6話 北街道 9
「アキラ様、タイラントベアの収納をお願いします」
「のうレンゲ〜、儂はちょっと荒っぽい口調もいいと思うんじゃがな〜?」
甘えた声色のアキラは、上目遣いで私を見つめている。
水晶の龍。それがアキラの正体で、私が逆立ちしようとも敵わない相手だと思って丁寧な口調で接していた。
今となれば、そこまで気を使う相手でもない。むしろ、距離を寄せても問題のない相手だと分かっているが―――
「偶に使う方が特別感があると思いますよ?」
「むむっ、一理あるのう」
「じゃあそういうことで」
―――私としては小っ恥ずかしい。
時折使って慣らしていった方がいいだろう。私のためにも。
えっちらおっちらと焚き火の跡に向かい、木の棒で何かしらの痕跡がないかを漁ってみるも、先ほど回収した冒険者証が最大の収穫であった。
その後、周囲の探索をアキラにお願いしてみるも、これといった成果はなく、不可解な場所という印象が残るのみである。
「それで、何かわかったのかのう?」
「とりあえずタイラントベアを解体してもらってからが本番でしょうかね。どういう理屈なのかは分かりませんけど、あのタイラントベアには魔力炉の核が使われていると、私は見ています」
「…不可解じゃな」
「…ええ。さっさとコロニアヴェルデに戻りましょう、もし犯人たちが戻ってきたら、この状況はよろしくありません」
「ふむ。そうしたい気持ちは山々なんじゃがな、…儂の感情が伝わらんか?」
「悪用しないでくださいよ…」
アキラから伝わってくるのは、抜け切らない昂りと火照り。
そんな感情をずっと浴びせられていた身にもなってほしい。
「賛美の言葉、ですか?」
「それも欲しいが…儂はレンゲが欲しい」
紫色の瞳には、熱を帯びたような色を感じられる。
もし受け入れたら、私の心の奥底まで染められてしまいそうな、非常に濃くて強い色だ。
「い、今…口付けをされたら、動けなくなります。宿まで待ってください、お願いします」
「精気を吸わぬのならいいのか?」
「は?」
「儂の火照りを鎮めるのは、相応の行為が必要だと思うんじゃがな」
「気のせいと、勘違いで乗り切ってください」
「無理じゃ」
戦闘の火照り。それは色香となって私に襲いかかる。
強敵と戦って昂ぶったら、今度は性欲とか、この色欲魔は一体何なんだ!
主導権を握られて滅茶苦茶にされるくらいなら、私の方から奪い取ってやる。
「私から、私からするから、それで我慢して」
「お、おう…」
心臓の鼓動が速くなる。今にもはち切れそうなくらいだ。
緊張と羞恥で、私がどんな表情と顔色をしているかなんて、想像もしたくない。
けれども、全身から湧き上がる熱と滲み出る汗から、想像に難くはない。
私は、アキラの顎に手を添え顔を横にそらしてから、顎骨のあたりに口付けをする。
唇にするとは言っていないし、これも口付けの一つだ。
そんな詭弁を心の内で言い続けていると、呼吸を荒くしたアキラが私を押し倒した。
流石に反感を買っただろうか?
私は恐る恐るアキラの顔色を窺ってみると、表情が緩みきり、まるで欲情しているかのような奥様がそこにいた。
「レンゲの気持ちはよく分かった」
「じゃあ…帰ります?」
「馬鹿言え」
「ですよね。…アキラ様、私はまだ、心の準備ができていません。だから唇に口付けも、できません」
「分かっている。それでも儂の顎にキッスをしてくれた。それが嬉しいんじゃよ」
両手を押さえつけられて、指を絡められてしまう。
もう私は、アキラという猛獣から逃げられない。
それでも彼女は、私の意思を握りつぶすようなことはしない。そう、信じている。
ぷるんと柔らかそうな唇は、私の唇を避けてすこし下に向かい、喉に優しく押し付けられる。
二度、唇を押し付けられると、今度はヌメッとした何かが這っていく。…これは、舌だろうか。
唾液を塗られ皮膚と舌が溶け合い混じり合うような感覚。
それでいて、舌の僅かなザラつきがアキラという存在を無理やりに意識させてくる。
気が触れてしまいそうな甘美な快楽は、心の準備をできないでいる私への拷問のようであり、私を悦ばせるためのご褒美にも思える。
…もう、駄目かもしれない。
「う、きゅぅ…。あ、あきらぁ」
抗議と降参を込めた声を捻り出すと、アキラは舌舐めずりをして私を見下ろしてくる。
「偉大なる上位龍を本気にさせたこと、誇るといいぞ」
アキラは再び私の喉に口づけをしてから甘噛みをし、満足そうな笑みを浮かべながら、手を離してくれた。
けれど残念ながら、私は腰を抜かしてしまったようだ。
「アキラ様は、私のことが…好きなんですか?」
「なんじゃ、賛美と身体だけの関係だとでも思っておるのか?」
「そこまでは言いませんけど…」
「レンゲの賛美が、儂にとって心地良いことは確かじゃ。多分、きっかけもそれじゃな。…だが、それだけじゃない」
私の隣に腰掛けたアキラは、優しい手つきで髪を撫でてくる。
「儂はな、儂の事情を面倒くさがらずに向き合ってくれて、そのために真摯に行動しくれるレンゲの姿勢が好ましい。そして、儂のことのみでなく、自分自身のやりたいことにも取り組もうとするレンゲが愛おしい。
龍という本当の姿を知って尚、向き合い、恐れず、自我を捨てない。そんな相手は奥様くらいのもんで、儂は恋をしてしまったんじゃと思う」
「聞くべきじゃ…なかったです」
「くっくっく、そうじゃろう?」
「こんな口先ばっかの私を見つけてくれる相手なんて、アキラ様くらいなものですよ。物好きですね」
「物好きじゃないと、飽きてしまうからのう」
アキラは私の手を取り、手の平に口付けをしてきた。
「…馬鹿口付魔」
悪態をつくくらいしか、今の私にはできない。
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