7話 報告 6
食事を終えた私たちは、少し良い宿に泊まる。
一泊五〇ヴェロ。コロニアヴェルデの安宿の中では値が張る方で、汚くはない寝台と、部屋に狭めの浴室がある宿だ。
…前の安宿の大浴場は、それなりに汚く、あまり良い気はしなかった。
私がそそくさと小袖を脱ぎ、一人で湯浴みをしようとすると、アキラも全裸になって入ってくる。
「少し、狭いんですけど」
「レンゲ、忘れとることがあるじゃろう」
「忘れていることですか…あー」
そうだ。私の身体には魔力というものがなくなっているらしい。
ただ、それはハルバードの霜信が軽くなったのと、アキラの言葉のみで実際に魔導具を使えないとは限らない。
もしかしたら一時的なものかもしれないので、いつも通りにシャワーの魔導具に手を伸ばすも、お湯は一滴も出てはこなかった。
「お主は、儂がいないと生活にも苦労するようになってしまったんじゃ」
「…やめてくださいよ、そういう言い方」
私は誰かに頼らなければ、コロニアヴェルデ、いやドラータ共和国では生きていけなくなってしまった。その事実は重く、心に影を落とす。
「そんなに儂に頼りっきりになるのが嫌か?」
「アキラ様だからってわけじゃないです、誰でも嫌なんで」
「理由を聞かせてくれぬか?」
「自分自身の死や生を、誰かに決められるのなんてクソ喰らえってだけですよ。…アキラ様は、そういった弱みにつけ込むような真似はしないと思いますが、それでも残る嫌悪感はあります」
「レンゲは儂への生贄にされたんじゃったな」
「はい」
アキラを責めたいわけじゃない。
それでも払拭できない感情は私の中にある。
「それに私は、誰かに依存したくないんです。特にアキラ様に依存してしまったら、今の楽しい生活が壊れてしまう気がして」
「楽しいのか?」
「ええ、“飽きない”日々です」
「そうか」
アキラの瞳が煌めいたように感じた時、彼女は非常に朗らかで優し気な笑みを浮かべた。
「儂は違う。レンゲが嫌悪感を抱くような、お主にできぬことを条件に何かを求めるような真似はせぬ。これは上位龍であった儂が、誇りと美しさにかける誓いじゃ」
「絶対に破れなくなっちゃうじゃないですか。あれこれ条件を付けて、私を好き勝手できなくなっちゃいますよ?」
「せぬよ、そんなこと。レンゲも理解しておろう?」
そう、知っている。
アキラはそんな龍じゃない。
だから私は、この関係とこの生活を快く思っているんだ。
「かかか、なんなら誓いのキッスをしてやってもよいぞ?」
すぐこういうことを言って茶化す。
「いいですよ。どこにキスをしてくれるんですか?アキラ様の思うところに、唇を押し付けてください」
「思うところとな!?」
唾を呑み込む音が聞こえた気がした。
…アキラが本物の性欲旺盛な馬鹿龍だったらどうしよう。というか、お互いに全裸でする話じゃないような。
散々視線を迷わせたアキラは私の肩に手を置き、少しばかり背伸びをして、私の鼻先に口付けをした。
本当に理性的で、私への配慮ができている素晴らしい奥様だ。
そういう性分であるからこそ、私は惹かれ始めているんだと思う。
頬を染め、上目遣いのアキラ。彼女を見ていると、不思議と胸の奥底が疼いて止まらない。
私はアキラの顎先を手で押さえ、唇同士を重ね合う口付けをする。
精気を吸われる口付けではなく、特別な相手へとする唇の触れ合い。
暖かく、少し湿っていて、心臓の鼓動を感じられた口付けは、刹那と無限を包含するような時間であったと私は思う。
必要だからする口付けでなく、心が赴くままにした口付けは、今まで食べたどんな食べ物よりも美味で、果てしない渇望を与えるものでもあった。
「んっ…」
「ふは…。アキラには責任を取ってもらうから」
「妻として、か?」
「私の舞台に登った責任かな。逃げる気もないと思うけど、絶対に逃さないから」
私はアキラを壁に押し付け、もう一度、唇同士の口付けをする。
もう一度といわず、私が満足するまで何度も。
****
「あああああ!わ、私はなんてことをぉぉ」
「むほほ、しおらしくしてみるのも悪くないのう」
私はアキラと一緒に湯船に浸かりながら顔を覆い隠す。
自分でもなんであんな行動にでたのかが分からない。
ちょっと唇に口付けをして驚かせてやろうと思っただけなのに。
「死ぬほど恥ずかしい…」
「儂は逃げぬし、唇へのキッスはいつでも受け付けておるぞ」
「まだしばらくはお休みです。唇にする時は絶対に精気を吸ってください、お願いします」
「安心せい。レンゲの歩幅がいくら小さくとも、それに合わせて歩いてやる。ゆっくりと二人の人生を歩んでゆこう」
「…はい」
こういう姿勢は本当に助かる。
ありがとう、アキラ。
****
「これはなんですか?」
「レンゲの新しい衣装じゃよ。ほれ、セルジオからの報酬を現物でもらったと言ったろ?」
浴室を出て小袖を着ようとしたら、そこにあったのはドラータ共和国での衣服であった。
「紺に近い落ち着いた色合いの…袖が長い貫頭衣に、割烹着ですか?」
「『メイド服』という女従者の衣服らしいんじゃが、一部の物好きに人気らしい」
「後半は置いといて、私を従者にしたいんですか?」
「そんなわけあるか。ただ、そのひらひらとした装いも悪くないと思っての」
私はメイド服とやらに着替えてみる。
黒い貫頭衣と白い割烹着、その両方にひらひらとした飾りが付いており、アキラはそれらを可愛いと評していた。
私としては小袖よりも動きやすいし悪くない気がする。それに、ところどころに手が収まる程度の『隠し』があり、小物くらいなら収納できるところを気に入った。
「それじゃあこれからはメイド服で過ごさせていただきますね」
「うむ!新しい装い、非常にめんこいぞレンゲ」
「ありがとうございます。はいじゃあメイド服とやらは明日から着るんで、寝るときの小袖を出してください」
もう一度着替えてから私たちは寝床につく。寝台は小綺麗で寝心地が良い。
明日からは再び北街道だ。
そういえば老職員を始め、協会職員たちはあれこれ知っている風だった。
あの事件はどういった思惑があったんだろう?
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




