表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山奥の民宿ですが、異世界の勇者様が数日おきに泥だらけで泊まりに来ます  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第6話 勇者様、笑顔で血を隠さないでください

 祖母の貼り紙には、こうある。


 > 一、レオ様が赤い染みをつけて笑っている時は、先に怒らないこと。

 >  タオル。湯。包帯。

 >  血でなければ、そのあと強めに怒る。


 美桜は最後の一文を見て、眉を寄せた。


「血でなければ、って何ですか」


 玄関の黒い箱が、手ぬぐいの下でかたりと鳴る。


『過去に何かあったのだろう』


「そうですね。何があったんでしょうね」


 台所では、魔女見習いのリリカが卵焼きの練習をしていた。


「ミオ様! 卵が丸くなりませんわ!」


「丸くするんじゃなくて、巻いてください」


「難しすぎますわ!!」


 縁側では、子グリフォンのモップが昼寝中。尻尾だけが勝手に動いて、廊下のほこりを集めている。


 わりと平和だった。


 だから美桜は油断していた。


 裏口が三回鳴るまでは。


 こん。こん。こん。


 美桜は貼り紙を見た。赤い染みの項目が、なぜか目に入る。


「……まさか」


 戸を開ける。


 レオが立っていた。


 笑っていた。


 そして、胸元から腰にかけて、べったり赤かった。


 美桜は戸を静かに閉めた。


「一回、見なかったことにします」


 外から、戸を叩く音がした。


「見て! 見た方がいいやつ!」


「見たくない方の赤に見えました」


「違う! たぶん違う!」


「たぶんを玄関に入れたくありません」


「ミオ、寒い!」


「赤い人を入れる宿の気持ちにもなってください」


 美桜は深く息を吸い、もう一度戸を開けた。


 レオは相変わらず笑っている。手には赤い実の枝。背中には蔓。髪には小さな花。胸元は赤い。


「勇者様」


「はい」


「真っ赤ですけど?」


「うん。真っ赤だね」


「どこか、怪我をされたんですか?」


「いや。怪我は少しだけ。あとは、野菜汁」


 美桜はタオルを投げた。


「座ってください」


「怒ってる?」


「確認中です」


 美桜は雑巾を一枚、レオの胸元に押し当てた。赤い汁が、じわりと布に広がる。


「……匂いは、甘いですね」


「でしょ?」


「安心する前に腹が立ってきました」


「なんで?」


「血じゃないのに、血みたいな顔で帰ってきたからです」


 レオは少し考えたあと、赤い実の枝を持ち上げた。


「お土産」


「その状態で言う言葉ではありません」


「ジャムにできるかなって」


 リリカはレオの胸元を見て、ぱっと顔を輝かせた。


「トマトマンドラゴラの汁ですわ!」


 美桜は手を止めた。


「トマト?」


「叫びながら逃げる野菜ですわ。実を潰すと、見た目が血そっくりになりますの」


「勇者様」


「はい」


「野菜と戦っていたんですか」


「助けを求められたんだよ」


「誰に」


「畑に」


「畑は喋りません」


「向こうの畑はたまに喋る」


 リリカがうなずく。


「そうですわ。喋りますわね」


 美桜は頭を押さえた。


 箱が玄関で低く笑う。


『勇者、野菜に敗北』


「敗北してない」


「勝ったんですか」


「引き分けかな」


 モップが起きて、レオの赤い服をくんくん嗅いだ。そして、ぺろりと舐めた。


 くるる!


 嬉しそうに鳴いた。


「ダメですよ」


 美桜はモップを抱き上げる。モップは口の周りを赤くして満足げだった。


 さらに最悪なことに、玄関の箱が言った。


『我にも一口』


「あなたは口がありません」


『開ければあるかもしれぬ』


「絶対に開けません」


 リリカは小瓶を取り出した。


「念のため、血と汁を判別する薬を使いますわ」


「安全ですか」


「安全ですわ。ただし、血に触れると青く、野菜汁に触れると踊ります」


「何が踊るんですか」


「薬が」


 リリカは赤い染みに一滴落とした。


 薬は、ぴょん、と跳ねた。続いて、ぴょんぴょん踊り始めた。


「野菜汁ですわ!」


 美桜は深く息を吐いた。


 レオがほっと笑う。


「よかった」


「よくありません」


「血じゃなかったよ?」


「野菜汁で人を心配させた分、怒られます」


「貼り紙通りだね」


「祖母の予想範囲にいることを反省してください」


 ところが、リリカがレオの袖をめくって「あら」と言った。


「こっちは本物の傷ですわ」


 美桜の手が止まる。


 レオが目をそらした。


「それは野菜じゃないかな」


「野菜は腕を切りません」


「トマトマンドラゴラは切るかも」


「勇者様」


 美桜は低い声で言った。


「笑わなくていいので、腕を出してください」


 レオは観念して腕を出した。傷は浅い。けれど放っておくと服に血がつく程度には切れている。


 美桜は湯と包帯を持ってきた。


「最初から言ってください」


「赤いのが多すぎて、どれが血か分からなくなって」


「自分の体です」


「畑も赤かったし」


「畑のせいにしないでください」


 リリカが薬瓶を選び始める。


「傷薬がありますわ。ただし、早く治りますが、塗った場所に小さな花が咲きます」


「使いません」


「こちらは安全です。ただ少しだけ語尾が鳥に」


「絶対に使いません」


 レオが少し残念そうに言った。


「花はちょっと見たい」


「見ません」


 美桜は普通の消毒液を使った。


 レオが肩を跳ねさせる。


「痛い」


「でしょうね」


 モップがレオの膝に前足を置き、心配そうに鳴いた。ただし口の周りはまだ赤い。


「モップ、君だけが癒しだよ」


 モップは嬉しそうにレオの顔を見上げながら、くるると鳴いた。


 レオは少しだけ笑った。


「怒ってる?」


「怒っています」


「心配した?」


「床が赤くなったので」


「そっか」


「あと、少しだけ」


 レオの笑顔が止まった。


 美桜は視線をそらし、貼り紙の下に一行書き足した。


 > 一、勇者様が赤い場合、血・汁・野菜の順に確認すること。


 リリカが真剣にうなずく。


「大事な決まりですわ」


 モップが廊下でぴょんと跳ねた。どうやら野菜汁で少し元気になっている。


 レオがそれを見て言った。


「モップ、踊ってる?」


「レオさん」


「はい」


「お土産の効果は確認してから持ち込んでください」


「次からそうする」


「次がある前提で言わないでください」


「でも、ジャムができたら食べる?」


 美桜は赤い実の包みを見た。


 少しだけ、祖母の苺ジャムを思い出す。


「……毒がなくて、叫ばなくて、踊らなければ」


「条件多いなあ」


「やかん屋のきまりです」


 その日の宿帳には、新しくこう書かれた。


 トマトマンドラゴラの実。用途、未定。保管場所、箱の隣は禁止。


 玄関の箱が、低くつぶやいた。


『我は野菜以下か』


「静かにしていれば、呪具です」


 箱は、少しだけ誇らしげに黙った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ