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Lost in space. 海賊団の御姫様 1

 医者の診断が終わると僕はマギーナの計らいでオビー隊長の所に案内された。医者が問題なしと判断したからだ。

 部屋を出る時にマギーナが、分厚い毛布で作られた服を着ろと言って僕に貸してくれた。部屋の中は暖房が良く効いているのでとても熱く感じたが、部屋を出ると異様な寒さにこの服の意味を理解できた。マギーナは廊下の壁に掛けていたコートを更に羽織っていたので、その寒さは余程のものなのだろう。

 それからマギーナは我が物顔で案内するわ。と、言ったが何の事は無い広い病院の中をひたすら歩き続けただけだった。僕はてっきり病院を出て、他の場所に連れて行かれるのだとばかり思っていたので少し拍子抜けした。

 飾り気も何もない鉄の壁に囲まれた通路は、複雑に入り組んでいて慣れなければ迷いそうな場所。特に気になった事は窓が一つも無い事だった。

 入り組んだ通路を歩き幾つかの扉を抜けた所でどうして窓がないのかを聞いた。

「窓 ? 悠那は宇宙が見たいの。」

 マギーナの突拍子のない返答に僕は首を傾げた。確かに最近まで地球で暮らしていたが、だからと言って特別宇宙が好きと言う事はない。寧ろ地球の豊かさを知れば宇宙になんて戻りたくないと思う。

「どうして窓と宇宙が ? 飛びすぎだよ。」

 僕は元気のない声で言った。

「飛びすぎ ? 気持ちがヒラヒラと飛んでるのね。」

 何を言っているのかよく分からない。まぁ、兎に角この病院には窓が無いと言う事なのだろう。だから、僕はそれ以上何も言わず無言でマギーナの後ろを付いて行く。どの道沈んだ気持ちのまま話をしたいとは思わないので丁度良かった。

 僕は目覚めてからすっと沙也の事を考えている。だけど幾ら考えても、強烈な磁場に襲われ視界が閉ざされて以降の事は何一つ覚えていない。

 だけど、僕が助かったという事は少なくとも無事である可能性も有る。しかし、運悪く誰にも発見されないまま漂流していたとすれば生存の可能性は0だ。

 マギーナはオビーという人に聞けば良いと言った…。

 然れどそれも気休めだろう事は分かっている。オビーという人も同じように漂流している兵器があったのなら回収していたに違いない。それが無いと言う事は、沙也の兵器は違う場所に飛ばされたと言う事だ…。

 正に絶望的だった…。

 やっと出会えた天使が一瞬の爆発で奪われてしまったのだ。

 僕は沙也を守ると約束した。

 僕は沙也の英雄になると誓った。

 それなのに…。

 無様なまま其れは幕を閉じた。僕が戻らなければ沙也は死ななかっただろう。僕が戻ったばかりに結果沙也を失う事になった…。

 僕達の為に命を張った日比野大尉も、僕を懸命に守ろうとした那奈さんまで…。結局僕の無駄な行動の所為で、僕は全てを踏みにじてしまった。

 何だ…。

 全部僕の所為じゃないか。

 そう考えると生きる気力が一気に低下していった。

「ふふふふ…。」

 急にマギーナが小声で笑いだす。僕はマギーナを見やる。

「そっか。悠那はこのコロニーが旧コロニーやライフカプセルと同じと思っているのね。」

 肩越しに振り返りマギーナが言った。僕は困惑の表情を浮かべる。

「どうしてこのarchⅡが過去の遺跡って呼ばれてるか知らないのね。ほんと無知な少尉さん。ーー300年前の人類が宇宙の中に空や緑、湖に海や街を作れたと思って。少なくとも空や緑がある旧コロニーは23世紀になって初めて建造されたのよ。このarchⅡが建造されたのは22世紀…。そんな物あるはずないでしょ。」

 そう言って又クスクスと笑う。

「そっか…。て事は戦艦と同じなんだ。」

「飲み込みが早いじゃない。流石兵士ね。」

「あ、どうも…。」

「あ、どうも…。」

 マギーナが僕を真似る。

「悠那…。クヨクヨしすぎ。クヨクヨしても誰も生き返らないよ。」

 片言の日本語でマギーナが言った。

 僕は何も言えないままマギーナを見やる。暫しマギーナは僕を見やっていたが何も言わない僕に嫌気がさしたのだろう。それ以降マギーナは何も言わなくなった。

 其れから20分程歩き扉がずらりと並ぶ場所にやってきた。マギーナはその扉の一つを見やり”ここがオビー大尉の部屋よ”そう言って扉をノックした。

 ノックをすると扉が自動で開く。

「入るわよ。」

「どうぞ、姫様。」

 中から声が聞こえる。太い声だ。

「さぁ、中に入って。」

 マギーナに言われるがまま僕は中に入る。中に入るとガタイのゴツイ男性がソファに腰を下ろしていた。僕は少しビビりながら彼を見やる。

 金色に輝く長い髪、浅黒い肌。太い腕に逞しい体が、毛布で作られた服の上からでも否応なしに分かる。

「あ、あの…。」

「ふむ。元気になった様だな。少年。」

 大きく太い声は弱った僕の腹の底にまで響く。

「あ、有難うございます。」

「礼には及ばん。此れも世界協定の一つだ。まぁ、そんな所に突っ立ってないで座れ。」

 言われるがままソファに腰を下ろす。

「何か飲む ?」

 横でマギーナが言った。

「ほぉ…。偶には気の利く事が言えるか。姫様も成長したものだ。」

 揶揄するようにオビーが言う。

「オビー大尉には聞いてません。」

 舌を出してマギーナが言った。それを見てオビーが笑う。僕はこのやり取りを見やり乍何故か懐かしさの様なものを感じた。

「で、何飲むの ?」

「あ、じゃぁ、コーラー。」

「コぉぉラぁ ? そんな物あるわけないでしょ。ここを何処だと思ってるのよ。水と酒しかないわよ。」

「え…。じゃ、じゃぁ…。水。」

「はっはっはっは…。姫様も冗談がきつい。コーラーを出してやればいい。」

「だって…。こいつ暗いのよ。」

「人には色々あるものだ。そう攻めてやるな。」

「だって…。恋人が死んだって言うから慰めてやったのに。全然元気にならないんだから。」

「恋人が ? 其れは悲しいだろう。姫様が慰めたぐらいではどうにもならん。」

「ぶぅぅぅ…。」

 と、口を膨らませ乍マギーナは部屋を出て行った。マギーナが出払うのを見計らいオビーが僕をジッと見やった。

「さて、如月悠那少尉だったか。所属はSuAg軍西エルドラ宙域防衛艦隊第987中隊か。」

 オビーが言った。

「あ、はい。」

「失礼とは思ったが生体認証カードを見せて貰った。我々としてもどこの誰かを知る必要が有ったのでね。」

「は、はい。気にしないで下さい。助けて貰ってわがままは言えません。」

「そうか…。生体認証カードは後で持って来させるから何も心配しなくて良い。」

「はい…。」

「ふむ。確かに暗いな。」

「すみません…。」

「謝る必要は無い。最愛の人を亡くしたんだ。仕方の無い事だ。」

「あ、いや…。でも、未だ…。」

「未だ…。何だ ?」

「死んだかどうかは…。」

「分からないのか ?」

「はい。一緒に逃げて其れから…。」

 と、僕は2日前の事をオビー大尉にボソボソと話し始めた。途中何回か聞こえにくかったのだろうオビー大尉は何度も聞き直した。それ以外は一切口を挟むことなく最後まで僕の話を聞いてくれた。その途中でマギーナがコーラーを持って来てくれたが、話が辛気臭そうだったのかすぐに部屋を出て行った。

「成る程…。そう言う事か。しかし残念な事だが管制室が発見したのは君の兵器だけだ。我々ももしやと思い周辺を捜索したが、君の兵器以外は見つける事が出来なかった。それにarchⅡの近くにCUEの艦隊が犇めき合っていたのでね、我々としてもそう大掛かりな捜索をするわけにはいかなかったのだ。」

「そうですか…。」

「すまぬな。しかし、諦めるのはまだ早い。君の話を聞くに君が進んでいた方向とこのarchⅡの場所とでははかなり場所がずれている。いいか…。」

 そう言うとオビーは部屋の中央に海図を映し出した。オビーは丁寧に僕がいた場所、ニューセイルから僕達が進んだであろう場所を矢印で示してくれた。そして、archⅡの場所を指で示した。確かに僕達が飛び立った場所からarchⅡに向かうにはかなり左に逸れる必要がある。距離にして80kmぐらいだ。

「君は1機の新型ファイターに3機の人形兵器が掴まりニューセイルを飛び立ったと言ったが、核の作り上げる爆風は想像を絶する破壊力を持っている。

 如何に人形兵器のマニュピレーターの力が強いと言っても掴んでいる外装が剥がれれば意味がない。外装が剥がれたからと言って他の場所を瞬時に掴み直す何て都合の良い機能も無い。それに爆風は人形兵器のマニュピレーターどころか下手をすれば人形兵器ごと一瞬にして粉々にしてしまう力を持っている。

 …しかし、君は現に生きて此処にいる。と言う事は、爆風の力で大きく弾かれた君の兵器は、瞬時にしてここまで飛ばされて来たと言う事になるのだが、其れは君と共に逃げた仲間にも同じ事が言えると言う事だ。

 要するに君の飛ばされた方向が偶々此処だったと言う事だ。皆が皆バラバラの方向に飛ばされたのか…。君だけが別の方向に飛ばされたのかは分からないが、生存の可能性は大いにあると言える。」

 オビーは海図を元に細かく説明してくれた。其れは少しでも僕の気持ちが安らぐのならと言う気遣いなのだろう。いかつい顔をしている割には以外と繊細な人なのだと知った。

「しかし、安易に安心する事が出来ないのも事実だ。君も兵士なら国際協定の漂流の項を読んだ事はあるだろう。」

「漂流者の対処と処遇ですか ?」

「そうだ。原則として漂流者は如何なる理由があろうとも救助しなくてはいけない。救助した漂流者を捕虜又は奴隷として扱うことを固く禁ずる。だ。これは民間人だろうと、敵対している国家だろうと関係なく漂流者は救助しなくてはいけないと言う取り決めだ。これは以外と守られていないように思われているが実は100%と言って良い程守られている。何故だかわかるか ?」

「何故 ? 此処が宇宙だからでしょう。」

「そうだ。仮に此処が地球であれば、海で遭難したとしても生きてさえいればいずれ陸地に着けるし、それに捜索も比較的容易だ。しかし、宇宙は違う。宇宙には果てがない。否、実際にはある。が、我々が生きている間には到底到達する事が出来ない距離だ。救助しなければ月を超え、木星を超え、冥王星を遥か彼方に見据え太陽系を出て行くだろう。そうなれば到底救助なんて出来なくなるし捜索も意味を持たなくなる。何故ならその時点で人は既に死んでいるからだ。だから、我々には如何な理由があろうと漂流者は救護しなければいけないと言う事が大前提に置かれているのだ。宇宙に住む人類の最低限の決まり事だ。

 しかし救助されても無条件で生体認証カードを取り上げられ、捕虜や奴隷にされたのでは殺されたのと一緒になる。それでは獲った者勝ちになり宇宙には捕獲者が大量に彷徨う事になる。其れに誰かがそれをすれば、必ず誰かが必ず復讐するだろう。だからこの行為は厳しく取り締まられているし、生体認証カードもそういった不正の売買は出来なくなっている。

 しかし、これには例外もある。敵対する国家と国家又は国家と海賊の戦闘に直接関わった艦隊がその戦闘行為で相手側の漂流者を救助した場合は捕虜として扱う事が出来る。だ。即ち今回の場合はCUEが救助した場合は君の仲間は捕虜として拘束される事になる。」

「あ…。」

「要するに可能性としては、CUEに救助され捕虜として拘束されているが35%、自軍の艦隊に救助されているが40%、誰にも救助されず酸欠で既に死亡しているが20%、デブリに衝突し粉々に砕け散ったが50%。君の様に誰かに救助されたが25%。だな。」 

 そう言ってオビーは海図を消した。結局、何の事は無い。オビーはすべての可能性を上げただけだった。否、寧ろ%をどう言った理由ではじき出したのかが理解できない。て、言うかデブリに衝突して砕け散ったが50%って…。1番確率が高いじゃないか。しかも全体で100%を超えてるし。と、僕は頭を垂れ溜息を吐いた。

「すまないな。落ち込んでいる君を更に落とす気は無いが、安易に良い事ばかりは言えないのでな。」

「いえ…。分かってます。其れに、僕には悲しむ資格なんてないですから。」

「資格 ?」

「さっきも言ったでしょう。僕の所為なんです…。僕が、僕が無理な事をしなければ…。」

 そう言って僕はボロボロと涙を流した。オビーは煙草に火をつけると紫煙をくゆらせる。

「ふむ…。如何やら、君は何か勘違いをしているようだ。」

 そう言ってオビーは紫煙を吐き出した。


 ーー「其れは何の話だ ?」

 部隊編成のミーティング中に言ったムラームの言葉に学は自分の耳を疑った。

「だからarchⅡ強襲部隊の編成さ…。」

「そんな話は聞いていないが。」

「真逆。リミリッタ艦長から聞いていないのか ?」

「そう言っただろ…。」

 学はムラームを睨めつける。

「そうか…。鬼神丸追撃部隊は補給物資の調達の為に、archⅡを制圧する事にしたんだよ。」

「補給物資 ? 其れとarchⅡ遺跡に強襲をかけるのとどう関係がある ?」

「まぁ、此れを見てくれ…。」

 そう言うとムラームは、ブリーフィングルームの中央に表示していた編成表を下段に移動させarchⅡ近辺の宇宙を映し出した。

「此れは ?」

 宇宙に映る人形兵器を見やり学が言った。

「2日前に偶然撮影されたarchⅡ近辺の映像だが、興味深いものが映っていた。所属不明の人形兵器が、残り6カ国の人形兵器と思われる残骸を回収し、archⅡに入って行く様子がしっかりと捉えられている。」

 ムラームの言う様にその兵器は、見た事のない形をしている様に見えるが、よく見れば依存の兵器を改良した物だと言う事は直ぐに分かった。

 旧式のフェネックにスパイクや大型のアーマーを施し、他を威嚇する大きなシールドに使い道のない大きすぎる剣を腰にぶら下げている。そして極め付けは、悪魔のような形相をしたフェイスである。

「海賊か…。」

 こんな下品なカスタムの仕様は海賊が好むカスタムのやり方である。民間の私兵が扱う兵器は余り仰々しくなく、国家が使用する兵器は効率的な外欄が基本だ。赤ら様に海賊ですと言ったカスタムは、やはり海賊が好むのだ。

 そして、真逆のグロスピンク。あえて口には出さなかったが、これも運命かと心の中でホッと肩を撫でおろした。

「成る程…。archⅡ遺跡が海賊の根城になっていると言う訳か。」

「そう言う事だ。本来ならスルーしても良いのだが、ビーム兵器のカラクリがバレてしまった以上こちらの核燃料の確保は最優先になる。」

 カラクリ…。カラクリねぇ。と、学は映し出されている宇宙からムラームに視線を移す。どうも気に入らないが、確かに言っている事には一理ある。先の戦闘で此方が相手のエネルギーを搾取していた事がばれてしまっている以上、相手もそれに対しての対抗策を講じてくるだろうが、現状どれだけの対策が取れるのかは疑問だ。

 現にあれだけの打撃を受けた彼等が真っ先に取る行動は、決まって負傷兵の処置と救助作業だ。その中で此方のEolコード解析プログラムを回避できるプログラム等作れるはずもない。仮に相手がEolを停止すれば、自軍の兵器にもエネルギーを供給出来なくなる。

 そうなればどうだ…。

 そうなれば…。

 何だ…。イラッとした感情が湧き上がる。ムラームが横にいるからか、其れとも言い出しっぺがムラームだからだろうか。無性に苛々とした感情が湧き上がる。

「其れで、提案なんだが。君の直属の部下を民栄漢みんえいかん大尉が率いる部隊に編入して欲しいんだよ。」

「な、なに ?」

「一応強襲部隊の隊長として民大尉が優先候補に上がってるんだが、民大尉が自分の勉強も兼ねて君が直接訓練している部下と一戦を共にしたいと言ってきたんだ。皆も学総部隊長大尉が直接訓練した部下の実力を知りたいと思っているだろうしさ…。」

「何を勝手な…。そんな事が簡単に出来る訳ないだろう。それに部下は物じゃないんだ。はいそうですかと言って、簡単に貸し借りできるものじゃない。」

 全く…。強襲作戦の狙いはこれか。と、更に苛立ちが肥大する。私から部下を奪いムラームの息のかかった将校を私につける算段か。

 で、私を陥れるか…。

 つまらん。

 本当につまらない嫌がらせだ。

「学大尉…。民大尉であります。」

 此処で民が強手をあげ発言を求めた。ムラームと示し合わせての事だろう。此処で発言を拒否すれば何かと問題が膨らんでいく様に仕向けているだろう。もとい、拒否しなくともややこしくなっていく作戦だ。

 学は”どうぞ”と言って発言を許可する。

「有難う御座いまいす。差し出がましい様でありますが、自分は学大尉の訓練を部下の方を通じて勉強したいと思っております。」

 成る程…。勉強熱心なことだ。だが、本当にそう思うのなら自分と共に出撃するのが一番ではないかと思う。半ば無理矢理的な発言である。

「うむ。そう言って貰えるのは有難いが、其れなら私が民大尉の部隊と共に強襲部隊に加わろう。」

「学大尉が…。でありますか ?」

「そうだ…。私の部下よりも、私自身の方が君も何かと勉強になる。」

「おいおい…。一寸待ってくれよ。総部隊長の君が強襲部隊に加わったら本隊はどうなる ?」

「本隊はムラーム大尉が指揮をとればいい。元々は君の部隊なんだ。その方が効率も良いだろう。」

「一寸待ってください。其れはつまりムラーム大尉から総部隊長の座を奪っておいて、今度はムラーム大尉に総部隊長の座を返還すると言う事ですか ?」

 ほん大尉が言った。それに同調する様に周囲からどよめきと罵声が飛び交い始めた。何もかもムラームの予定通りなのだろう。恐らく学が何を言っても反感と罵声が飛び交い、息の薄い部隊長大尉の信頼も全て自分に向ける。

 学はそのための良い餌だったと言う事だ。

「うむ…。皆静粛に。」

 学はそう言うとムラームを睨めつける。そして周囲を見やり”皆はどう思っているのかは知らないが、私はムラーム大尉から総部隊長の座を奪い取った訳ではない。これはムラーム大尉の意思だ。”

 と、言ってみるが周囲のどよめきと罵声は酷くなるばかりである。この理由は煽り役の民や笨が頑張っているお陰だ。

「皆んな静粛にしてくれ…。」

 ドンピシャなタイミングでムラームが言った。ムラームの言葉に周囲の声が静まっていく。それを見計らいムラームが続ける。

「ここに居られる学大尉は、周知の通り名門と言われるレフィン家のご子息だ。そして、その名門の名に負けず劣らずその戦果も実に素晴らしい。私は学大尉がこのバロウズに乗船する事を知り、とても喜んでいる。其れはこの学大尉がCUEに勝利をもたらしてくれる英雄だからだ。

 CUEに勝利をもたらしてくれる英雄になら私は敢えて自分の座を差し出そう。そしてそれに対し何の意義も申し立てる事はない。」

 見事である。

 差し出そう。その通り彼は総部隊長の座を差し出した。

 意義申し立てをしない。当然だ自分から言ったのだから…。

 然れどムラームはその行為を美徳化し、見事に皆の気持ちを自分に向ける事に成功した。此の何とも心の広い言葉は今までムラームを軽視していた大尉や小隊長の耳にも届いただろう。

 彼らの耳が痛く成る程の拍手が部屋の中に響く。

 何とも素晴らしい男気である。

「学大尉…。私の気持ちは十分君に届いたと思う。」

「あぁぁぁ、届いたよ。だが、私は急襲部隊に参加する。総部隊長は君だ。」

「な…。学大尉。」

 学はムラームをジッと睨みつけ周りを見やる。

「さて、私は皆が私の事をどう思っているのかは知らない。名家のボンボンだと思っているのか、養子になって今の人生を手に入れた幸運の持ち主だと思っているのか…。だが、勘違いしないでくれ。私は私だ。ベッティ家の人間であっても学と名乗っているのがその証拠だ。私は四川省夫部依しせんしょうぶぶいの出だ。だから根っからの名家ではない。当然、品格も何も有ったものじゃないし、性格も名家のボンボンの様にやわじゃない。」

 そう言うと学はタバコを咥え火をつける。民と笨が学の言葉に対してヤジを飛ばす。それに釣られ他の大尉達もヤジを飛ばし始める。

「そうれがどうした。」

「ムラーム大尉の心意気を踏みにじるのか。」

 何て言う様なつまらないヤジだ。

 セコい男にしては頑張った方だと褒めてやりたいが、所詮はセコい作戦である。此れが平時なら溜息一つで許してやったのだが、そう言う訳にいかないのが今の現状である。

「まったく、五月蝿いんだよ。俺が、何を言いたいのか…。簡単な事だ。詰まらん茶番はいらんと言っている。俺が総部隊長の座を横取りしただの、英雄だの…。一人の英雄で戦争に勝てるならお前達はいらんだろが。」

 学は吐き捨てるように言った。当然罵声は酷くブリーフィングルームに響き渡る。

「だったらどうする !」

 そう言って力一杯壁を殴る。その迫力に場内が静まり返った。民と笨はゴクリと生唾を飲む。

 先程までの品の良い表情は学から消え失せ、周囲を威嚇する鋭い眼光、今にも襲ってきそうな程の鋭い殺気。周囲の者を凍らせるその表情に皆は沈黙した。

「お前達も、言った言ってないなんて御託ごたくはいらんだろ。俺もそんな詰まらん話をいつまでもする気は無い。そして今は戦時中だ。こんな事で指揮云々言ってられんからな。そうなったら決着の手段は一つ。…決闘だ。俺はムラーム大尉に決闘を申し付ける。」

 そう言って学はムラームを睨めつけた。

 

 ーーカランとコーラーの中の氷が音を鳴らす。オビーは煙草を差し出し、吸うか ? と、言った。僕は煙草を吸わないので断った。

「ふむ。最近は吸わない若者が増えたと言うが、君も吸わないくちか。」

 オビーは煙草を吸い殻に捨てると更に一本咥える。

「はい…。其れより、勘違いってなんですか。」

「ふむ…。聞くに…。君の彼女は屈強のアマゾネスだ。勿論、君の上官に当たる日比野と言う男も、素晴らしい戦士だと私は感じたが。違うか ?」

 煙草を咥えながらオビーが言う。

「は、はい…。僕と違って凄いです。」

「フッ…。其れだ。君の其れが、君に間違った認識を引き起こさせている。素晴らしき人間に恵まれても間違った認識のままでは何も育まない…。君は彼女の英雄になりたいと言った。」

「分かってますよ。僕じゃ英雄になんかなれない事ぐらい。」

「なれない ? 否、違う。君は既に英雄だ。」

「ぼ、僕が… ?」

 思わず顔を上げオビーを見やった。

「あぁぁ。君は英雄だ。」

「からかわないで下さい。僕は、僕は皆んなに迷惑をかけただけですよ。僕の所為で…。ーー僕の、僕の所為で皆んな…。皆んな…。」

 僕はまたボロボロと涙を流しながら泣いた。

 思い出す。

 色々な事が僕を苦しめる。

 逃れられない罪悪感が僕の心を握りつぶしていく。

 そんな僕を尻目にオビーは続ける。

「皆んな ? 仮に死んでいたとしても、たかだが3人。戦場で3人なら儲けものだ。良いか、戦場で人が死ぬのは当たり前だ。人が死なぬ戦場など存在しない。もとい戦争ってのはそう言うもんだ。何せ人を殺すためにやるんだからな。…でもな少年。だからと言って、命を軽んじろと言っている訳ではない。この意味…。解るか ?」

 オビーの問いに僕は首を横に振る。

「では、君の上官の日比野は命を軽んじたか ? 君の彼女はどうだった ?」

 僕は続けて首を横に振った。

「だな…。」

 オビーは煙草を灰皿に捨てるとソファーから立ち上がり僕の横に腰を下ろす。僕はチロリとオビーを見やる。オビーは僕を見やり笑みを浮かべ続けた。

「少年…。英雄ってのはどう言う奴の事を言うと思う ? 例えば、そうだな。腕っぷしの強い奴とか、何でもいい君の思うままの答えをだ…。」

「僕の…。思うまま ?」

「あぁぁ、そうだ。案ずる事は無い。此の問いにハズレは無いからな。」

 オビーの問いかけに僕は少し考え、オビーを見やり視線を逸らす。

「強くて…。カッコよくて、勇気があって…。」

 ボソリト言った。

「ふむ。強くて、カッコよくて勇気があるか。成る程な。確かに英雄ってのはそんな感じで描かれることが多い。が、残念ながら其れはハズレだ。」

 …。

 …。

 オビーの返答に一瞬僕は自分の耳を疑った。思わず聞き返しそうになったぐらいだ。オビーはこの問いにハズレは無いと言った。そう言ったにもかかわらず、平然とオビーはハズレと言ったからだ。先ほどの%にしても内容は不明のままだし…。

「じゃ、じゃぁ…。何ですか。」

「簡単な事だ。其れは命を大切にしている奴の事だ。」

「命を ?」

「あぁ。先程も言ったと思うが、戦争ってのは人を殺す為にやるんだ。殺す為にやるって事は生きている方が不思議だと言う事だ。戦闘に出て、生きて帰って来るって事は言わば奇跡。偶々偶然って事だ。だから、1日、1日が奇跡の連続だ。だが、大半の兵士はその恐怖に耐えられず、麻薬に走り、精神安定ダブレットを大量に服用し、一般兵を性の道具にして恐怖を紛らわす。其れでもその恐怖は想像を絶するのもだ。そりゃそうだろ…。次の瞬間自分は死ぬかもしれないんだからな。死の恐怖ってのは拭いたくても拭えないものだーー。

 だが、英雄と呼ばれる人間は違う。

 生命の尊さを知っているが故、一分一秒を大切に育もうとする。」

 オビーがそう言った瞬間僕の中に衝撃が走る…。

 一分一秒を大切に…。

 沙也が言った言葉が脳裏に蘇る。

「良いか…。命を大切にするってのは、誰かを犠牲にしても自分は生きるってのとは違う。だからと言って無駄に投げ出すでもない。大切にするってのは、最後の瞬間が来るまで諦めないって事だ。どんなに困難な事があろうと、どんなに辛い事があろうと。前を見据え強く、逞しく生き続ける事だ。

 諦めぬ強さ、乗り越える強さ。そして栄光へと導いていく者。其れこそが真の英雄だ。」

 そう言うとオビーはグイッと酒を煽る。

 僕の手がブルッと震えた。


”いつも出撃の度に今日で最後なんだと思って出て行きます。毎日、毎日、今日も明日も明後日もずっと最後が付き纏っているんです。この恐怖は兵士を辞める迄ずっと続くと思います。だから、毎日が恐怖です。”


 沙也が言った言葉だ。

 僕は、分かっている様で、全然分かっていなかった…。沙也の言葉の重みを全く理解していなかった…。

 こんなにも…。

 こんなにも、この言葉が重かったなんて僕は想像もしていなかった。どうせ生きて帰って来られる。なんて安易な気持ちが心の奥底にはあった。どんなに怖くても、どんなに恐怖が僕を支配しても…。

 生きて戻って来られると軽い気持ちがあったのだ。

 だって…。

 だって…。

 だって、こんなに辛い思いをするなんて僕は知らなかったから…。

「でもな…。いくら英雄でも煮え湯を飲まされる事もある。苦虫を噛み殺す様な時もある。時には泥を舐めさせられる事もある。…英雄って言っても所詮は人間だ。自分の失敗で多くの部下を無くす時もある。

 だから、そんな時は誰も居ないとこでよ。こっそり泣くんだよ。泣いて、悔やんで、自分を責めて。悔やんで、悔やんで、責めて、責めて、責め抜いて…。そして、前を向くんだ。

 其れがどんなに辛くても、自分が前を向かなきゃぁ。又同じ失敗で仲間を失ってしまう。再開した彼女を今度は本当に無くしてしまう事になる。」

「オ、オビー大尉…。」

「悠那…。日比野はどんな戦い方をした ? 沙也はどうだった ? しっかりと思い出せ。彼等は命を無駄にしたか ? 最後まで諦めずに戦かわなかったか ? 命を掛けて命を守ろうと、懸命に努力したんじゃないのか…。だから、お前も命を掛けて、命を守ろうとしたんじゃないのか ? 例え、その勇気がアドレナリンの力だったにせよだ。そう決めた時は投与する前だったんだろう。だったら…。

 その勇気は十分賞賛に価する。

 君は、れっきとした英雄だ。少なくとも、死んじまった彼女にとってはよ…。」

 そう言うとオビーは軽く僕の肩を叩き自分のソファーに戻った。

「オ、オビー大尉…。」

「どうした少年。」

「ま、まだ…。」

 そう言って僕はポロポロと涙を流す。まだ死んだと決まったわけじゃぁ…。そう言いたかったが言葉にならず僕は口をパクパクさせるだけだった。

 そんな僕等の会話をマギーナは部屋の外で立ち聞きしていた。勿論扉の前に耳をつけても聞こえないので扉にコップを当てて聞き耳をたてていた。その姿をヒムエンコ-ナッチョーニ隊長がジッと見やる。

 ヒムエンコはオビーに用事があって兵舎棟に訪れたのだが、其処で偶然マギーナの盗み聞きの現場を目撃してしまったのだ。

「姫様…。又オビー大尉の部屋を盗み聞きですか。」

 ヒムエンコの声に体をビクつかせマギーナは慌ててコップを服の中に隠す。

「な、な、な…。ひ、人聞きの悪い事言わないでよ。」

 頬を赤らめながらマギーナが言う。

「姫様も好きですねぇ。そんなに好きなら告れば良いでしょう。」

「な、なななななな…。何を言ってるのよ。」

「好きでしょ。オビー大尉の事。」

「ほ、ほっといてよ。」

「ま、私は別に何でも良いですけど。其れより其処良いですか ?」

 ヒムエンコは扉を指差す。マギーナは顔を真っ赤に染め上げ乍一歩後ろに下がった。

「オビー総司令官。」

 インターホンを押しヒムエンコが言った。

 オビーは扉を見やる。僕は突然の声に驚いた。

「どうした ?」

「ヒムエンコです…。」

「おう、入れ。」

 オビーがそう言うと扉が開いた。外からヒムエンコが顔を覗かせ僕を見やった。

「あれ…。」

「うむ。如月悠那少尉だ。」

「はぁ…。救護した少尉を詰問でもしたのですか ?」

 そう言ってヒムエンコはオビーを見やる。

「あん。どうして俺が如月少尉を詰問するんだ ?」

「だって、泣いてますよ。」

「ば…。俺は慰めてやってたんだ。」

「そうよ。悠那の彼女が死んだからオビー大尉は慰めてあげてたのよ。」

 部屋に入ってきたマギーナが言った。

「あぁぁ、彼女が。そりゃ悲しいわ。」

「でしょ、だから私も慰めてあげてたのよ。」

「そうなんですか。それで立ち聞きしてたんですね。」

「なぬ…。立ち聞き ?」

「な、何でもないの。変な事言わないでよ。」

「はっはっはっは…。まぁ、良いじゃないですか。悠那少尉はまだ泣いてますから、慰めてあげて下さい。」

「馬鹿言っちゃいかん。ションベン臭い姫様には未だ無理だ。」

「はぁ、ションベン臭いって何。私はお姫様よ。お姫様にションベン臭いって何。」

 マギーナがギャアギャア喚く。

 ヒムエンコが楽しそうに話している。

 オビーが嬉しそうにマギーナをからかっている。

 この光景…。

 僕は知っている。

 僕と沙也と日比野大尉と那奈さんと…。


 僕は…。

 僕は…。

 涙を拭った。

 この光景を二度と失いたくないと決めたから。

 オビー大尉は僕を英雄だと言ってくれた。

 僕のとった行動を勇気だと言ってくれた。

 何だよーー。

 海賊のくせに…最高の慰めだよ。

 だから僕は笑った。3人を見やり僕は笑った。

 明日に向かって歩き始める為に、

 そして、強くなる為に。

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