10話 ダンジョン講習 1
朝、目を覚ますと目の前にアキラがいる。
不思議なことに、私が目を覚ますとアキラは必ず起きている。
一度、しっかり眠っているのかどうかを尋ねてみたが、睡眠自体はしているとのこと。
野営している時も私の膝を枕に眠っていたっけ。
私はアキラに抱きつき、彼女の胸を枕にしてゆったりとした時間を過ごす。
コロニアヴェルデに来て、同じ寝台で寝るようになってからの習慣だ。
こんなことは親兄弟にもしたことはない。
私より少し暖かい身体の温もりを感じ、一定の鼓動を繰り返す心臓の音を聞くのが、堪らなく贅沢に思えて、私はこの時間が好きだ。
幸い、朝の時間はアキラも破廉恥なことをしようとしたり、変なことを言ったりもしないので、心穏やかな時間とも言える。
このアパルトメントに住むようになって、二〇日ほどが経った。
私たちがコロニアヴェルデにやってきたのが秋の始まりだったようで、気温は徐々に下がっている。
ドラータ共和国の冬がどれほど冷えるのかは分からないけど、冬の備えも考えないといけない。
…けれども、村と違う冬備えは、どういうことをするんだろう?
農作物を保存食にしたりは、しないだろうね。
そろそろ起きようか、それともアキラの胸の上で時間を過ごそうか。
そんなことを思っていると『ゴーン…』と、アパルトメントの共有広間にある時計が時刻を知らせる。
朝六時の鐘の音だ。
私に起きろと、あの時計は言っているようだ。
「おはようございます、アキラ様」
「おはよう、レンゲ。それじゃあ、おはようのちゅーじゃな。…ちゅー…」
朝の挨拶をするとこれだ。
透き通るような、水晶を思わせる銀の御髪。
クリっとして愛らしいながらも、蛇のように縦の瞳孔をした紫色の瞳。
瑕疵のない珠玉のような美しさと、少女のような可愛らしさを同居させるご尊顔。
そして、目元に煌めく水晶の鱗。
どこを切り取っても完璧なアキラは、口をすぼめて私に口付けをしようとする。
「今日はそういう気分じゃないんで」
「別に減るもんでもないじゃろう」
「そういう気分じゃない時に口付けをすると、アキラ様への好感が目減りします」
「むぅ…」
このやり取りは何度もした。
ただ、アキラに懲りる様子はない。
実際のところ、口付け程度でどうこうなるようなことはなく、私がそういう気分かどうかというだけだ。
それはアキラも知っていて、毎朝のやり取りとしているんだろう。
私は、アキラの顎を掴んで外方を向かせ、頬の下、顎骨の辺りに口付けをしてやった。
今朝は気分が良いから、これくらいはしてもいい気がする。
「レンゲは…儂の顎が好きなのか?」
「特別顎が好きってわけじゃないですよ。口付けする時の顔が見られませんし、他よりも気楽にできるかなって思っただけです」
「はっ、そうか!顎ではレンゲのキス顔を見れぬ!…今晩、精気を貰う時はレンゲから頼む」
「いいですよ」
「え?いいのか?」
「はい。アキラ様の目を覆いますので」
アキラが喧しくなってきたので、私はベッドから出てメイド服に着替える。
小袖よりも動きやすく洗濯もしやすいメイド服。私はこの装いを気に入っている。
聞けば、女従者といっても屋敷の管理をする者を『メイド』というらしく、こうした機能性にも納得というもの。
街で行商人のセルジオを見かけ、もう何着か買おうとしたが在庫がなく、服屋で似たようなものを用意した。
これはいい服だ。
アキラに『様』を付けて呼んでいることもあり、従者のように思われることもあるが、他人にどうこう思われようと今更知ったこっちゃない。
私はアキラの妻で、アキラは私の妻。その事実は変わらない。
「今日はどうするんじゃ?」
「郊外での討伐依頼を六件終えましたし、そろそろダンジョン講習とやらを受けに行こうと思ってたんですけど、どうします?」
「おお、行こう!ダンジョンとやらはときめくからな!」
「私にはその感情は理解できませんね。危険みたいじゃないですか」
「危険があれば儂が守ってやるし、いざとなれば長距離転移でここに戻ってこれる。それに、レンゲも少しは戦えるようになったし、問題はないじゃろう」
フェラルドッグなどの危険度が低いとされる魔獣の討伐は、私一人でも問題なかった。
空間龍術『圧縮』『解放』、それとハルバード『霜信』。この組み合わせであれば、フェラルドッグくらいなら討伐できた。
数が多すぎなければ、群れでもだ。
ただ、タイラントベアのような相手が闊歩しているとかなら話は別。流石に慎重な歩みで進みたいところ。
「本当はもっとゆっくり、じっくりとランクを上げる心算だったんですけどね…」
「D級へのランクアップはレンゲが言い出したことじゃろう」
「無理だと断られると思って、E級へのランクアップと報酬の増額なんかに切り替えてもらおうと思ってたんです。…なんで、すんなりと受け入れられちゃったんでしょうかねぇ」
「……。くくっ」
「なんで笑うんです?」
「相手がメスだとも、自分自身が利用されるとも知らずに、婚姻を迫ってきた者がいたと思ってな」
「縁でも切りましょうか?」
「それは困るなあ!かっかっか!」
私が一人になったら困ることを知っていながら、アキラはそういった言葉を口にしない。
「朝食にするんで、火と水をお願いします」
「任せろ。冷蔵庫も魔力を注いどくぞ」
「助かります」
私には魔力がない。
この家には、それなりの魔導具があり、それらには魔力が必要だ。
…私は誰かに頼らなければ魔導具を使えず、コロニアヴェルデでは生きていけない。
アキラはそれを知った上で恩着せがましくせず、魔力を対価に身体を迫ったり、自分の要求を通そうとすることはない。
本当に信頼のできる奥様だ。
さあ、朝食を済ませて、冒険者協会に行こう。
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