6話 北街道 5
「レンゲ、儂から離れぬようにな」
「分かってますよ。私もそこまで愚かではありませんし」
アキラと共に轍の先へと向かっていく。
足跡のように思える痕跡がちらほら見えるが、草が立ち上がった影響で判別は難しい。
私はこういう調査の専門家じゃないから仕方ない部分がある。そう言い聞かせながら、痕跡を見逃さずに、かといって過信しないように足を進める。
「ちょっと待ってください。あれは木箱と藁束じゃありませんか?」
「どれじゃ?」
「ほらあれ」
「ほう」
轍を辿り、低木の茂みを越えた先。小綺麗さが似合わない木箱が転がっており、その中から藁束がはみ出ている。
一個でも見つければ万々歳だと思っていた分、これは幸先が良さそうだ。
周囲にタイラントベアは見られないので、茂みを掻き分けて進んでいくと、私の鼻が違和感を伝えだす。
あの木箱周辺からは、甘さと酸っぱさの含まれた独特の腐敗臭が漂っており、鼻の次に頭の中が危険だと警鐘を鳴らし始めた。
「アキラ様」
「うむ、感じておる。これは生き物の死骸の臭いじゃな」
「気が進みませんけど、進むしかないようですね。いざという時は、私を連れて短距離の転移をお願いします。この茂みじゃ、私は逃げられませんから」
「承知した」
一張羅に腐敗臭なんてお断りだが、これも仕事のうちだと呑み込む他ない。
鼻がひん曲がりそうだ。
茂みを掻き分けた先、木箱が転がっている場所まで辿り着くと、今までは木の幹で隠れていた場所に、半分ほど白骨化した亡骸が転がっていた。
亡骸から得られる情報は非常に多いのだけども、まずは木箱の中身を確認する。
中身は無し。
ただ、木箱の表面には『フォルツァカーヴァ総合工房』の印字がされていて、これに何が入っていたかは想像がつく。
アキラに、銀蔵へと回収するよう手振りを示しながら、私は亡骸を確認する。
見えている骨からわかる通り、人間と思しき形状。
リッチーやヴァリーのような、獣の徴を持ちながら人間により近い人種たちを『亜獣人』と呼ぶらしく、それらの可能性が捨てきれないので『人間』だと断定はしないでおこう。
御者の人相やら人種は、フォルツァカーヴァに向かわないと分からないから。
さて、そんな亡骸を観察すると、まず目に付く痕跡は喰い散らかされた跡だろう。
皮膚やら肉やら服やらが、そこら辺に無残に散らばっている。
こういうのは代官の雇ってるお役人が調べるようなものだ。これもこれで私の専門じゃない。
そもそも私は、何の専門家でもないんだけどね。
なんて心の内で愚痴を垂らしても意味はない。
さて、改めて確認しよう。
亡骸は仰向けで倒れている。
食痕の多さと腐敗の進みによって、薄汚れた骨が多く露出している状態だ。目を凝らせば腐肉を泳ぐ蛆も見られる。
ただ、タイラントベアのような体躯の大きな相手から、何かしらの被害を受けたと思えるほどの損害は見られない。
ここか近くで死んで放置され、獣や蛆に食い荒らされただけの亡骸だ。
荷物はどうだろう。
もしこれが護衛の冒険者なら、近くに武器なんかが落ちていても不思議じゃない。
私は近寄りすぎないようにして周囲を回り、角度を変えながら亡骸と遺留物を観察する。
ない?
追い剥ぎにあったとか?
…いや、あれは銭入れやら財布じゃないか?
私は『圧縮』を使って銭入れを手繰り寄せると、強烈すぎる腐敗臭まで連れてきちまう。
「うぐっ…。うわっ!臭っさ!」
驚きで、呼吸が大きくなると腐敗臭が身体に入り込み、とてつもない不快感を味わうこととなった。
最悪だ。
木の棒を拾い、銭入れの口を開けて中身を確認する。
中身は六〇〇ヴェロほどなのだが、特筆すべき点はそこではない。
血で汚れている銭入れには、フォルツァカーヴァ総合工房の印字が入っていた。
これは馬車の御者である可能性が高くなった。
しかし、そうなると疑問が浮かび上がるのだが……もうこの腐敗臭には耐えられない。
私はアキラに手振りをして、轍のあった場所に転移をしてもらう。
「くっさぁぁぁぁい!!」
「はぁぁ…窒息する思いじゃった…」
私たちは呼吸を何度も繰り返して、新鮮な空気を肺に送り込む。
「…ふぅぅ、そこまで距離が近くなかったのが救いじゃな」
「でも、鼻の奥底にこびり付いている気がしますよ」
「うむむ…最悪じゃ」
呼吸を繰り返しながら、私は足元に続く馬車の轍を観察する。
「なにか分かったのか?」
「いくつか不審な点が浮かび上がった程度です」
「聞かせてみい」
「あの亡骸は、この辺りで目撃されたタイラントベアの被害者ではないです。あんな大きな魔獣に攻撃されたら、骨はもっと砕けているはずです」
「じゃあ何に殺されたんじゃ?」
「それが不審な点なんです。轍を見てください」
アキラと私は視線を下ろして、消えかかっている轍を確認する。
「変な点は轍を発見した時からありました。この轍には迷いがなかったんです」
「タイラントベアに追われてたらどうじゃ?」
「それも可能性としてはあり得ます。ただ、大型の魔獣に追われ、街道から外れてしまったら、どうにかして街道に戻ろうと思うはずなんですよ」
「それもそうか。コロニアヴェルデは開拓の街で、このあたりは未開拓の土地が多いとも聞く。道を逸れたら…」
どこにも続いていない可能性がある。
それに馬車という性質上、街道を通る方がより速度が出るだろうから、逃げるには街道の方がいいはず。
「そしてもう一つの不審点なんですけど。あの亡骸を推定で御者だとすると、争った形跡もなくこの轍があるのはおかしくありませんか?」
あれがなぜ御者であると考えたかを、アキラに語る。
「つまり、ここで襲われて死んでいたのなら、この轍では納得できないと」
「はい。道を逸れる前段階で御者は死んでいて、別の何者かが馬車を操っていたんじゃないかって思いました」
「そうなると…厄介じゃな」
「はい」
この先に向かったのは何者なのか。
それは想像に難くない。
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