12話 『棘の宮』 4
「口約束は無理でしょうか?」
「無理。僕の命をなんの縛りもない約束で終わらせることはできないよ」
「となるとこの話は平行線になってしまいますが」
「メイドの君さ、魔力ないよね?」
「え?はい、なくなりました」
「なくなった?…まあいいや、魔力がないなら知らないと思うけど、この世界には契約魔法っていう、強固な契約を結ぶ魔法がある。それを使おう」
「それはどういう魔法なんですか?」
「簡単さ。『僕ハマハッキは、君たち二人を見逃す』『君たち二人は、その生涯このダンジョンでハマハッキに会ったことを口外しない』。
みたいな二つを守らざるを得ないようにする魔法だ」
内容は一旦置いといて、それが本当なら話半分にはぐらかして冒険者協会に伝えることができなくなるということだ。
あんな強い相手が、私たちの生活圏に潜んでいると考えたら身の毛がよだつ思いだ。
契約の内容は、しっかりと考えないといけない。
「では内容のすり合わせといたしましょう」
「話の分かるメイドだね。名前は?」
「レンゲ・ハリュウ。となりのアキラ・ハリュウ様の妻です」
「ふ~ん。人間を娶るなんて、変わり者の外来主だね」
「変わり者でも構わんよ。愛があるからな」
「あっそ。じゃあレンゲ・ハリュウ、どういう契約にする?」
第一に必要なのは、アキラと私の安全だ。
第二に、ハマハッキがビーチェとドーラ、リナルドに攻撃をさせないこと。
第三は…私たちの生活基盤が壊されないことだろうか?
「私たちが口外しない代わりに、『ハマハッキの生涯の全てで、私たちやドラータ共和国に手出しをしない』というのはどうでしょう?」
「釣り合ってないね。僕の目標は世界の秩序を破壊して、平等なる世界に均すことだ。国家なんて秩序を保障するのは不可能だ」
それはそうだろう。無理があると分かってて私も言った。
しかしどうするべきなんだろう。
私たちは被害を最小限にしたい。その上で、今後の面倒事は払い除けたい。
ハマハッキは自分の身を守りたい。その上で目的を果たしたい、と。
一度アキラの顔色を窺ってみると、任せたという視線が向けられる。
「なぜ、秩序のある安定した世の中が嫌なんですか?」
「レンゲ・ハリュウ、君は一つ、間違った考えをしている」
「と、いうと?」
「秩序に支配された世界が、必ず安定するとは限らない。過ぎたる秩序は暴政となって、従う者すら喰らっていくんだ。本当に下らない」
なんとなく、ハマハッキからは呆れや怒りといった感情が見えた気がした。
大義を掲げるのには、それなりの理由があるということだろうか。
「とりあえず分かり合えないということは理解できました。…で、譲り合わないと解決できないんですけど、どれくらいの譲歩をしてもらえますか?」
「殊勝な心掛けだね」
「受け入れるとは言っていませんよ。こちらからの要求を知らなければ譲歩もできないと思うんでお伝えしますね―――」
私は三つの条件を伝える。
「―――以上です」
「なら簡単だ。『そこのアキラ・ハリュウ以外の寿命が尽きる頃まで、ドラータ共和国に手を出さない』というのでどうかな?
長くて六〇年七〇年くらいじゃない?」
「……。」
この条件、私の寿命がアキラと同じということを考えると、破格の申し出だ。
契約の内容が必ず履行されるんなら、私の周辺は向こう数百年、安全ということになる。
けれども…。
「その条件は、ハマハッキに対して不利益なものになりますよ?」
「は?」
「私の寿命はアキラ様と同等とお考えください」
「は?…は?…おい、アキラ・ハリュウ、君はとんでもないことをしでかしているんじゃないか?」
「かっかっか、世界を超えるには身体と力を小さくする必要があったからな、無駄になる分をレンゲに与えたんじゃよ」
「あーあ。分不相応な、理を超えた力を与えるなんて、ろくな結果にならないよ」
「くくく、そうはならんさ。このレンゲは思った以上に器が広いんじゃよ」
「ふ〜ん…まあいいや。なんで、それを打ち明けたの?」
「事実を知ってから逆恨みされても困るんです」
私の懸念はそこだ。
あんなに強かったハマハッキと、ダンジョン解放戦線とやらに恨まれて生きていける自信はない。
多少の不利は被っても、確実に安全な契約を手に入れよう。
「君はなんというか…小市民だね。じゃあ、『君たちを除く三人の内の誰かが生きている間はドラータに、僕は手を出さない。そして、君たちには未来永劫、危害を加えない』というのはどうかな?」
「“僕は”ではなく“ダンジョン解放戦線は”、でお願いします」
「抜け目ないね。……僕も打ち明けると、しばらくはダンジョン解放戦線には戻らないんだ」
「え?端から意味のないやりとりじゃないですか」
「僕が力を蓄える過程で、手を出さないという契約にはなるよ。だからさっきの、僕の提案した契約でどうかな?」
打ち明けてくれたのは助かるが、ダンジョン解放戦線が攻撃してくる可能性は否定できないと。
「お仲間はどれくらいドラータ共和国に潜んでいるんです?」
「今は僕だけだ。可愛い愛弟子も殺されたし、僕の派閥は規模が小さいからね」
「あの実力で下っ端ってことですか?」
「ダンジョン解放戦線には上も下もないよ。秩序なんて必要ないからね。まあ導師として慕ってくれたり、弟子として可愛がったりはしていたけど、群れを作るのはごく自然な生き物の習性さ」
「なんにせよ、ハマハッキは小さめの派閥でしかないと。影響力はないんですか?」
「君たちに倒されるまではあったよ。ただこのザマじゃあ、一〇〇年二〇〇年くらいは様子を見ないといけない」
なんとも使えない外来主だろうか。
別にドラータ共和国を守りたいわけではないけど、生活が乱されたくはない。
…大した生活ではないけど、ビーチェとドーラは知人として楽しいし、アキラとゆっくり冒険者をするのも悪くない。
私は天井を見上げながら考え込む。
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