第5話「なんで助けるんですか」
ハルトの町を出て、一日半。
アルカ村はこぢんまりとした静かな村だった。王都への街道から少し外れた場所にあり、畑と牧草地が広がっている。村人の数は多くないが、みんな顔見知りらしく、よそ者のアリアとエイダンにも人懐っこく声をかけてくれた。
エイダンの調査はこの村に残る古い水路の記録を取ることらしい。水路といっても百年以上前に魔法で造られたもので、今も現役で村の畑を潤している。
「また百年前の魔法ですか」
「王国の各地にある。俺の仕事はそれらを記録して管理することだ」
「大変な仕事ですね」
「慣れた」
短い返事だった。でも嫌そうではない。アリアはなんとなく、エイダンがこの仕事を気に入っているのだと思った。
アリアは村の中で仕事を探した。ちょうど村の食堂が人手不足らしく、二日間だけ手伝いをすることになった。銀貨一枚と飯つきという条件だ。
食堂の仕事は慣れたものだった。故郷の村でも似たような手伝いをしていたから、体が勝手に動く。お客さんに料理を運んで、食器を洗って、また料理を運ぶ。
昼過ぎ、一段落したところで外に出た。井戸で手を洗っていると、村の外れの方から声が聞こえた。
何人かの男の怒鳴り声だ。
嫌な予感がして、アリアは声のする方に向かった。
村の外れの畑の近くに、三人の男がいた。旅人風の格好をしているが、目つきが悪い。その前に、村の若い農夫が立っている。顔が青ざめていて、足が震えているのが遠目にもわかった。
「だから、そんな金はないって言ってるだろ!」
「嘘をつくな。この村の水路は魔法で動いてる。それだけで十分儲かってるはずだ」
どうやら旅人たちが農夫に金を要求しているらしい。農夫は必死に首を振っているが、男たちは一歩一歩じりじりと距離を詰めている。
アリアは周りを見渡したが近くに人はいない。助けを呼びに行く時間もなさそうだ。
気づいたら、歩き出していた。
「あなたたち、何をしてるんですか」
三人の男がぎろりとこちらを向いた。農夫が救いを求めるような、それでいて絶望したような顔でアリアを見る。
「あぁん? なんだお前」
「通りかかった者です。ずいぶん大きな声が聞こえたので」
「関係ねえだろ。よそ者は引っ込んでな」
「……そうしたいのは山々なんですけど」
アリアは努めて平静を保ちながら言った。心臓がうるさいくらい鳴っている。それでも、一歩も引かずに言い返した。
「この人、何か悪いことしましたか」
「俺たちの問題だ。引っ込んでろ」
「でも困ってるみたいなので」
「うるさい女だな」
苛立った男の一人が、乱暴にアリアの腕を掴もうと手を伸ばした。
その手が、空中で止まった。
「……離せ」
低く、地を這うような声。
男が振り返ると、そこにはエイダンが立っていた。男の手首を万力のような力で掴んでいる。表情は氷のように冷ややかだが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
「痛てっ……なんだよ、てめえ!」
「王宮調査員だ」
淡々とした言葉に男たちの顔が引きつった。
「この村の施設は王宮の管理下にある。村人への不当な脅迫は、王国への反逆と見なすが……続けるか?」
三人は顔を見合わせると、捨て台詞もそこそこに、一目散に逃げ出していった。
農夫は何度もお礼を言いながら村の中に戻っていった。残されたアリアとエイダンは、畑の脇に並んで立っていた。
「助かりました、エイダンさん」
「……無茶をするなと言ったはずだ」
「でも、放っておけなくて」
「理屈はいい。お前はただの旅人だ。後ろ盾もない場所で一人で首を突っ込むな」
呆れたような、それでいてどこか心配そうな声。アリアは小さく首をすくめた。
「すみません。……でも、どうしてここに? 調査中じゃなかったんですか」
「水路の経路を確認しに来ただけだ。……そしたら、聞き覚えのある声がした」
「じゃあ、たまたまですか?」
「……そうだ」
エイダンがふいと視線を逸らす。その反応に、アリアは少しだけ首を傾げた。
「エイダンさん」
「なんだ」
「どうして、いつも助けてくれるんですか?」
沈黙が流れた。畑の向こうから風が吹き抜け、草が波打つ。
「……放っておけないだけだ」
「どうして?」
「……わからん」
珍しく言葉を濁すエイダンの横顔を見て、アリアは「あ」と声を漏らした。
「エイダンさん、耳、赤いですよ」
「……風のせいだ」
「そんなに冷たい風じゃないですよ?」
「うるさい。行くぞ」
エイダンは逃げるように歩き出した。アリアは慌ててその背中を追いながら、懐の地図にそっと指を触れた。
(ねえ。あなたがこの人のところに連れてくるのって、こういうことなの?)
地図は答えない。けれど、手のひらに伝わる温度はいつもより少しだけ温かかった。
気のせいかもしれない。でもアリアは、なんとなく地図に言った。
「……ありがとう」
エイダンが振り返った。
「何か言ったか」
「地図にお礼を言ってました」
「……お前は本当に変なやつだな」
アリアは地図をしまって、エイダンの隣に並んだ。夕暮れの光が畑を橙色に染めていた。




