専門書をぺらぺらとページを捲っていく。端目で見ていた空は難しそうだ、と思うばかり。
「八姫農業高校ってそんなの習うんですね」
「習うってゆーか……クラスってゆーか、学科によって変わってくるから。秋島のトコもそーじゃないの?」
「あー、そーゆーのはオレ、大体赤点寸前だから」
「ベンキョーしましょーよ」
そう言う空に大地は手を振る。やりたくないらしい。
「何のために八姫農業高校に入ったと思ってんだよ。ベンキョーしなくてもいーからだ」
なんて発言をかますのをよそに、空と呉羽は顔を見合わせて吹き出してしまった。まさか、真顔で言ってくるとは思わなかったから。それに大地は口を尖らせる。
「なんで笑う?」
「真顔が面白かったんだよ。な、夏斐」
「ええ」
「や、真顔が面白いってどーゆーコト!?」
それでも理由を言わずして、笑う二人に心が傷付いたとでも言うようにして膝を抱えた。それにもっと笑ってしまう。
「なー、秋島。なんで四バカって言われてるの?」
「……いや、逆にそれ言われてもわからねーよ。おい、夏斐いつまで笑ってる?」
「すみません」
それでも二人のやり取りがツボにはまった空は笑いから抜け出せそうにない。とりあえず、落ち着こうとしようとしても、大地の腹から音が聞こえてくる。お腹空いたらしい。いや、無理もない。明日から夏休み――ということはお昼に学校が終わったとも言えるのだから。
「お腹空いたのか」
「そりゃーな」
「じゃあ、昼メシ食べていく? 夏斐も」
呉羽は部屋の壁にかけられた時計を見た。それに空は遠慮するべきだと断りを入れようとするが、大地が「いーの?」とお昼ご飯を食べていく気満々である。この状況、洋子の家でも見たことがあるような気がする。
「サッキーの母ちゃんのご飯?」
「や、オレ」
今度は大地が吹き出してしまう。
「おまっ、料理できるのかよ!? えっ、夏斐はできる?」
「チャーハンぐらいなら」
「てゆーか、秋島はできないのかよ」
「普段作らない」
家の台所を思い返すはその場に立っているのは自分の母親か弟ぐらいなものである。自分と姉はできるのを待つだけ。
「だったら、いー機会じゃん。昼ご飯作るの手伝って。どーせ、秋島は来年シューショクで一人暮らしでもするんだろ? それなら、料理できた方が金の節約になるもんだぜ。もちろん夏斐もな」
呉羽はそう言うと、二人を台所へと誘った。冷蔵庫を開けて「二人は何が好き?」と訊いてくる。
「それに合わせて作るつもりだケド」
その言葉に空は大地の方を見た。どうやら、彼の好物でも構わないらしい。
「じゃー、ハンバーグ」
「いーね、オレも好き。材料あったかな……」
なんて呟きながら材料を取り出していく。ハンバーグのつけ合せとしてポテトサラダも作るようである。その材料らをダイニングテーブルに並べると二人に的確に指示を出していく。
「道具をテキトーに使っていーから秋島はタマネギを、夏斐は茹でてジャガイモを潰してくれる?」
「あっ、はい」
「ゴーグルってある? 確かタマネギって刻むと涙が出るんだよな?」
大地はタマネギを手にしながらまな板や包丁を取り出す呉羽に訊ねた。
「出てもいーじゃん、秋島だし」
その突き離すような発言にジャガイモを洗っていた空は鼻水が出そうな勢いで吹き出す。それに大地はじっと背中に視線を向ける。
「意味わからねーし」
ゴーグルなしでやるしかない、と判断すると、大地は水道水でタマネギを洗い皮をむき始めた。そんな彼を見ていた呉羽は感心する。
「へえ、秋島なら水洗いも皮もムカずにそのまま包丁でイクかと思ったけど」
「サッキーってマジでオレのコトなんだと思ってんの? おい、夏斐。いつまでも笑ってんじゃねーぞ」
ジャガイモを鍋の中に入れながら肩で笑う空に指摘してくる。これが限界だとして、腹筋が崩壊しそうなほど面白いやり取りをする彼らだなと思う。しかも、そのやり取りは終わらない。
「秋島四バカじゃん。オレ、そーゆー偏見を持っているからさぁ」
呉羽がそう笑っていると、大地は涙を流し始めた。思わず追い詰め過ぎたかと思ったが――彼は今、タマネギを切っているのだ。涙が出るのは自然である。
「……なんか、秋島が泣いてるトコ、写真撮っていーか?」
などと言いながら、スマートフォンを取り出しながら呉羽はそれを構え出した。
「写真代、取るぞ」
「どーせ泣くなら、鼻水も垂らそーぜ」
「オマエも夏斐もサイテーだな」
大地は鼻水を啜りながら不貞腐れた。
「せめてのモノで夏斐が助けてくれると思ったが。見当違いとは」
「や、だって……ホントに面白いですもん」
「えっ、別に面白くもなんともねーだろ? え? 面白い?」
「秋島がな」
バッサリとそう言われ、大地は諦めたようにしてタマネギを切り刻んでいると、玄関の方から「ただいま」と言いながら女性が入ってきた。彼らはその女性の方を見て、呉羽以外固まってしまう。
「ゴメン、ゴメン。今日が早いこと忘れてた……って、あれ? 呉羽の友達?」
「おかえり母さん。そーだよ、どーせならご飯一緒にって思って手伝ってもらってたんだ」
「アンタ、結構厚かましいね。いーよ、わたしがするから。三人はゲームでもしていて待っていなさい」
呉羽の母親はそう言うと、三人を今の方へと追いやった。仕方なしに彼が適当にゲームの準備をしている最中、空と大地は顔を見合わせる。
「夏斐……」
「た、他人の空似じゃあ……?」
まさかと思いたい。愕然と立っている二人に気付いた呉羽は「どーかしたか」と訊いてくる。
「アレ、ウチの母さんだケド」
訊いてもいいかどうかわからないが、空は「あの」と呼びかける。
「三春カンナっていう人、知っています? 女子ですけど」
途端に台所からガシャン、と音が聞こえてくる。その音に多少はびっくりしながらも呉羽は片眉を上げながら知らないと言う。
「誰、ソレ」
「サッキーと同じ割かしサイテーなコトをゆーヤツ」
「そーゆー秋島も似たモンだろ」
笑いながら今にあるテレビの横に置かれてあったゲームハードの箱を引っ張り出しては中身を開ける。そして、テレビとの接続をし始めた。
「ゲーム、何したい? 二人とも格ゲーってする?」
「おー」
先ほどの質問はなかったことにするべきか、と空が座ろうとしたときだった。台所の方から視線を感じ取る。そちらの方を見ると、呉羽の母親がこちらの方を見ていたのだ。それも、微笑ましいね、とか人数分に関する味方でも何でもない。
何か言いたげのような睨み。
だがしかし、空がこちらの方を見てきたため、視線を逸らして調理に入る。彼は不審に思いながらも、ゲームを楽しみ、呉羽の母親の手料理を食べて二人は帰った。それでも空は彼女のあの目の意味が気になって仕方がなかった。




