6話 北街道 8
私は空高くの空間を目の前に引き寄せてから、そこに踏み込む。
そこで解放を使うことで私の身体は空高くまで持ち上げられ、私の自重で落下を始める。
地上までの距離は…十六丈半はあるようにも思える。アキラが受け止めてくれなかったら、私は可哀想な摘入になっちまう。
落下を始めた私は、地上のタイラントベアを視界に収めて、間の空間を『圧縮』しようと試みるのだが、相手が大きいからなのかは分からないが、これが強烈に重く感じる。
「持ち上がれってのぉぉおお!!」
青筋が浮かび上がりそうなほど腹の底に力を込めると、タイラントベアと私の間の空間が圧縮されて持ち上げられる。
タイラントベアは、一瞬の内に位置が変わったことで困惑しているようだ。
私は、タイラントベアが落下を始め、圧縮された範囲から抜け出したのを確認してから、『解放』した。
「さあ、地上まで落っこちてもらうよ!タイラントベアさんや!」
「グオオォオオ!!」
「ひっ!?」
咆哮を上げたタイラントベアは、私に血走っている…かもしれない瞳を向けると、背中から火柱を噴出させて、怒りを露わにしている。
その上、なんだか落ちる速度が私よりも速く、攻撃が届きそうな勢いだ。
…もしかして、炎で勢いをつけてる?
拙い拙い!
「アキラ!早く、早く助けて!」
「まったく…滅茶苦茶じゃな、お主の龍術は」
空中でジタバタとしていれば、アキラの声が耳元から聞こえて、私の身体が抱きかかえられる。
身体の動きを緩めてアキラに視線を向けると、呆れきったような、しかしどこか安堵したような顔がそこにあった。
「レンゲ、お主は随分と速く落ちている。このまま地上に転移しても衝撃は身体に行くからの。気合で持ちこたえるんじゃぞ」
「気合!?」
「落下しているという状況は変えられないんじゃよ、っと!」
転移したのだろう。視界の端で捉え続けていたタイラントベアが、視界から消え去った。
そしてその次の瞬間―――
「うぎぃっ!?」
―――私の身体には強烈な衝撃が走り抜けて、身悶えしそうになる。
ただ、アキラの腕の中にいたからだろうか、衝撃の一部が受け止められて致命的なことにはならなかった。
「ありがとうございます、アキラ様」
「……。」
「どうかしましたか?」
「…さっきみたいに話しかけぬか」
「あーほら、タイラントベアが落ちてきましたよ。さっさと倒しちゃいましょう」
「これは要話し合いじゃからな!」
アキラは大太刀を取り出し、私に鞘を持たせる。
なんで律儀に鞘に戻してるんだ…。
私は仕方なしに鞘を手に取ると、アキラは楽しそうな表情を浮かべて大太刀を抜いた。
アキラの視線を追っていくと、地面に激突する寸前のタイラントベアがいた。
ズドン!と大きな音を立てて地面に激突したものの、身体を覆う外殻の一部がひび割れた程度で、致命傷を与えられたようには見えない。
それに体勢もすぐに直され、間髪入れずにこちらに走ってくる。
「頑張り損ですかね…」
「なぁに、レンゲの度胸と尽力は無駄にせぬ。まあ、もう一仕事してもらうことにはなるがのう」
「何を……って行っちゃったよ」
アキラが私に何かを任せるというのなら、それをこなすだけだ。
落下の衝撃で痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がり、タイラントベアへと視線を向けると、アキラが短距離の転移を繰り返して距離を詰めていった。
相手の攻撃を転移で回避したアキラは、大太刀を振るって側面の外殻を執拗に攻撃していく。
二度三度と攻撃を繰り返すことで、ひび割れていた外殻の一部が剥がれ落ちて、小さな突破口が見える。
ただ、刀身の長い大太刀でどうやって、あんな小さな外殻の剥がれを狙うんだろうか?
「かかっ、準備は整ったのう。レンゲの作った綻びは儂が広げてやるわい!玻璃生式大太刀術『婚星』!」
アキラは大太刀を目線の高さに寝かせてから、それを地面と水平に構えて、地面を目一杯蹴って速度を上げた。
足が地面に触れた瞬間に姿を消したかと思えば、外殻の剥がれを狙える位置に姿を現し、大太刀を突き刺す。
「グオォオン!!」
タイラントベアは咆哮を上げたものの、アキラの攻撃が致命傷とは思えない。
ここからどうするんだろうか。
「レンゲ!!大太刀を引き寄せるんじゃ!!」
「分かったよ!」
私は大太刀だけに狙いを定めて空間龍術を使う。
『圧縮』と『解放』にて生じる『引きつける力』と『引き離す力』。
これらは私程度の腕力じゃどうしようもない程の力を生む。それは以前の冒険者たちとの戦闘で理解している。
腹の底に力を込めて圧縮を使ってみるも、刃が強固な外殻に引っかかって、タイラントベアがずり動いてしまう。
奥歯を噛み締めて更に力を込めると、顔から血を噴き出してしまいそうなほどだ。
「こっちに来いってのおお!!」
ガシャン、と私の体内で何かが壊れる音が聞こえた気がした。
けれどそれは悪い感覚じゃない、むしろ力が溢れるようだ。
更に力を込めて大太刀を引き寄せれば、タイラントベアの脇に突き刺さった大太刀は、肉と骨を断ち切りながら私に引き寄せられてきた。
身体の半分を裂かれたタイラントベアは、地面に伏せて動かなくなった。
「よしっ!やってやったよ、アキラ!」
「ご苦労さん、よく頑張ったのう」
私の許に転移してきたアキラは、地面に転がった大太刀を蔵いながら、仰向けに倒れる私を抱きかかえてくれた。
「もう一回、労ってください」
「また言葉が丁寧になってしまったが、大目に見てやろう。…本当によく頑張ったレンゲ。お主がいてくれたから、あの様な奇っ怪な強敵に挑めたんじゃ。お疲れ様」
「ははっ、ありがとうございます」
アキラに体重を預けて、私は青空を仰ぐ。
身体中が痛いし、身体の内で何かが溶けて混ざっていくような不思議な感覚がある。
無茶をした結果がこれだと思うと、割に合わない気がしなくもないが、アキラと協力して強敵を倒した。
その達成感は、『得も言われぬ』と表現する他ないと、私は思った。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




