8話 外なる者たち 4
「一匹目は良かったのに、二匹目はてんで素人だったね」
「はい、ド素人です、私。初陣です、今日」
私は馬車の荷台に腰掛けて、へにゃへにゃと横たわる。
「うわー、変な喋り方になってる…」
〈レンゲさんも空間魔法が使えるのですか?〉
「空間魔法もどき、ですかね、空間龍術と呼んでいます。詳しい説明は省きますが、アキラ様と比べるとできることの幅が狭く、非常に未熟な力です」
〈それでもああいった戦い方ができるのは、今後の強い武器となるはずです。頑張って鍛錬しましょう〉
「はい。頑張ってみます」
ドーラはにこやかな笑顔で手話をして、私を励ましてくれた。
本当に良い人だ。温かみを感じる。
「しかしレンゲ、あんたすっごい怪力だねー。フェラルドッグの皮を剥げないくらいのボロボロさだったよ?」
「いえ、あれは私の力というより、このハルバード『霜信』によるものです」
「へー、どんな効果のマジックアイテムなの?というかマジックアイテムで合ってるよね?」
「はい、マジックアイテムです。使用者の魔力量に応じて、体感の重量が変わる代物で、私にはすごく軽く感じるんです」
「あたしも持ってみていい?」
「気をつけてくださいね」
「うん」
ビーチェはハルバードの柄を握った。
けれど、微塵も動く様子はなく顔をしかめるばかりであった。
「ゴミなマジックアイテムじゃない!ハズレよハズレ!」
「偶然の噛み合いなんです」
悪態をついたビーチェは、再度持ち上げようと挑んでみたが惨敗。
他の面々も挑んでみるが、御者の一人がギリギリといった様子で、実質的な全滅であった。
…魔力がなくなる以前の私は、訓練用の木のハルバードと同等に感じたんだけど、本当に規格外に魔力が少なかったようだ。
『類を見ない程に魔力が少ない』。あの発言すら気を使っていた可能性が出てきた。
「私は羽根のように軽く扱えるんで、すごい威力になっちゃったのかなって思います。まるで怪力みたいな」
〈マジックアイテムも色々とありますから、相性の良し悪しがあるのです。このハルバードはレンゲさんとの良い縁を結べたのですね〉
「そう思いたいです」
報酬とはいえ、折角の貰い物だ。
何かしらの縁があると思ってもいいだろうね。
「しかし、空間魔法に近い技術を持つ若いご嬬妻ですか。風変わりな者の数多くいる冒険者業ではありますが、これほど特異な方々もそういませんね」
「儂らはすぐにでも頭角を現してやるわい」
「その際は是非とも、市民権をご購入ください。立場が変わられますので」
リナルドの言った市民権。
それは大枚を叩くことで、ドラータ共和国での市民としての地位を手に入れられる。
まだまだ実感はないけれど、私の寿命は人間のそれじゃない。
果たしてそういった地位を手に入れていいものなんだろうか?
私の知る限り、数百年数千年も生きる人間は、知の探求を行う仙人という存在。
ただそれも、浪人学者が語っていた話を聞いただけにすぎないわけで、実際にいるかどうかは分からない。
「話が変わっちゃうんですけど、このドラータ共和国には多くの人種がいますよね?生きる時間が長い人もいるんですか?」
「この国ではほとんど見かけませんが、南方の国々には長寿の人種がいます」
「その方々はどれくらい?」
「五〇〇年六〇〇年生きると聞いたこともありますね。ただ遠方の国であり、ドラータとは国交を結んでいませんので、詳しいことは定かではありません」
なるほど。この異世界とやらには、そういった人種が存在していると。
だいぶ先の話になるかもしれないけど、そういった口裏合わせが必要になる。じっくりと考えておこう。
この異世界に未開の土地が多くあることを祈ろう。そうしないと素性にボロが出てしまうから。
****
その日の晩。
最初の見張り番は私とドーラの二人が選ばれた。
魔獣除けの魔導具があるようで、“魔獣”の心配は要らないとのことだが、それ以外への警戒は怠れないらしい。
大所帯ともなれば、警戒の一つや二つは必要か。
〈レンゲさんは魔力が少ないんですよね?生活ではやはり苦労なされていたんですか?〉
「ここに来てから苦労し始めました。故郷では魔導具のない、牧歌的ともいうべき生活をしていましたので。…どちらかといえば、これからが大変ですね」
魔力がなくなって困ったのは昨日からだが、共和国に来てから日が浅いのも事実。全部が全部嘘ではない。
〈そうですか。不躾な質問になってしまうのですが、どの程度の魔力量なのでしょうか?〉
「皆無です。私、魔導具を扱えないんですよ」
ドーラは驚きに目を丸くしている。
〈では生活の方は?〉
「アキラ様に面倒を見てもらう他ありません。…誰かに依存はしたくありませんが、それが…心の許せる相手で良かったです」
「……。」
無言で思い詰めたような表情。
手話にしろ、筆談にしろ、相手がその手段を理解していなければ、ドーラは意思疎通ができない。
彼女は、特定の誰かを頼らなければ、生きていくのが難しいのかもしれない。
そういう境遇を重ねているんだろうか?
「私は差し出されたんですよ、脂ぎったオッサンの花嫁として。村の連中は、その見返り金を貰うって条件で。…その状況を打開してくれたのはアキラ様なんですよ」
まあ、嘘である脂っこいオッサンは、実際のところ水晶の龍で、アキラなんだけど。
〈なおさら、後ろめたくは思わないのですか?頼り切ってしまうことを〉
「なんだかんだ、アキラ様もアキラ様で私を必要としているんで気が楽なんです」
〈私たちとは、違うのですね〉
「ええ、違いますよ。こっちは付き合いもまだまだ短いです」
「……。」
「お二人の時間は、生まれてからずっとのものでしょうし、それゆえに聞きにくいことなんかもあると思いますが、その時間に信頼を置いて想いを伝えてみたらどうです?…出会って一日の私にゃ、過ぎたる助言かもしれませんがね、あはは」
〈想い、ですか〉
「何でもいいんですよ。感謝でもなんでも」
私はアキラを利用するし、逆もまたしかり。
むしろこういった割り切った関係が始まりだからこそ、頼る相手として選べた部分は…あるのかもしれない。
心の深い部分なんて、私自身が一番分からない。
だけどもドーラは違う。
生まれつき声が出ないのなら、面倒を見てくれる相手としてビーチェを選んだわけでなく、自然とそうなっていたんだ。
だからこそ、心の根っこが引っかかっているんだと、私は考える。
幸い、ビーチェはドーラのことを面倒がってるようには見えないし、感謝なり彼女の想いを伝えれば、良好な関係を壊さずに済みそうに思える。
この助言が、差し出口にならないことを祈ろう。
「それじゃあそろそろ交代ですんで、ビーチェさんを起こしてきますね」
〈まだ心の準備が〉
「別に今じゃなくってもいいんですよ」
私が馬車に戻ると、休んでいるはずのビーチェが、優し気な表情を浮かべて待ち構えていた。
どうやら起きていたようだ。
〈妹の相談に乗ってくれてありがとう、レンゲ〉
ビーチェは手話で私に礼を伝えてから、自身を起こすふりをするように指示を出してきた。
心配なさそうだ。
その後のことは私は知らない。
ビーチェも手話を使えることもあり、話していたのかすら分からない。
それでいいんだと思う。
私がアキラの隣に横たわると、パチリと目蓋が持ち上がり、紫の瞳がこちらを見る。
私も感謝でも伝えておこうか。いや、これからの関係のための言葉を送ってやろう。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますね、奥様」
「任せい」
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