第7話「エイダンが消えた」
次の町エルムに着いた。
エルムは中規模の町で、王都への物資を扱う商人たちが多く行き交っている。宿も食堂も充実していて、アリアはひとまずほっとした。
エイダンは用があると行って先に出発していた。
いつものように地図を取り出して念じる。
(宿を教えてください)
金色の線が現れた。アリアはその線を目で辿って、それから首を傾げた。
いつもなら線の先にエイダンがいる。でも今日は、線が示す方向にエイダンの姿が見当たらない。
「……あれ」
線の示す宿に向かうと、そこは普通の宿だった。エイダンの姿はない。フロントで聞いてみると、空き部屋があるという。
アリアは部屋に荷物を置いてから、また地図を取り出した。
(エイダンさんはどこ?)
強く念じてみたが、光の筋は現れない。
「…………」
初めてのことだった。
アリアは町の中を歩き回った。市場、食堂、広場。エイダンがいそうな場所を片っ端から見て回ったが、どこにもいない。
途中で気づいた。自分が地図を使わずに、自分の足でエイダンを探していることに。
「……なんで探してるんだろ、私」
独り言を言いながら、アリアは町の外れまで来ていた。町を囲む石壁の近く、古い教会の隣に小さな墓地がある。手入れの行き届いた、静かな場所だ。
その墓地の前に、黒いマントの男が立っていた。
アリアは足を止めた。
エイダンは墓石の前にしゃがんで、持ってきたらしい野花を供えていた。ノートも持っていない。ただ静かに、墓石を見つめている。
声をかけていいのか迷った。でも立ち去るのも違う気がして、アリアはそっと近づいた。
「……エイダンさん」
名を呼ぶと、エイダンがゆっくりと振り返った。驚く風でもなく、ただ静かにアリアを見つめる。
「……地図か」
「いいえ。今日は地図、ちっとも動いてくれなくて。……だから、自分で探しました」
エイダンはわずかに目を細めた。それから、再び墓石へと視線を戻す。
「……師匠の墓だ」
「師匠、ですか?」
「王宮調査員として俺を育ててくれた人だ。この町の出身で、毎年この時期に寄ることにしている」
墓石には、五年前に没した日付が刻まれていた。
「どんな人だったんですか」
「口うるさくて、細かくて……誰よりも仕事を愛している人だった」
エイダンは少し間を置いてから続けた。
「俺が王宮調査員になったばかりの頃、全然馴染めなくて辞めようとしたことがある。そのとき引き止めてくれた」
「そうだったんですね」
「『お前にはこの仕事が向いている』……そう言われた。ただそれだけで、今まで続けてこられた気がする」
アリアは黙って耳を傾けた。エイダンがこれほど長く、自分のことを話すのは初めてだった。
「ご家族は……?」
「いない。師匠が、俺にとって最も身近な人間だった」
アリアの胸が、じんわりと熱くなる。自分も両親を亡くした身だ。大切な人を失った悲しみは、痛いほど理解できた。
「私も、両親がいないので……その、少しだけ分かります。寂しいですよね」
エイダンはアリアを見た。何も言わなかったが、目が少し和らいだ気がした。
二人は並んで墓石の前に立った。風が吹いて、供えた野花が揺れた。
しばらく黙っていた。でも不思議と、沈黙が重くなかった。
「一人で背負いすぎるな、と……師匠はよく言っていた」
「エイダンさん、そんなアドバイス守れなさそうですもんね」
「ああ。だから、ずっと難題のままだった」
「今は……どうですか?」
「……少しだけ、マシになった気がする。以前よりは」
エイダンはそう言って、隣に立つアリアをちらりと見た。その視線の意味を、アリアはあえて言葉にせず受け止めた。
ふと、ポケットの中の地図に触れる。
「今日、地図が場所を教えてくれなかったのは……エイダンさんを一人にしてあげたかったから、でしょうか」
「……そうかもな」
「でも私、探しに来ちゃいました。お邪魔でしたか?」
「……いや」
「来てくれて、よかったと思っている」
アリアは少し驚いて、エイダンの横顔を見た。彼は墓石を見つめたまま、表情を変えなかった。
アリアは居住まいを正し、墓石に向かって深く手を合わせた。
「いい弟子を育ててくださって、ありがとうございます」
「……何をしている」
「お礼です! エイダンさんには助けてもらってばかりですから」
「師匠は関係ないだろう」
「関係あります。師匠がいなかったら、エイダンさんは調査員を続けていなくて、そしたら私とも会ってないんですから」
「……強引な理屈だな」
「論理的ですよ、すごく」
エイダンは小さく溜息をついた。けれど、その口元は微かに、本当に微かに緩んでいた。
アリアはそれを見て、心の中でそっと思った。
この人が笑うところを、いつかちゃんと見てみたい。
帰り道、二人は並んで町の中を歩いた。
「腹が減った」
「私もです! このあたりは何が美味しいですか?」
「この町は川魚の料理が有名だ」
「ご飯食べに行きましょう! ……あ、割り勘でいいですか?」
「……当然だ。俺が奢ると思ったのか」
「念のため確認です」
アリアは地図を取り出し、ワクワクしながら念じた。
(美味しい川魚が食べられるお店!)
今度は迷いなく、金色の線が温かな光の漏れる食堂へと伸びた。
「よし、地図もやる気を出したみたいです」
「……お前、いい加減その地図に話しかけるのをやめろ」
「だって、絶対聞いてる気がするんですよ」
「気のせいだ。ただの魔法道具だろう」
「……そうでしょうか」
アリアは笑って地図をしまい、エイダンの隣を歩いた。




