3話 劇団『フロリータ』 5
私たちが劇団『フロリータ』の客引きを始めてから十五日が経っていた。
初日から少しずつ客足が増え始め、三日目からは報酬金を上乗せしてもらいつつ、指名依頼という形にしてもらった。
ただそれも今日で最後。
もう既に口伝いに演劇の評判は広がっていて、私たちが客引きをする必要がなくなっていた。
まあ人の出入りの多い街だから、客引きがいればそれだけで役に立つんだろうけども、もう私である必要はないと思う。
演劇の評判は、満場一致で大好評!…とはいかず、見た目がボロ臭い、話が重いなどという感想も見受けられる。
ただそれでも、返金を求める声がないのは、偏に演劇がちゃちな三流芝居じゃないところにあるんだろうね。
客引きを終えた夕刻。
私たちは少しの間だが世話になった劇団員たちに挨拶をする。
「短い間でしたが、お世話になりました。演劇に、いえフロリータの『王政ドラータの落日』に関われたことは、私にとって素晴らしい経験でした。…とても楽しかったです」
「ここまで熱心に客引きをしてき、あたしたちのために尽力してくれた冒険者は初めてだよ。…こっちこそ、ありがとう」
ヴァリーが頭を下げると、劇団員たちも頭を下げてきた。
ここまで丁寧な扱いを受けると思っていなかったから、驚きに目が丸くなってしまう。
「えーっと、その、どういたしまして」
「礼を言われたり、褒められたりするのに慣れてない口かい?」
「そうかもしれません」
「おいアキラ、レンゲのことをもっと可愛がってやんないと、どっかで逃げられちまうんじゃないのかい?」
「むっ、そうかもしれんな」
「なんなら、劇団が貰ってもいいんだぞ?」
「ほう、儂に喧嘩を売る気か?」
「はははっ、武器持ちの冒険者に喧嘩なんて売らないさ。…でも、レンゲの言葉を上手く扱えるのは、あたしだと思うんだがね」
「お主には賛美の言葉を受け取るほどの花がない。自分を磨き上げてから出直すんじゃな、かっかっか!」
私がアキラから離れないと確信しているらしい。
実際、離れる気はないし、劇団に骨を埋める気もない。
「私はやっぱり、芸を観る方が好きなんだって思いました」
「客から聞いてるよ。レンゲは随分と言葉が上手なんだってね。…はぁ、勿体ないねぇ」
「実力を買っていただきありがとうございます。ただ、私にも私の路がありますので、今回はこれまでということでお願いします」
「ああ、分かってるよ。まあ、まだしばらくは公演を続けて、劇団の旅費を稼ぐつもりだから、暇な時に公演に顔を出してくれ。関係者席を用意しとくから」
「ありがとうございます、ヴァリーさん、皆さんも」
私と劇団員たちの時間の進みは大きく異なる。
アキラがそうしてしまったらしいから。
だから私は、ヴァリーたちの手を取らない。
別に最初から芸の道に身を置く気もなかったし、後悔も未練もない。これがヴァリーたちに伝えられない本心だ。
そのまま食事となり、私たちも御相伴に与ることとなった。
お酒の入った劇団員たちとドンチャン騒ぎをしながら過ごしていれば、アキラは目を細めながら、口元を歪めて私の肩を抱く。
「のうレンゲ、お主の言葉を劇団の衆に聞かせてやったらどうじゃあ?ブルーノたちに語った、お主と儂の物語を」
「えー、本職の劇団員の方々に聴いてもらうのは、ちょっと恥ずかしいんですけど…」
「是非、聞かせてくれよ。遥か彼方の、龍と人の国から来たんだろう?」
「儂らの馴れ初めを語って、他の誰にも言い寄れないようにするんじゃよ、かっかっか!」
酔ってるっぽいなぁ。酔っ払いは面倒臭い。
期待の籠もった瞳が多く向けられる。…いや、全員の視線を私が独占しているようだ。
「…仕方ないですね」
私は居住まいを正してから、手頃に細い棒を数本拾い上げ、ジャラジャラと手の内で鳴らしてから噺を始める。
「さて、それじゃあどこから話し始めましょうか。あれは悪名高い代官が、各地の見回りで村に立ち寄ったときのこと。鬼も十七、茨も花と言いますか、容貌に優れたもののない私も年頃にございまして―――」
語り始めると、言い出しっぺのアキラは早々に横になり、私の膝を枕にして瞳を閉じた。
龍というのはなんて自分勝手なんだろう。
ただ、アキラとの接触を通じて、安らぎの感情が私に流れ込んだ気がして、悪くないと思うのであった。
私の話は、ヴァリーたちからすると物足りないようで、評価の多くは私の話し方に偏っていた。
あと、悪代官のアソコ切りは、もっと派手に語った方が良いとも助言を貰った。
****
「ようやく客引きの依頼が終わったのう」
宿に戻ると、アキラは酔いなどなかったかのように、ケロッとした態度で、寝台に横になった。
私は寝台に腰掛けて、アキラを見下ろす。
「退屈でしたか?」
「いんや、こんな短期間で飽きは迫ってこんよ」
「それなら良かったです」
「のうレンゲ」
「なんです?」
「儂は今、レンゲに言葉を贈りたい。どんな言葉がほしい?」
「アキラ様の許を離れたりしませんよ?」
一人でいるよりアキラと一緒にいた方が気が楽だし、今後の稼ぎのために必要だという打算もある。
けど、暴走云々は一旦置いとくとしても、飽きを恐れる龍を一人にしたくないと思っている。
私は死にたくない一心で村を出て、水晶の龍の前で言葉を並べて、…妻になった。
死を恐れるのは龍も人間も同じだから、その想いを分かり合えるアキラの許からは離れたくない。
「知っとるわ。お主は儂にゾッコンじゃもんな」
「なんです?ゾッコンって」
「さあの。…それで、何が欲しい?」
そう言われると困るのだが、…それでも私の口は自然と動いて、欲を伝えてしまっていた。
「労いと褒め…ですかね」
「ふむ。…レンゲは、劇団のために割に合わない仕事に尽力し、劇団員からの信頼と報酬を勝ち取った。それはとても凄いことだと思うし、大変なことだったとも思う。
儂はまあ、横で眺めてたり、ただ看板を持ってただけじゃから、今回の依頼はレンゲが一人でやったようなものだ。
よく頑張った、そしてご苦労さま」
賛美を受けるアキラは、いつもこういう感情なんだろうか。
心の奥底から熱が膨らんでいき、瞳に映る世界が色鮮やかに思える。
「ありがとうございます、アキラ様」
「どういたしまして」
そんな嬉しさ溢れる感情の中で、墨汁が一滴、黒い染みを作り出すかのような感覚があった。
私は村で、家族や村人からこういった言葉をもらった記憶が、極端に少ない気がしたからだ。
その記憶から、良くない方へと考えが行ってしまう。
私は身体を横にしてから、アキラの胸に頭を埋める。
「今……気がついちゃったんです。なんで私が、生贄に選ばれちゃったのかっていうことに」
「……。」
「私自身、村に貢献ができているなんて思っていませんでしたし、村の年長者には良い感情を持っていませんでした。……私は、邪魔者だったんですかね?」
「…儂は村のことをよく知らん。けどな、花嫁として差し出される者たちは、だいたい恨みがましく村人を睨んでおった。
何故選ばれたのか、何故捨てられたのかを理解していたのかもしれん」
アキラは優しい嘘を吐いてはくれなかった。
私が理解してしまっている以上、慰みなんて意味がないと思っているのか、それとも私に向けた誠意なのか。
どういう意図なのかを測りかねる部分はあるけど、直接的な言葉は私を楽にしてくれた。
「ありがとうございます、アキラ様」
「ああ」
私はアキラの胸から離れて、アキラの眺める安宿の天井を見上げる。
狭いし綺麗とは言い難い部屋だ。
もうちょっといい部屋に安定して住めることを、私の目標にしよう。
「レンゲ。口付けがしたい」
「ちょっと待っててください。今、いい感じに感傷に浸って、目標を決めたところなんです」
「…気持ちの切り替えが早いのう…。慰めのキッスをしてやろうと思ったのに」
「うるさいですよ」
私はしばらく天井を眺めていた。
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