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青春と都市伝説  作者: 池田 ヒロ
◇夏の事変
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23話 クロワッサンの悪夢

 洋子と共に彼女の家にやって来た空。相変わらず大きな屋敷だな、とたじろぎながらも中に案内されると、すでに客間にはカンナと大地がいた。


「おっ、夏斐も来たか」


「終わったんだ」


「うん」


 じっとこちらを見てくるカンナは空が手にしているパン屋の袋を狙っているようである。そこから美味しそうなにおいがしているよね、と目で訴えてくるところがちょっと怖い。


 これに少しばかり困惑していると、洋子と次郎が空と同じパン屋の袋を掲げて「お昼ですし」とテーブルの上に置く。


「お二人方、お腹空いたでしょう?」


「食べてもいいんですか?」


「ええ。仮にも私たちは育ち盛りじゃないですか、だからいくらでも食べていいんですよ」


 そう洋子は促してくるが、大地は引きつった様子でいた。やはり、多いと思っているのか。


 結局ではあるが、洋子はあのパン屋でピラミッド型に積み上げられたトレイの中のパンだけを購入したのだ。それでも、相当な量。自分より食べそうな大地でさえもキツイはず。


「お茶でも淹れてきますから先に食べていてくださいね」


 そう洋子が言い、空が適当にソファに座ったとき、「どーしよ」と大地の呟きが聞こえてくる。


「さっき、食べたんだよなぁ……」


 どうも、言いそびれてしまったらしい。そればかりはなんともならないな、として同情しながら自分が買った袋の中身を取り出して食べようとする。それに大地は「なあ」と声をかけてきた。


「夏斐って大食いだっけ?」


「すんません、オレ的には五つが限界だと思います」


「五つ?」


 何の話だ、と片眉を上げながら洋子が持ってきた袋の中身を見た。そこにあるのはクロワッサンワールド。


「…………」


 これを見なかったことにしたいのか、別の方も覗いてみると、フランス語で三日月を意味するパンばかり。しかも他の袋も同様である。フランス発祥の三日月形のパンしか見当たらない。


「夏斐」


「一応は止めたんスけどね。冬野センパイ、完全に秋島センパイが何も食べていないと思っていたようで」


「止めたって、オマエっ!? コレ、どー見てもクロワッサン軍団じゃねーか!」


 そう怒鳴る大地にカンナは美味しそうにチェロスとクロワッサンを頬張る。


「いやいや、センパイ。ただのクロワッサンばかりじゃないですよ。チョコとか抹茶とか……なんだったら、ナッツもありますよ」


「オマエはオマエでさっきマック食べたばっかなのに、よく食えるな!?」


「そーです。もうキツイですケド」


 カンナの限界もすぐにきてしまったようで、チェロスを少しばかり残した辺りで口元を抑え始める。


「流石にココにあるほとんどがクロワッサンなのはキツイですね。全部アンパンだったらムリにでも詰め込むんですけど」


「アンパンでもキツイわ。アレ、アンコが入っているだろーが」


「そーいうこれもバターが入っていますね」


 カンナと大地はじっとヤキソバパンを頬張っている空を見てきた。頼みの綱は彼らしい。これに困惑の表情を見せる。


「空、その食べかけのヤキソバパンはわたしか秋島センパイが食べるからガンバって」


「オレの話、聞いてた? 五つが限界だって」


 それ以前に、この大通りにあるパン屋のクロワッサンは割と大きい。ミニであるならば――いや、ミニでさえもキツイ。頑張ったとしても三分の一が限界ではないだろうか。


「てか、そもそも秋島センパイのために買ってきたんですよ?」


「お、オレ?」


「だから、せめても一つぐらい食べられては?」


「チョーシにノってナゲット追加するんじゃなかった」


 洋子が、と聞いて大地は渋々と袋から取り出してもそもそとクロワッサンを食べ出す。これが空腹時だったならば、どれだけよかったか。喉の奥がこれ以上の物を受けつけないと言ってくるように体が拒否反応を仕掛けてくる。


 と、ここでお茶を淹れてきた洋子がお盆を手にして戻ってきた。彼女は悪意が一切ないにこやかな笑顔で「美味しいですか?」と訊ねてくる。


「ここのパン屋のクロワッサン、私のお気に入りなんですよ」


「お、おー。オイシイな……」


「よかったです。あの、よろしければ、全部食べられてもいいですよ。もちろん、夏斐さんも三春さんも」


 なんて言葉に大地は空に「死ぬ!」と言うアイサインを送ってくる。


「そ、そーだな。夏斐、オマエも食えよ」


 というか、食えと目線で訴えてくる者一名。空は仕方なしにクロワッサンに手を伸ばした。一方でカンナはと言うと、優雅にお茶を飲んでいるではないか。一緒にこの三日月パンを片付けて欲しいのだが。


「美味しい、ですね」


 確かに美味しいとは言えた。だが、それは目の前に一つあるだけの話である。こんなうんざりするほどある物の前で食べれば、見ただけでお腹いっぱい状態なのだ。


「ふふっ。やっぱり、男子はたくさん食べる方なんですかね?」


「は、はは?」


 どう答えていいかわからないのか、空が苦笑いをしている隣で「大食いじゃないんだケド」と大地が小さく呟く。


「ぶっちゃけ、もームリ」


 なんて洋子には聞こえないように、大地は一つ目の半分でギブアップ状態に陥っていた。それでも、なぜだか彼女の笑顔に逆らえず、必死になって北京語では『羊角麺包ヤンジャオミエンバオ』というパンを黙々と食べていく。己の腹の許容範囲を超えているのにだ。もちろん、一人で逃げられない空もそのイタリア語で『cornettoコルネット』と呼ばれているパンを口の中へと詰め込んでいくしかなかった。


 それからというものの、空と大地はしばらくの間クロワッサンに対してしばらくの拒否反応を起こすのだった。

クロワッサン (仏:croissant)・・・三日月形に作るフランス発祥のパン。サクサクで美味しい。


日本語では「三日月パン」と呼ばれる場合もある。広東語では「牛角包アウコッバーウ」とも。スイスのドイツ語使用地域では「Gipfelギプフェル」と呼ばれている。

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