第2話「また来た」
翌朝、エイダンは約束通り道を教えてくれた。
「この森を抜けたら街道に出る。そこを東に進めば次の町まで半日だ」
「ありがとうございます。助かりました」
「気をつけて行け」
それだけ言って、エイダンはさっさと廃墟の調査に戻っていった。背中に「もう来るなよ」と書いてあるような、そんな雰囲気だった。
アリアは地図を取り出し、念じてみた。
(次の町への道を教えてください)
金色の線が現れた。今度こそ、ちゃんとした道を示してくれている。アリアはほっとしながら歩き出した。
「よし。今日こそまともに動いてよー」
地図はもちろん何も答えない。
街道に出て、しばらく歩いた。天気は良く、道も整備されていて歩きやすい。昨日とは大違いだ。
次の町、ミラルは小さいながらも活気のある町だった。川沿いに市場が立ち並び、朝から大勢の人が行き交っている。橋の上からは川の流れがよく見えた。
アリアはまず宿を探すことにした。地図を取り出して念じる。
(一番安い宿を教えてください)
宿を探しながら、アリアはふと気づいた。
財布の中身はまだ空だ。
(お金がないので助けてくれそうなところへ連れて行ってください)
アリアは地図に念じたところ、金色の線が現れたので線の示す方向に歩き出した。
橋を渡りかけたところで、線がぴたりと止まった。
「……止まった」
そこは橋の修繕工事の現場だった。職人たちが足場を組み、大工道具を手にせわしなく動き回っている。
その中に、見覚えのある黒いマントの男がいた。
「…………」
エイダンだった。職人たちに混じって工事の監督をしているらしく、手元のノートに何かを書き込んでいる。
アリアがぼんやりと突っ立っていると、エイダンがふと顔を上げた。目が合った。
しばらく無言だった。
「……お前」
「あの、これは地図のせいで」
「どうして俺の目の前にいる」
「だから地図が」
「昨日も同じことを言っていたな」
エイダンの目がアリアの手元の地図に向いた。アリアは思わず地図を後ろ手に隠した。なんとなく、地図を責めているような気持ちになったからだ。
「隠すな」
「隠してません」
エイダンはため息をついて、ノートを閉じた。
「その地図、どこで買った」
「森の中の小屋で。銅貨三枚でした」
「……銅貨三枚」
エイダンが何とも言えない顔をした。呆れているのか、同情しているのか、判断がつかない。
「騙されたんじゃないか」
「そんなことないです。ちゃんと光りますし、線も出ます。ただ、案内される場所がおかしいだけで」
「それを騙されたという」
「…………」
言い返せなかった。
気まずい沈黙が続いた。工事の職人たちがちらちらとこちらを見ている。アリアは居たたまれなくなって、話題を変えることにした。
「エイダンさんはここで何を?」
「橋の調査だ。この橋は百年前に魔法で造られたもので、修繕のたびに記録を取る必要がある」
「へえ、王宮の仕事ですか」
「そうだ」
「じゃあ昨日の廃墟も?」
「ああ」
なるほど、王宮調査員か。だからあちこち移動しているのか。アリアは少し納得しながら、地図を見下ろした。
(なんでまたこの人のところに連れてきたの)
地図はもちろん答えない。ただ金色の線が、ゆっくりと消えていくだけだ。
「次の町に行くなら、この橋を渡って街道を東だ」
エイダンがぶっきらぼうに言った。
「渡し船の方が早いが、今日は混んでいる。橋を使え」
「……修繕中じゃないですか」
「端を通れば問題ない。俺が許可する」
アリアはちらりと橋を見た。確かに片側はまだ工事中だが、もう片側は普通に通れそうだ。
「ありがとうございます」
「礼はいい。さっさと行け」
「はい」
アリアは橋を渡り始めた。半分くらい渡ったところで振り返ると、エイダンはもうノートを開いて職人に指示を出していた。こちらを見ていない。
アリアは地図を取り出して小声で言った。
「もしかして壊れてる?」
地図は答えない。
「……ちゃんと働いてよね」
ぼそりと言って、アリアは地図をしまった。
しばらく町を歩き回っていると、一軒の宿の前で「手伝い募集」の張り紙を見つけた。
飛び込んで事情を話すと、宿の女将が「今夜だけなら」と厨房の手伝いをさせてくれた。夕食の仕込みから後片付けまで、慣れた手つきでこなすと、女将が感心したように言った。
「あんた、やるね。一泊と夕飯でどうだい」
「ありがとうございます、助かります」
その夜、アリアは地図をポケットから取り出して、小声で言った。
「次からはちゃんと案内してください」
地図はもちろん答えなかった。




