5話 ハルバード 4
私とアキラが鍛冶互助組合に向かうと、顔をしかめた屈強な男が数人、建物を後にしていった。
建物に入ると、疲労の色が見て取れる男がため息を吐いており、私たちを見ると嫌そうな表情を浮かべていた。
「魔力炉の核なら届いていませんよ」
「はい、その件で調査に来た冒険者です」
「冒険者が?依頼を出してはいませんが?」
「デマルテル鍛冶店のカミッラさんから、直々に依頼を受けまして。北街道の調査に向かおうと思っているんです」
「カミッラちゃんが…。まあ、あの娘が信を置いたのなら…」
男は渋々といった様子で、私たちに椅子へ腰掛けるよう手ぶりを見せる。
「それで、わざわざこちらに寄ったということは、何かしらの情報を求めてということでしょうか?」
「そうなります。まず第一に、魔力炉の核は一つも届いていないんですか?」
「はい。到着予定の馬車が届かずに音信不通。事情を生産元に説明し、代品の発注を行っている最中にございます。
組合と生産元にとっても、核は安い代物ではありませんので、調査の協議も行なっているのですが、なかなか話が進まずにいまして…」
「大変そうですね…」
「大変なんですよ。鍛冶工房の職人方も気が立っておられますし、いつになるのかと毎日尋ねてくる始末。…もう、私は疲れました」
男はぐったりと背もたれに体重を預けてしまう。
「北街道というのを使ったことがないのですが、危険な魔獣とかが出たりはするんですか?」
「そうですね、コロニアヴェルデに繋がる街道の中では、比較的危険の多い地域だと伺っております。それゆえに冒険者の数は四人ほど雇っての運搬を行っているようです」
「立ち往生して困っているということは?」
「本来到着するはずの日数を八日も過ぎています。立ち往生なら、一報が来てもおかしくありません。荷物なしの片道一〇日の距離ですから」
片道一〇日、荷物が届かずに八日。
「なんで協議ができているんですか?」
「?。連絡用の魔導具がありますので、文書ならば片道一日で送れますよ?」
「そういうものなんですね。不勉強を恥じるばかりです」
となると、街道を一通り調査する場合は最低でも二〇日は掛かることになる。
荷物の運搬はアキラができるとはいえ、一九〇ヴェロのために二〇日以上も使えない。
でも、散歩だけして割引してもらうのはちょっとなぁ。
「どうしましょうか?」
「うむ…。まあ、カミッラの言った通り、半日…いや一日分だけ街道を進んで帰ってくるべきじゃないかのう?」
「そうなっちゃいますよね」
「探したいのか?」
「半端で投げ出すのって気持ち悪くないですか?」
「それなら最初から受けなければいいものを…」
「すみません」
私たちのやりとりを見ていた男は、首を傾げてから口を開く。
「カミッラちゃんからは、どういった報酬で依頼を受けたのでしょうか?」
「ハルバードの値引き一九〇ヴェロ分です。半日だけ街道を歩いて、なかったらそれでいいという内容です」
「冒険者協会は通していないのですよね?」
「はい。荷物を掻っ払われても困るということで」
「では、互助組合から最大二〇日分の活動物資、その費用の肩代わりをする契約で、街道の調査をお願いできますか?」
「調査の結果が奮わない可能性と、私たちが雲隠れする可能性がありますけど」
「前者は駄目で元々。後者に関しては、コロニアヴェルデで鍛冶工房や鍛冶店のほとんどを出禁になりますが?」
「それは困りますね」
「それに費用の肩代わりであり、直接金銭を支給するわけではございませんから」
なるほど。上手いこと考えるものだ。
しかしそうなると、まとめて払った宿代はその分だけ損になるし、二〇日間で得られるはずだった報酬がなくなってしまう。
「しかしお兄さん、それだと私たちは探している間の銭を稼げなくなっちまいます。報酬として一九〇ヴェロ分の値引きがあるとはいえ、一〇日間の調査と一〇日間の帰路と考えれば、ちぃとばかし色が欲しいというものなんですがね。…いかがでしょう?」
「カミッラちゃんが目をつけるだけはあるということですね。冒険者なんてのは、もっと愚かだと思っていたのですがね」
冒険者というだけで随分と軽んじられる。
これがここでの基本なんだろう。腹を立てるのも損かね。
…むしろ、劇団フロリータの方々がいかに優しかったかという話だ。
男は手元で石を動かして、数字の計算を行っている。
そろばんとは違う計算道具だろうか?
「では結果にかかわらず一〇〇〇ヴェロの協力金を、帰還後にお支払いいたしますが、こちらの手帳にフォルツァカーヴァに辿り着いた証明を残して下さい」
一日五〇ヴェロ。
そこに活動物資という名目で、二〇日分の食費が手に入るし、宿代も浮くことを考えると悪くはない。
まあ欲を出して話が拗れるよか、もらえるようになったことに感謝して頷いておこう。
「それじゃあ荷物を見つけた場合や、手がかりを発見した場合の報酬について、お話ししましょうか、お兄さん。冒険者なんてのは、目の前にぶら下げられた報酬を追っかける犬のようなもんでしてね―――」
お互いに条件と報酬について話し合い、痕跡や情報の発見で三〇〇ヴェロ。荷物の発見で更に五〇〇ヴェロの報酬をもらえることとなった。
魔力炉の核というのは、これだけの金額を出してでも痛くないほど、重要なものらしい。
****
旅の食料を購入しアキラの銀蔵に納め、私たちは宿に戻ってきていた。
出立は明日だ。
「すみません、アキラ様」
「急になんじゃ?」
「ハルバードを買って、アキラ様が身体を動かせるような依頼を探すのが、今日の目的だったじゃないですか。それを私のわがままで潰してしまったこと、反省しているんです」
「ああ、そういうことか。なに、街道はちと危険なんじゃろ?存分に羽を広げられそうじゃないか」
「…そういえば、そうですね」
「謝る必要なんてないんじゃよ」
「寛大ですね」
「相手が愛しい妻じゃからな」
アキラは私に覆いかぶさって唇を重ねる。
すると精気を吸われていき、意識が徐々に遠のく。
欠かすことのない毎日の日課だ。
アキラと日々を過ごすための、大切な日課。
幸い、私は毎日精気を吸われても、翌日になれば回復している。
だからアキラは、他の誰かを必要とすることがない。
「アキラ様は、私と…肌を合わせたいんですか?」
「ああ、合わせたいぞ。レンゲの心も身体も、その全てが欲しいし、…夜の営みも賛美して欲しい」
アキラの妖艶な表情に、私の心臓が高鳴った気がする。
「毎度、アキラ様を遠ざけ続けるのも…悪いとは思っていまして」
「レンゲ」
「ちょっとくらいなら…」
「待てレンゲ」
「はい?」
「儂はなぁ、レンゲに情けをかけられ、虚しい思いをしたいわけじゃない。言っておろう、お主の心と身体、その全てが欲しいのじゃと」
「…心から受け入れるのには、時間がかかりますよ?」
「レンゲも儂も、長い時間を持て余すことになるんじゃ、問題ないわい。…それに、焦らされるのも乙なんじゃよ」
白く綺麗な指が、私の指に絡められて、優しく握られる。
逃げられないことは知っている。逃げる気もない。
それでも決心が定まるまでは、必死に藻掻いてみよう。
私がゆっくりと目蓋を下ろすと、唇が優しく重ねられ、私の精気を奪っていき、代わりに彼女の吐息が入り込んでくる。
肺を彼女で満たされた時、私は溺れてしまう。
藻掻けば藻掻くほど、早くに私は溺れてしまう。
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




