9話 アウト!
日曜日、空と明は自分たちが住む町にあるショッピングモールのフードコートでスマートフォンを弄っていた。今日は玲が言っていた合コン当日であり、約束の時間の三十分以上はすでに経過していた。
「高崎君とその秋島センパイだっけ? ……遅いね」
明はもう帰りたい、とでも言わんばかりに大きなため息をついた。それは空も同じ思いである。
「そもそも、高崎が時間までに来るヤツじゃないだろ。アイツ、何度かチコクしてるし」
「そーだったね」
金曜日の朝のホームルームの出来事を思い出した。担任の話のときに玲は勢いよく教室のドアを開けて【セーフ!?】と言って入ってきたのだから。その直後には【アウト】と教師がバッサリ答えていたことも思い出してきたぞ。
「だったら、秋島センパイはどうなの?」
「あのヒトは……知らないなぁ」
そもそもが数日前に会った他校の先輩なのだ。大地がどんな人物なんてあまりわからないし、何より初対面なのに胸倉を掴まされたなんて言わない方がいいだろう。
「ていうか、合コンするって言ってもさ、ここまで遅れてくるなら女子はすっごい怒るだろ」
「そりゃね。一応主催者は高崎君とそのお姉さんだっけ? でも、お姉さんがいるなら着信とかすごそうだよね」
「目覚ましとか、かけりゃいーのにな」
玲は朝が弱いタイプなのだろうか。なんて二人が思っていると「おー」そう、声が聞こえてきた。空がそちらの方へと顔を向けると、大地がやってくる。
「待たせたなって、後一人は? 確か四人だったよな?」
「チコクですよ」
「オレ、チコクするヤツ、キライなんだよね」
――アナタ、今来たばっかりじゃないですか。
ブーメラン発言に何も言えない二人が、なんとも言えない顔を見せる。そうしていると、遅れてきた本人が明の方を見て「オレ、秋島な」と軽めの自己紹介をする。
「夏斐から聞いてるよ。えっと……美野島、だよな?」
「はい、そーです」
「そーいや、美野島にアニキいるだろ? 同じクラスだよ」
「そーだったんですね」
これには空だけでなく、明も少しびっくりしていた。なんとも世間は狭いものである。
「へー、美野島のお兄さんって八姫農業高校だったんだな」
「うん。まさか、秋島センパイと同じクラスとは思わなかった」
なんて三人が談笑をしていると、滑り込むようにして一人の人物、玲が走って登場してきた。
「ギリギリセーフ!」
「アウト」
「ちょっ、センセーと同じコト言わないで」
頑張って走ってきたのに、と本当に息を切らした様子でいる玲。だが、「アウトはアウトだ」とバッサリ切り捨てるように空は断言する。
「ていうか、お姉さんから着信とかメッセージとか絶対来てるだろ。確認した?」
そう言われて、思い出したようにしてズボンのポケットを探ってスマートフォンを取り出して着信履歴を見ると、血の気がなくなる勢いで青ざめた様子でいた。
「ヤベッ」
「その様子だとお姉さんメチャクチャ怒っているだろ」
「夏斐って勘が鋭いな」
割と重大なことであるのに、なぜにこいつは余裕的な口ぶりなのだろうか。
「おいおい、大丈夫なんだろーな?」
心なしか、大地も自身のスマートフォンを片手に愁眉を見せていた。そして、なぜか辺りを頻りに見渡している。もしかして、その合コンとやらに来ている女子が気になるとでも?
「高崎だっけ? 女の子たちはどこにいんの?」
どうやら早く行きたいらしい。
「あー、ちょっと待ってください。姉ちゃんのメッセージが多過ぎて……」
おそらくどこかの店に入っているという連絡文があるはずだそうだ。そして、今でもどんどん入ってくる連絡との格闘をしながら探していく。そんなこと、自分の姉に電話で訊けばいいじゃない。そうツッコんでみるも――。
「ばっか。夏斐は姉ちゃんの怖さを知らないからそんなコトが言えるんだよ」
「や、訊いた方が効率いーだろ。メッセージを大量に送ってくるコトないし」
「や、通話直後にオレの鼓膜が……あ、あった。えっと、女子たちはカラオケにいるっぽいっスね」
それじゃあ、そちらに行きましょうかと玲は返信でもしているのか、画面を弄りながら三人を案内し出す。
「カラオケってミスター (カラオケ店名)?」
「そそ。すぐそこだしな」
玲は遅刻したことをほぼ反省していない様子で気楽にカラオケ店へと向かっていると――。
「オマエは何をやってんだ、こらぁっ!!」
ショッピングモールを出た瞬間に二人の女性が大地と玲に向かって飛び蹴りを食らわせた。突然のことに頭の中の処理ができないのは空と明だけ。蹴られた彼らは地面へとノックダウン。
「えっと?」
どこからツッコミを入れたならば、いいのだろうか。玲に向かって攻撃を仕掛けてきた人物は彼の姉であるのは十分にわかる。蹴られた箇所を擦りながら起き上っている彼に向かって「遅い」だなんて怒っているのだから。
しかし、一方で大地に向かって「逃げんな!」と怒声を上げている女性は誰なのかわからない。彼女――ではないだろう。彼は恋人がいないし、何よりこの合コン自体を楽しみにしていたのだから。
それでも、何かしらの知り合いであるのはわかった。大地はその場にあぐらを掻いて「うっせーな」と口を尖らせているのだから。
「だからオレ、用事があるっつってんだろーが」
「そーじゃないし。アンタ、予定があるならせめて前日に言えって何度言ったらわかんの!」
「あー? もー予定立てたモンは変更がきかねーコトぐらい『アネキ』にもわかんだろうが」
どうも、大地に飛び蹴りをしてきた女性は彼の姉らしい。そう言われると、どことなく似てはいる。
「アンタ、バカ!? アタシ、今日はデートだって言ってんの! おかげでアタシが配達しなくちゃならなくなったじゃん!」
「あンだよ、アネキはカレシがいるから何も問題ねーじゃん。オレ、あれだよ。今日こそカノジョゲットするために金よりこっちの方を取ったんだからな」
二人の口論に唖然とするその場。先ほどまで言い合っていた高崎姉弟すらも驚きを隠せないのか彼らを見ていた。
「いーから、配達してっ! 待ち合わせに遅れるから!」
「遅れたっていーじゃん。どうせ、アイツだろ? あの、ナヨナヨしたヤツ」
「アンタに言われたかないし!」
大地の姉は痺れを切らしたのか、彼に向かってこめかみに拳を置いてぐりぐりとした。これにより、耐えがたい痛みが襲いかかってきて――。
「イタイっ! イタイから!?」
「じゃあ、配達して!」
自分の姉に逆らえないと判断したのか、涙目で「やります」と諦めざるを得なくなってしまう。
ということは、大地が抜けてしまうから一人足りない状態で合コンをする状態となる。これにどう対処するのか、と気になった空と明は玲たちの方を見た。彼の姉は自身のスマートフォンを見て、眉根をひそめる。
「ん、姉ちゃん。どーしたよ」
姉の様子に気付いた玲が声をかけると、彼女は「いや」と口ごもらせる。
「アンタらが遅いから、他のメンバー帰るってさ」
「え」
「……それなら大地、アンタ用事がなくなったじゃん。はい、配達よろしくー」
一応事情でも察したのか。それとも知っていたのかは定かではないが、大地の姉は彼に鍵を渡すとどこかへと去ってしまった。合コンがなくなってしまったことに対してまだ茫然としている彼は一呼吸を置くと――。
「ジョーダンじゃねー!?」
そう嘆くしかなかった。
合コン中止。正直言って、一番安堵したのは空なのかもしれない。心の奥底で「ゲームセット」なんて審判もどきのような言葉が浮かび上がっていたのだった。




