2話 異世界の地 1
「ほれほれ、起きぬと口だけでなく乳房にも口付けをしてしまうぞ」
やかましい声で目を覚ました私は、迫りくる頭を手で押さえて、身体を起こす。
周囲を見渡してみると、そこには森林が広がっているばかりで、どこにいるかは全くわからない。
腕の先にいる少女は、元は水晶の龍だった存在。
透き通るような銀色の髪。くりっとした紫色の、蛇や猫のみたいな瞳。そして、目と頬の間には数枚の水晶の鱗が輝いている。
おまけに何故か、この少女は真っ裸だ。
…いや、空でのやりとりの最中も真っ裸だった気がする。
「とりあえず服を着ましょう、守護龍様」
「待て」
「なんです?」
「儂はもう龍ではない。美しい人の娘だ」
「はぁ…?」
「儂は持てる力のほとんどを代償に、人になったのじゃよ。だから、守護龍様と呼ぶのは許さぬ」
「じゃあ、旦那様とでも呼びましょうか?」
「生憎と儂は女子でな。くっくっく、名前は既に考えてある。アキラじゃ!アキラ・ハリュウ!」
「アキラが家名なんですか?」
「逆じゃ逆、ここでは個人名を先に名乗るんじゃよ。ゆえに蓮花も、レンゲ・ハリュウじゃ」
「結婚は継続なんですね」
「当たり前じゃ。レンゲはこの世界で儂の本来の姿を知る唯一の相手で、最愛の奥様なんだからなぁ!どれ、この姿も賛美せよ!」
背丈は私より頭半分くらい小さい少女。
「その曇りのない綺麗な肌は、女性であれば誰でも羨む珠の肌。アキラ様の本来の姿、美しき水晶の鱗を知るからこそ、その肌が水晶のようだと思うことができます」
「ほう!しかし、水晶の鱗を賛美するのなら、目元の鱗はどうじゃ?」
「あえて数枚だけあるのも悪くないですね。全身を覆う水晶の鱗は威厳を大いに感じさせる強烈さがありましたが、あえて一部分にだけ配置したことで、不完全という愛らしさに繋がっているかと」
「くぅ〜〜!!レンゲは儂の欲するよりも多くの言葉を与えてくれる!お主を娶ったことは、儂にとって最良の決断であろう!」
「そりゃ良うござんした」
多少の色はつけているが、思ったことを口にしただけで喜んでもらえるのなら安いものだ。
…それにしても気になることを言っていた。
「力のほとんどを代償にしたっていうのは?」
「言葉通りじゃ。儂はもう龍には戻れぬし、龍の時に使えていた魔法のほとんどは失われておる。変化は苦手だから、その反動と言ったところか」
「つまり私は…真っ裸の少女っていうお荷物を抱えて、見ず知らずの土地に来てしまったってことですか…?」
「くっくっく、お荷物というのはどうじゃろうな?」
「じゃあ……とりあえず服をどうにかしましょう」
「待っとれ待っとれ」
アキラが立ち上がながらくるりと振り返り、小ぶりなお尻を向けて、どこからともなく小袖と袴を取り出す。
バサリと小袖を羽織り、格好良く着ようと試みたみたいだが、人間の服は着慣れていないらしく苦戦している。
これじゃ完全にお荷物だ。
しくじったなぁ。こんなことなら、何処かに飛ばされた方がマシだったかもしれない。
嘆いて喚き散らしたい気分ではあるけど、そうしたところで現状は変わらない。
やれることをやっていく他ないんだ。
「……。手を横に広げてください」
「すまぬ!」
「袴なんて着たことも着せたこともありませんけど…まあ、なんとかなるでしょう」
アキラの服は、彼女に似合わず地味な色合いの無地の布地で、綺麗で愛らしい顔とはあまり合ってない気がする。
それこそ刺繍や柄物、派手な色合いの方が、いいんじゃないだろうか?
「服が地味だと言いたいのだろう?」
「ええ、そうですね。服がアキラ様の輝きを殺しちゃってますよ」
「儂は美しく愛らしい。ゆえに俗世では浮いてしまう!だから地味な装いで自分自身を隠すことにしたのだ!」
「それなら頬被りでも用意したほうがいいですよ」
「そこまでは隠さん!」
彼女には彼女のこだわりがある。
アキラを始め、この異世界という場所やらなんやら、私には分からないことばかりだ。
だからこそ、目の前の彼女。…私の結婚相手について知っていこう。
「これで終わりですよ」
「感謝する。お礼にちゅーをしてやろう」
「こんな森林の中で私が動けなくなったらどうするんですか。さっきは意識を失ったんですよ?」
「大事に大事に抱きかかえて、近くの街まで運んでやろう」
「勘弁してください」
私は拝借してきた装飾品の中から簪を取り出して、アキラの銀の髪を結ってやった。
「それでアキラ様は、何をしに異世界に?」
「冒険!探索!宝探し!そして、強敵の撃破じゃ!」
「…?」
「まあ楽しそうなこと全部じゃな!」
「地に足がついた仕事では、なさそうですね」
「安心せい。レンゲには喰うに困らぬ生活をさせてやる。儂抜きには生きていけぬ生活じゃ」
「それは、悪くないですね。ちょっと期待したいです」
「じゃろう?じゃから、ほれ」
アキラは自分自身の唇に指を当て、私の唇に熱い視線を送ってくる。
…この元龍、破廉恥すぎる。色欲魔め…。
にじり寄るアキラから距離を置くように後退ると、私の後方から草を踏みつけるいくつかの足音が聞こえてくる。
いや、それだけじゃない。
木々を砕き、地面を抉るような轟音も耳に届いた。
アキラが真剣な表情になったのを確認した私は、ゆっくりと後ろに振り返る。すると、大熊に追われて走る数人の人間が見えた。
「私たちも逃げないと…拙いですね」
熊から走って逃げられるわけがない。
せっかく生き残ったのに、こんなところでおっ死ぬのは面白くなさすぎる。
「どれ、奥様を安心させるため、儂の実力を見せてやろうか」
真剣な表情を崩して口端を上げたアキラは、またしてもどこからともなく刀を取り出して、だらりと構えをとる。
刀一本で大熊がどうにかなるとも思えないが、アキラは元々龍だ。少しだけ信じてみることにした。
それにしても、服やら刀やらはどこから出てきているんだろう?
龍の力、なんだろうか?
便利そうだし、生き残れたら聞いてみよう。
あー…死にたくないなぁ。
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