6話 北街道 6
私たちがしばらく進んでいくと、そこには馬車の残骸や開け放たれた木箱の数々が散乱していた。
少し離れた場所には、馬だった白骨が一処にまとめられており、御者の亡骸と比べて丁寧な扱いにも思える。
ここが調査の終点だろう。
アキラが周囲を警戒し、私は身を隠して馬車などを観察する。
馬車は…ところどころが焼け焦げており、強大な力によって破壊された痕跡が見られた。
木箱の中身はどうだろう?
そのどれもが封を開けられており、緩衝材の藁束が散乱している。
けれども、遠目では魔力炉の核と思しき、緑色の外殻をした魔導具というのは見つけられない。
「いますか?誰かが?」
「多分じゃが、おらんように思えるな。再三になるが、儂から離れぬようにな」
「はい。改めて肝に銘じます」
随分と時間が経っている。
わざわざこの場所に残り続ける理由もないだろう。
私の推測では、御者を殺して馬車と荷物を奪った者は、護衛の冒険者だ。
見落としはあるかもしれないが、ここまでで冒険者らしき亡骸は発見できていないし、納得もできる。
これを断定するのは私の仕事じゃないが、もし仮に犯人が冒険者で、それらが残っていたのなら、面倒な戦闘をアキラに任せる羽目になっていただろう。
犯人がいないことに一旦安堵する。
私はおっかなびっくりアキラの後ろを付いて歩き、馬車やらがある場所に辿り着いた。
ここは野営地に思える。
手頃な椅子になりそうな木が三本、焚き火の跡を囲むように並べられており、そこらに骨と思しきものが転がっている。
これは馬の骨だろうか?
ともすると、あの馬の白骨は犯人らが食べたことになる。
頭蓋骨が二つあることから二頭もいたことになるのだが、そんなに食べられるんだろうか?
まずは木箱を探る。
木箱のどれかに魔力炉の核が残っていれば、それはそれで幸運だ。
どれもこれも緩衝材が入っている程度。最後の一つまでひっくり返したものの、核は一つも見つからなかった。
「でも変ですね」
「何がじゃ?」
「金目当てなのかもしれませんけど、こんな場所で荷物を広げちゃって、どうやって運搬するんでしょう?箱の数は一〇個ほどですけど、箱の大きさや組合での話を鑑みると、小さな物でもありません」
「そうじゃな。馬車も馬も失って、大荷物を運ぶとなると不便じゃな。儂みたいに空間龍術や、空間魔法とやらが使えんと」
『その手もあった』と納得しかけたけど、空間魔法の使い手は、国の軍にも重宝される逸材だと聞く。
「できることに対して、得られるものがチンケ過ぎません?」
「儂らは日銭を稼ぐのにやっとこさじゃがな」
「…それもそうですね」
「冗談はさておき、そうでも考えんと納得できぬからな」
私たちがじっくりと周囲を探索していくと、不思議なものを見つける。
地面に打ち付けられた鋼の杭、そしてそこに繋がれた強靭そうな鎖と、人相手には大きすぎる枷である。
「猛獣用の枷でしょうか…?」
「かもしれんが、なぜ?」
鎖と枷を持ち上げてみるも、私程度じゃ軽々と持ち上げられない重量で、それらが複数組ある。
杭を打ち付けられた地面は軽く草が刈られており、その大きさは直径で二丈ほど。
とりあえず状況を頭に叩き込んでいると、森方向から大きな物音が聞こえ始める。
低木が何かによって押し潰され、大きめの木の枝が軽々と折られるような音だ。
アキラが前に立って私の身を隠すと同時に、森から熊のような何かが姿を現した。
熊、タイラントベア。
私の記憶にあるのは、コロニアヴェルデ近郊に降り立った私たちと、ブルーノたちの邂逅の時である。
ただ、その時のタイラントベアと、私たちと対峙している熊は容姿がいくらか異なっている。
その熊は、渋い緑色の、石のような見た目の外殻が背中を中心に広がっている。
そしてその外殻には筒状に伸びた突起があり、小さな火が漏れ出ていた。
渋い緑色と筒状の突起、そしてタイラントベアという情報を組み合わせると、セルジオの語っていた魔獣と合致するのだが、彼の語っていない情報が多くある。
視線の先にいる熊は、まるで渋い緑色の鎧、いや大具足でも纏ったかのような大熊であった。
「長距離の転移を使いますか?」
「調査は?」
「場所さえ覚えていれば十分かと。アキラ様は…戦いたいですか?」
「…肯定したらどうする?」
「闘争も飽きを散らす術の一つだと、妻として心得ております」
「くくっ、儂の奥様は、妻への理解が深くて助かるのう」
アキラから明確な昂りの感情が流れ込む。
「でも大丈夫ですか?あんな…様子の異なるタイラントベアを相手にしてしまって」
「駄目そうなら逃げるだけじゃよ。命あっての物種だからのう」
私を安心させるためだろう、アキラは私の頭を軽く撫でる。
そして刀を一振り取り出して、だらりとした構えを取った。
「さあさ、お立ち会い。これから始まりまするは、人の身に自ら成った水晶の龍と、大具足の怪熊の一本勝負。勝つか負けるかは、アキラ様の腕次第となっております」
「かっかっか!愛しの奥様に情けない姿は見せられんのう!」
アキラは転移を行い、タイラントベアの真上に移動する。これは『閃耀』と名付けている技に移る動作だ。
一撃で外殻を砕き背骨でも断ち切る予定だろうか。
「玻璃生式一刀術『閃―――ぬわぁっ!?」
アキラが攻撃を仕掛けようとした時、背中に無数に生えた筒からは火柱が立ち上がり、彼女の攻撃を阻害した。
これにはたまらずと、アキラは転移を行い一旦離脱してしまう。
「グオオアアァァアアア!!」
耳をつんざくほどの怒号を上げたタイラントベアは、アキラを見据えて突進を繰り出した。
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