5話 ハルバード 1
私が空間龍術を使えるようになって数日。
依頼を終えた後に訓練所に行く日々が続いていた。
「わーからん!なんで儂の龍術から派生した力を、儂が再現できないんじゃ!」
「何が違うんでしょうかね?」
「うーむ…」
私の練習がてら、アキラも同じことを再現しようと試みたのだが、それらは失敗に終わっていた。
「もう一回、どうやってるのかを教えてくれ」
「はい。例えば…あそこに転がっている木剣を手繰り寄せたいと思ったら、見えない糸を引っ張るようにして距離を縮めるんです。するとこうして…手が届くようになるんです」
「他人からじゃ、その距離が縮まっている感覚ってのが分からん!」
不思議なことに他者からは、距離を縮めている間は何の変化も見られず、手繰り寄せ終わった際に変化が生じるのだという。
アキラを外に放り出す時にも使ったが、縮めた空間に何かを置いて手放すと、それは遠くの位置に移動する。
逆に取り出せばそれを手元に残しておける。
「まず第一に、空間龍術というのは、儂の編み出した至高の龍術で、綿密な計算の上に成り立ったものなんじゃ。
地点『甲』から地点『乙』にものを飛ばすだけでも、転移させる地点に何かあったら転移させる対象と干渉してしまう。それは空気でも同じこと。
それらの帳尻を合わせるように、全ての調整をして使っているんじゃ」
「難しいことを言ってますね?」
「そうじゃ。……はぁ、それを…見えない第三の手?糸やら紐やら?意味が分からん!」
激しい物言いに聞こえるけど、怒っているわけではなさそうだ。
手塩にかけて磨いた宝石と瓜二つのものを出され、『道に転がしただけで同じ輝きになった』と言われたなら、困惑や怒りを露わにしても不思議ではない。
その感情を私に向けないあたり、アキラはかなりのお人好しだ。
「私は、龍術のいろはも理解できるかも分かりませんが、アキラ様の作られたそれらがどういうものなのかは、しっかりと聞いておきたいです。
アキラ様のことですから、とても綺麗に整った術なんだと思いますし」
「そりゃあ当然じゃ。美しくない龍術に価値などない。儂の空間龍術は他のどの龍も理解できなかったからのう、龍術すら知らぬレンゲには難しいはずじゃが…。
どれ、教鞭というものを執ってやろう」
「おぉ〜」
アキラの懇切丁寧な説明を、私は何一つ理解できずにいて、アキラは肩をすくめてしまった。
「まあよい。…儂が言いたいのは、それは便利な力であるがゆえに、使い方を誤ったり、少しばかりの油断で、危険をも手繰り寄せかねないということじゃ」
「肝に銘じます」
「よろしい」
アキラは私の頭にぽんぽんと触れる。
「そういえば初めて出会った時、水晶の龍であったアキラ様から離れようとしても、離れられなかったんですけど、アレってアキラ様がやってたんです?」
「ああそうじゃ。進んだ分だけ後ろに戻しておった」
「いたずら好きな龍だったんですね」
「はははっ、暇潰しでな!」
哄笑するアキラは悪びれる様子もない。
私も追及したいわけじゃなく、ただ真相を知りたかっただけだ。
「それじゃあ最後に、儂を手繰り寄せてみい」
「はい」
アキラは空間龍術で遠くに離れ、準備ができたと手を振っていた。
その地点と私の距離を縮めて、アキラを手繰り寄せてくると、驚いたように目を丸くしている。
どうやら当事者であれば、過程を認識できるみたいだ。
目の前にやってきたアキラは、周囲をキョロキョロ見回してから、私の頬に口付けをしてきた。
数は少ないとはいえ、公衆の面前でなにをしてるんだ、この破廉恥の龍め!
…私は小っ恥ずかしくなり、何の合図もなしに縮めた距離を元に戻して、距離を置いてもらうのだが、アキラは空間龍術を用いて一瞬で私の許に戻ってきてしまう。
厄介な。
「レンゲの空間龍術は独特じゃのう」
「…そうですか」
「キッスをしたこと、怒っておるのか?」
「人目につく場所は…嫌です」
「お〜、可愛いのう。宿に戻ったら、これ以上ない程に可愛がって―――待て、顔を掴むでない、分かった謝る!すまんかった!」
「はぁー…」
私はアキラの顔から手を離す。
「それで何でしたっけ。独特、なんですか?」
「ああそうじゃ。儂が使う瞬間移動は、点と点の移動なんじゃがな、レンゲのそれはちと異なる。敢えて名称を付けるとするのなら、『圧縮』と『解放』じゃろうか?
柔らかい木の棒、その端と端を掴み、ぐぐっと力を込める。すると端と端を触れさせることもできる」
「あー、それが『圧縮』で、離した際に元に戻ろうとする力が『解放』ですか」
「理解が早くて助かるわい。ただ、木の棒のように、ブンッと振れる力はなく、ただ元の位置に戻るだけなんじゃ」
「なるほど」
アキラの影響もあって、私は新しい力を手に入れた。
それは便利であるけども、使い道を間違えないように細心の注意を払わないといけない、と。
「それじゃあ武器の練習をしますね」
「おう」
私は木のハルバードを手に取り、素振りという練習を行う。
空間龍術だけじゃ戦うことはできないから。
時間の許す限り私はハルバードを振り、アキラは私の姿をゆるりと眺めていた。
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「次の依頼はどうします?」
「そろそろEランクの、魔獣とやらが出そうなものを受けてみぬか?」
「それなら私にも武器が必要だと思うんですけど」
「買うしかなかろう。儂はいくつかの刀を有しているが、槍は持っとらんからのう」
「…手痛い出費ですね」
「多少の余裕はあるんじゃろ?」
「節約ですよ節約。銭は天下の回りものなんて、金を使わせたい輩の嘘っぱちなんですから」
「金の管理はレンゲに一任するが、無理な節約はいかんぞ?」
「はい。身体が一番ですから」
私たちは次の依頼に向けて、話し合いながら宿に向かう。
…ハルバードっていくらくらいするんだろうか。
正直、武器の相場なんて分からない。
いざとなったら、村から逃げる際に拝借した装飾品を売っ払ってしまえば足しになるはず。
今後を見据えるのなら武器の一つは必要だろうし。
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