バクと鬼ごっこ -現実鬼ごっこ-
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駅前ということもあって店前の道路ではぽつぽつと人が歩いていた。泡沫高校が近いせいか他の駅前よりも学生が多い気がする。
「待ってください、イドさん!」
店前でアヤさんに呼び止められたので僕は立ち止まって振り返る。蕎麦バーガーを食べきってもいないのにわざわざ僕を呼び止めようと店から出てきたのか。これは面倒なやり取りに発展しそうだなと僕は思った。
「僕にまだ何か用があるのかな、アヤさん。用事があるのなら、もちろん待つよ」
「あの……これからみんなでカラオケに行こうと思っていたんですけど、イドさんもご一緒にどうですか?」
「……やめておくよ。歌うのは下手なんだ」
「そうですか……。じゃあ、カラオケはやめてボウリングにしませんか?きっと盛り上がると思いますよ!」
「ボウリングも結構かな。だってボール重いし」
適当に理由をつけて断るとアヤさんが困惑したような表情を見せる。
「ええ……。じゃあ、ゲーセンとか……」
「んー。そこまでして僕を遊びに誘わなくてもいいんじゃないかな。内藤さんと二人で遊んでも楽しいと思うけど。女の子同士だし」
「でも、せっかくの夢友なんですから、皆で楽しんだほうがいいと思います」
「そうだね。でも僕は他人と遊ぶのってあまり好きじゃないんだ。だから勘弁してくれないかな」
僕がそう言うとアヤさんは俯いて押し黙った。傷つけてしまったのだろうか。しかし、他人と遊ぶのが好きではないというのは本当のことだったし、相手に気を使って遊びに付き合うのもおかしい気がする。
「……嘘だ……」
「ん?」
アヤさんが顔を上げて僕を見つめる。その眼には力がこもっていて少し怒っているように見えた。
「遊ぶのが好きじゃないって嘘ですよね。昨日の夢では、あんなに楽しそうに鬼ごっこしてたじゃないですか!カラオケやボウリングは嫌いでも、鬼ごっこは大好きなんですか!?」
「あれは、ほら、夢の中だから……。夢の中だとテンション上がって何でも楽しく感じるけど、現実で鬼ごっこしても楽しくないでしょ。子供じゃないんだから」
「じゃあ面白かったら現実でも鬼ごっこしてくれるんですね?」
「いや、そういう意味で言ったわけでは……。でも鬼ごっこは現実でやってもつまらないでしょ。これはやらなくてもわかるよ」
「確かにそうかもしれないですけど、その年で鬼ごっこしたことあります?無論現実で!」
そう言ってアヤさんがビシっと指を僕につきつける。
「いや、ないけど……」
「じゃあ、楽しいかどうかなんてわからないじゃないですか!せめてやってみてから判断してくださいよ!」
「いや、鬼ごっこはやらなくてもわかるでしょ……」
アヤさんは指をおろして不服そうに視線を下げる。まさか本当に現実で鬼ごっこをするつもりなのだろうか。それはそれとして、さっきから通行人がちらちらと僕達のことを眺めているのが気になって仕方がなかった。
「だいたい……なんで今日来てくれたんですか。いや、来てくれたのは嬉しいですけど、この前誘ったときはこの日は忙しいと言ってましたよね?」
「……ああ。言ったかも」
「午後に何か用事でもあるんですか?」
「そうそう、そういえば用事があったんだ。だから今日は昼食だけしか付き合えないんだ。ごめんね」
「本当かなあ……。本当は暇なんじゃないですか」
アヤさんが眉間にしわを寄せてじっと僕を睨みつける。用事があるというのは嘘ではなかったが、友達の誘いを断るほどの用事ではないのも確かだった。
ああ、適度に嘘をついたせいで変なことになってしまった。やっぱり最初から遊ぶのは好きではないと突っぱねておくべきだったのだろうか。しかし、アヤさんが指摘したように僕は昨日夢の中で鬼ごっこに夢中になっていた。そう、僕は夢の中でなら誰かと遊ぶのは結構好きなのである。だけど、現実では誰かと遊ぶのがあまり好きではない。ただそれだけの話なのに、どうしてここまでこじれてしまうのだろうか。
僕達が店前で黙りあっていると、内藤さんが店のドアを開けて出てきた。彼女はなにやら満足そうな表情を浮かべていた。
「はー食った食った。アヤ先輩の分も払っておいたから後で立て替えてくれよなー」
「マレちゃん……」
「あーそうそう。アヤ先輩が戻ってくるの遅いから青バーガーの残りを代わりに食べてやったよ。ワハハ、ざまあ!」
「……」
内藤さんはアヤさんを指差してケラケラと笑う。アヤさんは笑うこともなく真顔で内藤さんを見つめていた。内藤さんがその視線に気が付くと挑発的な笑みを浮かべた。
「んー、怒ってるのかー?先に失礼なことをしたのはそっちだからな。それに食べてしまったから返せって言われても無理無理……」
言い終わる前にアヤさんは彼女をがばっと店前で抱きしめる。たまたまその姿を見ていた通行人の男がヒュウと口笛を吹いた。
「愛しいっ!妹だったらよかったのにっ!」
「だからそのうざい反応やめろ!」
内藤さんが嫌がってアヤさんを押しのける。そしてアヤさんは僕に顔を向けた。
「ほら!見て下さいよイドさん!こんなに何をしても可愛くて、しかも面白いことばっかりしてくれる女の子と、鬼ごっこが出来るんですよ?絶対に楽しいに決まってるじゃないですか!」
「僕は別にそいつのことを面白いとも可愛いとも思ってないけどね……」
「そーゆー文句は全て後!ここから少し歩いたところに公園があるからそこで鬼ごっこをしましょう!」
「え、鬼ごっこ?私がいないところでいったい何があったんだ……?」
内藤さんがキョトンとした顔で僕の顔を見た。僕も誰かに尋ねたい気分だった。
───────(8)───────
駅前から徒歩五分の場所に泡沫公園という公園があった。ほどほどの大きさの公園で、ブランコや砂場が設置されている上層と、何もないグラウンドが石段で接続されている。昼時ということで子どもたちがボールで遊んでいたが、僕たちは彼らの邪魔にならないように鬼ごっこをすることにした。鬼決めのじゃんけんでアヤさんが負けたので、最初の鬼はアヤさんだ。というわけで鬼ごっこが始まった。そして十分ほどが経った。
「ハァ……ハァ……。ヒィー、ヒィー……」
アヤさんは既に疲れきっていて、汗だらけでヨロヨロと走っていた。そして鬼なのに立ち止まってたまに小休止を取ったりしている。何か可哀想になってきたので僕は彼女に近づいて話しかける。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
はっと気がついてアヤさんは立ち上がり、僕にタッチしようと走りだすが、当然僕もその流れは予想していたのですぐに逃げる。このままどんなに走っても捕まえられないとわかったアヤさんはまた立ち止まって小休止を取る。僕はまた彼女に近寄った。
「もう十分ほどアヤさんが鬼をやってるけど、これ絶対に捕まらない流れだよ。それでもまだ続けるの?」
「つ……続けます……」
口ではそう言うものの、呼吸は乱れていて体も動いていなかった。そういえば内藤さんはどこに行ったんだろうと辺りを見渡すと、彼女は公園端にある木の下で座り込んでいた。そして青ざめた顔で口に手を当てていた。
「ぐおお……食べ過ぎた後に走ってすごい気分が悪い……」
「あっ、アヤさん。今なら内藤さんを捕まえられるんじゃないかな」
僕が内藤さんを指し示すと、アヤさんがヨロヨロとそっちに向かっていった。
「ハァハァ……気分が悪いところ悪いけど、私も辛いからごめんね……マレちゃん」
アヤさんがじりじりと近づいて内藤さんにタッチしようとすると、彼女は手を出してそれを制止した。
「ス……ストップストップ。今にも吐きそうだからちょっと休むわ。しばらく二人で鬼ごっこしといてくれ……うぷ」
そう言って内藤さんは木に寄りかかってぐったりと動かなくなった。この状態の内藤さんにタッチするのは流石に申し訳ないと思ったのか、アヤさんが泣きそうな顔を僕に向ける。
「ぐっ……。イドさん!」
「無理だよ」
アヤさんと内藤さんのギブアップにより、現実の鬼ごっこはゲームセットを迎えた。僕の隣では少年たちが楽しそうにドッジボールをしていた。
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アヤさんは内藤さんと仲良く木に寄りかかって休憩を取っていた。大丈夫だろうかと少し心配しながら、僕は近くの自販機で二本スポーツドリンクを購入して戻ってきた。
「アヤさんがここまで体力がない人だったとは思わなかったよ。僕も体力に自信が無い方だけど、よくそんなので鬼ごっこする気になったね」
「おかしい……。夢の中ではいい勝負だったのに……」
「そりゃあ夢の中では実際の体は動いてないからね」
「くぅー……。見通しが甘かった……。こんなの全然楽しくないよう!」
そう言ってアヤさんは悔しそうに手で地面を何度も叩いた。
「だから言ったのに……。はい、スポーツドリンク」
「あっ、ありがとうございます……」
「内藤さんにも、はい。吐きそうならトイレに行ったら?」
「すまないな……。大分楽になったからもう大丈夫だ……」
二人は僕からペットボトルを受け取ってごくごくと美味しそうに飲みだした。なるほど、確かにかわいいなと僕は二人を見てしみじみとそう思った。汗だくになっているアヤさんなんかは普段より二割増しで可愛く見える。
「……」
「どうした?じろじろ見たりして。あっ、ドリンク代か」
「いやいや、ドリンク代ぐらい奢るよ。どうぞごゆっくり」
僕は携帯を開いて時間を確認する。
「じゃあお開きってことで、僕はもう帰るね。急げばドラマの再放送に間に合いそうだし」
「えっ……。私たちとの遊びは再放送以下……?」
アヤさんがショックを受けた表情で僕の顔を見つめた。
「いや、そういうわけじゃないけど……。とにかく僕は帰るね。お疲れ」
「お疲れ……です……」
そのまま僕は公園を出て駅に向かい、電車に乗って家へと帰った。
全く勝負にならなかった鬼ごっこだったが、それなりに面白いと僕は思ってしまった。鬼ごっこ自体は楽しくなかったが、二人の死にかけの反応が意外でとても滑稽に感じてしまった。楽しいと僕が思ってしまった以上、この勝負はアヤさんの勝ちだったのかもしれない。だけどやっぱり僕は、現実では一人で居るほうが好きだった。
その後家に帰って見たドラマの再放送はとてもつまらなかった。つまらなかったが、パソコンを触りながらの視聴だったのでどうでもよかった。一人でいるというのは本当に楽だと思う。




