7話 報告 5
「それではまた明日。調査依頼でお会いしましょう」
老職員の笑顔に気圧されながら、私たちは冒険者協会を後にする。
なんでこうなってしまったんだ…。
「はぁ…まあ考えすぎても仕方ないですね」
「やっぱりレンゲは、何事にも馴染むのが早いのう」
「うだうだ言ってて何かが変わるんなら、一生うだうだ言ってますけど、変わりませんから」
「はっはっは、その意気じゃ!」
実際、稼ぎは増えるし、やれることの幅も増える。
問題は私が戦えるかどうかで、お荷物になるのなら色々と考えないといけない。
「今は私の腕と、このハルバードに期待するしかありませんね」
「なんとかなるじゃろう。…して、そのハルバードには名前をつけぬのか?」
「名前ですか。…そういえば、あの大太刀にも名前があるみたいでしたね」
「レンゲに見せている物だと大太刀は『春霖』、打刀は『霽月』じゃな」
「お洒落な名前ですね。アキラ様自身で名前を付けたんですか?」
「そうじゃ。それでお主は名前を付けぬのか?」
道具は大事にしたい。名前をつければ愛着も湧くか。
「じゃあ『無賃切』で。銭を払わずに手に入れたんで」
「全然!ときめかぬ名前じゃ!」
「私の名付けなんてこんなものですよ。お洒落な名前をアキラ様が名付けてください」
「良いのか?」
「ええ、どうぞ」
アキラが名前を考えている間に、夕食をどこで食べるかや、どこの宿に泊まるかを考える。
ドラータ共和国に着いてからの私たちの食事は、安価で手に入る蒸かし芋と、パンとかいう中身の入ってないゴワゴワ饅頭もどき。
それと酢漬けの野菜や干し肉、薄い汁物をたまに食べる程度。
旅路ではもっと顕著で、パンばっかりだった。
村でも良いものを食べていたわけではないけど、コロニアヴェルデの街には見ず知らずの食べ物が多くある。
健啖家でも食いしん坊でもないのだが、やはり見慣れない食事や、珍しい食事には挑戦したくなるのが、人の性分だと思う。他人のことは知らないけど。
そんな私が目をつけていた料理があり、その名を『パエリア』という。
コロニアヴェルデの住人は、芋やパンを軸に食事をするらしく、あまり米を食べないらしい。
けれども、パエリアなる炊き込みご飯を見かけた時、是非とも食べたいと思った。
どんな味わいなのかは分からないけど、ちょっとした贅沢をするんなら、そういった方向から挑んでみたい。
「よし、決めたぞ」
「何を食べるかをですか?」
「ハルバードの名前じゃよ。なんなんじゃお主…」
「そういえばそうでした」
「雑じゃなぁ…。お主のハルバードの名前は『霜信』、霜の知らせで冬を知るが如き名じゃ」
「綺麗な名前ですね。それじゃよろしくね『霜信』」
私は霜信の柄を撫でてから、パエリアの店に行く。
****
私たちがパエリアの店に辿り着くと、客足の多い時間が過ぎていたのか、少しばかり空いていた。
一人一皿を頼みつつ、アキラは麦の酒、私は茶を飲み物として、料理を待つ。
ちなみに一皿二十五ヴェロ。飲み物代も含めればそれなりの高額だ、私にとっては。
それでも、大きな仕事を終えて懐が潤ったんだから、少しは贅沢をしないと心が疲れ切っちまうからね。
「そういやレンゲは酒を飲まぬが、嫌いなのか?」
「嫌いでも、飲めないわけでもないんですけど、酒が必要な時がなくって」
「酔うと気持ちいいじゃろ」
「そうですか。…でも酔っている姿を他人に見られたくはないんで、今回は遠慮しておきます」
「酷い酔い方をするとみた!」
「馬鹿騒ぎなんてしませんよ」
アキラの追求を突っぱねると、パエリアが目の前に置かれる。
湯気の立つパエリアなる料理は、私の全く知らない香りが立ち込めており、食欲を掻き立てた。
黄色と橙色の間くらいに色づいたお米は、ぷっくりとしていて、私の知るお米より丸っこい気がする。
「パエリアって初めて食べるんですけど、どういう食材が使われているんですか?」
「初めてがうちのパエリアなら、異国の嬢ちゃんは運が良い、なんせ絶品だからさ。…ええっと材料だったね。
まずは米、食べ慣れてない人も多いから、不思議そうに食うんだけど、この米って食材は煮汁をよく吸って味を閉じ込めてくれるんだ。パエリアの美味しさは、いかに美味い汁を吸えたかによるんだよ」
「おぉ」
「お次は肉だね。コロニアヴェルデで手に入りやすい肉ってなると魔獣系だけど、うちはその中でも選りすぐりでね、味の保証をしてやるよ。
そして豆。下手な店のパエリアは、だいたい豆で損をする。豆の出す優しい甘みがないと、肉の旨味と噛み合わないで物足りない味になっちまうんだ」
それから入っている野菜などの説明もされるが、『冷めちゃいけないよ!』と話が中断されて、私はパエリアに向き合うこととなった。
「いただきます」
「いただくかのう」
初めての印象は、様々な味の交わった炊き込みご飯の一種だった。
ただ、そのいくつかの味が各々手を取り合い、一つのお芝居をしているようで、一口食べる度に私の心が満たされていく気分であった。
肉の旨味、豆の甘み、野菜の酸味。それらを出汁として米が蓄え、私の口の中で放出される。なんと心地よい味か。
私は節制を良しとする。そこは変わらない。
けれども、良い食事という生活の向上を悪くないと思った。
「これ、すっごく美味しいですね!」
「くくくっ、そうじゃのう」
アキラは料理よりも私を見ていた気がしたが、そんなのお構いなしだ。
冷めないうちに食べてしまおう。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




