Lost in space. 漂流3
明朝予定通り学は3人の部下であるミクライナ-ベネテン、方園洲、ギルム-フィンを引き連れバロウズに乗船した。学は黒く長い髪を一つでに括る様な事はしていないが右サイドの髪を編んでいる。此れは部下であり彼女でもあるミクライナの趣味らしい。
ミクライナは金髪の髪を頭の頭頂部で括り髪を噴水のように垂らしている。この髪型は何かの雑誌で見つけた髪型だと彼女は言っていたが学はその雑誌を見せて貰った事はない。
二人は取り分け仲睦まじい様子で乗船と言う訳には行かず、飽く迄も上官と部下の関係で乗船した。勿論付き合っているのが軍規に違反しているわけではないのでケジメと言った所である。
乗船後4人は案内されるまま尉官ゾーンに案内され各々の部屋に通される。大尉である学は一人部屋であるが中尉であるミクライナと方は3人で一つの共同部屋、ギルムは少尉なので6人部屋に通された。勿論男女共同では無いので、ミクライナは見知らぬ2人の女性と過ごす事になる。此れは方も同じだ。方は見知らぬ2人の男性とギルムは見知らぬ5人の男性と過ごす事になる。
4人は取り敢えず荷物を置くと艦長室に出向いて行った。艦長室に入ると学達は一礼しバロウズの艦長を見やる。艦長は凛とした姿勢でデスクの椅子に腰を下ろしていた。
「学元寸大尉であります。自分と部下3名の乗艦許可を頂きありがとうございます。」
「学元寸大尉。良く決断してくれました。父上も大層喜んでおられるでしょう。」
特殊攻撃型スネイクデビル級中型戦艦バロウズ艦長リミリッタ-マリク1等級艦長大佐38才が言った。彼女は綺麗な黒髪を一つでに括り軍帽を被っている。体型は細身で少し肌が黒いインド系の女性だ。勿論、成長の遅い宇宙での38才はおばさん等ではなく20才代前半位に見える。その妖艶な表情を見やり学は胸を高鳴らせた。まぁ、幾ら若く見えると言っても学の年齢とは13才も離れているのだが。
「はい。」
「あなたには多くの期待がかかっています。その事をお忘れなきよう。」
「はい。先ずは鬼神丸をこの手で沈めて見せます。」
「ええ。期待しています。其れと人形兵器部隊の事ですが、学大尉に総部隊長を勤めて頂こうと考えています。」
「私がですか ?」
思わぬ申し出に学は驚きの表情を浮かべる。
「何か問題でも有るのですか ?」
「いえ…。只、総部隊長は既に決まっているのだとばかり思っていましたので。もしそうであれば私が出過ぎた真似をする訳にはいきません。この先の統率にも影響を及ぼしかねます。」
「それは問題ありません。総部隊長を努めるはずだったムラーム-マグイが言って来たのです。それに実力も学大尉の方が数倍も上だと私は思っています。」
「ムラーム…。」
と、学は顔を顰めた。ムラーム-マグイ、振りの上手い男である。彼は士官学校時代の同期で知り合いであるが、ムラームは学の事を友達だと言っている。しかし常に本心は妬みと嫉妬で塗り固められたような男で、士官学校時代から常に影では学の悪口を言っていた事を良く知っている。隙があれば人を蹴落とそうと常に画策を立てているセコい男だ。エリンは面倒臭い友人であるがムラームは嫌いな人間である。
今回の事も何か企みがあっての事と容易に推測できる。全く嫌な男だ…。と、学はため息を吐く。
「学大尉に重大な問題がなければ総部隊長に任命しますが問題ありませんね。」
淡々とリミリットが言う。
「ありません…。」
有る訳がない。重大な理由とは即ち生死に関わる理由の事だ。それ以外は理由として受け入れられる事はない。
「それでは部隊編成などのミーティングが必要でしょうから1時間後にブリーフィングルームの使用を許可します。以上…。」
「了解しました。それでは各部隊長の招集をお願いします。」
学と3名の部下は一礼すると学は先に部下を退出させた。部下が退出するのを見計らいリミリッタが学を見やり笑みを浮かべた。
「嫌いな顔ね…。」
急にお姉さん口調でリミリッタが言った。
リミリッタのマリク家とレフィン家(正確にはレフィンは名前で性はベッティであるので、本来はベッティ家なのだがレフィン家と呼ばれている)は古くからの付き合いがある間柄で、学が養子縁組されてからはリミリッタが何かと世話をしてくれた。その所為か学はリミリッタの事を姉さんと呼んでいる。勿論今回の討伐戦もリミリッタの誘いがあったればこそだった。
「嫌いです。」
「私も嫌いよ…。」
「姉さんも…。否、リミリッタ艦長もですか。」
「ええ…。セコいのよ彼奴。男のくせに。ねぇ。」
ねぇって…。と、思うがリミリッタはそのセコい男と作戦を共にしているのだ。
「まったくです。良くあんな男と一緒にいられますね。」
「一緒って…。変な言い方ね。其れに好き嫌いで部下は選べないわよ。まぁ、私には従順だから良いけど。嫉妬と妬みは相当以上ね。貴方は気をつけた方が良いかもしれないわよ。」
其れは言われなくとも重々に理解している。彼の嫌がらせと嘘だらけの言葉には嫌という程悩まされて来たのだ。
殺しても良いのなら今すぐにでも殺している。もとい士官学校時代の時に殺していた。そうしなかったのは彼がCUEマサハラーム軍事要塞を統括するマグイ将軍の孫だからだ。叩き上げのマグイ将軍の家柄とレフィン家とでは格が違うが、だからと言って将軍の孫をおいそれと殺す訳にはいかない。
「分かっています。彼奴は信用できません。」
「まぁ、私より良く理解していると思うから私は知らない顔をするわね。」
「そうして下さい。もし、必要なら…。」
「必要なら ?」
「その時は殺します。」
「お願いするわ。」
ニコリと笑みを浮かべリミリッタが言った。学も笑みを浮かべて見せたがリミリッタには引き攣った表情にしか見えなかった。
艦長室を出ると学は自分に当てがわれた部屋に向かった。正直な所部屋の豪華さは大型戦艦の部屋と比べると大した事はない。大型戦艦の自室は2LDKだったが中型戦艦の自室は1DKである。この違いは早く言えば戦艦の大きさの違いだけであるが格下げされた気分になる。そうなると何故か設置されている家具も安物に見えてくるから損した気分だ。
まぁ、荷物と言う程の荷物を戦艦には持ち込まないので1DKであっても十分ではある。其れに部屋で過ごす事等殆どないのだから、家具が安物であろうと何だろうと別に問題はない。要は気持ちの問題なのだ。
学は床の荷物には触れず、ベッドにゴロリト寝転がった。
程なくして部屋のチャイムが鳴った。部屋の中央に来訪者を映し出そうとしたが勝手が分からないので仕方なく学は扉の鍵を開けに行った。廊下にはムラームがいた。ムラームは笑顔で”元寸久しぶりだな”と言った。
学は渋い表情を浮かべ乍”久しぶりだな”と答える。その表情にムラームは気づいていたはずだが其れは言葉にせず”態々出迎えてくれなくても鍵を開けてくれるだけでよかったのに”と、言ってきた。好きで出迎えた訳ではないと言いたかったが面倒臭いので止めた。
「其れで、態々俺の部屋に来た理由は何だ。」
不躾な態度で学が言う。
「おいおい、同期に会うのに理由が必要なのか。」
よく言う…。理由なしに会いに来ないのがお前だ。と、言いたいが矢張り口にはしない。学は”茶でも飲むか ?”と言ってムラームを招き入れる。
「チャーイなら嬉しいんだけどな。」
「生憎だが其れは無い。」
「そうか…。次は持参するよ。」
そう言い乍ムラームはソファに腰を下ろす。
「それはそうと、総部隊長を引き受けてくれたんだって。」
「え…。あぁぁ。お前が嫌だって言うからだろ。仕方ないさ。」
学はテーブルに2杯の茶を置く。1杯はムラームの前に、もう1杯は自分が座る場所の前に置いた。
「まぁそう言うなよ。総部隊長は叩き上げのマグイ家よりも名門のレフィン家が努めるべきさ。」
ムラームは出された茶を啜り煙草に火をつける。
「家柄は関係無い。この艦隊の総部隊長はお前なんだ、お前が努めるべきだろ。」
学も煙草に火を付け紫煙をくゆらせる。
「本来はそうだ。だけど実際実力も器量もお前の方が上だ。それは俺自身も認めているんだ。皆んなには俺がちゃんと言っておいたからよ。お前は何の心配もなく作戦を遂行してくれれば良い。」
ムラームはグイッと茶を飲み干すと”そろそろ時間だ。ブリーフィングルームに行こうか”と、言った。
「もうそんな時間か…。」
そう言って学は腰を上げる。
何にせよ今の会話で大凡の企みは理解できた。何が皆んなに言っておいただ。そう言う所は昔と何も変わっていない。
芸が無いと言うのか…。
何と言うのか…。
ムラーム-マグイ…。
何にせよ、君を殺すのはもう少し先に延びそうだ…。
ーー目を開けると真っ白な天井が目に飛び込んできた。少し眩しいので腕で遮ろうとするが腕が動かない。力が入らないのではなく縛られている感じだ。頭を動かそうと試みるがガラスの天井に頭をぶつけ諦める。ここは一体何処なのか ? 頭を左右に振りかろうじて見える両サイドを見やる。両サイドを見やりここが医療カプセルの中なのだと知る。
核爆弾の爆風に飛ばされた僕は、archⅡの住民に保護されこの医療カプセルに運ばれた。勿論意識を失っていた僕がそれを知る由は無かったので其れは後で聞かされた事だ。兎に角、気が付いた僕が初めに思った事は生きていた。と、言う事だった。
助かったのか…。
僕はホッと肩を撫で下ろし安堵の溜息をつく。
然れど戦争はまだ始まったばかりだ。この先も未だ未だあの苦痛が続くのだと思うと辛すぎて涙が出てきた。
ポロポロ、
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
恐怖と苦痛が僕を苦しめる。
沙也に会いたい。
沙也に…。
僕はボーッと沙也のことばかりを考え始める。港で出会った事、その後の激しい爆撃の事。何回もキスをした事、兵器に乗って戦った事。沙也が日比野大尉にブーブー言っていた事…。その全てがついさっきの様に次々と思い出されていく。
唇がまだ沙也の唇の感覚を覚えている。
ここを出たら真っ先に会いに行こう…。
僕はそんなことを考え乍ボンヤリと天井を見やる。
程なくして誰かが部屋に入って来た。おそらく看護師か医者だろう。
医療カプセルを覗き込んだのは女性だった。その女性は僕を見やりニコリと笑みを浮かべる。僕も笑みを浮かべそれに答える。
そして、ユックリと医療カプセルの蓋が開いた。
蓋はスライド式ではなく横に大きく開くタイプのやつだった。このタイプは3つほど前のタイプで医療時間の短縮が付いていないやつだ。
「おはよう…。」
蓋が完全に開くと女性が顔を覗かせ言った。ロシア語だろうか僕には解らない。僕は首を傾げてみせる。
「おはよう…。」
今度は英語で話しかけてきた。英語は国際語として利用されているので僕にも分かる。
「おはようございます…。」
「気分はどう ?」
そう言って女性は顔を近づける。光の加減でよく分からなかったその顔は、ロシア系独特の美しい表情を持った女性だった。
「あ…。はい。良いです。」
僕は緊張しながら答える。
「そう…。其れは良かった。2日も眠ったままだったから死んでるのかと思ったわ。」
そう言った女性は、もう一度ニコリと笑みを浮かべ背筋を伸ばした。そして別の声が聞こえる。「姫様…。勝手に医療カプエルを開けないで下さい。」
別の女性の声だ。
「何よ。別に良いじゃない。」
「良くありません。この人は重症患者なんですよ。どうして勝手な事をするんです。」
「何よ偉そうに。ちゃんと治療終了のサインが出てから開けたじゃない。」
「そう言う問題じゃないんです。もぅ、早くどいて下さい。」
と、別の女性が僕を覗き込む。勿論今のやり取りはロシア語で言っていたので僕には理解できない。
「痛みは ?」
今度の女性は先ほどの女性とは違い髪を一つでに括りアップにしている。この女性もまたロシア系の女性なのだろう。格別に美しかった。
「え…。あ、ありません。」
「そぅ、問題ないみたいね。」
そう言うと拘束具を外しユックリと僕の体を起こしてくれた。グラッと視界が揺れ眼前暗黒感に襲われる。
「焦らないで…。軽い脳震盪よ。」
そう言って女性が僕の体を支えてくれる。暫し、眼前暗黒感に襲われた後、ユックリと視界が蘇る。そして、改めて2人を見やる。
僕を支えてくれている女性は白い白衣を着用しているが、もう一人の女性は毛布の様な厚手の服を着込んでいる。確かに看護婦には見えない。
「名前を言える ?」
支えながら女性が言った。
「き、如月悠那。」
「所属は ?」
「SuAg軍西エルドラ宙域防衛艦隊第987中隊所属。」
「階級と等級は ?」
「階級は少尉…。等級は3。」
「うん。問題なし、と。」
そう言うと女性は僕を見やり”私はギルフィッテ-ピコネンチ。よろしくね”と言った。
「ギルフィッテ…。宜しく。あ、ありがとう。」
「私はマギーナ-ギフンダよ。」
姫様と呼ばれた女性がギルフィッテの後ろで言った。
「マギーナ…。宜しく。」
僕がそう答えるとギルフィッテは血圧と脈拍を取り、先生に報告してくると言って部屋を出て行った。
「あ、あの…。」
「何 ?」
マギーナは笑みを浮かべ乍言う。
「此処は ?」
「此処 ? archⅡよ。」
「archⅡ ? archⅡってあのarchⅡ ?」
「そうよ。何か問題でも ?」
「い、いや…。問題とかは別に。ただ…。」
「ただ…。何 ? 過去の遺跡に人が居るのかって言いたいわけ ?」
そう言うとマギーナは医療カプセルの側面に腰をかける。
「え、いや。300年も昔のコロニーがまだ動いていたなんて知らなかったから。」
マギーナが言う様に300年前に建造された最初期のコロニーであるarchⅠ Ⅱ Ⅲは過去の遺跡と呼ばれている。遺跡と呼ばれていても観光に訪れる人は皆無だ。
「勿論、動いてなかったわよ。私達が直したの。と、言っても殆どは機能してないけど。住むには問題無い。」
「そっか…。」
「そう。」
「て、事は海賊なんだ。」
「そうよ。私はその海賊の御姫様。」
マギーナはジッと僕を見やりニタニタと笑みを浮かべる。
「あ、あの…。」
「今度は何 ?」
「救助されたのは僕だけですか ?」
「そうよ…。このarchⅡに飛来してきたのは君のボロ鉄だけよ。ひょっとしてお仲間もいたの ?」
「え、ええ。まぁ…。」
「そぅ。だったらオビー隊長に聞いてみると良いわ。あなたを救助したのはオビー隊長だから。でも、あなたが救助されてから2日も経ってるから…。何処かで救助されてなかったらお終いね。」
「ふ、2日 ?」
そういえば先ほどもそんな事を言っていたような気がする。でも、確かにマギーナの言う様に僕が救助されてから2日も経っていたとしたら、何処かで救助されていない限り可能性は絶望的だ。何せ人形兵器の酸素は3日が限界だからだ。
僕は頭を垂れ胸を押さえる。
沙也…。
不安が胸を締め付ける。
沙也、
沙也、
沙也…。
沙也の事を思うと涙が零れ落ちてくる。無事である様に。無事である様にと心の中で願う。心が苦しい。考えれば考える程気が狂いそうになる。
ここが地球なら…。
ここが地球なら酸素残量なんて気にしなくても良かったのに。生きてさえいれば可能性は十分にあったのに。
宇宙であるがゆえ助かる命も助からず消えて行く。
「君の大事な人もいたのかな ?」
そう言うとマギーナがぎゅっと僕を抱き締めてくれた。そして”これが戦争よ。”と耳元で囁いた。その一言で僕の何かが弾け飛び僕は大声で泣いた…。マギーナはそれ以降何も言わず僕を抱きしめてくれていた。
マギーナの言った言葉は
どんなに酷い言葉より
どんなに心優しい慰めより
どんなに徳のある聖職者の言葉よりも僕の心に響いた。
ーーブリーフィングルームに入り学は自分の目を疑った。ブリーフィングルームの中には所狭しと兵士が犇めき合っていたからだ。
学は集まった兵士を見やり首を傾げる。
「私が招集したのは各部隊長だけのはずだが ?」
学はムラームを睨めつける。
「あ、あぁぁ。俺が集めたんだ。部隊長と小隊長をな。」
目をそらしムラームが答える。
「命令違反だな…。」
そう言うと学は壇上に向かった。壇上に立つと学は大きくため息を吐く。自分の部下も最後尾の席に着座しているのが見えたからだ。
「何がしたい ?」
もう一度ムラームを睨めつける。
「初めての顔合わせだと思ってな。隊長クラスと顔を合わせておくのは大切な事だろ。」
最もらしい返答だ。
だが、これだけのお膳立てをしていると言う事は、ムラームの嫌がらせが既に始まっていると考える方が妥当だと学は思った。
「俺の部下はどう関係ある ?」
「大切な事だ。この先誰が上司になるか分からないんだからな。」
「それはどういう意味だ ?」
「此処の部隊長や小隊長は長い付き合いの者ばかりだ。当然パイロットの顔は皆んな知っているって事だ。」
「成る程…。」
セコい男は自分の防衛ラインの引き方がとても上手いと言う事か。と、学は椅子に着座している兵士達を見やり、さっさと殺しておくべきだったと後悔した。




