10話 ダンジョン講習 2
アパルトメントの共有広間、そこには古っこい大時計が鎮座している。
見た目の古さに反して、手入れの行き届いた綺麗な魔導具の時計。
ドーラ曰く『今は亡き家族との絆』とのこと。
家族。
最初から嫌いだったわけじゃない。
ただ、私を生贄にする際の、あの欲に塗れた醜さが決定打だろう。
楽しかった記憶というのは、いとも簡単に塗り潰された。
…別に憎んでいるというほどじゃない。けれども、進んで帰ることはないし、二度と顔は見たくない。
家族ねぇ…。
私は隣を歩いているアキラに視線を向ける。
彼女も、私の家族だ。今までの血縁だけの家族じゃない。
自分で選んで、アキラに選ばれた。受動的じゃない、選択の先にある家族。
「アキラ様は、私を生贄にしようなんて言わないでくださいよ」
「…。ふっ、誰に捧げるんじゃ?」
「知りませんけど。私より綺麗な言葉で賛美してくれて、アキラ様の素性を受け入れてくれて、なんかこう…もっと良い感じの相手が現れるかもしれないじゃないですか。そしたら私は、必要なくなるんじゃないかと思いまして」
「レンゲより優れた相手がいたとして、そやつは儂の本来の姿を知らぬし、そちらの賛美はできぬし―――」
アキラは相好を崩して私を見つめる。
「―――さほど長くはないが、共に過ごした時間もある。賛美は何より大事ではある、精気も重要じゃ。けどな、儂は一緒にいて落ち着ける相手がいいんじゃよ」
この龍は真っ直ぐな感情や言葉を、私に向けてくる。
アキラは問いかけてこないけど、私の前により良い相手が現れたとしたら。そう考えても、そちらに乗り換えるなんて即断はできないと思う。
共に過ごした時間。
落ち着けるかどうか。
それらは生きる糧とは別枠の、重きを置くべき要素なんだろう。
「それにしても、儂のことが大好きになってしまったのか〜?」
「はぁー、煩いですよ。煩い煩い!」
私は照れ隠しに、外方を向いて歩く。
かかかっ、と笑うアキラの笑い声に少しムカつくが、嫌いになれないのが性質の悪いところだ。
「お二人さんおはよー」
〈おはようございます〉
「ビーチェさん、ドーラさん、おはようございます」
「おはようさん」
私たちがアパルトメントを出ようとすると、ビーチェとドーラの二人も姿を見せた。
ビーチェとドーラは、このアパルトメントのオーナーで、彼女たちの計らいで私たちは安定した住居に住めている。
彼女たちは頭頂部からウサギの耳が生えた亜獣人の姉妹で冒険者。
市民権は最初から持っていたが、このアパルトメントは冒険者としての報酬で購入したらしい。
戸数は四つで、私たちとビーチェたち以外にも、高ランクの冒険者が住んでいる。
〈レンゲさんたちは依頼ですか?〉
「いえ、今日はダンジョン講習を受けに行こうと思いまして」
〈そうだったのですか。実は私たちはダンジョン講習の一環で呼ばれていまして、顔を合わせるかもしれませんね〉
「お二人が、ですか?」
〈形式的なものではありますが、実力測定という項目がありまして、一定ランク以上の冒険者がそれを見ることになっているのです〉
「そういうお仕事もあるんですね」
ドーラは言葉を話せないため、手話での意思疎通が必要となる。
そして私は、アキラから分け与えられた力で、異世界の言語や文字を理解できる。その影響からか、ドーラの手話も理解できており、こうして会話ができる。
「B級って使い捨てにできる冒険者っていうより、協会職員側の立ち位置になるんだよね。だから、依頼数や実力よりも素行調査なんかが重要視されてるし、市民権がなかったら、それだけで評価が落ちるんだ」
〈お二人もB級辺りを目指されるのですか?〉
「私は実力がへなちょこですし、素性も素性なので…」
「ははっ、実力は頑張んないとねー」
〈素性は問題ないと思います。風変わりな素性の方々は少なくありません〉
「素行がよくって実力があって、政治問題にならなければ大丈夫だよー」
実力が一番大変そうだけど。
私たちは目的地が同じなので、冒険者協会に向かって歩きながら雑談を続ける。
「のう。ビーチェらや、リナルドが使っていた魔法は、魔力があれば誰でも使えるのか?」
「セルバーノ式刻印魔法陣?別に難しくはないけど、主要な魔法体系からは外れるよ?」
「よく分からんが、知らぬ技術は胸が躍るし、上を目指すのなら手数は多いほうがいいじゃろう?」
「まあ、お互いが暇な時でいいなら教えられるけど、…多分リナ翁の方が教えるのは上手じゃないかな」
二人があれこれと話し合っている。
アキラには魔力がある。
魔導具を使えるし、少し前に訓練所で魔力を測ったら、硝子球の七割ほどの水量になった。
万能な龍様だ。
刀と龍術に加えて、魔法までも。
私が実力を付けるにはどうしたらいいんだろうか?
なんとなく、置いていかれそうな不安が胸をよぎっていく。
未熟な龍術と、同じく未熟なハルバードの扱い。
そして素寒貧な魔力。
私はアキラに付いていけるんだろうか?
〈レンゲさん。もし姉さんがアキラさんに魔法を教えるなら、私がレンゲさんに戦い方をお教えしましょうか?ハルバードの使い方には詳しくありませんけど、ちょっとしたトレーニング程度に〉
「いいんですか?」
〈はい。ランクが上がれば、一緒にお仕事ができるかもしれませんから〉
「ではその時はお願いします。私も強くなりたいので」
〈承知しました〉
私の宣言を聞いたからか、アキラは嬉しそうな微笑みを私に向けてきた。
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