6話 北街道 7
私が隠れて戦闘の様子を窺っていると、どうにもタイラントベアは高熱を放っているようで、アキラも攻めあぐねている様子だ。
空間龍術『転移』なんて便利な力があるんだから、刀を脳天に転移させて終わらせればいい気がしなくもないんだが、闘争とはそういうものじゃないのかもしれない。
私は、真に奥様を理解できているわけではないということでもある。
あの身体から吹き出す炎が、街道付近にあった焦げ跡の正体だと考えてよさそうだ。
ただ、タイラントベアという魔獣は、あんな姿に変貌するものなのだろうか?
…いやドラータ共和国に生きるセルジオが、渋い緑色の筒が生えている段階で『不審』と言っていたことから、これは異常な存在だ。
そういえば…馬車を壊した後は、タイラントベアによるものにも見えるし、焼け焦げた跡も見られる。
杭と鎖と枷は、あのタイラントベアに使うにはもってこいの大きさ。
消え失せた、緑色の外殻を有する魔力炉の核。
渋い緑色の外観と、放たれる火柱。
「なかなかに焦臭い状況だこって」
今回の調査で集めた情報が、ここに来て一本の線になってしまった気がする。
…ただ犯人の目的が分からない。
あんな化物を生み出すことに何の意味があるんだろう?
私は目立たないように移動して、焚き火や椅子にされたと思しき木の周辺を探ってみる。
すると半分ほど燃えた冒険者証が一枚見つかった。
簡単に取得できる最低限の身分証明。
ここで意図的に焼いたのなら、最初から使い捨てるためで、計画的な犯行だったのかもしれない。
視線をアキラとタイラントベアの戦闘に戻す。
今はアキラが攻め込んだものの、タイラントベアの前足によって攻撃が阻まれ、反撃を喰らおうとしている場面。
アキラは急いで刀で防御を試みるも、相手の怪力には敵わないようで足が浮いて吹き飛ばされる。
ただ、彼女は転移を行って地面に着地し、刀を蔵った。
「ただの大熊だと甘く見ていた。じゃが、ここからが本番!篤と見よ!我が秘蔵の一振りが一つ『春霖』!」
アキラが取り出したのは、彼女の身長と同じ程の長い刀であった。野太刀やら大太刀と呼ばれるものだ。
熱で近寄りがたい状況なら、ある程度の間合いを確保できる武器を使う気なんだろう。
そんな大太刀を引き抜こうとしているアキラだが、どうにも刃渡りが長く、アキラの体格が小柄なゆえに引き抜けずにいた。
「抜けぬ!?これ、どうやって抜くんじゃ!?ちょっと待てい、タイラントベア!」
「…なんだかなぁ」
タイラントベアがアキラに向かって走り出した瞬間、私はアキラとの空間を圧縮して手元に引き寄せ、首元を引っ掴んでから空間を解放する。
相手の攻撃は空を切り裂くばかりで、アキラに届くことはない。
「鞘は私が持ちますから、引き抜いてください」
「すまんのう」
「慣れない武器で大丈夫ですか?」
「……恥を忍んで言うが、ちと苦戦しておる。あれの熱気と硬い外殻は、攻めにくくてなぁ」
「攻撃が通りそうな場所を狙うのが良さそうですけど」
「腹や足の内側かのう?首は一周ぐるりと外殻に覆われておるぞ」
あのタイラントベアの懐に入り込んだら、いい感じに龍の丸焼きが完成しそうだ。
まあ、その次にできるのは、私の摘入だろうけど。
「つまり、あのタイラントベアをひっくり返せればいいんですか」
「そうなるのう」
「私もできることを探しますけど、アキラ様が倒してしまえるのが理想です」
「ああ、承知した」
アキラは鞘から大太刀を抜き取ると鞘を銀蔵に納め、私を少し離れた位置に転移させてから、タイラントベアと再び対峙する。
最初から鞘を銀蔵に入れれば良かったんじゃ…?
抜けているというかなんというか。
それにしても…私も戦闘に加わる旨を伝えてしまった。
できることが限られているから、直接戦うわけじゃないけども、それでも迂闊な発言だった気がする。
多少強そうではある。しかし、あのくらいだったらアキラでも問題なさそうと思ってしまうのは、きっと無責任だ。
それに吐き出した言葉を呑み込むわけにもいかないし。
私にできることは空間の圧縮と解放。
何かとの間を圧縮して近づけ、その近づけた間を元に戻してしまう。
これをタイラントベアに使うとなると、一旦近づけた後に相手から移動してもらう必要がある。
そもそも…。
…いや、あれこれ考えすぎて煮詰まってもよくないね。やれるだけやってみよう。
頭でっかちでひっくり返っちまうよ。
私は適度な高所に登って周囲を観察する。
手頃な急斜面でも都合よくあれば、その上から圧縮を使って引き寄せ、タイラントベアに転がってもらうことができるかもしれない。
ただ、そう都合の良い話があるわけもなく、ここいら一帯は森林こそあれど、広く平坦な地形だ。
じゃあ次を考えよう。
木の上から圧縮を使うのはどうだろう?
いや、もし上手くいっても、森の中じゃアキラが大太刀を振りにくい。
却下だ。
視線をアキラに戻すと、大太刀を器用に使ってタイラントベアと渡り合っているけど、決め手となる勝ち筋が素人の私にも見えない。
無茶をしてみようかな。
「アキラ!私のことは任せるよ!」
「えっ!!呼び捨て!?そもそも何を任せる―――」
アキラの素っ頓狂な声を無視して、私は空高く空間を引き寄せる。
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