3話 劇団『フロリータ』 1
翌日、私とアキラは冒険者協会コロニアヴェルデ支所にやってきていた。
コロニアヴェルデはこの街の名前。
冒険者協会というのはドラータ共和国の各地に点在し、その土地の冒険者のために依頼を出している場所。
そして、それらを動かしているのは、国の役人たちらしい。
「おはようございます。昨日、冒険者として登録したんですけども、時間が遅かったので説明を今日にしてもらった者です」
「ハリュウご嬬妻ですね、前任者からお話を伺っております」
嬬妻というのは、ドラータ共和国にある女同士の婚姻関係を示すものらしい。
昨日受付をしてくれた人は大層驚いていたことから、やはり珍しいようだ。
ただ、珍しくとも枠組みが存在することは非常に助かる。変わり者の関係だろうと、それを否定されることが格段に減るんだから。
「まずこちら、冒険者証をどうぞ。この国での身分証にもなりますので、共和国軍や警務官に提示を求められた際には断らないようお願いします。…下手なことをされると、こちらにもしわ寄せが来ますので、極力善良な生活をお願いしたいです」
「はい、善処します」
「悪いことなどせぬさ」
「脅しのようになってしまいますが、冒険者協会は数多くの腕利きを抱えています。…ゆえに、道を踏み外した冒険者の処理といった依頼が出回ることもありますので」
「市民権を持たぬ者は、それだけ命が軽いということかのう?」
「はい、そうですね。市民権を持たない冒険者は、特に処分への速度が速い傾向にあり、それなりの報酬が積まれます。…お気をつけくださいませ」
冒険者になるだけなら、銭も必要なく名前と年齢、性別を聞かれただけ、それ以上の情報を求められることはなかった。
それこそ、蛇のような瞳に、目と頬の間に鱗のあるアキラに、何の質問もなかったくらいだ。
つまり、それだけ簡単に地位を用意できる代償として、疑わしいことをすれば、躊躇なく切り捨てられるということ。
善良に、素行よく生きる必要があるわけだ。
「さて、それでは依頼についての説明です。
新米冒険者は、その実力にかかわらずF級からのスタートとなり、依頼の達成状況や実力などを評価材料として、ランクアップしていきます。
その際に受けられる依頼というのは、ご自身のランクに一つ上乗せしたものまでとなっており、お二方であればE級の依頼まで受注することが可能です」
「高いランクの依頼をこなせば、より早くランクアップとやらができるのか?」
「上のランクの依頼を達成しても、評価としてはご自身のランクと同じものとして換算されます」
「じゃあ下のランクの依頼を受け続けるのはどうなんですか?」
「相応に低い評価で換算されます。上を目指すのでなければ、低いランクの依頼を受け続けるのも選択肢の一つとなりますね。
ご自身の実力にあったランクを見極めることも、冒険者として生きていくのには必要な素質となります」
ランクという目に見える階級がある以上、高ければそれを誇りたくなるし、上を目指したくもなる。
だからこそ『自分自身に見切りをつける時が来る』と言っているのかもしれない。
私の天井は低そうだ。
となると、私とアキラの間には、いずれランクの差が生じることとなる。
おんぶに抱っこで、ただご機嫌取りをするような生き方はしたくないから、立ち居振る舞いは常に考えなくっちゃいけないね。
それから、掲示板に張り出される依頼書の見かたや受け方などを教えてもらい、説明を終えることとなった。
****
「さて、何を受けるかのう?」
「清掃業務なんてどうですか?私でもできますよ」
アキラはひどく嫌そうな表情を浮かべている。
ものすごーい予想通りだ。
「ですが、アキラ様の楽しめそうな依頼というのは無さそうなんですよね。始めたばかりの冒険者に受けられる選択肢は多くないということです」
「なら手っ取り早く達成できて、さっさとランクを上げられるような依頼を受けるかのう」
「まあ落ち着いてくださいよ。ランク別に色んな依頼を眺めているところなんで」
「何の意味があるんじゃ?」
「私がどこまでできそうかを見定めているんです。アキラ様と違って、私はただの農民なんで、腕っぷしも強くありません。魔法という選択肢もありますが、今日明日に身につくものでもないでしょうから」
「初日から…自分の限界を見据える気か?」
「はい。アキラ様が高みを目指すなら、私は重荷にしかなりませんので、いつ頃に見切りをつけるかを考えているんです」
アキラは不満そうだ。
怒っていたり苛立っているわけではなく、都合が悪いとか面白くないといった色がある。
だけども、依頼の達成状況に加えて、『実力』も評価基準になるというのなら、アキラに支えられても限度がある。
そして、受けられる依頼は自身のランクよりも一つ上まで。
必然的に私はアキラの足を引っ張ってしまう。
「レンゲ」
「なんです?」
「お主の考えは地に足が着きすぎておる」
「財布の中身も見ずに浪費ばかりする大人を見れば、自然とこういった性格にもなりますよ。……いや、そうとも言い切れませんが、私はこうなってしまったんです」
「それじゃあ、儂を賛美する者がいなくなってしまうではないか」
「仕事の武勇伝を語ってもらえ―――」
「それでは意味がない。レンゲの瞳で見て、その時、感じた気持ちを言葉にし、盛り立てて語ってほしいんじゃ。時間は掛かってもいいから、お主のランクも上げるぞ」
面倒な相手の妻となってしまった。
ただ、こうして私自身を求めてもらえるのは、悪い気がしない。
期待される分、応えるには相応の努力が必要になるだろうけど、一歩踏み出してみようと思えるだけの後押しがあった。
「私は人間なんで、限度はありますけどね」
「え?あー」
なんだろう、歯切れが悪い返事だ。嫌な予感がする。
「なんかあるんですか?」
「お主には儂の力の一部が宿っとるじゃろう?言葉や文字が理解できるように」
「そうですね」
加えて、感情の昂りが伝播してくる。
「そのぉなんだ。早逝されても困るのでな、長く生きてもらおうかな、と思っておる」
この元龍。自分勝手が過ぎる。
「責任は取ってくださいよ、本当に」
「ああ!それは絶対に約束する!儂はレンゲが好きじゃし、レンゲの賛美なしでは生きていけぬゆえな」
アキラは真剣な眼差しを向けながら、私の手を固く握る。
飽くことを恐れる龍。
こんな相手に関わってしまったのが、私の運の尽きなんだろうけど、別に嫌な気はしない。
…強いて言うなら、公衆の面前でこんな話をしたせいか、温かな視線を向けられて居心地が悪いくらいか。
会話を切り上げた私は、周囲の視線を振り払うように、依頼書を眺めなおして、一枚の依頼書に手を伸ばした。
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