6話 北街道 1
私たちは北に続く街道へと足を進める。
街の中心から離れるほどに、家の数は疎らになっていき、特定の地点からは家が一切なくなった。
居住境界点。
外の魔獣が入り込まないよう、街の中心には魔獣除けの魔導具が設置されているのだとか。
ただし、それも絶対ではなく、境界に近ければ魔獣の被害もあるらしく、人の数が疎らになる。
つい先日までは全く知らない土地の、意味の分からない常識だったそれらは、私の中でしっかりと受け入れられており、根を下ろし始めていた。
そんな中、少し進んだ場所。アキラは道から逸れた地点で何かをしている。
邪魔しても悪いので、のんびりと眺めていると、何やら空間が歪んだようにも見えた。
「よし」
「何をしてたんです?」
「儂が長距離転移するための『杭』を打ち込んだんじゃよ。これがあれば、フォルツァカーヴァとやらから一瞬で帰ってこれる」
「おぉ、時間の短縮ができるってことですか」
「そういうことじゃ。これなら余裕をもって、しっかりと調査ができるじゃろう?」
「流石、空間龍術の使い手ですね」
「龍の姿であれば、こんな面倒なことをせんでも良かったんじゃがなぁ」
「おかげで私は仕事に集中することができますし、アキラ様がいてくれたからこの地にしっかりと根を張り、蔓を伸ばすことができています。…大切な支柱であり、欠かすことのできない奥様なんですよ」
「そうじゃろう!」
アキラは楽しそうに笑って、街道に戻ってきた。
「でも杭とやらは便利ですね、多くの場所に設置すれば、色んな場所に行き放題じゃないですか」
「そうもいかぬのが現実。初回は確実に転移できるんじゃが、使う度に座標の包含する幅が広くなるというか……なんと言ったらいいのかのう…そう!精度が落ちる、これがしっくりくるな。
まあ、二回三回程度が現実的な使用回数ということじゃな」
「便利過ぎる龍術ではないんですね」
「正直、儂の実力は数千年単位で削られてしまっていてな。全てを取り戻すのには、どれほどかかるものか」
「人の形になるためにほとんどの力を失って、人の形を維持するために人間の精気がいるんですよね?」
「そうじゃな」
「取り戻せるものなんですか?」
「ああ、形が変わっただけで、根源は変わっておらぬからな。……龍の姿で費やした以上の時間は必要じゃが」
龍術というのはよく分からない。
けれども、有識者がそう言っているのなら、そうなのだろう。
「私ってどれくらいの寿命になってるんですか?」
「儂と同じじゃ。儂に精気を吸われて、龍気の影響を受け続ける限り、その身体は老いず朽ちぬ」
「じゃあアキラ様はどれくらい生きる予定なんですか?」
「肉体的な意味では、少なくとも数千年では死なぬな」
本当に長い旅路になりそうだ。
あと五〇年も生きれば、おっ死んじまうような生き物だったのに、数千、もしくは一万年以上も生きる途方もない存在に変わっちまった。
仙人を目指す知者は、仙人の有する不老不死を目指し、知の探求に無窮の刻を使うらしい。そう、浪人学者が語っていた。
「知の探求でもしないと、知者たちに悪いかもしれませんね」
「レンゲは真面目じゃのう」
「アキラ様もそうして龍術を究めたのでは?」
「儂ら龍には無限に等しい時間があるし、世に飽きれば死に繋がる。学ばずにはいられぬのさ。『知識』『研鑽』『探求』、それらは最も手軽で果てしない、娯楽だったんじゃから」
なにかを目指すために学ぶわけじゃない。
龍のその感覚は少しばかり不思議なものだと思った。
けれども、路上で講談をしていた浪人学者から得られた知識は、なにかを目指すために蓄えたわけじゃない。
そこには確かに娯楽があった。
きっと知ることは楽しいんだろう。
「じゃあ私は…。まずアキラ様を知っていこうと思います。龍の探求です」
「ほう、何が知りたいんじゃ?」
私はアキラのことをほとんど知らない。
だからきっと、これはいい機会なんだろうね。
「龍の姿の時、誰かと懇ろな関係になったことがあるんですか?」
「いや、ないな」
「長く生きていたのに、気の合う相手や執着する相手は現れなかったんですか?」
「儂の美しさを理解できる龍はおらんかったし、それ以外の知恵ある生き物は儂ら龍を恐れておった。あの姿を目にしてあれだけの言葉を並べ立てられたのはレンゲだけじゃよ」
「気に入られた理由が分かった気がします」
「レンゲも、あまり褒められたことがなかったんじゃろう?」
「そうですね」
「なら似た者同士なのやもしれぬ。お主は自分に囁かれたい言葉を口に出したのではないのか?」
「…うーん、どうでしょう」
私は想像してみる。
ことあるごとに私を褒め称える誰かを。
「……ただ思ったことを、気に入られるために飾り立てただけだと思います。…ちょっと胸焼けしそうなんで」
「そうなのか。でも労いと多少の褒めは欲しいんじゃろ?」
「まあそうですね。…誰でもいいわけじゃありませんが」
アキラは心底楽しそうな笑みを浮かべた。
…隠し立てしても無駄だろうし。
「というかお主〜、儂が誰と懇ろだったのか気になるなんて、随分と嫉妬焼きなんじゃな〜?」
「悪いですか?」
「開き直りよった!?……くっくっく、悪くない、悪くないさ」
私たちは仕事を全うするため、周囲を探りながら街道を歩く。
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