6話 北街道 3
私たちは更に北へ二日進んだ頃のこと。
街道を歩いていると、助けを求める男の声が聞こえた。
「だれかー…助けてくれー…」
風に乗って届いた声のようで、かなりの距離を感じる。
「アキラ様!」
「助けに行くのか?」
「はい。この先を進んで、人の死体なんてあったら寝覚めが悪いじゃないですか」
「それもそうか」
実際、恩を売れるなら売っていきたいという感情はあるが、確実に得られるものがあるわけではない。
下手に動いて巻き込まれない方が、戦力として弱い私の最善だと思う。
けど、寝覚めが悪いのは本心だ。
…恩を仇で返すような輩でないことを祈ろう。
アキラが私に手を差し出し、それを掴むと連続した短距離の転移が繰り返される。
この瞬間移動は、アキラを中心とした短い範囲でのみ使える空間龍術とのことで、魔獣を倒す際にも頻繁に使っている。
使い勝手がいい基本の空間龍術らしい。
一瞬一瞬で目に映る景色が変わり続け、目が回り始めたため、私は転移が終わるまでは目蓋を下ろして、全てをアキラに委ねる。
何度かの繰り返し後、犬の唸る音が聞こえてきて、私は状況をいくらか察することができた。
「非武装の男が一人、フェラルドッグに襲われておる。儂が単身で突撃するから、レンゲは姿を隠しておれ」
「分かりました。…では、非武装の男は私が回収します」
「ああ、任せる」
私は目蓋を持ち上げると、視線の先には八匹の野犬型の魔獣、フェラルドッグが男を囲んでいる。
私はフェラルドッグの視線から姿を隠しながら、私と男の間に障害物のない位置へと移動し、『圧縮』を使う。
すると男は困惑しながら腰を抜かしたのだが、そんなことはお構いなしに襟首を掴んで引きずり、圧縮の範囲から出てもらい、『解放』をした。
囲まれていたはずの男は一瞬で姿を消し、フェラルドッグたちが困惑している最中に、アキラが瞬間移動で奇襲をかける。
群れの中で体格が一回り大きな個体に斬りかかり、それを一撃で屠ると、群れは動揺しながら、アキラの“居た”場所に攻撃を仕掛けた。
だけども、その場にアキラは既におらず、群れから浮いた個体を次々に屠っていき、そう時間をかけずに全滅させてみせた。
「フェラルドッグの対処は慣れたものですね。殲滅するのに要する速度が日に日に上がっていて、頼もしい限りです。
特に素晴らしかったのは、一匹目を倒した後、残された七匹が動揺する隙を突いての瞬間移動です。風に舞う柳の葉のような優雅さを秘めていて、感嘆の吐息を漏らすばかり」
「そうじゃろうそうじゃろう!儂は思ったんじゃよ、視線を誘導してから瞬間移動をすることで、多数相手でも優位に立ち回れると」
「意図的に姿を見せ、視線を集めつつ、攻撃を誘導してから、浮いた相手の処理、ですよね」
「いかにも」
普段通りのやりとりをしていると、腰を抜かした男は困惑しきりな表情で私たちを見上げていた。
「えっと…僕は助かった、のでしょうか?」
「見ての通り、生き永らえたようじゃぞ?」
「あー、ありがとうございます?」
男は状況を理解するのにしばらくかかり、混乱が収まると背負っていた鞄を放り出し、大の字になって地面に横たわった。
「助かった〜〜!!」
「そう言っておろうに」
男は二〇代後半と思しき風貌で、身形はそれなりに良い。
しかし、魔獣の出る街道にいるというのにもかかわらず武器は持たず、護衛もいるようには見受けられない。
犬の餌にでもなりに来たのだろうか?
「僕はセルジオ。商人のセルジオ。麗しの女神たちの名を伺ってもよろしいでしょうか?」
なんだろう。少し鳥肌が立った。
「私はレンゲ・ハリュウ。…そういう呼称はちょっと遠慮したいです」
「儂はアキラ・ハリュウ。偉大なる儂を褒め称えるのは構わんが、妻であるレンゲに色目を使うようなら、森の中に放り出してやってもいいのだぞ?」
「えっ、申し訳ございません!僕は奥方様に色目を使ったわけではなく、窮地を救ってくれたことの謝辞として女神に形容したまでにございます!」
「なら良いが」
セルジオは、私とアキラを交互に見て、一旦首を傾げてから一人で納得をする。
簡単に私たちの関係を説明すれば、嬬妻の関係であると理解を示してくれた。
「それでセルジオさんはどうしてこんな所に?」
「途中までは護衛を付けていたのですが、道中で魔獣に出くわした際に逃げ去ってしまいまして。進むも戻るも同じ程の距離でしたので、進もうとしたところ…」
「犬の餌になりかけてしまったんですね」
「はい…」
「ここから宿場町は、急いで一日と半分ほど。魔獣も多くいましたが、行かれそうですか?」
「恥ずかしながら、進むことも戻ることも叶わないでしょう」
助けてしまった手前、ここで見捨てるのは気が引ける。
セルジオを宿場町まで護衛し、再びここに辿り着くには、最低でも三日はかかる。
…どうしたものか。
「ですので、お二方が良ければ護衛として雇われてはもらえないでしょうか?…コロニアヴェルデまで一日一五〇ヴェロ、宿代と食料はこちらでお出ししますので」
多くない金額だ。
ただ状況が状況だし、足元を見て逃げられれば丸損で、支払いを渋られ無駄な時間を使いたくもない。
それにコロニアヴェルデまでは流石に無理だ。
「宿場町まででもいいですか?私たちは冒険者協会の依頼の最中なんです」
「宿場町ですか。人のいるところなら、新しく護衛も雇えそうですし、悪くありませんね。では、宿場町までの護衛をお願いします」
「勝手に話を進めちゃいましたけど、いいですか?」
「ああ、問題ないさ。ただし、レンゲに色目を使うのは、絶っ対に許さんからな!」
「は、はい!」
「では、よろしくお願いします、セルジオさん」
「よろしくお願いします」
セルジオは握手を求めてきたが、アキラが睨みを利かせていたため、簡単に笑みを返すのみに終わる。
それにしても、なかなか思い通りに行かない調査依頼だ。
「そういえば、セルジオさんはフォルツァカーヴァから来たんですか?」
「はい、そうですね。各地を回っている商人ではありますが、やはりフォルツァカーヴァやコロニアヴェルデは、ドラータ西方地域でも活気がありますので、商売が捗りやすいのです。
…護衛もピンキリではありますが」
魔獣と出くわして真っ先に逃げ出す冒険者。
そういった無責任な人はいるから、扱いが悪いのだと理解できる。訓練所で素行の悪い冒険者もいたし。
「ここに来るまでに、フォルツァカーヴァ総合工房の馬車や、その荷物の納められている木箱なんかは見かけませんでしたか?」
「馬車に荷物ですか。…うーん」
探しているわけでもなければ、そういったものを視界に入れるのは難しいだろう。
あまり期待はできないか。
「直接の情報とは限りませんが、不自然な轍と低木に引っかかっていた緩衝材の藁束を見かけましたね」
「お?」
「え?どこでですか?」
「ここから北に一日進んだ、大岩のある近くでした。毎度、いい目印だなぁと思っていたので、特別記憶に残ってたんですよ。冒険者に逃げられたのもその辺り、というのもありますがね…ははは…」
『情けは人の為ならず』とも言うけど、こうして重要な情報を得られるとは思ってもみなかった。
私たちは、セルジオを確実に守り切るため、気合を入れて周囲の警戒にあたる。
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