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Lost in space. Amazing Grace 2

 ニューセイルの惨劇から5日目。ムラームの部隊が海賊船ボーンバルドルに襲撃をかける直前の午前10時。学は作戦司令室に召集された。

 鬼神丸追撃におけるヒューリ-パッカー近衛艦隊との最終調整の為である。

 作戦司令室の中は整然とされており大きな円卓のテーブルが中心に置かれているだけである。殺風景で小洒落た物は何一つない。勿論外の景色も映像も存在しない。まぁ、有ったとて宇宙が見えるだけなのでどうでもいい。

 そんな作戦司令室の中には北の席に艦長兼、総司令官大佐のリミリッタ-マリク、それから時計回りに副艦長中佐、航海科長少佐、砲撃科長少佐、兵器科長少佐、人形兵器総部隊長大尉、艦長補佐大尉、副艦長補佐中尉、航海科長補佐中尉、砲撃科長補佐中尉、兵器科長補佐中尉が着座している。学は総部隊長なのでリミリッタから6番目の席に着座している事になる。

 そしてホログラム映像ではあるがヒューリ-パッカー近衛艦隊の旗艦である光武神龍のクルーが映し出されている。彼等は艦長大佐兼、近衛艦隊総司令官大佐を南に時計回りで着座している。

 鬼神丸追撃の任務はリミリッターマリクが率いる部隊のみで行われると思っていた学は少々面食らった感じだったが予想を上回る船が鬼神丸に集結している状況を考えると有り難かった。

 作戦司令室での話の中でSuAgの兵士がニューセイルから吹き飛ばされて来た事を知った。其れもかなりの数の兵士を捕虜として拘束しているという。

 ニューセイルから近衛艦隊の距離は距離にして10000km以上離れている。地上では果てしない距離だが宇宙ではどうって事のない距離だ。其れでも僅か数分で到達出来るのかというと兵器の持つエンジンでは少々難儀を覚える。

 其れを可能にしたのは核の力か。

 良く無事だったものだと驚かされる。

 だが、学は其れには驚きはしたもののこの話に対しては差ほどの興味も湧かなかった。少し興味を持ったグロスピンクの兵器がarch2に救助されたのを知っているからだ。

 否…。兵器の残骸を回収しただけで生死は不明のままだ。其れでも生きている可能性はある。だから今回のarch2の襲撃には興味があった。勿論SuAgの兵士である彼には関係の無い戦闘ではあるが学には気になる事がある。

 それは金色のフレームを持った兵器だ。気の所為かもしれないがよく似ている。初めは殆ど興味なく送られてきた映像を見やっていただけだが、見続ける事によってある事に気がついた。

 動きがグロスピンクの兵器によく似ていた事だ。と、言っても動きは相当以上に洗礼されている。だからその動きは別物だと言えば別物だ。余程のセンスがない限りあの動きを再現する事は難しい。

 だが、あの兵器にジェネシスシステムが組み込まれていると言われれば納得もできる。

 そう、ジェネシスシステム…。兵器と人とが完全融合できるシステム。

 恩恵と後遺症があまりにも大きすぎるシステムではあるが隠し球としては最強である。が、その隠し球をどう言った経緯で彼が手に入れたのか ?

 そもそも動きが似ていると言うだけで彼だと断定できる物ではない。

 彼だとよければ良いと思っているのはあくまでも自分の願望か…。それとも自分の感がそう言っているのか…。

 否…。そう言った類ものじゃない。ーーこれは、鶸大佐が言った様に重ねているのかもしれない。

 archⅡ襲撃部隊から送られてきた映像をマルチファンクショングラスに何度も再生させ乍、学は作戦会議とは関係ないの事に想いを張り巡らせる。目前の円卓の中央には、近衛艦隊が捉えた最新の鬼神丸とその他の艦が集結している映像が映し出されているのだが、それには矢張り興味が湧かなかった。こんな事ならムラームの代わりに自分が行けば良かったと悔やんで見るが其れは後の祭りだし、其れにもしも彼だったとしても気持ちを交わす事などできないのだ。

 何より彼は彼ではない。

 その行動が彼と被って見えただけで彼は敵である。

 だったらムラームの代わりに自分が行ったとて、結果学は彼を殺すだけの事である。しかもムラームよりも的確に容赦なく殺すだろう。

 何故なら学には大きな目的があるからだ。

 これは目標ではない。出来ればいいと言う歓楽的なものではなく、やり遂げなければいけない事なのだ。その為には幾ら彼と被ったとて容赦なく殺すだろう。

 例へ出会った事が運命でも…。

 運命 ?

 否、そんな大それた物じゃない。此れはたんなる縁と言うやつだ。否、其れも違う。彼の行動が彼の行動と被ったと言うだけで、この先彼と分かり合える可能性は少ない。勿論分かり合う気もないし当然救助されたが実は死んでいたと言う可能性もある。無いに等しいがムラームが殺す可能性もある。

 可能性で言えば…。

 金色の兵器に乗って戦ったが25%

 救助されたが実は死んでいたが89.9%

 助かったが金色の兵器には乗っていないが34%

 ムラームに殺されるが13%と言った具合だ。

 ムラームにはリミリッタの為にも頑張ってもらいたいが、この映像を見る限りでは少々難儀とも言える。

 では、自分はどうなのか ?

 勿論勝てる。

 自分は軍人に成り立てのルーキーでもなければ、ムラームの様に軍人家系というだけのボンボンでもない。ボンボンはプライドだけは一人前の3流だ…。やる事は姑息だし。考えも甘い。軍人としての存在意義も責任感も何もない。親の後を継ぎいずれは将軍職に就いて安泰を求めている。しかもやる事なす事すべてが的外れ、よくあれで総隊長の任につけたとほとほと感心させられる。と、マルチファンクショングラスに映す映像を消した。同時に円卓中央の映像がはっきりと瞳に映る。

 興味のない映像ではあるが自分のマルチファンクショングラスにダウンロードする。これでこの映像はいつでも確認する事ができる様になる。

 マルチファンクショングラスに”全ての映像をダウンロード”、”表示されている映像のみをダウンロード”の二択が表示された。

 他にもあるのか…。と、学は全ての映像をダウンロードした。興味が無いとは言え本作戦の総部隊長を務めるのは自分なのだ。自分の興味本位で部下を無駄に死なす訳にもいかない。其れに彼と再会する可能性などないに等しい。仮に再会したとすれば其れこそ運命なのかもしれないが…。

 否、其れは偶々だ。偶々偶然、戦場か其れ以外の場所で…。其れ以外の場所 ? 何を考えているんだ俺は…。其れ以外の場所で会っても分からないだろ。

 否、捕虜として連れ帰ったのならその可能性もある。そうだとして其れを運命というのか、縁というのか…。其れでも俺は偶々偶然と言い張るのか ?

 と、学はマルチファンクショングラスに先ほどダウンロードした映像を映し出す。周囲は鬼神丸討伐の為の案をあれこれと出し合いながら念密な計画を立てている。が、そんな話学の耳には届いてこない。全くもって不謹慎である。不謹慎であるが仕様がない。何故なら学は鬼神丸は既に風前の灯だと思っているからだ。当然あれだけの力を目の当たりにしたのだ。例え鬼神丸であっても無事であろうはずがない。

 其れ程核の力は強大だった。

 然れど其れはフューリ-パッカーの持ってきた映像を見やりその考えは覆る。

 鬼神丸と他ニューセイルの爆発から逃れた戦艦と巡洋戦艦。その数は学の考えていた数を大幅に超えているように見えたからだ。何より風前の灯火と思っていた鬼神丸が御健在のように見える。 

 核の所為か映像はノイズ混じりではっきりとした姿は確認できないが、破損などの状況は軽微に見える。学は映し出す映像の中に更に細かな情報を表示させる。

 そしてため息一つ。

 全く厄介な敵だ…。素直にそう思った。

 あれだけの爆発…。残っていても4、5隻程度だろうと考えていた。されど実際に蓋を開ければどうだ。鬼神丸を含め戦闘出来るであろう艦が18隻。

 半壊以上の艦が5隻。

 合計で23隻。

 此れは予想を遥かに上回る数だ。良くあれだけの爆風の中を生還できたものだと感心させられる。此れが此方の艦隊であれば全滅に近かったはず。

 其れだけSuAgの兵隊は訓練されているという事だ。

 そう考えると矢張りヒューリーパッカー近衛艦隊との合流は有難い。リミリッタ率いる艦隊が10隻、ヒューリーパッカー近衛艦隊が23隻。ヒューリーパッカー近衛艦隊は船の数こそ多いが指揮権はあくまでもリミリッタにある。だから人形兵器の総部隊長も学のままだ。此れは此れでありがたいのだがのしかかる重圧は相当なものだ。

 が、其れでも学はココまで慎重になる必要性を感じていない。

 確かに大型戦艦の鬼神丸は脅威である。此方が持っている情報だけでもその力は異常とも思える程だ。


 大和大帝国軍大型戦艦大和。


 この船の名は大和大帝国では神話として語り継がれるほどの戦艦だと言われている。

 確か…。第二次世界大戦当時だったか…。まだ、大和大帝国が大日本帝國と名乗っていた時代だったかなんとかだったと思う。

 曖昧なのは300年も400年も昔の話だから資料も殆ど残っちゃいない。学も海に浮かぶその船の写真を一度見たきりだ。

 今では小粒ほどのその船も当時では世界最大級の大型戦艦と言われていたらしい。確かに小さな地球であの船は大きく見えたかもしれない。が、今は宇宙時代。今の人間が見れば宇宙を航行する旅客宇宙船よりもはるかに小さい。だが、現在の大和大帝国が所有する戦艦大和は紛れもなく世界最大級の戦艦だ。しかもその戦艦には大和大帝国の第7代帝である宇喜多信家も乗船している。だから武装も装飾も世界最大級の物が施されている。

 主な装備は、

 主砲30

 レーザー機銃275

 ミサイル発射管800

 電磁砲296 

 機銃砲1300

 大型砲150

 人形兵器搭載数80

 ファイター搭載数250

 そして宇宙の最終定理を用いて完成させた世界初の時空間転移砲を装備している。だから、その戦艦が1隻あるだけでもかなりの脅威となるのだが、その弐番艦に当たる鬼神丸は無駄な物を省いた正に戦闘に特化した戦艦となっている。鬼神丸のデーターは大和程収集出来ていないが、大和系列の戦艦では此方が本命と言われている正に撃沈不可能な戦艦である。

 その戦艦が主戦場となるであろう火星に到着すれば、かなりの脅威となる事は言うまでもない。だから我々は何があっても鬼神丸を火星に到着させてはならないのだ。

 その為の核攻撃だった…。

 鬼神丸を跡形もなく消し去る事が目的だった。最悪逃げ果せたとしても手負いの戦艦等相手にもならないと思っていた。

 だが、鬼神丸は無傷に近い状態で存在している。

 全くもって厄介な事である。しかし、戦闘の要である人形兵器はどうだ ? 例え鬼神丸が健在で、予想以上の巡洋戦艦が集結していても戦闘は戦艦だけで行う物ではない。要の人形兵器が残念な結果になっているのなら矢張り恐るるに足らぬ。

 其れに、あの攻撃でニューセイルは消滅したのだ。

 退避行動を取った戦艦や人形兵器の8割以上は爆風と強烈な熱量で破壊された。戦艦が無事でも多くの兵士を失った事は事実。戦艦の主要部分はコンピューター制御だが、其れに頼り切りでは本来の力は発揮できない。

 今は昔とは違う…。遥か昔は自動で何でも出来たらしいが、其れは人本来の力を消滅させる物だとして200年程前から完全自動と言う技術は使用されなくなった。だから、大型戦艦になればなる程人員確保が肝となる。勿論自動照準装置も保険として付いてはいるが、そんな物はジャマーを張れば狙い撃ちされなくなる。

 だから…。

 矢張りそこまでの脅威とは考え難い。其れでも慎重にきした事はない。傲慢な作戦で仲間の命を無駄に捨てさせる必要もないのだ。

 と、学は映像を切り替える。

 映像はガラリと変わり今度はニューセイルから飛ばされて来たSuAg軍の兵器残骸を回収している映像が流れ始めた。

 ”ご丁寧な事だ”なんて思いながら映像を見やる。フューリが言った様におびただしい数の兵器残骸が流れてきている。搭乗している兵士は、死んでいない限り医療カプセルに入れられ収監棟に捕虜として収監される事になる。

 収監された兵士は鬼神丸の情報を聞き出す為、思いつく限りの非人道的な拷問を受ける事になるのだが、まぁ、今回はすぐに戦闘になるだろうから、それ程激しい拷問は受けないだろう…。

 と、学はタバコを一本取り出し火をつける。

 もっとも、戦艦内で拷問を受けなくとも、第51ライフカプセル-珠宴源の6層目にある捕虜収監所渾沌収監施設で悲惨な拷問を受ける事になる。あそこの看守は皆、異常な程のサディスト達だ。人が肉の塊になるまで痛めつける。

 狂気の沙汰だ、全く気持ちが悪い…。


 ブルッとタバコを持つ手が震えた。

 学は2、3口続けさまにタバコを吸うとタバコを揉み消した。

 6層目…。

 嫌な思い出だ。

 否、その過去があるからこそ今の学がいるのだ。レフィン-ベッティの養子としての自分。兵士としての自分が存在する。

 その昔、学は兵士になる何て事は考えた事も無かった。自分は父の後を継ぎ実業家に成るつもりだったのだ。

 中華連合帝国内でも屈指の資産家の長男として産まれた学は、産まれながらにしての勝ち組だった。だからわざわざ職のない人間が、頼みの綱で入隊する軍人などに成る必要がなかった。

 遥か昔、マリーアントワネットが”食べ物が無いのならお菓子を食べれば良い”と言った真意は分からないが、学の常識はそれに近い物が有った。

 要するに我慢をする理由がわからなかったのだ。浮浪者を見やり、公園で寝るぐらいなら家を買えば良いのにと言った事がある。物乞いをする人を見やり、そんな事は奴隷にさせれば良いのにと言った事もある。

 そう、学元寸は絶大な恩恵の元生まれてきた子供なのだ。だから学は神を崇めた事などない。なぜなら自分自身が神の子だと思っていたからだ。

 そんな学の常識も地球への強制疎開で幾分は温和された。と、言っても学は普通の子と違い30人ほどの奴隷をお供に連れてきていた。コレは異例中の異例であった。がその異例な事がまかり通るほど学家の力は強大だったのだ。

 そして学家はさらに異例とも言える地球に別宅を有していた。此の時代、誰彼構わず地球に住める事は無い。此れは各国の大統領であれ、帝であれ、王であれ、女王であっても住む事は出来なかったのだ。地球の環境保護を名目に地球に住めるのは、環境保全運営位委員会関係者。疎開の子供達の教育関係者。地区ごとによる施設関係者。極限られた交通機関運営者。地球で農作業や竹林業、漁業を営む者である。

 そして地球では移動に制約があり、各地区ごとに振り分けられた居住許可地区以外の移動が禁止されている。特に数少ない森林地区には環境保全委員会の中でも限られた人間しか出入出来ない様になっていた。

 その中に”ジョン-ホレスの森”がある。

 アフリカの大地に100万本の木々を植えた男の森である。アメリカ出身の小説家で主な作品に”4050年宇宙で遭難””宇宙人とディナーを楽しむ100の方法””木星が太陽になる日”等がある。

 彼は小説を売ったお金で、アフリカの大地に100万本の木々を植えたと言われている。勿論第二次世界大戦前後の話なので、真意は定かでは無い。が、此処は旧中国鳳翔市である。勿論ジョンが中国鳳翔市に来日して植えたわけでは無い。否、来日する事は叶わなかったと言うべきか…。ジョンは100万本の木々を植え終わった3日後にこの世を去ったからだ。

 しかし、彼の行動は世界中の人々に受け継がれ、又彼の残した財産を用いて妻のイアン-モーガンがジョン-ホレス財団を設立したのだ。其のかいあってか世界に9345万本の木々を植える事に繋がったのだ。 

 そして此処鳳翔市に植えられたのは、彼の没後何百年も経ってからの事になる。

 そんな”ジョン-ホレスの森”も人類による環境破壊の被害を免れる事は出来なかった。年々上昇していく温度にさらされた森は、400年と言う歳月と共に縮小の一途を辿る事になる。そして、現在現存するのは鳳翔市にあるこの森だけとなった。

 だから其の森は世界にとって、とても貴重な森となったのだが、そんな森の中に学家の別邸がある。だが、当の学にはその貴重さが全く理解できない。

 空気の旨さも森林の心地よさも如何でも良い。

 全ては当たり前。

 あって当然。

 出来て当然だった。

 だから当然学を妬む子供も多くいた。然し其の殆どが学家が雇用する雇用人の子供だったのでへつらう者が殆どだった。

 勿論、中には刃向かってくる者もいたが、クンフーの有段資格を持っている学には敵わなかった。正に敵なし優雅独尊である。

 母に似た綺麗な顔立ち、父に似た腕っぷしの強さ。生まれ持っての我儘な性格。其れを成し遂げられる資金源…。だから、成るべくして学は1年目にして小崙中学のボスになった。

 毎日、仲間に囲まれ、女子を蔓延らせ、側から見れば羨ましい限りの生活が始まったように見えた。が、其の殆どは奴隷と何ら変わらなかった。雇用人の子供達は奴隷のように従い。返り討ちにされた男子連中も又学を恐れ付き従った。そして女子は娼婦のように学の周りに集まり施しを求めたからだ。

 だから、学には親友と呼べる存在が一人もいなかった。だが、それもこれも生まれた時からそんな生活を送っていた学にとっては当たり前の事であり、不自由を感じる要素にはならなかった。 

 そう、学にとってそれは当たり前で当然の事だったのだ。

 そんな時に出会ったのが彼だ。彼は傅山中学に通う軍人家系の子供だった。


 彼と出会うきっかけとなったのが…。


 ”確か、

 そうだ、彼奴が俺の舎弟の功を殴ったからだ。そして、俺が仕返しをする為に彼を商店街で待ち伏せしたんだ。

 懐かしい過去だ…。

 お互い顔をパンパンに腫らしながら殴り続けたのを昨日のように覚えている。それがきっかけで俺と彼は親友になった。”

 産まれて初めて出来た友達。

 その昔よく彼と語り合った事を思い出す。彼は軍人家系の長男として生まれ、自身も軍人になるのだと言っていた。”だったら自分が経済的援助をしてやるよ”なんて言っていた事を今でも覚えている。

 だがそんな小さな夢は、世界最大のメガバンクである東亜電光銀行の破綻で脆くも崩れ去った。この銀行の破綻により世界は人類史上最大級の大恐慌を迎える事になる。

 学家も例外なく此の暗黒に飲み込まれて行った。学の父は破綻による精神的苦痛からか自ら命を絶った。残された家族は、父の残した5兆8907億元の負債の支払いを求められたが、払えるはずもなく母と妹そして学は奴隷として売られる事になったのだ。


 ”忘れもしない…。

 2481年6月17日。

 全てが、脆く崩れ去った日だ…。

 だが、運命のその日、世界で何が起こったのか…。俺は何も分かっていなかった。否、俺の家は大丈夫…。

 違うな。

 俺には関係がないと思っていた。

 だが、それは違った。

 2481年6月23日午後8時。東亜電光銀行の破綻から6日後の事だ。母から電話があった。電話は二階の自分の部屋で取った。ホログラムで映し出される母の表情は蒼白で首を絞められた兎の様に悲痛な声だった。

「お父さんが…。お父さんが…。」

 敢行一発母が言った言葉だ。

「親父 ? 親父がどうしたんだよ。」

「破、破綻したわ…。」

「破…綻… ? 。」

「え、えぇぇ。そうよ。お父さんの会社が倒産したの。だから、私達は此処にいられなくなる。元寸…。貴方もその家には住めなくなるのよ。」

「ちょ、ちょっと待って。破綻 ? 倒産 ? 住めなくなる ? な、何言ってんだよ母さん…。破綻って。どうやったら破綻するんだよ !! 家には掃いて捨てるほど金があるんじゃないのかよ。」

 母の言葉を素直に聞き入れられない俺は声を荒げ問い返した。

「えぇぇ。そうよ。有ったわよ。でも、もうないのよ。有るのは負債だけよ。」

 そう言って母が泣いた。

「じょ、冗談だろ。あんなに有った金がどうして無くなるんだよ !!」

「そんな事子供の貴方に言っても分からないわ。兎に角今は、お父さんが金策に走り回ってるけど多分無理…。」

「無理 ? 無理って…。」

「兎に角金額が大きすぎるの。だから私と嶺峰れんほうは身を隠すわ。貴方もさっさと身を隠しなさい。良いわね。分かった。」

 そう言って母が電話を切った。

 母の姿を見たのはそれが最後だ。妹の姿は見ていない。母からその名前を聞いただけだった。結局の所、話が唐突すぎて理解するのに少し時間が掛かった。

 これが第72ライフカプセル-弑蓮しいれんにある自宅にいたのなら自ずと自分の置かれた状況を理解できていたのかもしれないが、ジョン-ホレスの森の別宅にいる自分には理解できるはずもなく。その当時の緊迫感も感じられないまま俺は荷造りを始めていた。

 大体身を隠せと言われてもどこに隠せば良いのか ?

 此処は宇宙じゃない。地球なのだ。移動するにも制限があるし、宇宙に戻りたくても国の許可がなければ軌道エレベーターには乗れないのだ。

 

 結局どうしたら良いのか何も思いつかなかった。

 

 分かるのは言い知れぬ不安と恐怖。まだ幼い自分にも破綻がどう言った事を意味するのかぐらいは分かる。学校の授業でも習うし、実際学家は奴隷を134人も有しているのだ。分からぬはずがない。

 破綻した家はその家や土地、金融機関や所有する全てが差し押さえられる。当然の事、その中には自分達家族も含まれる。

 俗にゆう奴隷として売買されるのだ。

 奴隷…。

 今の今まで裕福に暮らしてきた自分が奴隷として売買される。自分は絶大な恩恵の元に生まれてきた神の子ではなかったのか ?

 どうして神の子が奴隷として売買されなければいけないのか。実際の緊迫感は伝わってこない。今だに母の言った意味が分からない。父が何故破綻したのかも分からない。分からないが、奴隷にされるのは嫌だった。

 詰まらぬ母の冗談だと思いたい。

 されど母の顔が…。

 あの青ざめた顔が冗談ではないと言っている。

 今までの生活を奪われる恐怖。奴隷にされるという不安。その二つが自分の胸を締め付ける。

 ポロリと涙が零れ落ちる。

 ポロリ、ポロリと涙を零しながら鞄に服を詰め込んでいく。今までなら奴隷にさせていた事を今は自分でやっている。奴隷にこんな姿を見せたくない。奴隷に自分の家が破綻したなんて思われたくない。何よりも夜逃げする自分の姿を見られたく無かった。

 母と蓮峰はうまく逃げたのだろうか。

 父はどうなったのだろうか。地球に疎開している自分には全く分からない。分からないから頭の中で様々な事を考える。

 明日になれば全てが変わる。

 今日の事も嘘になる。

 父が金の算段をつけ元どおりの生活に戻れるのではないか…。考えでる内容は都合のいい事ばかり。そりゃそうだ。自分が不幸になる事など誰が考えられる。考えたくなどない。だって自分は絶大な恩恵を受けて生まれて来た神の子なのだ。

 神の子が不幸に等なるはずがない。

 はずがないのに…。

 どうして俺は泣いているんだ…。

 どうしようもない気持ちを抑えつけながら、必死に服を鞄に詰め込んでいく。然れど鞄に服を詰め込むなどやった事のない自分にはとても難儀な行いだった。上手く入らず、入れては出して又入れての繰り返し…。

「坊っちゃま…。」

 そんな折、後ろから声を掛けられた。体をビクつかせながら後手に振り返る。扉の前にバネンサ-キュルヒネンが立っていた。

 バネンサは学家の奴隷である。奴隷と言っても学家での奴隷の扱いは極めてクリーンな扱いだった。だから毎日風呂にも入れるし、髪をといたり化粧をする事も許されていた。何よりも扱いは奴隷ではなく執事やメイドと言った扱いで小遣い程度だが給金も貰っていたのだ。だから、バネンサ達には名前があった。自分たちが生まれ持った元々の名前である。

「バ、バネンサ…。」

 慌てて涙を拭った。

「坊っちゃま…。此処に2週間分の食料が入っています。」

 そう言ってバネンサが大きなリュックを2つ床に置いた。

「食料 ?」

「はい。このリュックを持って地下の部屋に身を隠して下さい。」

「地下…。あ、あの部屋か。」

「はい。私とご主人様。そして坊っちゃましか知らない秘密の部屋です。その部屋で2週間過ごすのです。」

「過ごす ? 過ごすって。どうして ?」

「どうして ? 其れは、ご主人様の金策が失敗に終わったからで御座います。ですから、債権回収業者は明日にもこの別宅に訪れるでしょう。そうなれば私達は勿論の事、坊っちゃまも回収される事になります。そうなる前に身を隠すのです。あの部屋ならば如何に債権回収業者と言えどバレる事は有ません。」

「あぁぁ、確かにバレないだろうけど。その後どうするんだよ。宇宙にも戻れず、地球で逃げ回るのか ? 」

「その後の事は坊っちゃま自身で考えて下さい。奴隷である私達に出来るのは此のぐらいの事ですから。もしも…。もしも私が雇われメイドだったのなら、この身に変えても坊っちゃまをお守りしたでしょう。ですが明日になれば私達もこの別宅と共に回収されてしまいます。」

 そう言ってバネンサが涙を拭った。

「坊っちゃま…。食料と一緒に僅かですがリュックの中にお金を入れておきました。これは私達が今までご主人様に頂いた給金の残り全部で御座います。其れを逃亡の足しにして下さい。」

「ば、馬鹿言うなよ。そのお金は貰えないよ。其れに地下の部屋には1億元程隠してあったはずだし。お金の心配はいらない。」

 とっさに嘘をついた。

「ですが…。私達が持っていても何の意味も有ません。学家の奴隷だったからこそ私達はお金を使う事が出来ました。でも、本来の奴隷にそんな自由は…。」

「そっか…。」

「はい。色々お世話になりました。地下の部屋の事は何があっても話しません。ですから…。ですから私達の様に奴隷にならないで下さい。」

「ありがとうバネンサ。」

「はい…。其れでは失礼致します。」

 そしてバネンサは部屋から出て行った。

 床に置かれたリュックを見やる。食料の大半は缶詰とペットボトルに入った水だろう。後はパン等日持ちする物か…。

 ふぅ…。ダメだ贅沢を言ってる場合じゃない。と、生体認証カードを取り出し徐に電話を掛けた。相手は家族じゃない。

 親友の彼…。

 彼は3コール程で応答した。彼の姿がホログラムで現れる。

「どうしたんだ ?」

 彼が言った。

「ん…。いや、別に大した用事じゃないんだけどさ。暫く会えなくなると思ってよ。」

「会えなく ? 真逆…。」

 世界最大級のメガバンクである東亜電光銀行の破綻は、内容が内容だけに小学生でも知っている内容だった。だから、中華連合帝国内でも屈指の資産家である学家も大きな影響を受けているであろう事は想像する程難しい物ではない。

 だから東亜電光銀行が破綻したニュースが流れた時も彼は直ぐに電話を掛けてきた。勿論その時は大丈夫だと答えた。

 もしも、その時…。自分がただの人の子だと認識していれば、返答も違っていたのかもしれない。

「その真逆なんだ。」

 強がって見せた。例え親友であっても情けない顔は見せられない。だから、笑顔一つ見せてやった。

「真逆って…。冗談だろ。だ、大丈夫だって…。お前、大丈夫だって言ったじゃないか。」

「あぁぁ、言ったな。」

「言ったなって。お前どうすんだよこれから。」

「暫く身を隠す。その後の事はまだ考えてない。」

「身を隠すって。どこにだよ ? 行くあてでもあんのかよ。」

「あぁぁぁ、其れなら心配ない。親父が確保してくれたよ。」

 嘘をついた。

 嘘をつかなければきっと彼は自分の為に何かを仕様とすると思ったからだ。

「そっか…。だったら良いけどよ。で、何処に行くんだよ。」

「ばっか…。其れを言えばお前に迷惑がかかるだろ。兎に角心配いらないからよ。落ち着いたらまた電話するよ。」

 そう言って電話を切った。

 そしてまたポロポロと涙が零れ落ちてきた。

 ブルブルと手が震える。

 いよいよ現実なのだと思い知らされる。

 怖い…。

 正直怖い。これからどうなるのだろう ? 何一つ想像できなかった。奴隷にされるという事。誰かに買われていくという事。家族がバラバラになるという事。今まで生きてきた中でそんな事想像もしていなかった。勿論考えた事もなかった。

 だって、

 だって俺は神の子なのだから…。

 絶大な恩恵を持って生まれてきた神の…。

 ポロポロ、

 ポロポロと涙が止まらない。

 悔しくて悲しくて…。

 全く…。

 全くよう。夢なら覚めてくれよ…。ボソリト呟きながら、俺はリュックを両肩に下げ地下室に降りて行った。


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