21話 夏なのに春がやって来た
「え?」
ここは八姫農業高校にある体育館裏側。驚いたようにして声を上げる大地は五日連続遅刻のペナルティとして、クラスの担任からの雑務を受けていた。だが、彼の目の前には同学年の女子生徒がいる。
「えっと……確か、四組の人だよね?」
「うん。今、いーかな?」
大地は一応辺りを見渡した。
「くろちゃんいないからいーけど?」
女子生徒の方を向き直りながら、まさかな、と怪訝そうにする。担任――黒月初喜からの追加仕事の伝言でも承ったのではないだろうか。そうだとするならば、なんて卑怯な。男子であるならば、即座に断るものの――いや、男子だろうが、女子だろうが断りづらいのは事実。
なんだかな、と大地が考え事をしていると、その女子生徒は「付き合ってください」と言ってくる。
「秋島クン、あたしと付き合ってください」
「は?」
突然の告白にその場で固まってしまった。それになかなか答えを出してくれない大地にその女子生徒は少し泣きそうな表情でこちらを見てくる。
「ダメ、ですか?」
「あっ!? や、ダメじゃ……ダメじゃねーケド……」
「じゃあ、連絡先コーカンしよ。あたし、美奈」
自ら美奈と名乗った彼女は黄緑色のスマートフォンを取り出してそう促す。大地も戸惑いながらスラックスのポケットから取り出して、連絡先を交換した。
「うん。じゃー、今日から一緒に帰ろーよ」
「おっ、おー……」
大地が頷くのを確認すると、美奈は「ガンバってね」とその場を去ってしまう。これに彼はまだ硬直状態であり、見回りに来た初喜からサボるな、と怒られてしまうのだった。
◆
「マジかっ!?」
大地は自分のクラスに戻って早々、友人である誠一たちにこのことを報告した。事実を告げる彼は物すごく嬉しそうな表情である。
「マジだ! いーだろ」
「騙されてるんじゃね?」
「あー、罰ゲームの告白的な?」
大地が異性から告白を受けるという事実を受け入れがたい。というよりもそれが本当であるか疑わしい三人は妙な憶測を立て始める。それがばかにされている気がして――。
「オマエら失礼だぞ! 美奈ちゃんに謝ってこいや!」
「や、知らねーよ。誰?」
どうも誠一はその人物のことを知らないらしい一方で翼は「もしかして」と何かを思い出すように斜め上を見上げる。
「四組の猿渡さん? だったら、あの人カワイーよね」
どうも美奈のことを知っているらしい。それが素直に驚きを隠せない大地は「なんで知ってんの?」と嫉妬丸出しのオーラを当てつけてくる。
「まさか、美奈ちゃんを狙っているとでも!?」
「違うよ。中学一緒だったし、カワイーからてっきりカレシがいると思ってたけど……まさか、ね」
「まさかってなんだよ」
「だって、秋島は学年じゃユーメイな『四バカ』の一人じゃん?」
翼が笑いながらそう言うと、大地はこめかみに青筋を立てて追いかけ始めた。怒らせてしまったとしても、それに怯えることはない。とりあえず、授業が始まるまでに逃げればいいのだから。
◆
カンナは花町の商店街にある売店でジュースを買ってうろついていた。共に下校していた空からは「早く帰ろーぜ」と促してくる。
「まだ明るいケド、逃げきれる自信ないぞ」
「や、いちおー人はいるじゃん。要は人気のあるとこにいればいーだけ」
毎日、毎日を急ぎ足で帰宅するのはつまらない。たまにはいいじゃないか、と説得していると、少し離れたところで大地を見つけた。珍しい、この時間帯であるならば、店の配達のバイトをしているはずなのに。カンナが物珍しそうに眺めていると、その隣に見たことのない八姫農業高校の女子生徒がいた。
思わず口に含んでいたジュースを吹き出してしまった。その姿を見ていた空は「何してんだよ」と鼻白む。
「ほら、これで拭けよ」
空がティッシュを渡すのをよそに、カンナは大地の方を指差した。その指の先を見て、彼もまた飲んでいたジュースを盛大に吹き出してしまう。
「あ、秋島センパイ!?」
何かの見間違い? ではない。その空の声が聞こえたのか、大地はこちらを見てきた。女子生徒――美奈もまた二人の方を見る。
「なんだ、オマエらか」
このようなところで道草食うなよ。そういうような面持ちの反面、どこか嬉しそうな余裕の笑みを浮かべた。その笑顔を見て、カンナはまさかと思い――。
「そ、そこの人! なんかの罰ゲームですか!?」
カンナがそう言ってしまうと、大地は彼女の顔にアイアンクローをかます。
「オマエっ! ホントに失礼だな!? あのなぁ、これは罰ゲームでも何でもないんだよ! なあ、美奈ちゃん!」
美奈に同意を求めると、彼女は戸惑いながらも頷いた。こうして、なんとなく仲良さそうではあるが、知り合いなのか。
「えっと、その紅花高校の子たちは?」
「あっ、オレたちはただのコーハイです」
「そーなんだね……あたし、猿渡。よろしくね」
そう言う美奈は羨ましそうにカンナの方を見た。
「えっ!? じゃーガチで二人とも付き合っているんですか!? そ、空っ! 明日の天気って台風来る!?」
「来ないから、いー加減に祝ってあげろよ」
「そーだ、面白いから冬野センパイにも教えよーっと」
唐突にカンナは大地と美奈の写真を撮ると、それをすぐさま洋子にメッセージ付きで送った。そのやり方に彼は怪訝そうな顔を見せる。
「や、なんでそこで冬野だよ。カンケーねーだろ」
「あるじゃないスか」
その一言でなぜか反論できない大地。何も答えられず、たじろぐ彼に「大地クン?」と美奈は顔を覗かせてくる。
「その冬野ってヒト……カノジョ? えっ? 二股?」
「ンなっ!? 違うし! 確かに冬野は女子だけれども、付き合っていないし!」
「でも、家に行って晩ご飯ご馳走になったんじゃなかったでしたっけ?」
「三春ぅ!!」
もうこれ以上ややこしいことを言うな。大地は再びアイアンクローをかけようとするが、逃げられてしまう。
「ああ、確かに冬野んチに行ったさ! でも、それはオマエらも同じだろ!? それに、夕飯ご馳走になったのも事実だけれども……アイツとはただのトモダチだよ!」
なんて恥ずかしそうに弁論すると、そこにやって来た一台の黒い自動車。これに少し青ざめた表情の大地。そこから降りてきたのは洋子だった。
「そ、それならば、先日の紅花高校の体育祭で、私のパンツを見たのは……?」
これは言い逃れができない、として大地は顔を引きつらせる。
「冬野ぉ!?」
カンナが言っていた台風が来るというのはアタリだった。なぜって、洋子と美奈から不穏な空気が漂っているのだから。
「だ、大地クン? このヒトのパンツを見たって?」
「ち、違うんだ、美奈ちゃん! 負抵抗! 負抵抗なんだ!」
「いーや、大地の意思さ」
いつの間にかいたのか。誠一がスラックスのポケットに手を突っ込んでにやにやとしていた。その表情はお前だけいい思いをするのは許さないと言わんばかりである。
「オレもあンときは当事者だったからなー? なー、ゴール直前でパンツに気ぃ取られてオレに負けた秋島大地クンよ」
「な、なーにを言ってるのかなぁ? 一組の四バカの一人である児玉誠一クンよ」
「四バカはオマエもだろ。つーか、猿渡さんよ。よくコイツのコト好きになったよな? キミの趣味をバカにする気はないけど、コイツだけは……なぁ?」
どこまでも大地を下の方へと蹴落としたいらしい。だが、どうして彼のことを好きになったのかは空たちも気になるのは事実。一同して美奈の方を見た。
「えっ。だって、大地クンって……そりゃあ、四バカって言われているけれども。カッコイーし」
「まー、イケメンなのは否定しないよ。でも、ゆーほどクールじゃないのも事実だ」
それは言えている。
「それに、問題はカノジョいるクセにして、こーして他校の女子生徒と海に行く約束もしているんだよな? さあ、カノジョと海、どっちを取る!?」
遠巻きではあるが、誠一のやり方は明らかに大地を貶めるようなやり方。余程許せないのだろう、彼が恋人を持つということが。これはその憂さ晴らしか。
「ンだよぉ! じゃー、美奈ちゃん! みんなで海に行こーぜ! どーせ何人でも枠が空いているだろ! 確か!」
玲に確認をしろ、と空に言ってくる。渋々と確認のメッセージを送ると、承諾をもらった。そのことを報告した途端に誠一は悔しそうな顔を見せる。
「はっはぁー! ざまぁみやがれ! 他人の幸せを不幸にしようとしている時点でそうなるんだよ、誠一クンよ!」
「うっせぇな! クソっ! あのバカにカノジョができるなんて思わなかった!」
誠一は諦めたようにして、その場を去って行ってしまう。彼に勝った大地は美奈を連れてどこかへと行ってしまった。その場に取り残された三人だが、空はあることに気付いた。
「…………」
洋子がどこか羨ましそうに大地の後ろ姿を見つめていたからである。




