22話 パン屋とピラミッド
思ったより、用事が終わった。そう空は一人で帰宅していた。彼は現在親戚の家からの帰りである。正直言うと、大地たちからは単独行動は控えろと言われていたのだが、母親から先に帰っていてくれと言われたのだ。流石に都市伝説のことを話すわけにはならないため、なるべく人が多い通りを利用していた。
「あっ」
大通りを通行していると、パン屋を見つけた。そうだ、ここは行列と売りきれ必至のパン屋である。どうせならば、とお昼ご飯を買うために入店した。幸い、客数は多いほどでもないようだ。
トレイを手にしたとき「あれ?」と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「こんにちは、夏斐さん」
声の方を見ると、そこには洋子がいた。あまりにも偶然だったからこそ、びっくりする。まさか、このような場所にいるとは思わなかったから。
「こんちは、冬野センパイ」
「えっと、一人ですか?」
それに頷くと、あまりいい顔をしなかった。それもそうだろう、と空は十分に承知していたからこそ、事情を説明する。洋子は渋ってはいたが、納得はしてくれた。
「でも、危ないですよ」
「すみません」
「ところで、ここのパン屋にはよく来られるんですか?」
洋子はクロワッサンを摘みながら、トレイに入れていく。空も適当に目ぼしい物を摘んでいった。
「いえ、初めてですね。ウワサは聞いていたから」
「そうなんですね。私、ここのクロワッサンが好きなんですよ」
「へえ。あっ、アンパン……」
ラスト一個のアンパンに思わず空は手を出した。それを見た洋子は「好きなんですか?」とニコニコ笑みを浮かべる。
「確かに、美味しいですよね」
「や、オレじゃなくて……って、センパイってアンパン食べるんですか?」
もちろんだ、と答える洋子に驚きを隠せない。彼女はどちらかというならば、そういうのは食べたことがないとか言っていそうだから。遊園地が初めてと言っていたからそれと同列かなと思っていたのだ。
「ここによく来るから食べたりはしますよ」
「はあ、クロワッサンばかりトレイに乗っているからてっきり」
そう、洋子が持っているトレイの中には大量のクロワッサンがあるのだ。山になるように積んでいるのではなく、それの中に綺麗に並べられているのである。縦、横の乱れは一切ない綺麗な並びに苦笑いをするしかない。
「ふふっ、これからですよ」
まだまだだと言わんばかりに、そのトレイに陳列したクロワッサンの上にチョコクロワッサンと抹茶味のクロワッサンを積み重ねていく。
「…………」
洋子はトングをカチカチ鳴らしながら「来週が楽しみですよ」とにこやかだった。
「何でも新商品で中にアップルの果肉を入れた物らしいですって」
「や、独占過ぎやしません? ソレ」
もはや鼻白むしかない空。そんなツッコミ型質問を気にせずして、洋子は店内を見て回る。あれ以上まだ購入するつもりなのか、と思うとどう反応すればいいのかわからなくなってくる。それよりも、だ。あの大量のパンを彼女は食べるのか。空はヤキソバパンを摘みながら遊園地の昼食を思い出す。確か、洋子が注文していたのはパスタ系列だった気がする。それも普通に一人前のを。そこまで多いわけでもなく、食べ終えて――。
【もうお腹いっぱいです】
満足げにしていたはず。
まさか、クロワッサンは別だとか言わないだろうか。いや、結構あのクロワッサン大きいぞ。ミニクロワッサンでもなければ、普通よりも少し大きめだぞ。自分ならば、五つぐらいでお腹いっぱいになりそう。
「スゲー」
近くにいた親子が洋子を見て、目を丸くしている。その子どもは彼女を尊敬の目で見ている気がしてたまらない。いや、それよりもパン屋で一つの商品を独占するようなあのような芸当をすることができるのは彼女くらいか? 意外と大地たちも悪ふざけで独占購入はしそうではあるのだが。
「夏斐さん、チェロスも美味しいですよ」
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
空はどうしても、そのトレイにピラミッド型で高く積まれたパンを独りで食べきる気なのか知りたかった。そのことについて訊ねてみると――。
「流石に私一人ではムリですよ。雪野さんと一緒に食べたとしても食べきれませんし」
「誰ですか、その雪野さんって」
「あれ? 何度か会っていますよね? あれ? もしかして、名前を知らないんですかね? ほら、私をいつも送り迎えしてくださっている方ですよ」
どうやら、洋子を送迎している運転手の人らしい。初めて名前を聞いてびっくりした。というか、互いに自己紹介をしていなかった気がするが。
「あっ、そうだ。夏斐さんもこの後ご予定がなければ、ウチに来ませんか? 秋島さんと三春さんも来られるんですよ」
「だからその積み重ねだったんですか」
「ええ。三春さんもですが、秋島さん大きいですもんね。育ち盛りだからでしょうか。ああ、足りますかね?」
なんて言うと、入口付近にいた運転手改めて雪野次郎にトレイを渡すと、もう一つのトレイを手にして物色していく。まだあの山盛りを購入するのか。
「あの、いくら育ち盛りの秋島センパイだとしても絶対にアレだけでもキツイと思いますよ」
次郎が持っているトレイのピラミッドは何段あるんだ、として洋子を止めようとする空であった。




