22.5話 損している二人
じゃあ、またねと美奈と別れるのは私服姿の大地である。彼らは午前中に会って少しばかりお話をして、別れたところなのだ。現在、彼がいる場所は商店街。人気があるから妙に熱気があって気分は少し落ちている。
早いところ家に帰って、クーラーに当たろうと考えていると――「デートスか?」そう、知った声が後ろから聞こえてきた。そちらの方に振り返ると、そこにいたのはカンナである。周りを見ると、彼女一人だけのようだ。
「……夏斐は?」
「ちょっと親戚の家に行ってるみたいです。仕方ないかと」
「だからと言ってなぁ……冬野は?」
「用事があるそーです。他のトモダチも予定が空いていないし、独り家にいるのもアレだからブラブラと」
そう言うカンナに大地は顔をしかめた。このまま独りにしておいて、あの白衣の男や顔がない人物と接触してしまえば、後味が悪い。ここは独りにするべきではないだろう。だからといて、自分の家に連れていくのも気が引ける。
それ以前に家族がうるさいだろうから。いや、美奈に悪い。
「別に三春と一緒にいるのは構わねーけど……流石にこのクソ暑いとこにずっといるのはな」
「なるべくなら、人気が多いとこがいーでしょーね」
「だからと言ってな、三春と一緒にいて、ヘンなウワサが流れるのもカンベン」
大地がそう言うと、カンナは心外だとでも言うような顔を見せてくる。
「その言い方、失礼じゃありません?」
「オレは失礼じゃないと思っているケド」
「あーっ! ココロに傷を負いました。なんで、お詫びとしてなんか奢ってください」
あれ、この現状以前にもなかったか、と片眉を上げた。なんとも失礼極まりない物言いか。一度痛い目に――合っているな。
「じゃあ、前みたいに近くのコンビニ……」
「今、お昼なんでガッツリ食べたいです」
「その辺の草でも食べてろよ。抜いても抜いても雑草はしつこいぐらいに伸びてくるから」
「そーいえば、羊肉は聞いたことはありますけど、ヤギってどーなんでしょーね?」
大地の言葉を完璧スルーしながらも、近くにある小洒落たカフェ前に置かれたイーゼルを指差した。そこに書かれていたのはこの店の店長の本日のおすすめランチが記入されている。そこに記載された値段はどれも千五百円以上。
地味に財布に痛い値段だ。いくらアルバイトをしていると言っているが、家の店を手伝っているのだ。時給なんてあまりいい方でない。なんだったら、そこら辺の飲食店やコンビニで働いた方が多いのも事実。
「センパイって、バイトしてるでしょ?」
「言っておくが、オレの今のサイフの中身は五千円しかない」
「なら、二人分はイケますね」
カンナは勝手に決めつけると、カフェの方へと入店するが、大地に止められてしまった。だとしても、彼女は引きずってでさえも行きたいらしい。妙に力があるな、と思いながらも彼の力には敵わないようである。今度はカンナが大地服の裾を強く引っ張る。
「ちょい、ちょい。服が伸びるより破けるからヤメロ」
「どーせ、今度猿渡センパイだっけ? とデートするでしょ? そのときのために学習しておきましょーよ」
「だからだよ。オレは美奈ちゃんのために金を残したいんだ。だから、三春に奢れそうなモノはあっちぐらいだ」
そう言って、指差す方向は某ハンバーガーチェーン店である。しかし、その店を見て「えー」とどこか不満げだ。
「わたし的にモス――」
「同じハンバーガーなら腹に満たされりゃ一緒じゃねーか」
これ以上の変更は認められないらしい。大地はあまり乗り気じゃないカンナを連れていく。店内に入るや否や、彼女は「センパイ」と声をかけてくる。
「まさかとは言いませんけど、バカみたいにスマイルくださいとか言いませんよね?」
「ンな言わねー……って、三春さ、俺をどー思ってんだよ」
「四バカの一人でしょ? 意味がよくわかりませんケド」
この言葉に先日の件を思い出す大地。あのときは誠一が空とカンナに――いや、美奈にでさえも言いふらしたのだ。
「あの、四バカって、どーいう意味です?」
「別に気にするコトじゃねーよ。ほら、テキトーに注文しろ」
その話を聞いてくるんじゃない、とでも言うようにして注文を促した。それに応えるようにして、カンナは息継ぎをすることを忘れさせるようにして、自分が食べたい物をすらすらと注文していく。かなりの注文量になってきており、店員もほんの少しばかり困惑をしている様子。
「――のMサイズを二個で……」
そこまで言うと、大地は「全部取り消しで」とオーダーストップどころか、キャンセルを入れてきた。
「コイツにはアップルパイだけで。オレは――」
「センパイ!? それはないと思いますよ!? せめて、マックシェイクも!」
「うるせーな。オマエの注文量はオレのサイフの中身をカラにする気だろ。そんな量が欲しけりゃ自分で買え」
「わかりましたよ。自分で払います」
どうやら、アップルパイだけでは足りないらしい。先ほどの大量の注文とは違って半分以下のオーダーをする。これに疑問を抱いたのか、大地は「それだけでいーのか」と訊いてくる。
「ガッツリ食べたいって言っていなかったっけ?」
「あの注文は冗談ですよ。わたしもそこまで食べきれません。ついでにセンパイの分も注文してあげただけですよ」
「うーん、三春って紛らわしいコトをゆーときがあるよな。オマエ、絶対それでソンしているよ」
カンナはオーダーした物が入ったトレイを持ち、「お互いそーじゃないですか」と皮肉る。
「多分、センパイも四バカでソンしてるのでは?」
「オレの場合はアレよ。バカはバカなりに楽しみたいものよ。くだらないガキのようにオニごっこしても楽しけりゃ、勝ちなんだよ」
「誰に勝つんです?」
適当に席に着き、肩で笑ってきた。その言葉に大地はジュースを飲みながら「それはな」と得意がるようにして鼻で笑ってくる。
「ハゲだよ。いつもバカにしてくるから」
「あー、センパイって将来ハゲそう」
「オレの頭が死滅する予定のハナシじゃねーよ。や、ハゲねーけど……ハゲってゆーのは、八姫農業高校の教頭のコトだ」
「へえ。やっぱ、ハゲているセンセのアダ名って『ハゲ』は共通なんスね」
なるほど、とでも言うようにカンナはハンバーガーを頬張った。紅花高校では一年四組の担任の教師がまさしくそう言うあだ名となっているのである。一応学年中では広まっている。
「あと、『ザビエル』も共通なんじゃね?」
「残念。中学では『ザビエル』よりも『ダビエル』なんですよねぇ」
「『ダビエル』? なんだ、ハゲ具合が似てないから?」
「ですね」
カンナがポテトを摘みながら、笑っていると、窓から一台の見慣れた黒い自動車が見えた。洋子の車だ。もしかして、用事が終わったから戻ってきたのだろうか。彼女の視線に気付いた大地は「訊いてみるか?」とスマートフォンを取り出す。
「メシ食った後、ヒマだしな」
「それは言えてますね」
なんて笑うカンナに大地は苦笑いしながら洋子にメッセージを送るのだった。




