3話 劇団『フロリータ』 3
私たちが簡易劇場に入ると、客席の埋まり具合は三割以下に見える。
その中でもしっかりと観劇しているのは半分程度で、残りは暇潰しくらいの感覚だろうか。
路上の講談や芝居小屋での、熱心に聞いている、観ている客はどれくらいだったか。
意識したことのないものを思い出すことは、なかなかに難しい。
席に着いて演劇を眺めると、古く色あせた衣装や、修理の手が行き届いていない小道具が真っ先に目についた。
客入りが良くないことを考えると、そういった修繕に掛ける銭もないということかもしれない。
…ただ、路上で講談をしていた方の服も裾が擦れていたり、解れていたはずだけど、あまり気にならなかった。
これらはなんの違いなんだろう。
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入ってすぐに観たのは途中からだったということもあり、私たちは休憩が終わるのを待って、もう一度最初から観ることにした。
この物語は、ドラータ共和国が王を擁していた時代を描いたものらしく、暗君を討つべく、反旗を翻した騎士たちの友愛と悲劇らしい。
現在のドラータ共和国の土台となった偉大な者たちの物語ということだ。
こういった物語は、色々な知識を得られる。
このドラータ共和国において、この騎士たちの物語は人気なんだと伺える熱量があり、この国のいかなる部分に誇りを持ち、何を伝えようとするのかがよく理解できた。
私はいくつかの情報を頭に残し、無賃で質の良い演劇を観られたことに、温かい吐息を漏らした。
「建国の話じゃったな。演技の質が良いんじゃが、それに対して衣装や大道具や小道具の質が悪いとは思う。チグハグなんじゃよ」
「私もそれを思ったんですけど、一度通して、二度目を見たことで印象が変わりました」
「というと?」
「多分ですけど、意図的に手直しができていない衣装や道具を使ってて、大道具も同様なんじゃないかと思っています」
「ほう、面白いことを言うじゃないか、冒険者」
「どうも」
私とアキラが感想を話そうとしていたら、先ほどの女が姿を見せて、偉そうに腰を下ろす。
「続けてくれていいぞ?」
「演劇の最中に語られていますけど、暗君の敷く体制を打倒する話じゃないですか、この演劇って」
「そうじゃなあ」
「ところどころで民が困窮している描写もありましたし、何より反乱を抑え込むように各地に派遣されたり、必要以上の激務を押し付けられてもいました」
私は間を置いて、頭の中を整理する。
必要な感想はなんだろう。
「この演劇において“騎士”とは民と暗君の間に立たされ、苦悩し剣を取るという重要な立ち回りでした。ですが、彼らもまた民であり困窮に追いやられた者たちでした。
そういった事情を反映して、意図的に衣装などを調整し物語の現実味を表現しているんだな、と。
実際に、暗君を討とうとする場面では、手入れのされた武器を構えていましたし、啓蒙って言うんですかね、正しい知識を語り継ごうっていう気概を感じましたね」
こんなところだろうか。
「なるほどのう。言われてみれば、そう思えなくもない作りじゃったな」
アキラはうんうんと頷きながら演劇を思い出し、女は腕組みをして僅かばかり表情を崩している。
「冒険者、あんた異邦人だろ?どっかの貴族か、良いところの娘か何かかい?」
「さる事情から故郷を追われ、この方に娶ってもらった元農民にございます」
「じゃああれか、観劇趣味でもある感じか」
「そうですね。こういった芝居を観るのは好きかもしれません」
「へぇ」
「質問いいですか?」
「どうぞ」
「私は、ドラータ共和国での演劇やお芝居といったものを初めて観たのですが、一〇人前後の人数でも規模が小さいのですか?」
「裏方や音楽担当もいて総勢二〇人。劇団としての規模は中から小の間ってところだな」
「なるほど」
私の感覚だと大所帯だ。
それでこの客入りと観劇料と考えると、結構厳しいんじゃないだろうか?
「てかなに?ドラータで演劇を観るのは初めてなん?」
「はい。色々とありまして、人目に付かないような生活を強いられていましたので」
「つい昨日までな」
「ええ、そうなんです」
「そりゃあ大変だが…。マジで良いところのお嬢なんじゃねえの?」
「本当に農民なんですよ」
女は怪訝な表情を露わにしている。
追及されるのは面倒ではあるけど、生まれや育ちを偽る方がボロを出しやすい気がする。
現状でも素性の一部を偽っているんだから、これ以上の捻れは…良くないだろう。
指摘されるなら、その度に否定する他ない。
「ところで私の推測は当たっているんですか?」
「当たってるよ。啓蒙云々はそこまで考えてねえけど、よりリアリティがあって、当時の騎士たちに共感できるようにした演出だ。
コロニアヴェルデに来る前はそこそこに評判が良かったんだが、ここで始めてからはめっきり客入りが悪くなっちまった。何がいけねえんだろうなぁ…」
女は爪を噛みながら苛立ちを浮かべている。
この人は、劇団での演劇に誇りを持っていて、素晴らしいものだと確信しているんだ。実際、演劇は良いものだった。
だからこそ、観客が付かないことに焦り、苛立っているんだなと私は考える。
ドラータ共和国の演劇のいろはなんてものは知らないし、故郷のものに対する知識があるわけでもない。
だから、演劇に口を出すのはご法度だろう。
私は無知な素人でしかない。
なら、どうやって客を取り込むか、それを考えよう。
「ところで…貴女のことは何と呼んだらいいんですか?」
「ああ、名乗り忘れてたな。あたしは団長兼脚本兼演出のヴァレンティーナ。長いからヴァリーって呼んでくれ」
「ヴァリーさんですね。私は新米冒険者のレンゲ・ハリュウで」
「儂も新米冒険者のアキラ・ハリュウじゃ。先も伝えたが、レンゲとは婚姻を結んでおる」
「へぇ、風変わりな。…まあいいや、アキラとやら、あんたの感想はどうだった?」
アキラは観劇中、とても大人しかった。
楽しむでも退屈するでもなく。
「面白くはあったし、学びもあった。ただ、ちと堅苦しいな」
ヴァリーは『なるほど』と呟いてから、眉間にシワを寄せた。
私は、私にできることをして、客引きをしようじゃないか。
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