Lost in space. Amazing Grace 1
「嫌な感じ…。」
コンピューターの解析を見やり乍ギルフィッテが言った。
「そうね。システムの影響が色濃く残ってる。」
花蓮が答える。
「抜けるの ?」
マギーナが問う。
「多少の時間は掛かるけど大丈夫よ。」
花蓮が答えた。
僕は今医療棟で脳波の解析をされている。狭い部屋に入れられ仰向けに寝かされたまま頭にいびつな形をしたリングを付けられているのだ。どうやらこれで脳波の検査をするらしい。マギーナ達は別の部屋でそれらの解析結果を見やり乍アレヤコレヤと話している。
何を話しているのかは分からないが、ガラスの向こうに見える3人の姿は楽しそうに見えた。僕はチラチラと3人の姿を見やり乍とても退屈な時間を過ごす。
システムパラドックス…。
僕の脳にはシステムが埋め込んだ情報が残っているのだそうだ。僕が食堂で声を張り上げたのもその所為らしい。それがどれだけ脳に影響を与えているのかを調べていると言う事だが、何故か僕の目には3人の姿が楽しそうに見える。おそらくその場にいればギャアギャアと五月蝿い声が響いているのだと思うととても羨ましく思えた。
僕はすっと視線を天井に向ける。
ぼんやりと天井を見やり沙也の事を考える。
沙也は大丈夫なのだろうか ?
日比野大尉は那奈さんは…。
僕はこんな所で何をしているのだろう ?
皆んな僕のこと心配してくれているのだろうか ?
否、あの惨劇から4日も経ってる。恐らく僕は戦死扱いだ。
”戦死か…。だったらこのまま海賊にでもなるか。”
僕とは別の僕が言った。
否、僕はそんな事…。
意外にそれもアリかもしれない。無駄な規律もなく。毎日楽しく、やりたいことをして面白おかしく…。
違う。それは僕の考えじゃない…。
僕は…。
駄目だ、何だか頭の中がグチャグチャしている。
僕の中に別の僕がいる。
これが花蓮の言った後遺症というやつなのだろうか ?
強い僕と弱い僕。弱い方が本来の僕で、強い方がシステムの僕。乗り続ける事で、弱い本来の僕が消え去りシステムの僕が体を支配する。やがて裁きの時間が訪れて僕は廃人になる。
廃人…。
廃人…。不思議とピンと来ない。廃人になればどうなるのだろう ? 僕の意識は ? 考えは ? 分からない。僕は廃人になった人を見た事がない。勿論それに近い人もだ。
それに廃人と言っても色々と種類があるだろうし…。
僕はどうなるのだろう。
否、1回だけなら花蓮もバニッテも大丈夫だと言っていた。システムを脳から排除できると。だったら考えても無駄なだけか。と、僕はゆっくりと瞼を閉じる。
視界が闇に包まれる。
その闇は真黒の宇宙の様に黒く、その中に星が輝き計器類が僕の目前に現れ僕はソフィアになる。
敵はCUEのフェネック…。
その数ザッと30機。
其れが僕の宇宙に所狭しとグイグイと蠢いている。僕は背中と腕のアームをオートに設定しアトミックソードを抜いた。
敵の動きは相変わらず鈍い。1手、否、2手程遅いその動きはソフィアの前では命取りに繋がる。僕は一気に攻めよりフェネックめがけて。
フェネック ?
僕はハッと我に返り目を開ける。
冷や汗が身体中の毛穴から溢れ出す。ブル、ブルと体が震える。
暗闇の中に、現実とも妄想とも言えないリアルな世界が僕の中にあった。それはソフィアと融合していた時と同じ感覚で僕の中に再現される。
「お疲れ様…。少し休憩しましょう。」
花蓮が言った。僕は花蓮を見やる。いつの間にか花蓮はこの部屋に来ていた。其れなのに不思議と僕は驚かなかった。
「休憩 ?」
「ええ。こっちの用意も有るし。次は30分後ね。」
花蓮はニコリと笑みを浮かべる。
「そっか…。」
「どうかした。」
そう言い乍花蓮は僕の頭の装置を外す。
「あ、少し。オビー大尉の所に行っても良いかな ?」
「オビー大尉の ?」
と、少し花蓮は顎をくねらせた後別にいいけど、ちゃんと戻ってくるのよ。と言った。
「うん。分かってるよ。」
僕としてもこのままは嫌だ。だけど30分後。少し疑問を覚えた。
「あの。」
「何 ?」
「治療ってどのぐらい…。」
「1日はかかるわね。」
「1日…。」
僕は困惑した。CUEが攻め込んで来るかもしれないと思ったからだ。
「何その顔 ? 1日掛かるのが不満なわけ。」
ズイッと顔を近づけ花蓮が言う。
「不満ってわけじゃ。」
「だったら何よ?」
「何って、CUEが攻めて来たらどうするんですか。」
「どうするんですかって、今度は本気でやるでしょうよ。」
「本気でって、ソフィアなしで勝てるわけないでしょ。」
「冗談。あんた又アレに乗る気 ? 悪い事は言わないから止めときなさい。」
花蓮は少し声を荒げて言った。
「今更、今更なんですか。乗れって言ったり乗るなって言ったり。勝手な事言わないで下さい。」
「そうよ花蓮。悠那は乗りたいのよ。乗らせてあげれば良いわよ。」
部屋に入ってきたマギーナが言った。
「ちょっと、勝手に入ってきて勝手な事言わないで。」
「勝手な事言ってるのは花蓮さんですよ。」
僕はそう言って花蓮を押しのける。
「ちょ、ちょっと。悠那。」
僕を止めようとする花蓮を振り払い診療台から降りる。降りると分厚い服を羽織り僕は廊下に出て行った。
僕は何故かイライラしている。花蓮の言葉に腹がったのだろうか ? 否、何故か違うような気がする。何故なら僕は元々苛ついていたのだ。
理由は分からない。
否、其れも違う。
僕は、
きっと僕は僕が分からないのだ。
ーー「悠那を潰す気 ?」
マギーナを睨めつけ花蓮が言った。
「決めるのは悠那よ。」
そう言ってマギーナは診療台に腰を下ろす。静かな診療室に彼女達の言葉が響く。
「違う。決めるのはシステムよ。」
部屋に入って来たギルフィッテが言った。
「そういう事。」
「悠那は大丈夫よ。あの子は私に選ばれた子だから。」
ギルフィッテを見やりマギーナが言い返す。
「マギーナ…。貴方の感で既に3人が廃人になってるわよ。」
ギルフィッテがシラっとマギーナを睨めつける。
「ほんと貴女の勘って当てにならない。」
花蓮が溜息をつく。
「ふん。所詮処女の勘なんてこんなもんよ。」
にたりと笑みを浮かべギルフィッテが悪態を吐く。
「はぁぁ、誰が処女なのよ。」
『あんたよ !』
二人の声が重なった。
ーー治療室から出ると真っ直ぐオビー大尉の所に向かった。食堂での事を謝りたいと思ったからだ。何も知らなかったとはいえ、僕は大きな声で彼等を罵倒した。
自分であり自分でない僕が大声を張り上げ言ったのだ。其れでも言ったのは僕だからちゃんと謝らなければいけない。
そう思いながらも正直気分は重い。そりゃそうだ。助けてもらった上に迷惑までかけた上での発言なのだ。気分が重くなって当然だ。其れでも皆が僕を責めてくれていたら多少は気も楽だったのかもしれない。だが、誰も僕を責めなかった。
重い気持ちでブツブツと考え乍歩いていると意外に早くオビー大尉の部屋に着いた。
オビー大尉の部屋の扉、ノックをする手が止まる。
食堂での出来事が脳裏に蘇る。
ーー「そうか、CUEは攻めてくるか。だったら尚の事、今の内に美味い飯をたらふく食って美味い酒を飲まなきゃな。悠那少尉も今の内にコーラーをたらふく飲んどけよ。」
そう言って彼は野太い声で笑った。其れはあたかも僕の失言を吹き飛ばす様に大きな声だった。
「な、何を。」
マギーナの温もりを感じながら言う。マギーナはギュッと僕を抱きしめてくれている。僕は涙を流しながらもオビーを見やる。
「言っただろう。英雄って奴は1分1秒を大切に生きてる奴の事だってよ。」
「な、其れとこれとは。」
「馬鹿な事言うんじゃねぇぞ。お前が今一緒にいる相手はよ、保証で守られた兵士じゃねぇ。略奪を生業としている極悪人。海賊だ。飯を食うのも毎日命がけって事よ。」
「だったら尚更。」
「だからなのよ。」
僕の後ろに居た花蓮が言う。
「花蓮さんまで。」
「そうじゃなくて。兵士と海賊の違いってやつよ。」
「そう言う事。毎日が生きるか死ぬか。私達にとって生きるという事は命がけなの。だから、責めて悔いが残らない様にって決戦の前にはこうして宴会を開くのよ。」
更に強く僕を抱きしめマギーナが言った。
「ま、殆ど毎日が決戦前夜ですけどね。」
と、ニヤリと笑みを浮かべ乍らヒムエンコはグラスの酒をグイッと飲み干す。
「こらこら、其れを言っちゃあ元も子もねぇだろ。」
オビーが野太い声で笑う。
「だからって、だからって。ぼ、僕はもう誰も失いたくないから。」
そう言った僕の口をマギーナが押さえた。
「悠那。それは言っちゃダメ。分かるでしょ。失いたくないのは皆同じなんだから。其れでも懸命に生きるの。」
「そうだ。誰も失いたくなどない。だからこそ君は俺達の英雄なんだ。」
「僕は、」
「君が命を張って守ってくれたお陰で全員生きて戻る事ができたんだ。紛れもなく君は英雄でありかけがえのない友になった。その証拠に今も俺たちの事を心から心配してくれているじゃないか。」
「オビー大尉。」
「良い悠那。ここに居る人達は皆んな国に見捨てられたか、国に裏切られた人達ばかりなの。CUEが私達の国を吸収して血の繋がりを求めた所為で私達の自由は奪われた。祖国は中華連合帝国の属国になり、やがて国名を奪われ私達の全てを奪っていったわ。
勿論始めは反対する人もいたけど、意を唱えるものは次々に拘束され公開処刑にされた。其れも相当残虐なやり方でね。
私の兄さんも、姉さんも処刑されたわ。」
そう言ってマギーナは涙を拭った。マギーナの涙が僕の頬にポツリと落ちる。
「ほんと、海賊なんてやるもんじゃないよ。生きる為に命を掛けてるんだから。ほんと、馬鹿みたい。だから、ここに居る皆んな好きで海賊になった人なんていないのよ。だけど、自分達の国に見捨てられたら海賊になるか奴隷になるしかない。分かる ? 私達には帰る場所なんて何処にもないのよ。そんな人間が集まって小さな海賊団を作ってるの。同じ苦しみ、同じ辛さを持ったもの同士。慰めあって、認め合って励まし合って。どうでも良い人間なんてここには居ない。皆んな大切な仲間よ。」
マギーナの言葉に僕の胸が強く締め付けられた。
僕は愚かだ。
本当に愚かだ。何も知らずただ偉そうに自分の意見を言っただけの世間知らずだ。そもそも英雄と言われても僕の力じゃなく其れはソフィアの持つ力のお陰。
僕はとんだ勘違い野郎だ。
「マギーナさ」
「え、そうだったんですか ? 其れは初耳だな。」
僕が言いかけた所で、さらりとヒムエンコが言った。顔を真っ赤に染め上げたヒムエンコはマジマジとマギーナを見やり乍グラスのバーボンをグイッと飲み干す。
そうだったんですか ? 僕はチラリと目だけでマギーナを見やろうとする。
初耳 ? ヒムエンコの言葉に僕の脳が対応出来ていない。視線をヒムエンコに移す。
「う〜ん。記憶にないなぁ。」
と、其れを聞いていたオビーが首を傾げる。その表情、酔っているからという訳では無さそうな表情である。
「否、いやいや。姫様の兄君と姉君は御健在のはずだ。うん。そうだ。まぁ、姫様と違って海賊じゃぁないがな。」
オビーが付け加える様に言った。
「と、ととととと兎に角よ。国を奪われた私達は宇宙の迷子なのよ。」
鼻水を啜り乍マギーナが言う。
「ふぅん。宇宙の迷子 ? ふぅん、その表現は些か正確ではないと思いますよ。宇宙で見失う。無くす。無くす、見失う。ふぅん、迷子、迷子、まぁ、何でもいいか。」
と、ヒムエンコはグラスにバーボンを注いだ。マギーナはシラっとした表情でオビーを見やっている。
全く僕は愚かだ。
マギーナは物凄く陰湿で意地悪で我儘で自分勝手で適当な正確だと言う事を知っていたにも関わらず鵜呑みに信じてしまった。
まったく、僕のこの感情を如何してくれるのだ。確りとマギーナに問いただしたい気分だ。
本当にまったくである。
オビーがニタニタと膨れツラのの僕を見やる。まんまと引っ掛かったなうすのろと言わんばかりの表情だ。
その表情が僕の眼にグイッと飛び込んで来る。そしてオビーの柔らかい顔の皮膚が特殊合金に覆われ始める。僕はその光景をジッと見やっている。
やがて顔をスッポリと包み込んだ特殊合金はオビーの体をも飲み込んでいく。僕はグッと拳を握り締める。
目前にいるのは敵の新型人形兵器フェネックだ。
フェネックは腰からビームの剣を抜き上段に構えを取った。其れに合わせるように体を後退させチラリと周りを見やる。
正直戦況は良くない。
既に囲まれているからだ。
直ぐに両腕のアームにブラスターライフルを構えさせ、背中のアームで後方を守らせる。そして両手に持つのはダイナミックビームソードだ。
額からタラリと冷や汗が滴り落ちる。
僕はダイナミックビームソードを握り締め目前の。
目前の。
そして僕は体をブルッと震わせた。
背後から敵に触れられたからだ。僕は驚きながら振り返る。
「悠那少尉。オビー大尉に用事ですか ?」
其処にはヒムエンコがいた。背後から僕の肩を叩いたのはヒムエンコだった。僕はハッと周りを見やる。僕の目前に有るのはフェネックではなくオビー大尉の部屋の扉。
「え、あ。はい。」
虚ろな目で答える。
「そうですか。でもオビー大尉は酔い潰れて寝てますよ。」
真っ赤な顔のヒムエンコが答える。確かにオビー大尉は浴びる様に酒を飲んでいた。
「そ、そうですか。」
「何か用事でも有りましたか ?」
「い、いえ、別に。」
そう言って僕は医療棟に戻ろうとした。
「悠那少尉。」
其れをヒムエンコが引き止めた。
「は、はい。」
「君の勇気には感謝しています。正直我々は勝てるとタカを括っていた。しかし、結果は散々なものでした。君が来てくれなければ、多くの大切な友を失っていた。まったく、出し惜しみなんて物はする物ではありません。其れに君が加勢してくれるなんて事も考えもしていなかった。だから私にはあの輝きは神の輝きに見えました。
悠那少尉。君は紛れも無く私達の英雄であり、大切な友です。だからこの先例え何が起ころうと君を無事鬼神丸に送り届けます。そして君の彼女も生きているのなら、この命に替えてでも必ず君の元に送り届けます。だから、今は安心して治療に専念して下さい。」
そう言うとヒムエンコはポリポリと頭を掻きながら部屋に戻っていった。
「ヒムエンコさん。有り難うございます。」
そう言って僕は又泣いていた。
ーーニューセイルの悲劇から4日。arch2遺跡の攻防から1日が過ぎた午前10時。日比野勇と一本気那奈は大型戦艦鬼神丸に乗船した。
核の爆風に弾き飛ばされた2人は運良く巡洋戦艦金剛149号に救助されたのだ。救助されてから3時間程はベッドに横たわっていたが、その後直ぐに2人は救助作業に赴いた。核による電波障害のため作業は困難を極めたが、その途中で伊藤中尉達と出会い隊員の無事を確認する事ができた。が、その中に如月悠那の名前は出てこなかった。勿論冴木沙也の名前もである。
結局2人を見つける事が出来ないまま救助作業は終了し鬼神丸に召集された。
日比野と那奈は鬼神丸総司令官室に赴き一本気陽光と久しぶりの対面を果たす事になった。
「態々来てもらってご苦労だったな。」
全くと言っていいほど愛想の無い表情で一本気総司令官大佐が言った。彼はデスクの椅子に腰を下ろし日比野と那奈をジロリと見やる。
「いえ。」
そう言った日比野の顔を一本気が睨めつける。
「浮かぬ顔だな。否、其れは皆がそうか。」
と、言って暫しの沈黙が続いた。当然明るい話題など出てくるはずも無く、気の利いた話を出来るほど心に余裕など無かった。
もとい一本気は気の利いた話などしない。
其れに理由はどうあれ惨敗なのだ。ニューセイルをなくしニューセイル総司令官ジョナサン-ピコメンチを失った。何より多くの犠牲者を出してしまったのだ。
脱出シェルターから地球に降下した民間人も核の爆風と巨大な熱量で消滅したに違いなかった。
「さて、お前達を此処に呼んだのは他でもない。新たな部隊編成の通達だ。」
だから、重い口を開いたのは一本気総司令官大佐だった。
「新たな部隊編成 ?」
日比野が答えた。
「そうだ。今回の攻撃で甚大な被害を被ってしまったからな。よって、本日付で日比野英雄部隊を大型戦艦鬼神丸の兵器部隊に編入する事になった。」
「あ。」
戦艦鬼神丸への部隊編入。本来なら喜ばしき内容である。然れど日比野は素直に喜べなかった。理由は簡単だ。自分が付いていながら悠那と沙也を守りきれなかったからだ。
重苦しく胸が締め付けられる。
何処かで救助されていればと願うが、そんな神がかりな事はこの広い宇宙では無いに等しい事だった。
何より今日で5日。兵器の中で宇宙を漂っているのなら間違いなく死んでいる。持てる希望は薄い。色濃く体に纏わりつくのは絶望の二文字。
命を懸けて守るはずだった未来の希望に命を懸けて守られた。今ある命は悠那の勇気があったればこそだ。
日比野はグッと歯を食いしばった。そんな日比野を見やり一本気は気の利いた言葉でも掛けようかと思ったが止めた。矢張り自分には向いていないと思ったからだ。
「お前達にも通達が回っていると思うが、鬼神丸を中心とした即席艦隊はビーナスクイーンでホエイ基地から派遣された補給部隊と合流する事になっている。が、先の戦闘で各々の部隊は悲惨な状況に陥っているのが現状だ。ビーナスクイーン迄の道のりは早くて2週間。其の2週間の間にCUEからの追撃が無いとは考え難い。其れを乗り切るための新たな部隊編成だ。其れと一本気那奈中尉にはプリティアマゾネスの召集がかかっている。ビーナスクイーンに着き次第ホエイ基地に向かってもらう事になる。其れ迄は巡洋戦艦桃色の妖精にて作戦行動を取るように。以上だ。」
そう言うと一本気は大きな溜息をついた。
「パパ…。いえ、一本気大佐。」
「何だ ?」
「沙也ち。いえ、冴木伍長と如月少尉は ?」
那奈が言った。その問いに一本気は下唇をギュッと噛み締める。
「那奈。」
那奈の肩に腕を回し日比野が首を横に振る。瞬間那奈の目から大粒の涙がこぼれ落ちて来た。
ボロボロ、
ボロボロと零れ落ちる涙は止まることなく流れ続けた。
「沙也ちゃん。沙也ちゃん。」
堪らず耐えられず那奈は大声を上げながら泣き崩れた。
「勇。すまんが那奈を頼む。」
「はい。」
分かっていた。
其れは救助作業の時に分かっていたこと。もしも、何て楽観的な現実等無いのだ。其れでも楽観的な現実にしがみつかなければ堪えられなかった。
バラバラになった艦隊も時間の経過とともに群れを取り戻していく。やがてニューセイルの悲劇から3日が経ち救助作業が終了した。その頃には通信系等も徐々に復活してきたので、日比野と那奈は自分達の人脈を使い悠那と沙也の安否を探り、自らも巡洋艦や巡洋戦艦に足を運んだ。
然れど、その行動は只現実が辛くのしかかって来るだけだった。
そして最後の希望がこの鬼神丸だったのだ。
そして、今その希望が断たれた。
日比野は歯を食いしばり拳を握り締める。
一本気は、
一本気は気の利いた事を言おうと柄にもなく必死に言葉を探した。然れど、何も思いつかなかった。矢張りなれぬ事はするものではない。
然れど、
然れど、
今は其のなれぬ言葉を掛けてやらなければいけないのだ。と、一本気は取り敢えず其の重い口を開いた。
「勇。俺はお前が先の希望だと信じていた。だが、お前は不運にも真実を知ってしまった。本当の事を言うと俺は今でもお前がそうなのだと思っている。」
「大佐。今その話は。」
日比野はチラリと那奈を見やる。
「構わんさ。どうせそいつは聞いちゃあいねぇよ。でだ、俺が選んだ希望が選んだ少年だ。だからよ、最後まで諦めるな。」
「た、大佐。」
「良いか勇。運命が誰を選ぶのかは分からん。しかし、選ばれし英雄には絶大な恩恵が与えられる。だが、其れは同時に全人類の命の重みを受け止めなければいけないと言う重圧が付いてくる。少なくともこの程度の障害でくたばるようじゃぁ、どうにもならんと言うことだ。」
「其れはわかってます。」
「なら良い。俺達は幾多の犠牲の上に立っている。そして、俺達も又その犠牲だ。全ては遥か先の人類の為。全人類がゴールドマスターになる為の歩みなのだ。」
「ええ、分かってます。けど、頭で分かっていても辛いです。」
「あぁぁ、辛い。だからこそ人は変われるんだ。この戦争でな。」
「はい。」
「すまんが、那奈の事は頼む。デカイ体でビービー泣かれると鬱陶しくて仕様がないのでな。」
そう言って一本気は煙草火を点けた。
日比野は崩れ泣く那奈がガマ親分に見えたので笑いそうになった。
ーー同時刻
巡洋戦艦鳳第00格納庫。此処は部隊長専用の格納庫である。部隊長に与えられる特別な人形兵器は特別な場所で特別なメカニックによってメンテナンスや装備の換装が行われている。鳳に乗船した時は一般兵と同じ場所に格納庫されていたのだが、ビーム兵器の換装に伴い第00格納庫に移動させたのだ。
ムラームは換装の終了したフェネックを無表情で見上げていた。
此れで死んでいった兵も報われる。
ムラームはそう思った。何故なら先での戦闘でビーム兵器の驚異的な力を身を持って体験したからだ。
然れど金色に輝く人形兵器。人馬一体による圧倒的なパフォーマンス。あれが又戦場に出て来たのなら。
否、あれは人を潰す兵器だ。
そう何度も乗れはしない。否、別の人間が搭乗する事も考えられる。此れが国家軍隊や企業軍隊なら大きな制限がかけられ誰彼と搭乗できる何て事は無い。然れど相手は海賊だ。死に物狂いで立ち向かって来るだろう。
ならば。
今回も出て来ると考える方が得策だ。
「ふん。此れで海賊も終わりだな。」
明らかに強気であろう声が後ろから聞こえた。ムラームは肩越しに振り返る。
「民か。」
背後には勝ち誇った表情の民がいた。
先の戦闘でもっとも海賊にしてやられた民だ。民も勿論此のビーム兵器の威力は十分に理解している。だからこその勝ち誇った表情である事は容易に想像できるが、民は笨と違い実力は大した事が無い。どちらかと言うと強い者に巻かれるタイプで、扱い易いのだが小隊長からの信頼は薄い。だから実力でのし上がった笨との実力の差は歴然である。
否、ちょっとした小隊長中尉よりも指揮官としても兵器乗りとしても実力は低いかも知れない。だったら何故民は大尉に成れたのか ?
上に気に入られ可愛がられた結果だろう。かく言うムラームも又民を引き立てている一人だった。しかし今は其れが仇になっているような気がしてならない。
民がもっとしっかりしてくれていれば。とも思うが今更どう仕様も無い。
否、民を責めるのはお門違いだ。大体総部隊長が部隊長に頼るなど以ての外。然も今回の作戦はムラームの軽はずみな発言から巻き起こった物だ。
世間ではCUEだSuAgだと言っている中で何故今更海賊如きに多くの兵士が殺されなければいけないのか。
2国間の間での戦闘ならいざ知らず。此れでは無駄死に以外の何でもない。
「民。油断は禁物だ。彼奴らにはとっておきが有る。」
「あぁぁ、あれか。でもよ。あれは早々使える物じゃないんだろ。」
民の発言は何とも楽観的である。
「早計だな。今回の作戦お気軽な考えは禁物だ。何しろ俺達は既に多くの兵士を失った。否、全ては俺の軽はずみな発言。自分を引き立たすための詰まらぬ考えが、生温い思い上がりが蒔いた種だ。全ては俺のミスだ。俺が仲間を殺したも同然。」
否、楽観的なのは民だけでは無い。かく言うムラームも同じなのだ。然れど、今更反省しても死んだ兵士は生き返ら無い。やり直しのきかぬ命、切なくも時間は元には戻ら無いのだ。
ムラームは下唇を噛み締め前を向いた。涙がこぼれ落ちそうになったからだ。
「ムラーム。」
ブルブルと体が震える。
悔しくて、情けなくて。何よりもムラームは自分が許せなかった。
「だから俺はここに誓う。今、この瞬間から俺はセコイ男を卒業する。此れからはセコくない男になる。そしてこの作戦を成功させ、死んでいった兵士達の手向けとしよう。」
ムラームはグッと拳を握り力一杯前に突き出した。そして、格納庫内に鈍い音が響く。どうやらムラームは目前のフェネックの足を殴ったようだ。言葉になら無い痛みが拳を突き抜けていく。ムラームは拳をソット押さえしゃがみ込んだ。
「ちくしょう。痛えじゃねかよ。ちくしょう、ちくしょう。」
ポロリ涙が零れ落ちる。零れ落ちる涙は頬を伝いポタポタと拳に落ちる。
やがて、ポロポロ、ポロポロと
ポロポロ、ポロポロと涙が止まらなく無った。ムラームはブルブルと体を震わし、必死に声を殺す
聞かれるわけにはいか無い。聞かれるわけにはいかないのだ。男は人前でましてや部下の前で泣くわけにはいかないのだ。
然れど
彼等の顔が、
嬉しそうに話していた内容が脳裏に蘇る。
ジェニファーは出撃の前に籍を入れたそうだ。
印は出世して母に楽をさせたいと言っていた。
法は終戦になったら結婚すると言っていた。
娘の花嫁姿を見るのが楽しみだとグインは言っていた。
ムラームは鼻水を啜る。
俺は、
俺は部下の命を無駄に奪った最低野郎だ。
俺は、
俺は、
ムラームは堪らず、耐えられず声を出して泣いた。泣いてどうなるものでもない。其れでも泣かずにはいられなかった。
「ムラーム。手向けてやろうぜ。」
優しい声が耳に届く。優しく温かい。然れどそこには覚悟を決めた力がこもっている。格納庫にやって来た笨声だ。
笨はムラームの横に腰を下ろすとソット腕を肩に回した。
ブルブルブルブルとムラームの体が震えている。
笨はそれ以上は何も言わず、無言のままムラームの横にいた。やがて其の震えが止まり熱い熱気が立ち昇る。
「当たり前だ。」
そう言うとムラームは立ち上がり、此処からは見えるはずの無いボーンバルドルを睨めつける。
「笨、民。用意はいいか ?」
「あぁぁ、既に整っている。」
「そうか、だったら2ラウンド目を始めるぞ。」
そう言ってムラームは覚悟を決めた表情で言った。




