18話 気配
どうにか無事、というほど無事には終わらなかった紅花高校体育祭。
「高校の体育祭ってココまで疲れるモノなの?」
教室の方へと戻るカンナが思わず口に出すが、それは違うぞと空が軌道修正する。
「秋島センパイがあれだけ暴れ回ったからだろ? 見た? センセーたちの顔」
「あー誰だ、こんなヤツをウチの体育祭に誘ったヤツはとか言いたそうだったもんね」
「まー、でも、あれだけで済んでよかったんじゃない?」
そう言う空は周りを見渡した。うん、先月から感じていた視線や妙な気配は感じられない。結局体育祭にはあの白衣の男や顔のない人物も現れなかった。だとしても、気が気ではないのも頭に入れておかなければ。
「あっ」
昇降口のところでカンナは声を上げた。
「どうした?」
「委員会で片付けなきゃいけなかったんだった。行ってくるよ」
サボって怒られるのだけは勘弁だ、とでも言うようにして、カンナはグラウンドの方へと行ってしまう。一応、他の生徒や教師たちがいるから安全ではあろう、と空が靴を履きかえていると――。
「知ってる? 顔のない人のウワサ」
そんな会話が耳に入ってきた。
「なんか、体育祭あっているときにユウカが見たんだって」
「え? どこで?」
「校舎の窓かと思えば、校舎の物陰とか」
「それオレも聞いた。あっちのプールの方にもいたって」
「…………」
他の生徒の会話を聞いて、硬直する。それに気付いた明が「どーしたの?」と声をかけてきた。
「教室行かないの?」
カンナが危険だ。即座に空は靴を履いて、グラウンドの方へと走ってしまう。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえるが、そちらよりも彼女の安否が気になる。
カンナがいるグラウンドの方へと行っていると、テントを片付けている彼女を見つけた。彼女は折り畳まれたそれを手にして倉庫の方へと持ち運んでいる。誰かと一緒にいる様子はない。一緒にいた方がいい、そう判断した空がカンナのもとへと向かっていると、妙な視線を感じ取った。
誰もいない倉庫の物陰。顔がないあの奇妙な人物。それにカンナは気付いていない。明らかにそれは彼女を狙っている。
「カンナぁ!!」
本気で危ないと感じ取った空はカンナに大声で声をかけると――「逃げるぞ!」そう、言う。
「早く!」
「えっ? そ、空? 何?」
「いーから! こっち来いっ! オレも一緒に怒られてやるから!」
一刻も早く、あれから遠ざけたかった。
この思いに気付いたカンナは状況を察する。一度倉庫の方を見るが、誰もいない。気配も視線もないが、空を信じることにしたのだ。彼女は持っていた折り畳んだテントの骨組みを置いて一緒に走り出す。
どこへ逃げたならば、いいだろうか。二人がグラウンドから離れると、カンナも中庭の方からぞっとするほどの気配を感じる。これは間違いない、あの夜に感じ取ったのと同じ物だ。
空は昇降口の方へと向かって、教室へと行こうとするも、そちらの方からも視線は感じた。向こうへは行けそうにない。ならば、と正面玄関から入ろうと裏手へと回った。
逆にそれが仇となる。
逃げれば、逃げるほど感じる視線。どこまで逃げようにもそれは常に追いかけてきているのがわかった。校舎内に逃げるのは不可能であると判断すると、今度はカンナが手を引いて学校の門を出た。
「カンナ?」
流石に町中に行くのは――とも思ったが、校舎内に入れない、大地たちとの連絡を取れるスマートフォンが教室にある。手の施しようがなかったのだ。
それならば、直接洋子の家に避難させてもらうしかないのだ。だが、そんな彼女の家はここから二、三キロ離れていて、とてもじゃないが逃げきれる自信はない。あの日の夜はすぐに追いつかれていたから。
それでも逃げなければ、自分たちがどうなるか保証ができない。
できるだけ遠くに。遠ざかるようにして――。
そうして、逃げていく内に段々と人気のないような場所で走っていることに空は気付いた。
「ヤバッ」
その小さな声にカンナも気付いたようにして、顔色なし状態へとなっていく。
「お、大通りってどっち!?」
「こっち!」
ここは路地。すぐにでも大通りや人気のある通りに出たかったのか、ショートカットを利用して、入り組んだ場所へとカンナを案内した――のがいけなかった。
右に曲がった瞬間、二人の眼前にあの顔がない人物が待ち伏せていたのだ。これに悲鳴が上がるも、誰も助けに来ないのは承知している。
「こ、こっち……!」
慌てて、元来た道へと戻ろうとするが、そこからも顔がない人が追いかけてきた。もう残されたルートからでしか逃げられない。だが、二人が逃げ込んだ場所ですらもそれは待ち構えていた。四方に囲まれ、絶体絶命。カンナは怯えているのか、自分の服にしがみついている。彼女を守ってあげなければ。その思いとは裏腹に、空自身も恐怖に怯えていた。
あの都市伝説が本当ならば――。
【違法とも呼べるような人体実験をしているらしい】
まさか、とは思いたい。自分たちはこの人たちのような末路を辿るのか。
「空ぁ……!」
カンナが空の服の裾を強く握りしめたときだった。
「そいつらに手を出すんじゃねぇ!!」
原付バイクに乗っていた大地と黒い自動車に乗っていた洋子がその人物たちを撥ね飛ばして現れた。
安心という言葉が大きいのか。二人はその場に座り込むが、大地たちによって強引に洋子の車に乗せられた。そして、その場を逃走するのだった。




