8話 外なる者たち 2
「アキラ様はドーラさんの手話を見て、言葉として認識できました?」
「いやできんぞ。あれは文字でも言葉でもない、…言ってしまえば仕草を理解することの延長じゃ。
例えばこうして、『こっちに来い』と意思を伝えても理解できないじゃろ?」
アキラは人差し指をクイクイと動かして、私に近づくような仕草をするが、それを言葉として読み取ることはできなかった。
「しかし、そんな質問をするということは、レンゲにはアレが言葉や文字として認識できてしまったということか」
「はい、そうなんです。てっきりアキラ様もかと思っていたんですが」
「この境界龍術は、儂の知り合いが作り上げた至高の龍術でな。龍という同じ括りでありながら、言葉や意志の疎通が叶わなかった混沌の時代を終わらせたもの。
それは緻密で一切の狂いのない龍術であるがゆえに、応用が非常に難しい。儂には無理なほどじゃ」
「じゃあ私が見て感じたものは」
アキラは私の頬を撫でてから、優し気な笑みを向ける。
「レンゲは魔力が作れず、龍気を作る人間になったと言ったろう?」
「はい」
「儂から移った龍気と同じ性質のものを作り出しているわけじゃなくて、レンゲの色に染まったレンゲの龍気として出来上がっとるんじゃよ。
儂に真似のできない空間龍術を使っていた辺りから兆しはあったんじゃろうな。
分け与えた力『理解を阻む境界を越える術』、境界龍術はお主の中に根を張り、独自の変化を始めておると、儂は思う」
私は人間ではなくなるのかもしれない。
でもそうなると…。
「私がこうした変化をすると、人間としての精気が吸えなくなったりしないんですか?」
「かかかっ、その心配は不要じゃ。なんなら、魔力がなくなったからか、龍気が作り出されてるかは知らんが、儂の身体によく馴染む雑味のない精気になっておるぞ!」
「それなら良かったです。人の形を保てなくなる、力が暴走するなんて結末は嫌ですから」
「儂もじゃ」
アキラの嬉しそうな表情を胸に留め、私は目先の相談をする。
「この、手話を理解できることを、ビーチェさんとドーラさんに伝えてもいいんでしょうか?」
「そもそも、異国出身となってる儂らが、流暢に言葉を話して、何の障害もなく文字を読めてるんじゃし、気にすることでもないと思うがの」
「では…境界龍術が私にかけられていて、その副作用として手話を理解できてしまうっていう設定にします」
「レンゲがちと変わった体質だということにもしておこう。実際、よく分からん変化をしているしの」
「はい、分かりました」
そういえば、私とアキラみたいな関係は、他になかったんだろうか?
暇な時にでも聞いてみようかな。
「いやぁ、お待たせしてすみません。私の体質と私にかけた術が悪さをしていまして、ドーラさんの手話を理解できてしまったんです。…それが異常な状態ではないのかを確かめておりました」
「え?ドーラの手話が理解できるのー?ドーラ、なんか話してみてよ、あんたはそれを復唱して」
〈はい〉
「はい」
〈レンゲさんは、メイドさんなんですか?〉
「『レンゲさんは、メイドさんなんですか?』で合ってます?」
「…合ってるっ!」
〈はい、合ってます〉
ビーチェとドーラは顔を見合わせた後、目にも留まらぬ速度で私の目の前にやってきて、不思議そうに全身を観察していく。
「ドーラ、なんか見えるー?」
〈見えません。魔法がかかっているようには思えないのですが〉
「だよねー。ねえ、レンゲだっけ?あんたF級なんでしょ?なんでそんな魔法を使えているの?痕跡も見えないよ?ねえ?」
矢継ぎ早に質問してくるビーチェに気圧されそうになると、アキラの手が私に触れて、二人揃って少し後ろに転移をされる。
「儂の妻に近寄りすぎじゃぞ、童共」
「へぇ、空間魔法。そっちも変わり種と、面白いじゃーん」
ビーチェは腰に佩いた短剣に手を伸ばし、悪そうな笑みを浮かべたのだが、リナルドに首根っこを掴まれ、地面に転がされた。
「痛ったーい!ちょっとリナ翁、なにするんですか!」
「B級がF級相手に武器を取ろうとは、講習が必要そうですかね」
「いや、ちょっとした挨拶じゃないですか。それにあの二人、F級なんですかー?空間魔法に、マジックアイテムのハルバード、それに手話を理解できるような変わり種魔法と、怪しさマックスですよ」
「一目見ただけで異邦人と分かる風貌ではありませんか。異なる形態の魔法も、ここ最近では珍しくなくなりましたから」
「そうだけど…」
ビーチェは口をとがらせて抗議をしている。
〈姉さんがすみません。ちょっと血の気の多い性格でして、冒険者同士で力比べをするのも好きなのです〉
「そうなんですね」
〈不躾なお願いなのですが、レンゲさんのお使いになられる、手話を理解できる魔法を、私共にもご教授を願えませんか?〉
必死な様子のドーラだが、そもそも私自身が龍術を理解できていないし、龍術を使うとなったら龍気が必要だ。
アキラから龍気を流し込まれるか、魔力を失って龍気を得られるようにするか。
そのどちらも、ドーラさんには受け入れがたいだろう。
…というか、アキラが私以外と口付けしたりするのは嫌だ!
「申し訳ございません。これは私の体質に依存した特異な状態でして、再現ができないんです」
〈そうなんですね、少し残念です。お答えいただきありがとうございます〉
「お力になれず、力不足を恥じるばかりです」
私とドーラがペコペコとお辞儀をし合っていると、ビーチェは面白そうに私たちを見ていた。
「あんたレンゲだっけ?」
「はい、そうです」
「手話って理解できる人が少ないんだー。だからドーラは、あたしを通してじゃないと、他の誰かと会話ができなくってね。話し相手になってあげてよ、お願い」
「別にそれくらいなら構いませんけど。それじゃあ…えっと、よろしくお願いしますね、ドーラさん」
〈はい、よろしくお願いします、レンゲさん〉
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