6話 北街道 4
夜、私たちは焚き火を囲んでいる。
アキラは見張りの交代に備えて、私の膝を枕に眠っており、セルジオは火を眺めて一息ついているところだ。
火を使って魔獣にこちらの居場所が割れると厄介だと思い、焚き火はなしで野宿をしていたのだが、簡易的な魔獣除けの魔導具があるということで、今日は焚き火にあたれる。
「しかし…魔獣が出て冒険者に逃げられたというのに、よく逃げ切れましたね?その魔導具の影響なんですか?」
「これは近寄りにくくなるだけなので、気が付かれていたら意味がありませんよ。…運が良いのか悪いのか、遭遇したタイラントベアは逃げ出した冒険者を追いかけて行きまして」
「タイラントベアですか。D級が五人は必要だと聞いたことがあるんですが…本当に運が良いですね」
「ええ、本当に。フェラルドッグも厄介な魔獣なので、助かりましたよ」
「こちらも情報を得られましたので、大助かりです」
なんて話をしていると、セルジオは足を投げ出して夜空を眺める。
「一つ、見間違いでなければ、タイラントベアに不審な点がありました」
「不審ですか?」
「はい。背中から…渋い緑色の石でできた筒が生えていた気がするのです。タイラントベアは危険な割には見かける部類の魔獣ですし、本来ならああいった突起のようなものはないと、思います」
「誰か、他の冒険者に刺されたとかですかね?」
「分かりません。ただ、あの辺りに行くのであればお気を付け下さい。命の恩人に亡くなられては、やるせない思いばかりが残りますので」
「はい、気を付けますね」
戦闘に関してはアキラにおんぶに抱っこの状態だから、私は気を付けるくらいのことしかできない。
頼りになる奥様の髪を軽く撫でると、気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
しかし小さな違和感が生まれた。
魔獣であるフェラルドッグは、毛皮に多少の違いがあれど個体ごとに大きな差はなかった気がする。
なら、筒のようなものが生えたタイラントベアとはなんなんだろう?
そして、渋い緑色にも覚えがある。
鍛冶互助組合で、魔力炉の核の見た目について、『緑色の宝石のような外殻』と言っていた。
偶然の一致なんだろうか、それともこの点と点を結びつけるだけの線がどこかに…。
****
翌朝。
私はアキラの声と、鳥の囀りにて私は目を覚ます。
「―――また機会があれば商品を見てやるわい」
「機会がありましたら、お願いします」
野宿だろうと安宿だろうと、私はぐっすりと眠れる。
まあ、『眠る』という行為そのものに語弊があって、精気を吸われて意識を失っているんだけど。
ただ今日は、なんだか寝足りない気がして、二人の声が耳に届かないよう、膝枕をしてくれているアキラの腹に頭を埋める。
「まだ眠っておってもよいぞ」
「ん」
髪を撫でられ、少しばかり心が穏やかになっていくと、ほんの僅かな会話の断片が耳の中で反響する。
まるでアキラとセルジオが取引をしていたかのような会話だ。
別にアキラに必要なものなら、それを買うのは止めない。結果的にいくら使ったのか、何を買ったのかを教えてくれればいい。
ただ、今回の調査が終わるまでは、報酬というものが得られないのに等しい状況だ。
無駄遣いは少し困る。
「買ったのは…なんです?」
「うおぉお、腹に向かって話しかけるでない、むず痒いぞ。今回の報酬を現物で貰う取引をしていたんじゃ」
「現物ですか…?」
「騙すわけでも裏を掻くわけでもないんじゃが、ちとセルジオの商品が欲しくなっての。取引をさせてもらった」
「分かりました。その件は大丈夫です。それで品物は?」
「それは……まあ、この調査依頼が終わってからの楽しみということで。楽しむのは儂じゃけど」
アキラは愚かじゃない。
ここで財布を取り出して買わなかったのも、その証左だ。
だからきっと、私たちの不利益になるようなものではないはず。
「手頃な娯楽でも見つけたんですか?」
「そんなもんじゃ」
「依頼が終わったら、何を手に入れたか教えてください」
「ああ」
寝惚け眼のままアキラを見上げると、目元の鱗が朝陽を受けて輝いている。
そう、これはきっと。
「雪の降った朝、雨戸を開けて外を見るんです」
「ん?」
「すると一面の白い景色に朝陽が反射して目を焼くんです。いい景色なものですよ、記憶も今も。…ふぁぁ」
目が焼けないよう目蓋を下ろし、アキラの膝で二度寝をする。
「それは何を指した賛美なんじゃ!?おーい、レンゲ!」
耳を塞ぎ、喧しい声は遮断する。早朝に聞く声じゃないから。
相手がアキラとはいえ、他者の温もりというのはこんなにも心地よいものなんだと、私は毎度思わされる。
****
セルジオを宿場町に送り届けた私たちは、体力を無駄遣いしない程度に急ぎ足で大岩を目指した。
宿場町を離れて幾日、ようやく辿り着いた大岩の場所は、少しばかり違和感のある風景となっていた。
「ところどころが焼け焦げていますね」
「そんなことをセルジオは言っておったか?」
「いいえ、情報としては初めてです。つまり、セルジオさんが逃げ去った後、ここで何かがあったということですね」
「じゃろうな」
周囲を観察する。
山火事ほどじゃないが、疎らに焼け焦げた場所のある街道。
燃え広がった様子がないのは幸いか。
件の大岩も若干の被害があり、一部が高熱で溶かされている。
「考えられることとしては…、冒険者と魔獣の戦闘でしょうか。火の魔法とやらを使えば、こうした焼け跡ができても不思議ではありません」
「ただ…」
「はい」
アキラの言いたいことは分かる。
焼け跡のいくつかを検めてみるも、そこで生き物が焼かれたような痕跡がないのだ。
ただただ、火が落とされ焼け焦げただけのような、そんな痕跡だ。
痕跡を一つ一つ確認していると、大きな獣の足跡のようなものが散見される。
そして、それと同時にアキラが轍の跡を発見した。
道を外れているというのに真っ直ぐな、どこかを目指そうとするかのような轍。
時間が経ち、消え始めている痕跡を。
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