Lost in space. 海賊団の御姫様 2
ブリーフィングルームでのミーティングから1時間が過ぎた頃、ムラームと学は艦長室に招集させられていた。
学に決闘を申し込まれたムラームは、揚揚と挑戦を受けたが、何の事はない学の圧倒的な強さに太刀打ち出来ないまま、あっという間に気を失い気がつけば医療カプセルの中に放り込まれる結果となったのだ。
結局学を陥れ、部隊長と小隊長の信頼を手中に収めようとした計画は全て水泡に帰した。しかも、あわよくば学をボコボコにして圧倒的な勝利を収めようとも考えていたムラームにとっては、逆に学の有無を言わさぬ圧倒的な強さに惨めな完敗を喫したのは誤算中の誤算であった。
ムラームはずっと学の事を名門出のボンボンだと思っていたが、其れは違った。喧嘩して初めてわかる。学のハングリーな拳は重く、とても痛かった。
ムラームは何度も医療カプセルの中で溜息を吐いた。
そんな、溜息を吐くムラームをジッと見下す顔が一つ。ムラームはその顔をジッと見やる。見下す顔の主は学だ。
学は医療カプセルの蓋を開けると”リミリッタ艦長がお呼びだ。”そう言って手を差し出した。ムラームはその手を取ると学がグイッとムラームの体を起こす。
「怪我人だぞ。もう少し優しく扱ってくれ…。」
「心配するな。最新式の医療カプセルだ。骨折だろうと神経の損傷だろうと5分もあれば全て治る。」
「ふん…。お前を庇った俺をボコボコに殴りやがって。」
「いいかんげんにしろ…。お前に付き合っている程俺は暇じゃない。で、強襲部隊の部隊長はお前で良いんだな。」
怪訝な表情で学が言う。
「あぁ…。決闘前の決め事だ。文句ない。」
そう言うとムラームは医療カプセルから降りると学を見やる。学は素知らぬ顔で艦長室に歩いて行った。そして、リミリッタの訝しい表情が二人の眼に映っている。まったく、ムラームの詰まらぬ嫌がらせの皺寄せが此れだ…。デスクの椅子に腰を下ろすリミリッタを見やりムラームはバツの悪い表情を浮かべていた。
鬼神丸追撃部隊の新部隊編成のミーティングが、結局無駄な艦長室の呼び出しに繋がった。どうして自分が呼び出されなければいけないのか。殆そう思うが必要以上にムラームを殴りすぎたのも事実。
まったく…。
学は溜息を吐いた。
「それで…。学大尉から聞きましたが、archⅡの強襲攻撃と言うのは何でしょう ? 私はムラーム大尉にそのような指令を出した覚えはありませんが。」
シレッとした表情でリミリッタが問う。ムラームはリミリッタの視線を逸らし頭を垂れる。リミリッタはそれを見やり続けた。
「まぁ、私もarchⅡの映像を見ていない訳ではありませんので、大体の事は把握しているつもりです。しかし、我艦の任務は鬼神丸の追撃。海賊の討伐ではありません。」
リミリッタはジロリとムラームを睨めつける。
「は、はい。」
元気のない声でムラームが答える。
「リミリッタ艦長。ーー確かに此れはムラーム大尉のフライングですが、ムラーム大尉の言う様にエネルギーの問題は重大な課題です。周知の通り、先の戦闘で残り6カ国は我軍にエネルギーを奪われている事は理解しています。そうなれば当然なんらかの対策を練ってくるでしょう。そ…。」
と、学の意見を遮るようにリミリッタがデスクを叩いた。大きな音が艦長室に響く。
「其れはあなたに言われなくとも分かっている事です。良いですか…。貴方達はあくまでも人形兵器部隊の部隊長であると言うだけで、作戦云々に対しての発言権は有りません。作戦を考え実行するか否かを決めるのは、各艦の艦長、戦術科長、兵器科長、航海科長と協議した上で決める事なのです。貴方達の考えだけや、私個人の考えだけでどうこう出来るものではありません。」
リミリッタの言う様に艦隊での作戦はイマイチ面倒臭い事が多い。今回の様に旗艦バロウズを中心に合計4隻の巡洋戦艦鳳と8隻の巡洋艦ミリアで編成された追撃部隊はかなりの大所帯と言える。
流石に此処迄の大所帯になると、如何に旗艦バロウズの艦長兼総司令官だからと言って勝手に作戦行動を行う事は出来ないのだ。勿論一度戦闘やそれに伴った軍事行動になればリミリッタの采配のみで艦隊の命運が左右されるのだが、此の様な本来の作戦外の内容は慎重に慎重を重ねた上で決定される。
「すみません…。」
「わかれば良いです。で、今回の件ですが、幸いにも強襲作戦の遂行が決定されました。」
「え…。」
安堵の表情を浮かべムラームがリミリッタを見やる。
「ムラーム大尉の考える通りエネルギーの確保は最重要課題です。仮にこのまま鬼神丸を襲撃しても、ビーム兵器の使えない我々の勝率は60%ぐらいです。此れは、此方の訓練の度合いが響いているといえるでしょう。そして、何よりも相手は死に物狂いで鬼神丸を守ってくるでしょうし、そうなれば当然此方も手痛い痛手を食らう事になります。それで今回海賊からエネルギー物資を調達する事になりました。…で、勿論強襲部隊の編成は完了しているのでしょうね。」
リミリッタはチロリとムラームを見やる。
「あ…。は、はい。」
ムラームが言った。
「そう…。それで誰が行くのかしら ?」
「じ、自分であります。」
「ムラーム大尉が ?」
「はい…。リミリッタ艦長のーー。いえ、鬼神丸追撃艦隊の為に、この命を捧げようと考えております。」
「そう。それはとても心強い言葉です。私は貴方にはとても期待しているのですから。」
「リミリッタ艦長…。」
何とも言えない唇の緩んだ表情でムラームが言った。
「貴方が学大尉に総部隊長の座を譲った心の広さも、作戦遂行に対しての広い物の見方も、私は素晴らしいと思っています。…期待していますよ。」
そう言っているリミリッタも満更ではないように見えた。チトっと見やるその瞳には気の所為だろうか愛情というものも感じられる。
然れど…。リミリッタはムラームのことを嫌いと言っていた。学はチラッとムラームを見やり、リミリッタを見やる。
そして又チラリ、ムラームを見やり、リミリッタを見やる。
ふむ…。
確かにリミリッタはインド系の女性である。かく言うムラームもインド系の男子である。同じ種族同士強く惹かれ合う事は良くある事だ。中華国が世界の60%を掌握した時点で打ち出した他種族との結婚も、強制ではないにしろ半ば強制とも言える手段で取り行って来た。其れでも自分たちの血族の存亡を求める声は大きく、それが元で国を捨て海賊になる者が極端に増えた。
血とは無意識に同じ種族を求めるのだろうか ?
否…。学が付き合っている女性はロシア系の女性だ。学は彼女と結婚しても良いと思っているし、彼女も恐らくそうだろう。
学はリミリッタを見やる。リミリッタは何とも嬉しそうな表情でムラームを見やっている。
「はっ ! 必ずや核燃料を持ち帰ってみせます。」
そして、頬をほんのりと桜色に染めたムラームの表情が何とも滑稽である。ムラームを見やるリミリッタの目がキラキラと輝いている。
セコい男は嫌いではなかったのか…。
学は胸中でリミリッタに問いかける。
しかも、ムラームを庇った発言で怒られるし…。
それに、良く良く考えると自分が此処にいること自体何なんだと思ってしまう。ムラームの自分本位の嫌がらせを受け、艦長室に呼び出され、庇いたくもないムラームを庇いそして怒られる。其れで、当の本人はどうだ。頬を赤らめ嬉しそうにリミリッタに自分をアピールしているではないか。
結局なんなんだ…。
これもムラームの作戦の内だったのか ? 無駄に不必要な程深読みをしてしまう。
あぁぁぁ…。
無性に腹がたつ。
”大尉…。”
「学大尉。聞いていますか。」
突然リミリッタの声が脳内に響く。学はハッとリミリッタを見やった。
「は、はい。聞いてます。」
「そう…。其れでは本作戦の決行は30分後。ムラーム大尉以下強襲部隊は速やかに巡洋戦艦鳳、巡洋艦ミリアに移艦するように。作戦は鳳を旗艦とした巡洋戦艦鳳1隻、巡洋艦ミリア2隻の計3隻で決行します。以上。」
リミリッタがそう言うとムラームは目を輝かせ敬礼していた。学はもやもやと頭の中で、アレヤコレヤト考えていたので結局最後の方は全然聞いていなかった。
まぁ、自分には関係がないので、別に良いかと思い乍艦長室を後にした。
其れから暫し艦内は慌ただしかった。学としてはムラームの事もあり、部屋でゆっくりと寛ぎたかったが鬼神丸追撃部隊の総部隊長として…。否、エネルギーの確保を担った強襲部隊の隊長英雄ムラームを激励せぬわけにはいかなかった。
作戦決行は30分後…。と、言う事はムラームは艦長室を出て直ぐに出撃の用意に取り掛かっている訳である。必要な荷物を纏め小型艇射出ポートに向う事になる。ムラーム達はその小型艇から鳳に乗船するのだ。
学は艦長室を出ると直ぐにバロウズの部隊長以下隊員を小型艇射出ポートに招集させた。
取り分け大きく設計されていない小型艇射出ポートは、人形兵器乗りの兵士だけで既に満杯になっていた。其処に艦長、兵器科、戦術科、航海科等、長、補佐、副を含めれば既に人は入りきらず外に待機している者までいた。
この見送りのメインは兵器乗り達なので、学達は最前列で隊を作りムラーム達を出迎えた。程よくムラーム達が小型艇射出ポートに顔を出す。
多くの兵士が彼らをたたえ出迎えた。
「真逆本当に強襲しに行く事になるとはな…。」
湧き上がる歓声の中、民がぼそりと言った。
「真逆の真逆だ…。何たらカンタらとは良く言ったものだ。」
笨が言う。
「何だよ。その、ナンタラカンタラって。」
「忘れた…。其れよりどうするんだ。本当に襲撃をかけるのか。」
「やるしかないだろ。リミリッタ艦長も期待しているんだ。」
ぼそりとムラームが答える。
「期待も何もたったの3隻で何するってんだよ。」
民が不安な胸中をさらけ出す。
「死ねっていってるんだ…。」
自虐的な言葉で笨が返す。
「誰が死ぬかよ…。馬鹿正直に戦闘するだけが能じゃない。」
そう言ってムラームがリミリッタの前で歩を止めた。
「ムラーム大尉。本作戦の成功を私は信じています。」
リミリッタが言った。
「はい。必ずや成功させてみせます。」
「気をつけて行くのよ。」
「はい…。」
ムラームはそう言うとジッとリミリッタを見やり敬礼をした。リミリッタは息を大きく吸い込み”本作戦の勝利とarchⅡ強襲に携わる全ての兵に敬意を表して一同敬礼 !”声を高らかに上げ言った。そして全兵がムラーム以下強襲部隊に参加する兵に敬礼をした。
ムラーム達はその中を進み小型艇に向う。その途中学の前でムラームは足を止めた。
「学元寸…。」
学をジロリと睨めつけムラームが言う。
「何だ ?」
「蟠りが無い様に言っておく。」
「蟠り… ?。」
「あぁぁ、俺はお前の事が嫌いだ。」
ありったけの憎しみを込めてムラームが吐き捨てる。
「あぁぁ、知ってるさ。」
学は其れをサラッと受け流す。
「ふん…。」
と、ムラームは怪訝な表情を浮かべたがそれ以上は何も言わず、小型艇の入り口に向かっていった。
「ムラーム-マグイ。俺も蟠りが無い様に言っておく。」
ムラームを引き止めるように学が言った。
「何だよ…。」
ムラームは背中越しに振り返る。
「俺は、お前の事を友達だと思った事は1度もない。」
学の言葉にムラームは大層不機嫌な表情を見せた。リミリッタは困った表情を浮かべていたが、二人はリミリッタの顔は見てはいなかった。
「…俺は、お前の事が嫌いで良かったよ。本当にお前は昔から…。」
「ムラーム-マグイ。文句を言う前に、先ずは自分のケツを拭く事だ。文句なら帰ってきてから幾らでも聞いてやる。」
叩き伏せる様に学が言う。
「なら覚悟しとけよ。3日は言い続けてやるからよ。」
そう言うとムラームは小型艇に乗り込み飛び立っていった。兵士達はそれを見送ると各々の持ち場に戻って行く。リミリッタは不安な表情を浮かべ暫しその航路を見やっていた。
「ムラーム大尉大丈夫かしら…。」
リミリッタが言う。
「大丈夫ですよ。」
学が答える。
「本当に ? 期待してるって言ったけど、本当は不安なのよね。」
「心配いりません。あいつは大丈夫です。何せ人一倍セコイ男ですから…。」
そう言うと学はニコリと笑みを浮かべ大きな伸びをした。今日はムラームの所為でとても疲れた1日になった。この後はゆっくりと部屋で休みたいものだ…。と、学は自室に向かって歩き始めた。
…そう、彼奴は人一倍セコイ。だから無駄に命を賭けるような無謀な行いはしない。だから、最低でも燃料タンクの3つや4つは持って帰ってくるだろう。
然れど…。
グロスピンク。
気になるが、今回は俺とは関係無い。ほっておこう。其れに海賊云々の戦闘に彼奴が関わって来る事などないのだから…。
ブツブツ、
ブツブツと特にもならぬ事を考えながら、気がつくと自分の部屋の前まで戻ってきていた。生体認証カードを翳し、部屋に入ると床に置いたままの荷物が寂しくポツンと学の帰りを待っていた。
ーー「其れよりヒムエンコ。俺に用事が有ったんじゃないのか。」
唐突にオビーが言った。
「ん…。あぁぁぁぁ。そうだった。先程、管制室から連絡が有りまして。」
どうやらヒムエンコは自分の用事を忘れオビー大尉やマギーナと戯れ合っていた様だ。
「管制室から ?」
「はい。どうやらCUEがこの場所を嗅ぎつけたらしいとの報告です。」
ヒムエンコの言葉に僕の胸がドキッと高鳴った。僕はジッとヒムエンコを見やる。僕の視線に気がついたヒムエンコはオビーに詳しいことは管制室で話しますと言った。
「ちょ、一寸待って下さい。」
僕はそれを止めに入る。
「どうしました悠那少尉。」
「どうしましたって。其れ僕を助けたからバレたんでしょ。」
僕の問いにヒムエンコは顎をさすりながら暫しう〜んと悩んだ後”君を助けたからとか、そう言う問題ではありません。其れに我々が君を助けようと、助けまいと其れは我々の意思。悠那少尉が求めた物ではないでしょう”と、答えた。
「いや、其れこそそう言う…。」
「悠那…。あなたの敵はCUE。でもね、今は私達の客人なのよ。」
僕の言葉を遮るようにマギーナが言う。
「そう言う事だ。如月少尉。客人は客人らしくコーラーでも飲んでると良い。」
そう言ってオビーが氷が溶けたコーラーを僕に手渡した。
「さて、それじゃぁ管制室に行くか。」
「ええ…。」
ヒムエンコがそう言うと、僕達はオビーの部屋から退出させられた。オビーとヒムエンコは其のまま管制室に向かって歩き始める。
「あ、あの…。オビー大尉。」
其れを僕が引き止める。
「如月悠那少尉。そう言えば英雄とは何か ? 未だ答えていなかったな。」
そう言ってオビーが立ち止まった。僕は聞きました。と、言う言葉を飲み込みオビーを見やる。
「良いか英雄ってのは、いつの時代、どの時代も、どれだけカッコよく生きたかで決まる。其れは、ダラダラと情に流されるでもなく、その時々の感情に任せるでもない。
此処一番、本当に必要な時に、全力で敵に立ち向かっていく強さを持っている奴の事だ。分かるか ? 其れすなわち、体を休める時はとことん休め、英気を養い精神を磨き上げる事にある。…今の君は正にそれ、体と精神を休める時だ。気持ちは嬉しいが、君は君の必要な時にその力を使えば良い。」
力強い言葉でオビーが言った。僕は何も言えないままオビーを見やっている。まったく、命を大切にする奴の事だとか、カッコよく生きた奴だとか…。つくづく適当な様で、今の僕に必要な言葉をカッコ良く投げかけてくれる。其れは僕が傷つかない様に配慮された大人の言葉。僕はそれ以上何も言えず。オビーはヒムエンコと歩き去って行った。
「悠那…。ロビーに行こうか。」
そっと僕の手を握りマギーナが言った。
「ロビー ?」
「うん、宇宙が見えるよ。」
そう言うとマギーナは僕の手を引っ張りロビーの方に歩き出した。
入り組んだ廊下を歩きながら僕達は歩く。階段を上ったり下りたり、右に曲がり左に曲がる。一人でもう一度行けと言われれば確実に無理な程その廊下は入り組んでいる。恐らく侵入された時の対策なのだろうが、見事にややこしく出来ていた。
道中マギーナは大和国の事を色々と聞いてきた。何百年も昔の寺の事や日本庭園の事とか其れは興味津々に聞いてきていた。しかし、かく言う僕もほとんど知らない。
昔の歴史と言われる寺や神社の殆どは、ワールドガーデンの中の物しか僕は知らない。勿論大和国のライフカプセルにもそれらの建物は復元されているが、其れはあくまでも同じように復元された偽物でしかない。
「私ね…。昔見たんだ。ブルームーンの中のお寺と日本庭園。」
マギーナが言った。ブルームーンとは大和国が保有するライフカプセルの事だ。その中には古都と呼ばれる都…。京都がある。
京都は何百年も昔の面影をほぼ其のまま再現した今では珍しい場所だ。その為、観光に訪れる人も半端なく多い。
「マギーナは京都に行ったことがあるんだ。」
「2年ぐらい前にね。ギルフィッテと一緒に行ったのよ。」
どうやら昔と言う程昔では無い様だ。
「ギルフィッテさんと…。」
「そう…。20歳のお祝いにって連れて行ってくれたのよ。」
「そっか…。優しいんだね。」
「フッ…。」
マギーナが不敵な笑みを浮かべる。僕はそれ以上聞くのを止めた。
「其れよりもさ。悠那は見た事あるの ? 京都。」
「え、あぁぁぁ。あるよ。」
「そっか大和の人だもんね。良いなぁぁ。」
「あると言ってもブルームーンの京都じゃなくて地球の京都ね。」
と、僕は発育保身プログラムの一環で最近まで京都に住んでいた事を話した。と、言っても過去の栄華は微塵にも感じられなかったのが本当の所だ。
政府が200年前に打ち出した地球の森林伐採禁止法令の所為で、寺や神社の補修が出来なくなった。それに加え僧侶達はライフカプセルの中に建造された寺に強制送還された為、事実上地球にある寺は全て廃寺とかした。そして異常気象による庭園の崩壊は何ともお化け屋敷の様に見えた。
結果、人も住まず、修復もされない神社仏閣は見る見るうちに朽ち果てていき、今は腐りきった過去のゴミと化している。誰も訪れず近寄らず。
哀れなものだ…。
「へぇぇぇぇ。そうなんだぁ。はぁぁ、清水寺見たかったのになぁ。あの高い所から見える景色なんて最高なんだろうなぁ。」
その高い所は床と柱が腐って抜け落ちている。其れに緑なんてものも殆ど無い。だが、僕はあえてそれ以上は言わなかった。これ以上言うとマギーナの期待を残念なものにしてしまいそうだったからだ。
「でも、良いよね。大和って。他の国とは違ってとても神秘的だし。治安も良いし。人も優しい。」
それを悟ったのだろうかマギーナは話題を変えた。しかし、その話題に僕は苦虫を噛み殺したような表情を浮かべた。理由は治安が良いと言う事と、人が優しいと言う事の本当の理由を知っているからだ。
「そ、そうかな…。」
「そうよ。車は信号が赤になったら必ず止まるし。人は横断歩道のある場所でしか道を渡らないし。荷物を取られる事もない。騙される事もない。…誘拐もされなかったし。其れに殺人事件も幼女の誘拐も大和はダントツに少ない。ーー ? どうかした ? 」
苦虫を噛み殺したような僕の表情を見やりマギーナが首を傾げた。
「え、いや…。それには理由があるんだよ。」
「理由 ?」
「そうだよ。大和には他の国では考えられない様な法律が沢山あるんだ。僕も他の国の人に聞いて初めて知ったんだけど…。」
「ほう…。例えば ?」
顔を近づけマギーナが問う。彼女は興味津々のようである。
「え…。聞くの。」
「どうして ?」
「聞いたら引くよ…。」
「もっと聴きたくなった。」
マギーナは目を輝かせ更に詰め寄る。僕は軽く溜息を吐き、知らないよ…。と、言ってマギーナを見やった。
「大和には死刑制度と拷問制度があるんだ。本国がある第77ライフカプセル-ライトニングバナナの3階の中央広場には公開拷問場と公開死刑場がある。犯罪の度合いによって拷問の刑度が変わる。例えば幼女を誘拐暴行をした犯人は大体死刑Bパックが適用される。」
「死刑Bパック ? 何、ファーストフードのメニュー見たいね。」
と、僕とマギーナは歩き出す。
「うん。パックはD〜極刑のS迄あるんだ。Bは半年〜2年の間で公開拷問の期間が選定される。死刑囚はその期間ありとあらゆる方法で苦しまされ、その後死刑にされるんだ。」
「デンジャラスね…。」
「初めて見た人は失神するらしい。僕達は幼い頃からそれを見て育ってるから平気だけど。」
「見てるの ? 悠那も見た事あるの ?」
「勿論。皆んな見てるよ。て、言うか大和には拷問専用チャンネルと死刑専用チャンネルがある。好きな人は、態々ライトニング-バナナ迄行く人もいる。」
「一寸見方が変わった。」
「だろ…。でも、実際見ると完全に引くよ。何たって、犯罪者はカギ付きの鞭で叩かれ、その体に200度に熱した油を全身にかけられ又鞭打ちにされるんだ。気を失わないように定期的にアドレナリンと10の成分拷問用を投与されてね。」
「拷問用 ? な、何ですか其れは ?」
と、限りなくマギーナが引いていくのを僕は肌で感じている。
「体が感じる痛みを最大限に引き出してくれる最高の薬さ。それを定期的に投与されながら拷問囚は朝8時〜夕方の5時迄苦痛を与え続けられるんだ。その後は死なない様に治療カプセルの中に入れられる。そして又朝が来ると公開拷問が始まるんだ。その拷問も月が経つにつれ内容がエグくなっていく。指の第一関節を切れない糸のこで切られたり、足の裏を焼かれたり、男性ならアレを切られ、女性なら子宮をくり抜かれたり。耳を切られ、鼻を削がれたり。これらは鞭打ちの合間に行われる様になる。
あ、変な拘束具で足の骨を砕かれている人もいた。其れと全身の皮を剥がれた人もいたな…。」「悠那…。それ、変な映画の見過ぎよ。」
「真逆…。そう言えば昔Bパックに不満を持った変な死刑囚がいたな。」
「そ、そりゃ不満もあるわよ。て、言うか不満どころの騒ぎじゃないでしょ。」
「いや、そうじゃなくて。俺はB程度じゃねをあげねぇ。やるならSにしろって言った変な人。」
「はぁぁ…。究極のマゾね。」
「うん。でさ、それを聞いていた拷問官がさ。それなら今日1日1度も悲鳴を上げなかったら拷問を免除してやるって言ったんだ。」
「え、免除 ? そんな事出来るの ?」
「挑戦は受ける。これが大和の仕来りなんだよ。でも結局その男は30分で悲鳴を上げてたな。」
「30分…。よくもったわね。」
「だね。1年後には火炙りにされてたけど。」
「火炙り ?」
「うん。鉄の柱に括り付けられて足元からジワジワと焼かれるんだ。勿論アドレナリンと最後のひと時を投与されて…。」
「何…。又新しいアドレナリン薬。」
「此れは絶命する寸前まで、意識と苦痛を最大限にもたらしてくれる画期的な薬だよ。この薬のおかげで体の80%を焼かれても人は意識を保っていられるんだ。」
「そ、そう…。」
「それに火炙りは緩いよ。極刑になれば劇薬を溜めた水槽の中に、死刑囚は首から下を入れられるんだ。その劇薬はとても良く出来ていて1週間掛けて人を溶かしていくんだ。死刑囚は1週間激痛の中でもがき苦しみながら死んでいく。」
「そ、そう…。」
蒼白な表情でマギーナが言った。恐らく彼女は想像したのだろう。僕は良く拷問について友達と議論を交わしていたりしていたので全く平気なのだが、慣れない人にしてみれば狂気の沙汰でしかないのは当然なのかもしれない。勿論僕達がしていた議論は緩いだとか、手を抜いているのではないかとかそっちの方だ。
「じゃぁ、話を変えよう。何が良い ?」
「そ、そうね。じゃ、じゃぁ交通ルールが守られてる話にする。」
「うん。其れは簡単だよ。歩道、横断歩道以外のところを歩いている人を万が一轢き殺しても罪には問われないだけだから。」
「あ、そう…。」
「そうだよ。だから、間違って車道を渡ろうもんなら態と轢き殺す奴もいる。しかも轢き殺した方が車の修理費を請求できるんだ。」
「うそ…。」
「本当だよ。」
「でもさ、其れって納得できないよね。」
「うん。でも、大和は交通ルールには五月蝿いんだよ。死にたくないなら違反はするな。…だよ。」
「でも、それじゃぁ殺した者勝ちじゃない。」
「う〜ん。それも少し違う。罪に問われないのは、あくまでも横断者だけが違反をした場合だから。」
「横断者だけ ?」
「そうだよ。さっきも言ったでしょ。大和は交通ルールには五月蝿いんだって。仮に轢き殺したほうが1kmでもスピードオーバーをしていた場合は運転者も罪に問われるし保証の額も変動するんだ。」
「と、とても画期的な法律ね。」
「だね…。でも、そのお陰で平和に暮らせるんだけどね。あ、そうそう大和には死刑チャンネルと、拷問チャンネルの他に刑務所チャンネルってのもあるんだ。」
「そ、そう…。あ、そうそうarchⅡから見える宇宙ってとても綺麗なのよ。」
唐突にマギーナが話題を変えた。蒼白な表情を浮かべる彼女は、無理やり笑顔を作り僕を見やる。然れどその頬は強烈に引きつっていた。恐らくマギーナの頭の中では、強烈な拷問と死刑の光景と無残に轢き殺される人の姿がぐるぐると廻っているのだろう。だから、僕もこれ以上この話題には触れないでおこうと思った。
「へぇ、そうなんだ。」
「そうなのよ。地球が見えて、星がピカピカと光って…。」
「そっか、地球が見えて、星が…。それで、後は何が見えるの ?」
…。
…。
「星がね…。それで、地球が…。」
「そ、そっか…。」
何の事はない。それ以上何もないのが宇宙である。何もない宇宙。暗くドロドロとした空間である。
その空間にCUEの巡洋戦艦と巡洋艦が3隻…。
このarchⅡに接近してきていた。




