2話 異世界の地 5
街に着いた私たちは、ブルーノたちの紹介でタイラントベアを解体してもらい、全てを換金してもらってから、その一部を受け取った。
手に残った金額は全体の二割ちょっとで、残りは気前よくブルーノたちや解体をしてくれた人たちに譲った。
その後、冒険者協会に立ち寄り、私とアキラの冒険者登録を済ませて、細かな説明は明日に受けるという約束を取り付け、一休みするための宿を取る。
タイラントベアと野犬で受け取った金額は、七〇〇ヴェロ。
ベッドという寝台が一つの安い部屋で、一日に二十五ヴェロ。食事は無し。
一〇日分をまとめて払ったら、交渉もしてないのに二五〇ヴェロのところを二二五ヴェロにしてくれた。ありがたいことだ。
宿に向かう道中に見た、拳大の蒸かし芋が三ヴェロ、硬そうで大きい饅頭もどきが五ヴェロ。
大きめの器に注がれた、泡の浮いた飲み物が七ヴェロだった。
他にも色々と書かれていたが、一度の食事に一〇ヴェロ以上かかるのなら、悠長に構えるだけの余裕は…ないだろうね。
「私は床で寝ますんで、アキラ様は寝台をお使いください。…ふぁ、疲れた」
「儂が、妻を床に眠らせるほど狭量とでも思っているのか?」
「では、美しく偉大な水晶の龍様が、履物も脱がぬ床でお眠りに?」
「そうは言っておらん。幸いなことに儂は小柄で、レンゲも並ほどの体格じゃろう?むしろこの地ではやや小柄に思える。ならば、二人並んで寝るほどの余裕はあるじゃろうて」
「不埒なことをするつもりですね?」
「儂にとっては必要なことなんじゃ」
アキラは人間の精気が必要なのだという。
迷惑なことに、その事情を知る私が一番好都合だとも言っている。
「なんで必要なんです?」
「端的にいえば儂が変化を得意としないからじゃな。そして、龍の姿に戻ってしまわぬよう本来の姿を捨て去り、持てる力のほとんどを代償にした。
その結果、身体が拒否反応を起こして、それの抑えに人間の精気が必要というわけだ」
「命懸けですね。でもなんでそこまでしたんですか?」
「飽き、だろうな。儂ら上位龍は数千数万という年月を生きるのじゃが、それゆえに同じことばかりを経験している。
するとな、あらゆる感覚が薄れていき、世界が無味乾燥なものになっていくんじゃよ。
そのまま石のように固まり目を覚まさなくなる者もいれば、刺激を求めて上位龍同士で闘争を繰り広げる者もいる」
龍の闘争と災害。
御伽噺として語られる物語だ。
国が滅び、土地が死に、山が消し去られる。
龍とは恐ろしい存在とされている。
改めてアキラの紫色で美しい瞳を覗くと、僅かばかりの恐れを感じ取れた気がした。
出会って間もない関係だけども、今までに見たことのない感情の色であり、それが私の胸に突き刺さるようであった。
「怖いんですか?」
「…かもしれぬ。石のように動かなくなり、ただ雨風に曝され朽ち果てていくだけの同族は……見るに堪えない。
儂ら龍は美しく気高く、全ての頂点に立つべき存在だ。そう言われ続けてきた。それなのに、ただの自然現象によって削られ、美しくなくなってしまう。
それが堪らなく怖いんじゃ」
龍には龍の苦悩がある、ということなんだろうね。
完全に理解することは難しく、一生できない可能性すらある。
ただ、あの圧倒的な存在が何かを恐れ、自らの道を模索している脆い姿を、私は美しく感じた。
アキラも、私と大きくは変わらない、一つの生き物なんだって思える。
「冒険者をしたいっていうのは?」
「冒険、探索、宝探しに、闘争。心躍るじゃろ?」
飽くことのない日々が、アキラにとっては必要だということだ。
水晶の龍に同情してやる謂れはない。私はちっぽけな人間で、これは壮大すぎる物語を内包する生き物だ。
でも、村から抜け出せて、新しい生活の土台を手に入れられたのは、アキラのおかげでもある。
色々と協力してやるのは、悪くないのかもしれない。
私の分相応にね。
「んで、精気を得られないとどうなるんです?」
「肉体から魂が剥離して、残った力が暴走する」
今のアキラは人の身だ。
けれど元は水晶の龍。そしてさっきは上位龍とも言っていた。
力が暴走するということは、私の命にもかかわることかもしれない。
「碌でもない状態ですね。……私が…アキラ様を失って生きていくのは難しいですし、協力はしますよ。節度を守ってくれる限りは、ですけど」
「おぉ!ありがたい!儂はレンゲを…都合良く利用できる相手だと考えていたんじゃが、お主の賛美は非常に心地良い。
世界に味と潤いが戻ってくるかのようだ。
だから、精気をもらう相手はレンゲがいい」
アキラの昂りが、私の内に流れ込んでくる。
それゆえに、今の言葉が嘘やおべっかでないことを理解できてしまう。
「…私は、誰にでも身体を許すわけじゃないんです。本来なら、銭を積まれようとも、恩を売られようとも、安売りなんてしません」
「じゃあなんでなんじゃ?」
「……すぅ、はぁ…。この言葉は飾りません、ただ本心だけを伝えます。…幕切れに怯えながらも、自らの道を模索するアキラ様を、美しいと思ったからです」
目を丸くしたアキラは、私を寝台の上に押し倒してから、熱を帯びた瞳で見下ろしてくる。
「レンゲの紡ぐ飾りのある言葉が、儂は好きじゃ。その中に本心が紛れているから、それを探すのが楽しい。だが、今の言葉はいかん」
「気に障りましたか?」
「そうかもしれん」
「…。」
言葉選びを間違えたらしい。
どう挽回したものか。
「その本心からの賛美は儂だけのものじゃ。今後一生、魂の燈火が消え去るその日まで、他の者に伝えることの一切を禁ずる。絶対に」
思った以上に…いや、別の方向でしくじったようだ。
責任を取れと迫ったのは私だ。
アキラがメスだと知って驚いたのは確かだけど、吐いた言葉を呑み込むことはできなかった。
アキラと出会ってからの私の言葉は、想定外の進路に漕ぎ出す櫂になりやすい。
今もそうだ。別にアキラを本気にしたかったわけじゃないのに、この状況を作り出す羽目になってしまった。
絶対に望まぬ状況かと問われれば、…そうじゃないのが嫌になる。
出会って間もない相手に身体を許しちまうなんて、尻軽みたいじゃないか。
だから一線は守りたい。まだしばらくの間は。
「節度は守ってください、アキラ様」
口走った言葉によって、私の顔は熱された鍋のように熱くなり、真っ赤に染まっているだろう。
「……。」
「なんか言ってください…」
私が視線をアキラに向けると、彼女は自身の服を脱ぎ始めており、控えめな乳房が私の視界に入る。
「って!服を脱ぐんじゃないよ!この、色欲魔が!!」
「うわあ!冗談、冗談じゃって!」
「んなわけあるかああ!!」
私はアキラの顔をしっかりと掴み、寝台の外へと放り投げた。
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