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Lost in space. 漂流2

「河野艦長、通信の状況は ?」

 船望に姿を見せた一本気が唐突に言った。

「ラズウェル級巡洋戦艦一隻だけです。」

 お手上げだと言わんばかりに河野が答える。

「ラズウェル…。合衆国の船か。」

「はい…。ビーナス-クイーンに向かうように指示を出しました。」

 河野はポケットから煙草を取り出し一服つける。其れを見やり一本気も胸ポケットから煙草を取り出すが、中は空だった。

「どうぞ…。」

 河野が自分の煙草を一本すすめた。

「すまん…。」

 一本気は煙草を咥え火をつける。フワリと紫煙が立ち上る。核爆発によりその周囲20kmは強烈な磁場が発生し通信系統…。否、電子機器全般が全く役に立たなくなっていた。その為、戦艦の腹の中にある第一艦橋は鉄の箱同然になっている。外の状況を知るには船望に上るしかなかった。

「救助出来た兵の数は128名。連絡が取れた戦艦は巡洋戦艦1隻…。散々だな。」

 宇宙を見やり一本気が言う。

「ええ…。しかし良い情報もあります。」

「良い情報 ?」

「はい。先程大佐の御息女。一本気那奈中尉と日比野勇大尉がラズウェル巡洋戦艦に救助されたとの報が入りました。」

「那奈が…。」

 ジロリと一本気は河野を見やる。

「艦長…。その話は今の私にするべき話ではない。少なからず自分の娘が無事だと聞けば、私は心の中で喜んでしまう。少なからずの安堵感を覚えてしまう。しかし、今の私に其れを喜ぶ資格はない。ーー数多くの兵を失い。今も宇宙を漂っているかもしれない兵がいる。家族や友人、恋人を失った者もいる。これが戦争だと言えばそれまでだ。ーー其れでも…。其れでも私には喜ぶ資格がない。私は厳格なまでの無慈悲な暴挙の上に立っているからだ。」

 グググっと煙草を吸いつけ床に捨てる。

 ギュッと吸い殻を足で踏みつけ乍ら、心なしの安堵感を覚えた。何だかんだと言って矢張り自分も親なのだと知る。

 良かった…。

 良かったと心の中では思っている。勇と那奈は無事だったのかと喜んでいる。勇とな…。其処に沙也の名前がない事に一本気は違和感を感じた。

 然れど、問えぬ。勿論、問えば河野は答えるだろう。

 然れど…。

「磁場の影響が収まるのは…。」

 宇宙を見据え一本気が問うた。

「1週間ほどです。」

「1週間か…。人形兵器内の空気は持って3日。ファイターはその半分。磁場の温和を待つのは得策ではないか。」

 既に戦闘から24時間が経過している。だから、正確に言えば後2日である。ファイターに乗っていた兵士は後12時間程度である。

「其れに磁場がある程度治れば敵も追撃を開始するでしょう。」

「うむ。負傷兵は順次医療カプセルで治療させている。頚椎の捻挫程度なら5分もあれば万全の状態に戻る。」

「5分…。機器メーカーのスタッフに聞いてはいましたが進歩したものですな。」

 河野は煙草を灰皿に捨てる。

「あぁ、最新式のやつらしいな…。と、言っても失った部位の再生には早くても1ヶ月はかかるらしい。」

「其れでも早くなりましたよ。」

「其れでもこの緊急時には何の役にも立たんさ。結局優遇されるのは軽度の者だ。重傷者は治療に時間がかかる。」

 一本気はもう一本よこせと言わんばかりに河野を見やる。河野はポケットから煙草を取り出し一本気に渡した。一本気は煙草に火をつけると紫煙をくゆらせる。

 磁場の影響で敵の追撃は免れているが、磁場の影響が緩まれば間違いなく敵は追撃を開始してくる。

 一本気や河野も重傷者を優先して治療するのが本来の筋である事は重々に承知している事だが、然れど敵の追撃の事を考えれば軽症者の治療を優先させるしか助かる道がない。此れだけボコボコにやられたのだ。生きていただけでも儲け物と考えるしかない。 

「何にしても、後2日かだな…。後2日それがリミットだ。2日後の13時鬼神丸は救助作業を終了しビーナス-クイーンに向けて発進する。」

「了解しました。」

 河野が答える。一本気は煙草を灰皿に捨てると”冴木伍長の名前は無かったか ?”と、問うた。河野は一度一本気を見やり無言で視線を落とした。

「そうか…。」

 そう言って一本気は船望を後にした。


 ーー部屋のチャイムが鳴ったのは学がシャワーを浴び終わり、ビーズクッションに腰を下ろしていた頃だ。

 部屋の中央に来客を映し出し学は大きく溜息をついた。来客者はエリンである。

「どうぞ…。」

 学がそう言うと扉のロックが解除される。学と同じように肩までの髪を靡かせエリンが部屋の中に入ってきた。

 身長182cm体重80kg。ロシア系の妖艶な表情は28才よりも10才は若く見える。学はエリンを見やり”よぅ、ゲロまみれ将軍”とからかった。

「ふん。うざいやつだ。」

 顔を赤らめエリンはクッションに腰をおろす。

「しかし、よく無事だったな。」

「コクピットは頭部だ。腹を切られたぐらいで死ぬかよ。」

「確かにな…。其れでダットに救助されたのか。」

「うるさい。今度は俺が勝つ。」

「今度は、ね…。」

「何だよ。」

「いや、相手はルーキーだって話だ。今度又対峙して勝てるのか ?」

 学はビーズクッションから腰をあげ”コーヒーで良いのか”と、続けた。

「ん、ああ…。て、言うかこの俺が負けるわけないだろう。何てったってこの俺様は鶸大佐の親衛隊だぞ。そこらのヘタレと一緒にするんじゃねえよ。」

 踏ん反り返り乍ら話すエリンに、負けただろう…。と、言おうとしたが止めた。自称エースのエリンに何を言っても豚の耳に念仏だからだ。

 エリンの家は代々の軍人家系である。ソ連時代から国名がロシアに変わり、ロシアが国から市に変わった今に至るまで軍人で生計を立てている名家である。

 だからエリンは自分が軍人である事に誇りを持っている。それは実に素晴らしい事だと学は思うのだが、それ故にエリンは非常に自意識が強く無駄に自惚れている所がある。そして学はそれが煩わしく、彼の詰まらぬ話を聞かされるのが好きではない。

 好きではないのに何故かエリンは学の事を気に入っている。それは学が同じく名家であるレフィン家の養子だからなのか、鶸大佐に気に入られているからなのかは分からないが兎に角、学はエリンに気に入られている。

「ほらよ。」

 学がテーブルにコーヒーを置いた。エリンが煙草に火をつける。

「なぁ、お前本国に帰らないって本気か。」

 唐突にエリンが言った。

「あぁぁ…。」

「どうして ? 作戦は成功したんだ。後は”その他”に追撃させれば良いだろう。何もお前が追撃戦をする必要はない。」

「かもな。で、本国に帰って何をする ? 戦争はもぅ始まっているんだぞ。態々本国に帰ってから火星に向かうのか ? 其れとも火星での戦闘を指を咥えて見ているつもりか ?」

「別に戦闘は火星だけで行われるわけじゃないだろう。CUEの首都があるパール-アイランドを攻めてくる可能性もある。勿論他のライフカプセルを攻撃してくる可能性も有るし、何しろ彼奴らはこの戦争に全てを賭けているからな。どんな卑怯な手を使ってくるか分からんだろ。」

「何を…。そうさせたのは俺達だろ。」

「俺達 ? 俺達が何をした ?」

「何って…。奇襲をかけたじゃないか。」

 呆れた顔で学が言った。

「奇襲 ? ばっかだなぁ。あれは粛清だ。」

 粛清 ? と、学は自分の耳を疑った。あの非人道的な行為を彼は粛清と言った表現で言い表したからだ。

 否、確かにあの戦闘で兵士の士気は異様な程高まり、次の戦闘に対して大きな足掛かりとなった事は確かだ。

「お前らしいな。」

「何が ?」

 エリンはコーヒーを啜る。

「別に…。何にしても俺は本国には帰らない。このまま鬼神丸の追撃戦に参加するよ。」

「ふーん。まったくお前は変わってるよ。」

「かもな…。」

 学もコーヒーを啜る。

「なぁ、昔はどうだったか知らないけどな。今のお前はレフィン家の御子息なんだよ。エリートは…。」

「エリートらしく後方で高みの見物か。」

 被せるように学が言った。

「そうだ。前線で戦うのが貴族じゃない。」

「貴族が前線で戦うから士気が上がるんだよ。」

「それは傲慢だ。」

 傲慢なエリンが言った。学は吹き出しそうになるのを堪える。エリンはそんな学を見やり首を傾げた。

「明朝ホーリーリングからバロウズに移る。」

「バロウズ ? あの中型戦艦か。」

「あぁぁ。あれが追撃戦の旗艦になるらしい。」

「そうか…。なら、当分会えないな。」

「だな。」

 其れから学とエリンは他愛もない話を少し交わし、エリンが腹が減ったとうだうだ言い出したので食堂に行く事にした。

 戦艦の内部は大型戦艦も、中型も小型もそれこそ巡洋艦でさへ重要なものは全て船の中央部分に作られている。だから、廊下を歩こうとフリールームに行こうと外の宇宙を見やる事がない。宇宙を見るには船望か、側面通路を歩くしかない。

 とは言っても側面通路も船望も一部の者にしか開放していないので誰彼と宇宙を見やる事が出来なのは非常に残念でならない。学とエリンは殺風景な通路を歩きフリールームに向かう。フリールームの中に食堂があるからだ。

 中に入ると数人の尉官がくつろいでいる姿が目に止まる。尉官専用のフリールームは尉官以下の兵が使用するルームよりも格段に豪華な仕様となっている。其れでも佐官専用のフリールームに比べれば大した事はない。

 佐官専用のフリールームは豪華なラウンジの様な造りになっている。勿論使用されている家具もうん十万はするだろう物ばかりで、照明も暗めに設定されており大人の空間といった感じだ。

 それに比べ尉官専用のフリールームは高く見積もってもうん万円程度の家具とソファー、そして隅に置かれた自販機がより安ぽっさを演出している。

 フリールームの広さは60畳ほどで一つのテーブルを4つのソファーで囲むように設置され、それが幾つも点在するようにレイアウトされている。自販機の飲み物や煙草は勿論有料である。学とエリンは中央より少しずれた場所のソファーに腰を下ろした。

 エリンはテーブル中央のモニターを操作し食堂のメニューを表示させる。その中からエリンはガーリックステーキ600gと牡蠣のスープとパン。学は鳥の甘酢餡掛け、ご飯そして鴨肉のスープを注文した。

 15分程して料理が運ばれてくると、二人は其れまで話していた会話を中断して料理を食べ始めた。ほとんど会話を交わすことなくそれらを食すと、”コーヒーで良いか ?”とエリンが言ったので学は軽く返答を返した。エリンはテーブルのモニターからコーヒーを2つ注文する。

 コーヒーは5分程でテーブルに運ばれてきた。学とエリンはコーヒーを啜る。

「旗艦に乗船するって事は人形兵器の総部隊長に任命って事になるのか ?」

 思い出したようにエリンが言ってきた。

「さぁな…。旗艦に乗船する部隊長は他にもいるだろう。」

「まあなぁ…。でもよ、お前は大型戦艦ホーリーリングの人形兵器部隊の総部隊長だぜ。当然そうなるだろう。」

「否、もともと討伐部隊のメンバーは決まっていたからな。そこに俺が入れてもらうんだ。良いとこ盗りは出来ないさ。」

「でも、お前の部隊もそのままバロウズに乗るんだろう。」

「そう言う事になる。」

 人形兵器の基本部隊編成は大隊隊長直属の部隊を含め5つの小隊で構成されている。其れに巡洋戦艦等に搭載されている部隊が加わり戦闘行動を行う。小隊は4機の人形兵器で構成され基本は小隊単位での戦闘行動が基本となる。其の為所属の移動は小隊単位での移動が多く一兵単位での移動は昇格による移動もしくは大掛かりな部隊編成の見直し等がない限り行われることはない。 

 勿論大隊隊長の移動は大隊隊長として移動するため、次の所属艦で新たな4つの小隊を受け持つことになる。だからエリンが言ったお前の部隊というのは学の直属の部下の事である。学は煙草に火をつけ一服つける。エリンも同じように煙草に火をつけた。

「生きて戻ってこいよ…。」

 柄にもない事をエリンが言った。

「あぁぁ、お前のゲロ話を聞かせてもらわないといけないからな。」

 そう言って学が笑った。”しつこい奴だ”と言ってエリンも笑った。

 逃げ場のない鉄の箱の中で…。

 逃れようのない宇宙の中で…。

 希望のない時間の中で…。

 宇宙は相変わらず静かで暗かった。


 ーー「姫様…。ニューセイルの方向から救難信号です。」

 管制司令室長のロイス-リコノフが言った。姫と呼ばれた女性、マギーナ-ギフンダは管制室でその映像を見やる。

「救難信号 ? もう少し大きくしてくれない。」

 映像を見やりながらマギーが言った。ロイスは画像を拡大する。拡大表示されたその画像には何とも滑稽な色をしたグロスピンクの残骸がピカピカと光を照らしながらarchⅡに流れてきているのが見えた。

「何あれ ?」

「恐らく人形兵器でしょう。」

「ガラクタね。」

 ボロボロに朽ち果てた人形兵器を見やりマギーナが悪態を吐く。

「先程の爆発に巻き込まれたのかと。」

「全くどれだけガラクタを飛ばせば気が済むのかしら。」

 呆れた口調でマギーナが言う。CUEの核攻撃の所為でarchⅡには異様なほどの残骸が飛ばされてきていた。今回の戦争に無関係のarchⅡの住人であるマギーナ達には迷惑千万な事である。

 吹き飛ばされてくる残骸のスピードは数千kmにも及び、万が一にもarchⅡに直撃でもすれば直径数センチの残骸であっても過去の遺物であるarchⅡコロニーは跡形もなく破壊されてしまうからだ。

 CUEの動きに合わせ万が一の備えをしていたお陰で残骸をレーザー機銃で排除することが出来たが未だ未だ油断は出来ないらしい。現にガラクタがarchⅡに向かってきているからだ。

「世界協定を従事するなら救助活動を行いますが…。」

「ふぅ…。海賊にも守るべ約定はありますよ。救助しなさい。」

 そう言うとマギーナは管制室を出て行った。

「ニコライチ…。オビー隊長に連絡だ。SuAg軍の兵器を速やかに回収。回収後医療棟に連れて行ってやれ…。とな。」

「了解しました。」

 そう言うとニコライチはオビーに連絡を入れた。

「ああ、其れと姫様がデッキに向かったと言ってくれ。」

「姫様が ?」

 ニコライチは肩越しに後ろを振り返る。先ほどまでいたマギーナの姿が消えていた。

「興味多き年頃って奴ですか…。」

「何を偉そうに。同い年だろうが…。」

 ロイスは煙草に火をつけドカッと椅子にもたれるように座った。

 ユラユラと

 ユラユラと流れてくる人形兵器は動いているのか止まっているのかその目では分からない。景色がないからか、スピード感を感じないからか。

 人の目にはただそこに有る様にしか感じない。

 ユラユラと、

 ユラユラと、


 僕は夢の中で揺れている。


 ユラユラと、

 ユラユラと、


 揺られ流され、

 そして、僕は目を開けた…。


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