バクと鬼ごっこ -ソババナルド-
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ベランダのカーテンを開けると日差しがポカポカと暖かい。少し暑いぐらいだ。五月がそろそろ終わろうとしていた。とりあえず顔を洗って、食パンをオーブンレンジで焼いていると、布団の近くに置きっぱなしにしていた携帯電話がブルブルと震える。朝っぱらからメールを送ってきたのは阿闍世さんだった。
『おはようございます。今日もいい天気ですね。
今日の夢の内容は覚えていますか?
バクと名乗る子が悪夢を見せると脅してきてびっくりしましたね。
悪夢なんて真っ平ごめん!というわけで今後の対策を考えるためにみんなでミーティングを開きませんか?
もちろん、イドさんがお暇だったらの話ですが……』
悪夢はもちろん僕もごめんだが、ミーティングも割とごめんだ。携帯電話の前でしばらく悩んだあと、僕はしぶしぶ了承のメールを送ることにした。
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僕はいつもの喫茶店でミーティングをするのかと思っていたが、休日だから昼食を取りながら話し合おうというアヤさんの提案によって、泡沫駅近くにあるハンバーガーショップ『ソババナルド』に集まることになった。
集合時間が近づいたので電車に乗って数分ほどで泡沫駅に着く。駅を出るとすぐに目につく『ソババナルド』の丸い看板。看板は緑色に塗られていて、中央に蕎麦をパクパクと食べるハンバーガーの姿が描かれている。
ソババナルドに入って店内をキョロキョロとうろついてみると、アヤさんと内藤さんが既にテーブルについていた。アヤさんが僕に気が付くとこちらに向かって手を振った。僕は二人の向かい側の席についた。
「こんにちは。大変なことになりましたね!」
「大変なのかな……。そりゃ悪夢は嫌だけどさ」
「まさかあんな子供が私を操っていたなんてな……。まー、私はうっすら気がついていたけど?」
「嘘つけ」
僕が指摘すると、内藤さんは知らぬ顔でお茶をすすった。
「シンさんは、やっぱり来れませんか?」
「そもそも連絡が取れないからね。まあ、この程度の集まりじゃ誘っても来なさそうな気がするけど」
「そうですか……。あっ、イドさん、何を頼みますか?」
僕はアヤさんからメニュー表を受け取ってメニューを眺めた。
「そうだな……。この緑蕎麦バーガーセットにしようかな」
「わかりました。すみませーん、緑蕎麦バーガーセットを一つくださーい!」
「あいよー」
アヤさんがカウンターに向かって声をかけると、カウンター内の店長が気前良く返事をする。ここの店長は元々は蕎麦屋を営んでいたが、学生の客を取り入れようと蕎麦とハンバーガーを組み合わせてみたらぐっと客が増えて大人気になったらしい。テレビのインタビューも受けたことがあるとか。といっても、それは数年前の話で、今は向かいに出来たラーメンバーガーショップに客を奪われて、休日の昼時でも店内は少し閑散としていた。
飯が来るのを待っていると、脈絡もなく内藤さんがふんと鼻を鳴らしだした。
「やれやれ……。まさか先輩たちと休日に蕎麦をつつくことになるとはな。もしかして先輩たちは友達がいないのか?私以外の友達もちゃんと作ったほうが良いぞ?」
「ん?いるけど」
アヤさんが即答すると内藤さんは少し顔をしかめた。そして僕の方に顔を向ける。
「ああそう……。イド先輩は?」
「さあねえ……」
「そうかそうか。答えを濁す程度に友だちがいないのかー。よかったなー私たちに出会えて!まあ元気をだしたまえ」
内藤さんは途端に上機嫌になって見下したような眼で僕を見る。友だちがいないのは本当だったので、反対に僕は少しむっとしてしまった。
「……高一の女子にあんまりこんなことは言いたくないが……。親しき仲にも礼儀ありだぞ。友だちになったからって気軽に馴れ馴れしくしないでほしいな」
「え?あ……ごめんなさい」
そう言って内藤さんは急にシュンとして不安そうな顔を僕に見せた。てっきり軽口が返ってくるかと思っていたので僕もなんて返せばいいかわからず、急に気まずい雰囲気に包まれる。それどころは僕は大人げない対応をしてしまったとその場で自省をする始末だった。
重苦しい雰囲気を打破してくれたのはアヤさんだった。
「まあまあ。イドさんもそんなに邪険に扱わなくてもいいじゃないですか。マレちゃんは友達との距離感がいまいち掴めなくてたまに失敗したりするタイプの人だと思うので、長い目でよろしくお願いします」
「ちょっと待ってよ、アヤ先輩!それじゃあ私は凄く残念な子みたいじゃん!」
「あっ、ごめん。今のはちょっと言い過ぎたわねえ」
割と失礼な物言いだったが、アヤさんはどこ吹く風でニコニコとしていた。僕と話しているときはいつも丁寧な口調だが、年下相手だとこんな感じなのだろうか。内藤さんがぶすっとした顔でお茶をすする。
「ったく……。だいたいだな、初対面が女王と奴隷だったんだ。今更普通の友達をやれって言われてもすぐには戻せないっての……」
「そうねえ。ゆっくり戻せば良いと思うわ。イドさんだってちょっと失礼なこと言われただけでマレちゃんのこと嫌いになったりしない……ですよね?」
「そうだね」
「よかったねえ、マレちゃん。嫌ったりしないって」
アヤさんが僕らの間の橋渡しをするように会話を繋ぐ。僕は気まずい雰囲気が大の苦手だったので、それで会話が盛り上がってくれるなら結構なことだった。しかし内藤さんはそうは思っていないようだった。彼女はアヤさんのことを睨みつける。
「おい!さっきから私をかばっているフリしているけど、なんか凄くずるいぞそれ!アヤ先輩が一番失礼だよ!」
「えー……。私はマレちゃんがイドさんと仲良くなれたらいいなって思っているだけなんだけどねえ……」
「だーかーら!そんなこと思わんでいいって言ってるの!あんたは私のお母さんか何かか!?」
内藤さんに指摘されてアヤさんは少し反省した素振りを見せる。
「マレちゃん……」
「なんだ?謝罪するつもりなら聞いてやってもいいが」
内藤さんは頬杖をついて横目でアヤさんを睨みつける。しかし、アヤさんは突然彼女をがばっと抱きしめた。
「すごくかわいい!こんな後輩が欲しかったよう!」
「うぜー!あんたやっぱり私のこと馬鹿にしているだろ!」
「うん!」
「くたばれ!」
そう言って内藤さんは邪険そうにアヤさんを押し返す。アヤさんは押し返されても凄く楽しそうにしていた。これが今時の女子高生のノリなのだろうか。僕は何で二人と同席しているのだろうかと思ってしまう。
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「あいよー!赤蕎麦、青蕎麦、緑蕎麦バーガーのセットでおまちでぃ!」
店長がわざわざ食器をテーブルに運んできてくれた。蕎麦バーガーセットはフライド蕎麦と蕎麦バーガーの二品で構成されるこの店の標準的なメニューだ。普通のハンバーガーショップならばフライドポテトとハンバーガーが出てくるが、この店はポテトや肉の代わりに蕎麦を使用しているのでヘルシーだと女性客に評判があったらしい。今もそうなのかはよく知らない。
僕はさっそく緑蕎麦バーガーにがぶりと噛み付いた。バンズとレタスと共に蕎麦の風味とめんつゆの味が口内に広がって和風ハンバーガーといった味がする。そのまま食べ進めるとピクルスの味がさらに合わさって、不味いとまでは言えないが和風ハンバーガーのイメージが脳内で一気に崩れる。ピクルスはいらないんじゃないだろうか。
続いてフライド蕎麦に手をかける。これも不味くはないが僕は普通のフライドポテトのほうが好きだ。そもそも蕎麦を揚げると蕎麦のさっぱり感が無くなってよろしくないと思う。おっと、今日の本題をすっかり忘れていた。
「それで、バクの件だけど……。何か対策の案はあるのかな?」
「私は特に何も……。マレちゃんは何かある?」
「ふん、対策なんて必要ないだろ。少々の悪夢なんざ私の内藤パワーでハッピーエンドに変えてやる」
「よく言うよ。この前バッドエンドになったくせに」
アヤさんがフライド蕎麦を食べた後にぽつりと呟く。
「まあ、対策なんて練ろうにもどうしようもないでしょうねえ」
「その通りだよ。そんなことミーティングをしなくてもわかりきってたはずだ」
「でも、三人寄れば文殊の知恵と云いますし、こうやって皆でワイワイ話していたら名案が出てくるかもしれませんよ」
「出ないと思うけどね。ごちそうさま」
僕は緑蕎麦バーガーをさっと食べきって立ち上がる。少し急いで食べたので喉が苦しい。
「えっ、もう出るんですか?ちょっと待ってください」
食事の途中にアヤさんがあわてて立ち上がろうとした。
「君たちはゆっくりしていいよ。でも、もう特に話すことはなさそうだから、僕は先に帰るね。お金は……僕が年長だから多めに出しておくよ。足りない分は適当に割ってくれ」
「おっ、気が効くじゃないか。流石イド先輩だ」
「……まあね。それじゃ」
僕はいくらかの金をテーブルに置いて店を出た。店長が「毎度ありい!」と大声で挨拶をしてくれた。




