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Lost in space. Amazing Grace 3

秘密の部屋に入って3日が経った。

 バネンサの言った通り次の日の朝には債権回収業者が家に訪れ、地球での思い出とともに奴隷達は宇宙に連れ戻されて行った。

 俺は何も出来ないまま65畳程の秘密の部屋でその様子をジッと見やっていた。

 ジョン-ホレスの森にある別邸は、第72ライフカプセル-弑蓮の本宅よりも遥かに小さい。犬小屋の様に小さな50畳のリビング。部屋の数も1階と2階の部屋を合わせても23部屋しかない。だからトイレの数も少なく4つだ。

 まぁ、地下に5部屋あるから合計で28部屋になるが、地下の5部屋は物置になっているので部屋とは言わない。

 …が、その中の一つに秘密の部屋に入る扉がある。

 扉は良く出来ていて知らぬものが見れば壁にしか見えない。触っても、叩いてもその奥に部屋がある事は分からない様になっている。

 俺と、親父とバネンサしか知らない部屋だ。だから、母と妹は知らない。勿論他の奴隷も知らないという事になる。どうして親父がこの部屋を作ったのか ? その真意は分からないが今日の日の為…。と、言う事ではないだろう。

 その秘密の部屋に230インチの大型プロジェクションモニターが設置してある。普段は衛星放送やバラエティー番組、ドラマ、映画を見たりに使うのだが、表示を切り替えれば各部屋、家の周りに設置された隠しカメラの映像を見やる事ができる。

 俺はその隠しカメラの映像で事の成り行きを見やっていた。

 大型トラック20台。一台のトラックから下りてくる人間3人。計60人。彼等は別宅の前にトラックを止めると自分の家の様に中に入って来た。

 彼等は何組かのグループに分かれ行動を開始する。大まかには奴隷を集めるグループ。家具などを集めるグループ。各部屋を捜索するグループ。そして其れらを指揮する男が一人。

 その男の顔は今でもはっきりと覚えている…。痩せ型で出っ歯。獣の様な鋭い嫌な目だ。髪は真ん中を短く刈り。黒のスーツを着込んでいた。

 出っ歯は奴隷をリビングに集めさせ念入りに奴隷の状態をチェックした。その傍らで別の男が奴隷の数を数え、横にいる女性がタブレットに何かを入力している様子が見えた。

 暫くして部屋を捜索しているグループが帰ってきた。グループの班長らしき男が出っ歯に何かを伝えている。

「ふむ…。君達。元寸君は何処にいる ?」

 そして出っ歯が奴隷達に問うた。奴隷達は顔を見合わせ首を横に振った。

「ほぅ…。知らないと ?」

 出っ歯は首を傾げ”元寸の部屋は何処かね ?”と、再度奴隷達に問う。

「坊っちゃまの部屋は二階です。」

 バネンサが言った。

「二階…。二階の何処かね ?」

「南の奥の部屋です。」

「南か…。」

 と、出っ歯は南を向き”心地が良いのだろうね”と言って班長を見やった。

「全て確認済みです。」

 班長が答える。

「困ったね。一番の高値なのに。」

「捜索部隊を向かわせますか ?」

「うむ…。でも、此処は地球だよ。コロニコフ君。逃げ切る事など出来ないでしょ。」

「はい。社長。」

 どうやら出っ歯は社長らしい。

「で、君達に聞きたいのだがこの家にはもっと…。何だ。部屋はないのかね ?」

 出っ歯が問う。奴隷達は又首を傾げた。

「良し。質問を変えよう。秘密の部屋みたいな物はあるかね ?」

「社長…。」

 コロニコフが耳元でボソリ。

「どうした ? コロニコフ君。」

「お言葉ですが、秘密なのであれば奴隷達は知らないかと。」

「其れも一理ある。では、秘密の抜け道はどうかね ?」

 勿論奴隷達は首を傾げた。

 コロニコフも首を傾げた。

「君も知らないのか ?」

 出っ歯はバネンサを見やり問う。

 俺は映像を見やり心臓が止まりそうになった。出っ歯は何か知っているのだろうか ? どうしてバネンサに問うたのか ? 偶々か ? 偶然か ? 其れとも…。鼓動がドクドクト脈打って行く。

「知りません。私達に知らされている部屋は、見て分かる部屋だけです。勿論秘密の抜け道も知りません。」

「ふむ…。だったら元寸君は何処にいる ? 君達が彼をかばう理由は無いはずだけどね。」

「はい…。有りません。」

「では、何処にいる ?」

「私は昨晩お会いしたのが最後です。」

 バネンサが答える。

「何処で ?」

「坊っちゃまのお部屋です。」

「他の物は ?」

「私はリビングでお会いしたのが最後です。」

「私はお風呂場でお会いしたのが最後です。」

「私は…。」

「私は…。」

「あぁぁ…。もぅ良い。」

 出っ歯が手を振り止めた。

「コロニコフ君。至急電気、水道、ガスメーターを確認させなさい。其れと此れを拷問しなさい。」

 そう言って出っ歯がバネンサの腕を掴む。

「其れをですか ?」

「そうです。此れは知ってますよ。」

 出っ歯が言う。

 俺はゾッとした。此処がバレる。そう思ったからだ。勿論俺の耳には拷問という言葉も聞こえていた。だが、そんな事はどうでも良かった。自分の身が危険にさらされる事の方が大事だったからだ。

 だから、バネンサがどう言った拷問を受けるのかには興味が湧かなかった。勿論バネンサを助けなければなんて考えも浮かばない。

 浮かんでくるのはバネンサが居場所を言うのでは無いかという不安。

 ガタガタと身体が震えた。

 ガタガタ、ガタガタと身体が震える。

 嫌だ。

 嫌だ。

 奴隷になるのだけは嫌だ…。

 俺は両腕で身体を抱きしめた。

 怖い…。

 誰か助けて…。

 誰か、

 誰か…。

 心の中で叫び続ける。

 奴隷は嫌だ、

 奴隷は嫌だと…。

 今までの生活が…。

 自分の存在が無くなっていく。

 俺は神の子なんだ…。

 俺は…。

 俺は。

 さらに身体を強く抱きしめる。

 バネンサは2週間此処にいろと言った。しかしこのままでは1日と持たない。

 バネンサがどんな拷問を受けるのかは知らないが、拷問を受けて喋らない奴はいないと聞く。そうなれば俺は見つかり奴隷として売り出される。

 俺は奥の壁を見やる。秘密の部屋から更に秘密の抜け道に繋がる扉。この扉も側から見れば壁にしか見えない。

 今なら遠くに逃げ切る事が出来る。

 俺は両肩にリュックを背負い立ち上がった。

「あ、此奴 !!」

 と、モニターから声が響いた。咄嗟にモニターを見やる。

「社長、此奴…。」

「参りましたね…。下を噛みましたか。」

 出っ歯が言った。俺はバネンサに視線を向けた。口から血を流し横たわるバネンサがいた。俺はホッと安堵の息を吐く。これで俺は救われる…。本気でそう思った。

 リュックをソファに下ろし中からペットボトルの水を取り出した。蓋を開け半分ほど一気に飲んだ。

 ”はぁぁぁぁ…。”

 此れで2週間は安泰だ。

 俺は安堵の中で又モニターを見やる。

 この部屋で如何に電気を使おうとメーターに表示される事はない。この部屋の電力は太陽光吸収型電池から電力を供給しているからだ。だから俺が此処にいる事は誰にも知られない。

 そうだ、バネンサが死んだ今、俺の居場所を知る者は誰もいないのだ。

 出っ歯がバネンサの死体を運ばせる。コロニコフがグループの人間に指示を出している。内容は分からない…。

 だが、此処は分からない。

 だからと言って油断は禁物だ。

 少しの油断で人生が終わる。

 だから、俺はそのままモニターを見続けた。


 バネンサが死んで3日。

 家を彩っていた家具の殆どが家の中から消えた。無くなって初めてリビングの広さを知った。

 この別宅に住むようになって3年。

 然程の思い入れも思い出もないが無くなると悲しく思えた。


 そして1日、

 また1日と時間が過ぎて行く。


 時間の経過と共にコロニコフのグループは捜索の人手を減らしていく。やがて、1週間が過ぎた頃、捜索は打ち切られた。

 家の外を見張る人間が5人。

 それだけになった…。

 俺はいよいよ安心だと思った。債権回収業者が来てからというものまともに眠っていない。部屋の捜索を諦めたのなら万が一という事もない。

 この日、俺は久しぶりにグッスリと睡眠を取った。否、残り1週間はグッスリと睡眠をとりこの先の事をユックリと考える事ができた。


 そして2週間目の朝…。

 地響きの様な音で俺は目を覚ました。慌ててベッドから飛び起きモニターをつける。28の部屋と家の周りを映し出す映像の一部が黒く表示されない。俺は首を傾げながら映像を見やる。

 グラグラと映像が揺れる。

 地震か ? と思いながら見やっていると大きな鉄球の様なものがカメラに向かって飛んできた。

 驚き身体を仰け反らせる。

 ”何だ ?”

 慌てて他の映像を見やる。

 そしてギョッと目を見開いた。

 家の外にクレーン車やダンプが所狭しと犇めき合っている。そこに債権回収業者の姿はない。いるのは解体業者だ。

 彼等は情け容赦なく巨大な鉄球で壁を破壊していく。その度に天井がグラグラと揺れる。モニターに映し出される映像が一つ、また一つ消えていく。

「やばい…。生き埋めにされちまう。」

 リュックの中から金を取りだしポケットに押し込み奥の壁に向かった。

 壁型の扉。

 これを開けると秘密の抜け道になっている。この洞窟を10キロ程進むと帆蓮湖がある洞窟に辿り着く。

 それからどうするのか ?

 結局何も良い案は思いつかなかった。

 洞窟を歩きながらその先の不安に心が暗くなる。彼に連絡を入れようかとも考えた。助けてくれと言いたかった。

 然れど、彼は傅山学区の寮に住んでいる。当然、彼奴らの事だ寮も見張っているに違いない。否、俺と彼では学区が違う…。否、俺と彼が親友である事は直ぐに調べがつく。それに生体認証カードの電源はオフのままだ。オンにすればたちまち居場所が知れる事になる。なんにしても彼と連絡を取る事は難しい。

 だったら帆蓮湖からどうすれば良いのか ? 帆連湖は砂漠の真ん中にある湖だ。周囲5キロは岩山と砂しかない場所。

 嬉しいほど見晴らしが良すぎるのだ。

 岩山に身を隠した所で生き延びるのは難しい。確かに食う物には困るが、水には困らない。否、湖の魚を食えば生きていけるかもしれないが、間違いなく債権回収業者に確保されてしまうだろう。

 かと言って、顔を隠しながら街に戻っても意味がない。軌道エレベーターに乗れるのなら宇宙に逃げる事が出来るが…。

 否、仮に宇宙に戻れたとして…。

 その先どうする ? 

 俺に何ができる ?

 否、何が出来るじゃない。

 逃げ延びなければいけないのだ。

 その猶予は1年…。債権回収業者から1年間逃げ延びられれば回収対象から外される。が、逃げ切るのはいたって困難。何の力も人脈もない俺が逃げ延びる事は不可能に近い。

 否、待てよ…。

 もしも、秘密の部屋が破壊されずに残っていたのなら、そこは大きな盲点になる。俺は歩くのを止め、くるっと後ろを振り返る。

 ”戻ってみるか”

 俺は少し考える。

 もしも、解体業者が地下室を壊す事なく埋め立てたのなら秘密の部屋はそのまま残る…。が、仮に彼等が秘密の部屋を発見したのなら俺の存在がバレる事になる。

 運が悪ければ鉢合わせという事にも成りかねない。

 否、どのみち帆連湖に向かっても希望はない。

 だったら…。

 俺は秘密の部屋に戻る事に決めた。

 そして又歩き始める。

 そのまま半分まで戻った所で小さな地響きが聞こえた。家を取り壊している音だ。

 家 ?

 と、俺は歩みを止める。

 ”そうか…。工事は始まったばかりだった。”今戻っても結果は分からない。其れどころか逆から人が来たらアウトだ。

”何やってんだ俺は…。”

 と、又帆蓮湖に向かって歩き始める。

 とんだ体力と時間の無駄遣いだった。其れから真っ暗な洞窟の中をトボトボと歩き続ける。その間色々と考えを張り巡らせるが、自分の都合の良い事しか思いつかない。10キロの距離は無駄に長く出口に近づくにつれ絶望が肥大していった。

 やがて暗闇が徐々に薄れていく。

 考えはまとまらないまま光が射し始める。いよいよ出口が近くなってきた証拠だ。鼓動がドクンドクンと高鳴っていく。

 外に債権回収業者がいるのではないか ? そんな不安が胸中を締め付ける。其れでも俺は歩みを止めない。もしもそうならとっくに俺を捕まえに来ているだろうと思うからだ。

 だけど、そう思っても不安は消えない。

 鼓動が更に高鳴っていく。

 出口が目の前に迫る。

 鼓動がドクン、ドクンと更に胸を締め付ける。

「元寸…。」

 そして、名前を呼ばれた。

 身体をビクつかせ、一瞬心臓が止まったかと思った。

「たく、待たせすぎだぞ。」

 聞き覚えのある声に恐怖が一瞬にして去っていった。俺は顔を上げ前を見やる。

「渓瑛 ? 渓瑛か ?」

「違います。債権回収業者の者です。ーーなんちって。びびったか ?」

 ニンマリと笑みを浮かべながら渓瑛が言った。

「び、び、びびったわ !!」

 そう言った俺の顔は安堵の表情だった。だってそうだろ。目の前に親友の彼が居たんだ。

 そう、

 親友の彼。

 劉渓瑛がいたのだ。


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