Episode 3 Reunion with lover. heroine is back.記憶 1
記憶
2547年7月6日午前11時30分。ヒューリ-パッカー近衛艦隊トーマス-ノテル司令官大佐が率いる第034大隊は真っ白に光る光を見やっていた。この光はニューセイルを破壊した核の光である。
この日ヒューリは1艦隊23艇の戦艦、巡洋戦艦で構成されている近衛艦隊全35部隊をラジーネ宙域に召集していた。理由はニューセイルから吹き飛ばされてくる敵、味方の兵器残骸回収の為である。否、今回に限っては兵器よりも寧ろ救助が主な目的である。が、本来近衛艦隊の任務は残骸回収でもなければ、人命救助などでもない。寧ろ人命を奪うのが仕事である。その近衛艦隊に人命救助の仕事が来た。しかも敵の人命を最優先との命令にどうもテンションが上がらなかった。
とは言え与えられた任務を放棄する事は死を意味する。当然大隊の全責任は034大隊の司令官を務めるトーマスが負う事になる。
ヒューリの父は伯爵の称号を持っているし、祖父は公爵の称号を持っている。その為息子のヒューリは子爵扱いになっているからおそらくお咎めは無いだろう。よって任務放棄で死ぬのはトーマスだけである。それに敵の救助を断って死ぬのも癪だ。だからトーマスは034大隊をラジーネ宙域に向かわせた。
李筝雲皇帝陛下の声明発表を旗艦ラファエル中型戦艦の中で聞きながら詰まらぬ時間を過ごし、ラジーネ宙域に着くとヒューリの詰まらぬ話を聞かされた。
ヒューリが何を言っていたのかはよく覚えてはいないが、青二才の詰まらぬ戯言などに興味はなかった。要するに7日後に始まるであろう戦争を今から始めるという事なのだ。
数では圧倒的に有利な戦争であってもまともに訓練をされていない連合帝国の軍隊とこの日の為に訓練されてきた残り6カ国の軍隊とでは数で有利な戦争が有利に運ばない。それを打開する為の奇襲なのだ。
トーマスはため息を吐き煙草に火をつける。じっと見やる宇宙空間にはザッと806隻の戦艦が陣取っている。これを海に浮かべれば海が埋まってしまうのではないかと思える程の数だ。それでもこの宇宙の中では高々な数にしか見えないでいる。
「司令官…。そろそろ時間です。」
艦長のブリドリッヒ-イマルが声を掛けてきた。ブリドリッヒは034大隊旗艦ラファエルの艦長大佐である。年齢は57才とトーマスよりも8才程若いが白髪が多く禿げている。が、顎には濃いヒゲを生やしている。体格は痩せ型で肌の色は標準的なブラウンである。因みに禿げは治療でいくらでも直せるのだがブリドリッヒには興味がないらしくあえてそのままにしている。
「ああ…。防護ネッット前方に防護粘着ジェルを射出。爆風到達180秒後に人形兵器射出。以上だ。」
気怠そうにトーマスが言った。トーマスはヒューリの部下であるが元々はヒューリの祖父であるヴィステンの部下であった。ヴィステンは公爵の称号を持つ貴族である。ヴィステンはその才気ある実力で公爵の称号を手にいれた生粋の軍人である。トーマスは当時そのヴィステンの部下であることに誇りを感じていた。
誰もが軍人という職業に誇りや国家愛を全く持っていない時代に彼は誇りを持っていた。軍人として軍人らしくあろうとしたのだ。トーマスはそんなヴィステンの生き様に心を打たれ軍人として精進することを誓ったのだ。そして2人で精進した結果、ヴィステンは伯爵の称号を手にいれ近衛艦隊を持つに至り、トーマスはヴィステン-パッカー近衛艦隊第001大隊の司令官を務めるに至った。
001大隊…。トーマスにとってこれ程名誉なことはなかった。当時ヴィステン-パッカー近衛艦隊の数は12大隊程度だった。今ほどの規模になったのはヴィステンが公爵に昇格してからだ。それでも001大隊の司令官を務められると言う事はヴィステン-パッカー近衛艦隊全体でNo.2の位置ずけを意味していた。要するに総司令官を務めるヴィステンの右腕として認められた事になるのだ。
「それが何だ…。青二才の分際で。何がそろそろ荷を下ろしたらどうですかだ。」
「なにブツブツ言ってんですか ?」
艦長補佐大尉のヴェリー-ノクが問うた。
「フン…。子供にはわからん話だ。」
吐き捨てる様にトーマスが言った。ヴェリーは子供といっても年齢は32才である。ブリドリッヒとは違い太っている。人によってはぽっちゃりとも言われているらしいがトーマスは彼女をただのデブだと認識している。
「ヴェリー大尉…。司令官殿は今日はご機嫌斜めの日だ。余り触れない方が良いぞ。」
ブリドリッヒ艦長が言った。
「艦長…。そういう事は私に聞こえない様に言うものだ。」
「そうでした。」
「まぁ、気分が優れないのは皆んな同じですよ。私だって敵の救助なんて嫌です。」
デブのヴェリーが言った。
「確かにな。しかしなんで我々が鶸大公の尻拭いなんかしなければならないんですかね。」
「取り入る為に決まってるさるだろ。」
「取り入る ?」
「そうだ。ヒューリが鶸大公に貸しを作り自分を有利に持って行く為だ。」
「ヒューリ総司令官が ? 全艦隊を招集してまで借りを作って何をするつもりなんです ?」「さぁな…。青二才には青二才なりの策略があるんだろ。」
と、言ったが実の所策略などない事は重々承知の事である。策略どころかヒューリは鶸に取り入って自分の昇格を狙っているに過ぎないのだ。何とも浅はかで意地汚い考え。そんな事だからヴィステン公爵に見放されるのだ。
ヴィステンは孫のヒューリが生まれ持っての地位を乱用している事を知っている。努力も愛国心もない。有るのは自分の立場を如何に保つかだ。如何にヴィステンが公爵の称号を持っているからといっても容易にその称号を受け継ぐ事は出来ない。当然それなりの功績と愛国心が求められるがヒューリにその気概はない。
18才で軍隊に入隊して以降トーマスが彼を指導してきたが、ひどいもので毎日娼兵と戯れるだけの日々が続いた。厳しく指導するも小爵の称号をちらつかされてはどうにもならなかったし、ヴィステンに相談するにも自分の無能さを披露するようで嫌だった。
結局ヴィステンがヒューリの無能さに気づいたのが近衛艦隊を任せてから7年後。そのとばっちりは当然トーマスにも向けられることになる。
結局トーマスは自分の無能さをヴィステンに披露することになった。人生最大の汚点である。そしてあろうことかヒューリは目の上のタンコブであるトーマスを001大隊から034大隊にまで降格させたのだ。まるで自分の無能さはトーマスの所為だといわんばかりの処置だ。当然その行動にヴィステンは激怒したがヒューリの父ウィンブルがそれを宥めた。
そう…。宥めた。が、宥めただけで自身の降格はそのままだった。まぁ、大佐から少佐になったわけではない。1等級大佐の地位はそのままなので給料的にもさして変わらないから良い。問題なのは名誉だ。001大隊はトーマスにとって名誉だった。退役まで残り僅か5年。5年たてば大手を振って退役できた。しかも自分にとって大きな名誉と共に…。それがどうだ。このままでは不名誉なまま退役をしなければいけなくなる。
しかもここに来て戦争だ。
どうしてもっと早くに始まらなかったのか…。せめて後20年。20年早くに始まればヴィステン公爵と共に戦場をかける事ができたのに…。
「粘着ジェル射出完了。爆風到達まで後20秒。」
オペレーターが言った。トーマスは光る閃光を見やった。
「よし。全員衝撃に備えろ。」
そう言うとブリドリッヒはシートゲートを下ろした。それから間もなく強烈な爆風が戦艦を揺さぶった。その力は戦艦を破壊してしまうのではないかと思えるほどの力。心底恐怖がトーマスの体を突き抜ける。ゾクゾクと鳥肌が立つ。
爆心地から400km。これだけ離れていても尚これだけの力を示す核の力は異様な程の脅威を覚える代物である。
「防護ネットと粘着ジェルは大丈夫なのかしら…。」
シートゲートを握りながらヴェリーが言った。
「さあな。許容範囲を越えれば破れるだけだ。」
同じくシートゲートを握っているトーマスが答えた。
「破れたら ?」
「俺達は木っ端微塵だ。」
トーマスの言う通りこの2つの防御壁が破れれば大量の宇宙ゴミが大隊に向かって飛来して来る事になる。
大隊の20km前方に張り巡らせている防御ネット。その前方に射出した粘着ジェルによって爆風の力で飛来してくる宇宙ゴミから大隊を守り、あわよくば敵兵士を保護すると言う作戦である。が、正しくあわよくば的な作戦である。この爆風の中で飛来してくる物質のスピードは1000kmを超える。コレが飛来してくる間にぶつかり合い粉々になり防御ネットや粘着ジェルに到達する頃には極小の欠片となっているからだ。だが、いくら極小の欠片になっても宇宙ゴミの脅威はなんら衰える事はない。僅か1mmにも満たないゴミであっても人程度なら破壊してしまうほどの力を持っている。これで人命救助とは笑わせると言いたいが、爆風が過ぎ去るまでは何も出来ないのでこの方法が最善といえば最善なのだ。其れに万に一つの可能性としては無きにしろあらずである。が、何にせよ自分達が生きていて初めての人命救助。しかしこの状況…。自分は生きていられるのだろうか ? トーマスは強烈な不安を抱えながら爆風が過ぎ去るのを待った。
激しく揺さぶられる衝撃は時間にして僅か30秒ほどである。だがこの30秒が異様に長く感じられた。
然れどたかだが30秒程度、爆風が過ぎ去ってしまえばこんなものかと思える内容でもあるが、其れも無事自分達が生きているからこそ思える内容で、現に012大隊は防御ネットが破れ壊滅状態に陥っている。
こうなれば悲惨としか言いようがない。防御ネットと粘着ジェルが破れたからといって瞬時に移動できるはずなどなく、況してや破れかかっているのが分かっていても防御ネット以外の場所には大量の宇宙ゴミが飛来してきているのだ。当然移動できる場所などは存在しない。が、防御ネットが破れればネットとジェルに大量に溜まった宇宙ゴミが弾丸のごとく押し寄せてくる。言うなればこれは処刑のようなもの。死ぬと分かっていても何も出来ずただ殺されるのを待つばかり。恐らく012大隊は地獄のような時間を経験した挙句大量の宇宙ゴミに瞬殺されたのだ。
「悲惨だな…。」
ボソリト艦長のブリドリッヒが言った。
「あぁぁ…。悲惨だ。たかだか30秒。持たなかったか。」
「こればかりは運ってやつですか。」
「だな…。其れより人形部隊を出動させろ。感傷に浸る前に任務遂行だ。」
「了解。」
「あぁぁ、その前にもう一度言い聞かせておいてくれ。これは敵兵の捕獲ではなく救護だとな。特に筋肉バカのマッケンにはな…。」
「分かりました。」
と、ブリドリッヒが答えるとトーマスは席を立った。
「どちらに ?」
「閣下から電話だ。」
そう言ってトーマスは生体認証カードをブリドリッヒに見せ、”少し席をはずす。”と告げると第一艦橋から出て行った。
第一艦橋から出て直ぐトーマスは生体認証の液晶に表示されている受話ボタンを押す。直ぐにヴィステンの元気な声が響き渡った。
「トーマス久しぶりだ。元気だったか ?」
「あ、あぁぁ…。はい。相変わらず元気そうで…。」
ヴィステンの何とも言えぬ元気な声に感が狂ってしまう。
「バカを言っちゃいかんよ。元気すぎて困ってる。いや、矢張り臓器は全て取り替えるもんだ。見てみろこのプルンプルンの肌を。」
何なのだろうか ? 否定しているのか、していないのかイマイチ分からぬ返答を返しヴィステンは自分の顔や腕をしきりに写し始めた。その映像がトーマスの生体認証カードに映る。
”全く面倒臭い”と、トーマスは映像を見やり乍ら”で、何かありましたか ?”と不躾に言った。
「何だ、何もなきゃ元部下に電話もできんのか ?」
「いや、そう言う訳ではありませんが、何ぶん作戦中なもので。」
全く面倒臭い…。元々面倒臭い人ではあったが現役を引退してからは暇なのか面倒くささに拍車がかかったように思える。
「作戦 ? あぁぁぁ…。あの自分達でえらい事しておいて、必死に人命救助しようとしているあれか。」
「はい。そのあれです。」
「そんなもんヴリドリッヒに任せておけばいいさ。どの道お前がいてもおらんでも何も変わらんしな。」
「まぁ、そうですが。」
「でだ、用事ってのは他でもない。お前…。鬼神丸討伐隊に志願したんだって。」
とても唐突である。まぁ、それも昔からなのだが、急に真面目な口調で話されるので対応が難しい。勿論、今となってはどうって事のない事ではある。だからトーマスが訝しい表情を浮かべているのは唐突に話が変わったからではない。
「何だ…。どうして知っているんだ ? みたいな顔だな。」
「ヒューリ総司令ですか。」
当然それしかないだろうという返答だ。10年も昔に現役を引退したヴィステンが今しがたの話を知っているのはヒューリが告げ口をした以外にない。
「そうだよ。」
「で、ヒューリ総司令はなんと ?」
「お前がどうしてもと引き下がらないから受理したと言っていた。本音は大反対だよ。」
「でしょうね。」
「俺も反対だ。」
「か、閣下もですか ?」
「全くお前はどうしてそう危険な場所に行きたがるかね。」
「何を今更。兵士に危険は付き物でしょう。」
「敢えてと言う事だ。少しはヒューリの気持ちも汲んでやれ。」
「総司令の気持ちですか ?」
「そうだ。お前も後5年で退役だ。そうなれば退役年金で優雅に暮らせるんだ。分かるか。ヒューリはお前を無事に退役させたいんだよ。」
「無事にねぇ…。厄介者をどうにかしたいだけでしょ。」
「おいおい…。まったく、お前は昔から頭が固いが、ジジイになって益々…。って、お前若返ってないか ?」
と、ヴィステンはマジマジとトーマスの顔を見やる。
「え、ええ…。臓器を全て取り替えましたから。」
「臓器を ? 何だお前も取り替えたのか。そうかそうかお前も金の遣い方を分かっているじゃないか。で、あれか臓器屋から買ったのか ? それとも自分の細胞から培養してもらったのか ?」
「自分の細胞からです。」
「だよな…。やっぱり自分の細胞からが一番だよ。人の臓器は不具合やら何やらで面倒なんだ。成る程な。で、そんな20代の小僧みたいな面してんだな。」
いやいや…。人の事言えんだろ。と、トーマスはヴィステンを見やる。齢80に成ろうと言う老人には見えない。まぁ、歳をとるのが極端に遅い宇宙人類にとっては、20代に見えるか50代にみえるかの違いだが…。それでも体が健康でいられるかそうでないかの違いは大きいと言える。
「まぁ、俺は歯茎と歯も再生したけどな。」
と、ヴィステンがニット歯茎を見せる。
「それなら私も臓器を取り替えるときに序でにやりましたよ。」
「そうなのか。」
と、少し面白くないと言った感じの返答が帰ってきた。
「そうなのかって、そういったのは閣下ですよ。」
「え ?」
「どうせするなら歯と歯茎も一緒にしてもらえと…。」
「んー。そんな事言ったか ?」
首を傾げながらヴィステンが言う。
「はい。」
「うーん。どうもあれだな…。体が若返っても頭がボケてきている所為か、最近物忘れが激しいんだ。そろそろ脳も若返らさんといかんな。」
「脳ですか…。しかしあれは危険です。失敗すれば取り返しがつかなくなります。」
「確かにな。あれは失敗すると脳に重度の障害が残るらしいからな。だったら新しい脳でも買うか。」
「臓器屋からですか ?」
「それ以外のどこで買うっていうんだ。」
「まぁ、そうですが…。私はお勧めしません。何せ10年分の記憶を移植するのに1年。閣下は80ですから記憶を完全に移植するには8年掛かります。当然その間に脳も歳をとる。しかも不思議な事に10年分の記憶を移植されると脳も10歳歳をとる事になります。ですから、閣下は80ですから80年分の記憶を移植するのに8年。新しい脳は8年で80歳歳をとるという事になります。」
「何が言いたいんだ ?」
「要するにですね。脳の移植には何の意味もないという事です。」
「いやいや、そんな事はない。歳を取ってもボケてなければ良いんだ。」
そういってヴィステンはでこをさすって見せた。
「ボケますよ今以上にね。」
其れを鼻で笑うようにトーマスが言う。
「どうして ?」
「考えてもみて下さい。1年で10年歳をとるんですよ。それがどれだけ脳に多大な負担を掛ける事になるのか。其れに脳移植の推薦年齢は20歳まで、又は脳に著しい後遺症が残った者と注意書きにも書いてあります。」
「そうかぁ…。って事はボケ対策にはならんという事だな。」
「そういう事です。が、早々になんとかしなければいけませんね。」
「早々 ? 何がだ。」
「ボケの事です。」
「いや、まだそんなには焦っていないよ。」
「いや、焦って下さい。相当やばいですから。」
「そうか ? 」
「はい。何せこの話はこれで20回目になります。」
「バッ…。はっはっっはっは。」
「どうされました ?」
「いやなに…。お前もそんな冗談が言えるようになったのかと思ってな。」
と、ヴィステンは訝しい表情を浮かべトーマスを見やる。
「冗談 ? 本当の事です。良いですか。私が臓器移植をしたのは2年も前の事です。初めは3ヶ月に1回程度でしたが、今は毎回です。毎回同じ話をしているんです。」
「バッ…。其れは言い過ぎだろ。さすがに毎回って事はない。」
「いえ、本当です。」
「冗談だろ。」
ヴィステンはトーマスを睨めつける。
「いえ。これはマジです。」
トーマスはヴィステンの眼光を跳ね返す。
「20回か…。」
「はい。」
「ーーまあそんな事はどうでも良い。其れよりもだ。戦争が始まった以上いやでも兵士は戦場に駆り出される事になる。当然戦死者は後を絶たないだろう。そうなれば当然お前にも声が掛かる。違うか ? 仕事をするのは別に其れからでも良いじゃないか。そりゃ、俺だって兵士としてのお前の気持ちも分かる。だがな、其れはお前の気持ちだけでクルーや部隊全体の気持ちじゃない。大半の人間は1分1秒生きていたいと願うものだ。違うか ? 其れをお前の気持ちだけで無茶をするもんじゃない。いつ死ぬか分からない戦争が始まったんだ。もっと皆んなの気持ちも汲んでやれ。勿論…。俺の気持ちもな。」
「閣下の ?」
「あぁぁ。残りの人生俺はお前とワインを飲みながらチェスを楽しみたいと思っている。」
「閣下…。」
「まぁ、そういう事だ。くれぐれも無茶はするなよ。」
「…呆けた閣下にそーー。」
”ツーツー”
トーマスの返答の途中で通話が途絶えた。
これもいつもの事だ。何と言うのかボケていても癖は継続されるようだ。と、トーマスは生体認証カードを胸元に戻し第一艦橋に戻った。
部屋の中は代わり映えのしない救助作業の映像が延々と映し出されている。現場作業を行っている兵士やドック内の整備兵、医療科、その他其れらに携わるために駆り出された兵士は人生最大の忙しさを経験しているのかもしれないが、トーマスとブリドリッヒはこの上なく暇であったが、ヴェリーはオペレーターに細かな指示を出しながら飛来してくる物体を真剣に見やっていた。敵の救護という馬鹿馬鹿しい作戦も彼女は真剣にこなそうとしているのがよく分かる。
ヴェリーやオペレーターが見やっている映像はトーマスが見やっている映像とは違う。彼女やオペレーターが見やっているのは光学カメラと高密度センサーが捉えた情報を線と文字にしたものである。
これは200km先から飛来してくる残骸の全てを識別し、かつ生存の可能性の高い残骸を瞬時に判断し到達地点、到達時間を計測し表示しているのだ。彼女とオペレーターはそれを見やりながら人形兵器部隊長に指示を出す。飛来してくる残骸をやみくもに釣り上げるより格段に効率が高くなる。
その姿…。なんとも忙しそうである。
が、トーマスとブリドリッヒは目前に大きく表示される幾つもの映像をただ見ているだけ。これと言って取り分け何があるわけでもない。
救護した敵兵がドック内で暴れるでもない。もといそんな元気な奴がいたら見てみたいとも思う。
が、其れは叶わないだろう。見やる限りの映像に映る救護者は皆グッタリとしている。その救護者を仮設医療棟に運び医療カプセルに放り込む。勿論カプセルの数は限られているから救助した全員を素早くその中に入れる事はできない。だから重度のものを最優先にと…。気持ちはそうだがそううまくは行かない。そんな事を言っていられない程現場はてんやわんやしているからだ。
なんとも忙しそうである。
が、トーマスはいたって暇である。
この暇な時間が暫し続いた。
暇すぎてトーマスは視察にでも行こうかと席を立とうとした矢先、ブリドリッヒが先に席を立ち”少しドックの方に行ってきます。”と言った。トーマスは瞳を閉じ吐息をつく。
「分かった。」
トーマスが答える。
「艦長…。私もお伴します。」
そう言ったのはヴェリーだ。
「おいおい、君には…。」
と言うトーマスの言葉を遮るように”後は彼らだけで十分ですから”とヴェリーガ言葉を被せた。トーマスはチラリとオペレーター達を見やると直ぐに視線をヴェリーに戻した。ヴェリーはとても充実した表情でトーマスを見やる。何気に目が輝いているようにも見える。
なんとも腹立たしい事である。と言って文句を言うでも愚痴を言うわけにもいかない。トーマスはタバコに火を点けホログラムモニターを見やった。ヴェリーとブリドリッヒは”暫くお願いします”と言って第一艦橋を後にした。
それから暫し又退屈な時間が過ぎる。人形兵器が続々と残骸を回収しドックに運び込んで行く。おそらく捕虜…。否、保護者は数十人を超えるだろう。が、トーマスにはどうでも良い事。それよりも無駄にヴィステンの言葉が頭から離れないでいる。
”自分の気持ちだけで…か。”と、ぼそり。このぼそりに誰かが反応してくれれば幸いだが、トーマスのぼそりに答えてくれる者はいない。何故なら暇なのはトーマスだけだからだ。大きく伸びをして無駄にタバコに火を点ける。無駄に吸ったタバコはこれで30本を超える。正直これ以上吸うのは気持ちが悪い。だが、何かをせねば暇で仕様がない。大きく煙を吸い込みゆっくりと吐き出す。なんとも言えない気持ち悪さがこみ上げてくる。
全く最悪である。
その最悪の中オペレーターがトーマスを呼んだ。
「マッケン大尉から通信です。」
オペレーターがトーマスを呼んだ。トーマスは暇すぎて自分が呼ばれている事に気付かない。
「トーマス司令。通信です。」
声を張り上げ再度オペレーターがトーマスを呼んだ。
「ま、マッケン。マッケン大尉がどうした ? 」
「つなぎますよ。」
「頼む。」
トーマスがそう言うとマッケンの映像が目前のホログラムモニターに映る。
「トーマス司令。この忙しい時に何ですが、妙な兵器を回収したんで。」
「妙な ?」
「はい。リストにない敵兵器です。全身がシルバーメタリック塗装で変な形をした頭部の兵器です。」
「全身が ? 其れは凄いな。」
「でしょ。おそらく新型ですよ。」
「うむ。あの爆風の中で全身が残っている事も凄い。侮れんな。」
「全身 ? 」
マッケンが疑問符で返す。
「全身がメタリック塗装なんだろ。」
「多分…。」
「多分 ?」
「此処にあるのは頭部だけですよ。しかもめちゃくちゃになってますが。」
「めちゃくちゃ ? 其れで変な頭部と言ったのか ? と言うか全身が残ってないのにどうして全身メタリックだと分かる ? 」
「頭部がメタリックなら全身そうでしょう。」
そう言ってマッケンは大きな声で笑った。
トーマスはイラッとした気持ちを抑えるようにタバコを吸う。全くこの暇な時に鬱陶しい通信だと思った。
「で、見に来ますか ? 今からドックに運びますから。」
「ドックに ? 兵士は生存しているのか ?」
「いや、残念ながら。」
「死んでるか…。」
「虫の息です。」
全く鬱陶しい男だ。が、暇つぶしには丁度良い。トーマスはすぐに行くと言って通信を切る。
「ドックに行かれるのですか ?」
そして直ぐにオペレーターが問うた。
「あぁぁ、少し行ってくる。何かあれば通信を送ってくれ。なんなら副艦長のミャオ-レンにでも良い。」
「分かりました。」
オペレーターの返答を聞かずトーマスはさっさと第一艦橋から出て行った。第一艦橋を出て艦内移動用ドローンに乗り込みドローンに行き先を告げる。
後はドックに着くまで惚けていれば勝手にドックに辿り着く事が出来る。ドック迄の距離は時間にして約10分程だ。上手い具合に兵器が運ばれていれば良いのだが…。と、トーマスは少し居眠りをした。
”ピー”と鳴る甲高い音が耳を刺した。到着した合図である。トーマスは目を開け周りを見やった。物静かだった第一艦橋とは打って変わり此処は活気で満ち溢れているように思えた。ただ、良い意味ではない。血まみれの兵士が運ばれ、対応に追われる看護科の兵士。雑用に慌てふためく専門外の兵士達。然しながら悪い意味でもやる事があるというのは良い事だ。まぁ、そんな不謹慎な事は口が裂けても言えない。だからトーマスはドローンから降りると摺れ違う兵士に”ご苦労さん”とだけ言って歩いて行った。
ドックに入ると現場の風景が映像で見るのと全く違う風景である事に気づく。矢張り映像からは何も伝わってこないのだ。トーマスは雑多したドック内を見渡しマッケンを探すが、兵器の残骸が多すぎて容易に見つける事はできない。”これは探すだけでも一苦労だな…。”と言うトーマスの気持ちを裏切るようにマッケンの声が響き渡った。
「トーマス司令 !! こっちです。」
ドック内に響くマッケンの声の方向をトーマスは見やる。100mほど離れた場所にマッケンらしき男が手を振っているのが見えた。
「マッケン大尉。ご苦労だな。」
マッケンの方向を見やりトーマスが言った。
「え ? 何です ? 聞こえませんよ !!」
マッケンが大きな声で言った。”お前の声が届きすぎるんだ。”そう言おうとしたが辞めた。トーマスは手で合図を送り急ぎ足で歩を進めた。
兵器の残骸が邪魔で思うように進まなかったが、かろうじてマッケンの所に辿り着くと直ぐさま例の兵器を見やった。
ボロボロではあったがかろうじてシルバーメタリックである事と敵兵器リストにない形だという事は確認できた。が、その兵器は損傷がひどくコクピットにまで損傷が行き届いていた。
「この状態で生きているか…。」
「残念ですがね…。」
「マッケン大尉…。これは救助任務だ。不謹慎な言動は慎みたまえ。」
「然し…。」
「気持ちは君と一緒だ。」
「はい…。」
「で、パイロットは ?」
「S対応で医務室に運ばれました。」
マッケンが言うS対応と言うのは最も状態が危険な患者の事だ。
「そうか…。」
「はい。しかしこれはなんなんですかね。敵の新型か…。其れともサンプル品か…。どちらにしても収穫である事に間違いはありません。」
「そうか…。という事はOS系は無事という事か…。其れなら兵器科の連中が…。」
「無事なんですかね。コクピットにまで損傷が行ってますよ。恐らくOSもダメでしょうね。」
被せるようにマッケンが言った。マッケンはコクピットの中を見やりゴクリと生唾を飲む。
「だったらコレはただのガラクタという事だ。」
そう言うとトーマスは出口に向かって歩き始めた。
「何方に ?」
マッケンが問う。
「そのパイロットの顔を拝んでおこうと思ってな。新型だろうとサンプル品だろうと其れを与えられるという事はそれなりの兵士という事になる。」
「トーマス司令もそう思いますか。」
「勿論だ。」
「でも、以外と可愛い奴ですよ。」
「可愛い ?」
「ええ。見れば分かります。髪を金髪に染めた可愛い奴なんですよ。敵ながら惚れちまいますよ。」「可愛い奴 ? 惚れる…。そ、そうか。君にそんな趣味があるとは知らなかったよ。」
そう言うとトーマスは足早に医務室に向かった。マッケンは首をかしげトーマスを見送った。
ドックから5分程歩くと医務室に着く。トーマスは医務室に入ると看護師に金髪に髪を染めたパイロットがどこにいるかを問うた。
「金髪 ? ええ運ばれてきましたよ。」
「そうか。で、そいつはどこにいるんだ。」
「運ばれてきましたけど…。その兵士は男ですか ? 女ですか ?」
「男だ。」
「でしたら向かいの医務室です。此処は女性専用ですよ。」
「そうか。邪魔したな。」
「あの…。」
「どうした ? 」
「ひょっとしてですけど。けったいな兵器に乗ってた兵士じゃないですよね。」
「いや、多分それだ。」
「でしたら女の子です。」
「女の子 ?」
「ええ。ブリドリッヒ艦長も男だと言って見に来ましたけど結局女の子だったもので。」
「女の子…。若いのか ?」
「はい。未だ十代か二十代前半でしょうね。」
「将校にしては若すぎるな…。で、その子は何処に ? 」
「奥の医療カプセルに入れてます。」
「一番奥の金髪の子がそうです。」
そう言って看護師は奥の医療カプセルを指差した。トーマスは奥に設置されている10個の医療カプセルを見やり軽く頷いた。が、彼女が将校でない事にトーマスは正直見る気を失っていた。理由は十代で将校になる事など皆無に等しい事と将校でない者に新型兵器やサンプル品をまず軍は与えない。与えるならそれなりに経験があり、優秀な成績を収めている熟練の兵士に与えるからだ。だから、十代の未熟な兵士に其れ等を与えるなんて事はまず有り得ない。だったら何故彼女はそれに乗っていたのか…。
おのずと答えは絞られる。
たまたま目の前にあった兵器に乗って窮地をしのいだ。
唯それだけの事だ…。
だったら彼女があの兵器について何か知っているなんて事は先ずあり得ない。が、マッケンが可愛いと言っていたのだそれだけでも見る価値はある。が、マッケンの可愛いは何処かずれている。いささか心配だがとトーマスは医療カプセルの前で足を止め順に覗き込んで言った。
「成る程…。」
と、トーマスは溜息をつく。
「金髪か…。」
そう言ってトーマスは愛でる様に覗く。1つ覗き、また1つ…。トーマスは一度目を擦りじっくりと中を見やっていく。
「金髪ねぇ…。」
と、トーマスは看護師を見やり”全員金髪の様に見えるのだが”と言った。
「え ? あぁぁ、一番髪がきらきらしてる子です。」
「髪がきらきらねぇ…。」
と、トーマスは吐息を吐きユックリと医務室から出て行った。
「あれ、もう良いんですか。」
「あぁぁ…。十分だ。」
そう言うとトーマスはドローンに乗って第一艦橋に戻って行った。
看護師は首を傾げ乍らトーマスを見やり医療カプセルに視線を移した。医務室の奥に設置された医療カプセルは最新鋭の医療カプセルである。その中に金髪の少女が眠っている。彼女はそれから丸2日眠り続けた。自分が何処にいるのかも分からぬまま…。




