2話 異世界の地 4
「ところで…このタイラントベアに関する話なんだが。…どうだろう、運搬の協力者の手配をするから、一部を分けてもらえないだろうか?」
タイラントベア。
熊といえば…肉に毛皮に、熊の胆等々、捨てるところのない生き物だ。
はっきり言って私にどうこうできるようなものじゃないから、アキラ次第になるが。
「アキラ様って熊の解体とかできましたっけ?」
「解体はできぬな」
「見ての通り私たちには、そういった処理ができる術がありません。ですから、処理の全てをお任せして、私たちが分け前をいただくというのはいかがでしょうか?」
私たちはここのことをよく知らない。
ならばこそ、最初は謙虚に振る舞って軋轢を生まないように立ち回りたい。
「いいのか?結構な金額になるから、しばらくの生活費にもなるぞ?」
「いやぁ…惜しい気持ちはあるんですけども、私たちにはボスコヴェルデでの伝手がありません。ですので、今回は伝手を作るための出資とさせて下さい」
直接の銭のやりとりでなく、恩や貸しといった形で、人脈の橋頭堡を作れるのは大きい。
そのための損なら惜しくも何ともない。…いや、ちょっと惜しい。
けども、銭ほど切れやすい縁はないんだから、間違った選択じゃないだろう。
「のう、お主ら。こういった技術はここでは珍しいのか?」
アキラが口を開きながら、刀を虚空に消し去り、再びどこからともなく取り出す。
空間に作用する力と言っていたものだ。
私たちは仙術と呼んでいたけれど、こっちではどういう扱いになるんだろうか?
「空間魔法ですか、かなり珍しいですねぇ」
「上手く立ち回れば、共和国軍に入ることもできるぞ?」
「市民じゃない以上、市民権の購入に加えて、上等な市民様からの口利きと紹介も必要だろうけど」
「特別驚くような力でもないと?」
「魔法なら誰でも使えますからね。私も魔法使いです」
魔法というのが、ドラータ共和国での呼び名らしい。
そして、それらが誰でも使えるのであれば、私も選択肢としてほしい。
仙術は、限られた人たちにしか教えられないものだったけど、こっちは違うみたいだから。
むしろ、ここで知り合った三人、特にブリタニーとは縁が切れないようにして、魔法について教えてもらえると嬉しい。
ふむ。…魔法を教えてもらうには銭が必要なんだろうか?
「なら、タイラントベアとやらの運搬自体は儂がやろう。あれくらいの大きさなら、儂の作り出した空間に収められるのでな」
「おお、助かります!」
「ははっ、腐ったり獣に食われたりする心配がなくなったな」
「それじゃあ、アキラ様がタイラントベアを蔵ったら、街に案内してください。逃亡生活ということもあって、しっかりとした寝床が恋しくって」
「ああ、そうだな。半日もあれば着くだろう」
アキラはガメつい性格には思えないが、ここで分け前の話を掘り返すと厄介だ。
まずは謙虚に。
信頼と情報を得るだけに徹しないと。
タイラントベアを蔵ったアキラは、私にだけ聞こえる声で呟く。
「交渉事はレンゲに任せるとするかのう」
「頑張ります」
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「ところで、タイラントベアっていうのはどれくらい強いんですか?」
「俺たちがさほど強くないってのもあるんだけど、D級は五人くらいいないと安定して狩れないな」
「今の三人じゃ、僕かブルーノは生き残れなかっただろうね」
つまりアキラの実力は、それ以上だと。
魔獣という存在がいるらしく、それらからの守りとしてアキラがいてくれるのは心強い。
ただ…依存する関係は、私にとって不都合しかないから、自分で稼げるだけの土台がほしい。
「冒険者って、タイラントベアのような生き物と戦う仕事なんですか?」
「魔獣駆除も仕事の一つだが、協会を通して依頼された、街の中でできる日雇いの仕事や、行商人なんかの護衛を務めることもある」
「農場や牧場の警備、開拓地の哨戒なんてのもありますね」
「あと、花形のダンジョン探索だけど、これは一定の階級が必要だよ。危険を伴うからね」
「多岐に渡るんですね。お給金はどれくらいで?」
「給金というよりは、成功報酬と歩合報酬だな。冒険者なんてのは根無し草の仕事だ、ランクが低けりゃ相応に粗末な報酬だ」
そして、タイラントベアの肉などが歩合報酬と。
地に足のついた仕事ではなさそうだけども、アキラの目標はそこにあるんだろうね。
「私が定職に就くのは難しいですかね?」
「市民権の購入が必要なので、どこかで一獲千金のチャンスを掴まない限りは難しいかと思います。地道にやってたら、私たちみたいになっちゃいますからね」
ブリタニーは、自虐の色が濃く出た表情を露わにしている。
これは諦めか絶望か。
働き盛りに見えるけども、もう厳しいのだろうか?
…あまり踏み込むことでもないか。
広げられるほどの手は無いし、そこまでする義理は今のところない。
ただ、根無し草をやめるには、市民権という権利が必要なことは理解できた。
今の私たちには定職に就くだけの力がなく、冒険者にならざるを得ない。
私は三人から色々な話を聞きつつ、街を目指す。
その道中、野犬の群れに遭遇したりと、危険な場面に出会うことがあったが、ブルーノたち三人と、アキラによって事なきを得た。
…野犬が飛びかかってきた時は、ただ目を固く瞑って立ち尽くすことしかできず、アキラが助けてくれた。
否が応でも、私はアキラに頼らざるを得ないらしい。
「レンゲ」
「あ、ああ、助かりました。ありがとうございます。…すみません、賛美の前に息を整えたくて」
「今日はもう十分にもらっておるから問題ない」
「そうですか。…でも、私を助けてくれたアキラ様は、勇ましく、お綺麗でしたよ」
「くくっ、そうか!レンゲのことは、儂が絶対に守ってやるからな!」
「私がお荷物に…なっちゃいますね」
「心配は無用じゃ。レンゲ一人くらいな」
アキラは私の肩を抱き寄せて、三人には見せないように、首に唇を寄せる。
ほんの僅か、力の抜けるような感覚があったものの、唇同士とは違って意識への支障はない。
…ただ、急にこういうことをされると困るし、不意打ちはちょっとズルい。
不服の色を込めた視線を向けてみるも、軽く流されてしまって意味はない。
小さな苛立ちを感じたものの、それと同時に先ほどまでの恐怖は薄れきっていた。
「…ズルい」
私の独り言は誰の耳にも届くことはないだろう。
聞かれていても困るのだから。
そして森林を抜ければ、そこには小さくない街が広がっていた。
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